アルカポネとただの料理人

AAKI

文字の大きさ
上 下
30 / 39

Menue4-7

しおりを挟む
 言ったところで意味はなく、右を見ればトーリオ一家の作ったビールが隠してあり、お店の奥には賭博場があるとの噂だ。行きつけの小さな店を除けば、シセロの町はどこもかしこもトーリオ達の手が入ってしまっている。

 もはや、どこも関係のないところなどないのではないか。

 ここだって、繋がりがあるのかトーリオの財力によって厨房を開いてくれた。無関係なレストランのコック達の視線を受けつつ、以前にも作ったトマトのパスタやスパゲッティオムレツを用意していく。

 カポネが悪いというのに、仲直りのための料理を自ら作らなければならないというのはいささか滑稽であった。

 呆れながらも料理を作り終え、じきにトーリオが呼び出したカポネがやってくる時間になる。

「うーっす、オブライエンさん」

「ガウチョか。アルの奴はどうした?」

 先に来ていたのは、案内役兼護衛のガウチョだった。一応、この辺りでも顔が知れ始めたガウチョに挨拶され、やはり周囲からは奇異な目を向けられた。

 もはや気にすることなくカポネの所在を尋ねるが、どうやらトーリオに勧められたお店でありながらも渋っているようである。

「ハハハ……。下手に触れねぇんで、こまめな報告で勘弁してください」

「まったく。冷める前に来て欲しいものだな」

 ガウチョを急かしても仕方ないため、エポナは諦めて気長に待つことにした。

 そうやって待つ間に、ハプニングは向こうからやってくる。ガウチョが、またカポネのところへ戻ろうとした瞬間だ。

「おい! あんたギャングの仲間か?」

 声をかけてきたのは、どこにでもいそうな中年の男性だ。エポナに見覚えはないため、ガウチョから彼女をマフィアの一員だと判じて確認したのだろう。

 エポナが肯定否定どちらかをする前に、まだ1人2人は客が残っている店内で、容赦なく詰め寄ってくるのである。

「え、えっと……?」

「てめぇらがズルをするから、選挙に負けちまっただろうが!」

「イッ!」

 男はグイッとエポナの襟首を掴み怒鳴りつけてくるものだから、細い体は簡単に浮かされてしまった。痛みもあるがそれより気になるのは、男の腕がエポナの胸部に触れていることだ。

 男が眉を潜めたのを見る限り、エポナが女だと気づいているはずである。

 大半はバレてしまうことを気にする反面で、女に対してここまで乱暴になれるのは相当の恨みを抱いているのだろうと推測する。

「ギブ……。話は聞くから、手を離してくれないかな? グゥッ」

「うるせぇ! 明日から仕事がなくなったらどう責任取ってくれる!?」

 世の中勝負が常とは言え、非道な手段で勝ちを拾ったのだから怒るのも当然だ。

「オブライエンさん……」

「そのときは、ウチで雇ってやれるかも、ツッ……しれないからさ」

 ガウチョが心配するも、エポナは後ろでに手を振って助けを呼んでくるよう指示した。女性だとバラされるのを防ぐ意味もあったが、暴力で解決しても意味ないと思ったからだ。数の暴力と言えばその通りなのだが。

 エポナもなんとかなだめようとするが、それが逆に怒りを煽ってしまう。

「ざけんな!」

「ゴフッ!! ッ!? ッ!?」

 男の怒鳴り声が鼓膜をつんざいたのと同時に、意識は腹部と胸部の間に向かった。鳩尾みぞおちを襲った重たい衝撃の直ぐ、肺が呼吸をするのを止めた。

 酸欠で視界がチカチカとする。

 吐き出す息の代わりに、胃の中身が喉からこぼれ落ちる。

「ゲホッ、ゴホッ……!」

「苦しいか? これが俺の苦しみだ」

「ハァ、ハァ……とんでもなく苦いな。しかし、食べる前で良かったよ。吐いてたらもったいないからな」

 とても痛くて苦しかったものの、怒り返したところで意味がないためエポナは軽口を返した。もう十分だろうと、男を手で制止しようとする。

 しかしそんな努力を余裕をみなしたのか、怒りの炎に油を注ぐ羽目となる。

「まだわからねぇみたいだなぁ!」

「お、おいッ……」

 まだ完全に呼吸も戻らぬうちに、再び襟首を男に掴まれエポナは立たされた。

「もう、十分だろ? せめて、場所を移動しよう!」

 流石にこれ以上殴られても過剰なだけで、周囲にも迷惑だと考えたエポナは説得を試みた。

 聞き入れて貰えず、拳が振るわれる。今度は顔面に向かって。知らないこととはいえ、男は女の顔を殴ったのだ。

「チッ! 汚れちまったじゃねぇか!」

 エポナも手で防御したため、吐いた物が盾になって気持ち拳の勢いも落ちた。だからといって辛いことに違いはない。

 痛みもさることながら、自分のモノで汚れた手で殴られたのだから不快感もある。

 が、それもここで終わりだ。

「それぐらいにしておけよ」

「もう少し早く来て欲しかった」

 ガウチョが呼んできてくれたカポネが駆けつけ、男の暴力に制止をかけてくれた。ほとんど間に合っていないことに対して、エポナだって文句を言う資格はあると思う。

 ガウチョやエポナも合わせて3人となり、男も不味いと判断したのだろう。エポナから距離を取るように移動する――あくまで逃げるわけではない。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

妻がヌードモデルになる日

矢木羽研
大衆娯楽
男性画家のヌードモデルになりたい。妻にそう切り出された夫の動揺と受容を書いてみました。

鄧禹

橘誠治
歴史・時代
再掲になります。 約二千年前、古代中国初の長期統一王朝・前漢を簒奪して誕生した新帝国。 だが新も短命に終わると、群雄割拠の乱世に突入。 挫折と成功を繰り返しながら後漢帝国を建国する光武帝・劉秀の若き軍師・鄧禹の物語。 -------------------------------------------------------------------------------------------------------------------- 歴史小説家では宮城谷昌光さんや司馬遼太郎さんが好きです。 歴史上の人物のことを知るにはやっぱり物語がある方が覚えやすい。 上記のお二人の他にもいろんな作家さんや、大和和紀さんの「あさきゆめみし」に代表される漫画家さんにぼくもたくさんお世話になりました。 ぼくは特に古代中国史が好きなので題材はそこに求めることが多いですが、その恩返しの気持ちも込めて、自分もいろんな人に、あまり詳しく知られていない歴史上の人物について物語を通して伝えてゆきたい。 そんな風に思いながら書いています。

御庭番のくノ一ちゃん ~華のお江戸で花より団子~

裏耕記
歴史・時代
御庭番衆には有能なくノ一がいた。 彼女は気ままに江戸を探索。 なぜか甘味巡りをすると事件に巡り合う? 将軍を狙った陰謀を防ぎ、夫婦喧嘩を仲裁する。 忍術の無駄遣いで興味を満たすうちに事件が解決してしまう。 いつの間にやら江戸の闇を暴く捕物帳?が開幕する。 ※※ 将軍となった徳川吉宗と共に江戸へと出てきた御庭番衆の宮地家。 その長女 日向は女の子ながらに忍びの技術を修めていた。 日向は家事をそっちのけで江戸の街を探索する日々。 面白そうなことを見つけると本来の目的であるお団子屋さん巡りすら忘れて事件に首を突っ込んでしまう。 天真爛漫な彼女が首を突っ込むことで、事件はより複雑に? 周囲が思わず手を貸してしまいたくなる愛嬌を武器に事件を解決? 次第に吉宗の失脚を狙う陰謀に巻き込まれていく日向。 くノ一ちゃんは、恩人の吉宗を守る事が出来るのでしょうか。 そんなお話です。 一つ目のエピソード「風邪と豆腐」は12話で完結します。27,000字くらいです。 エピソードが終わるとネタバレ含む登場人物紹介を挟む予定です。 ミステリー成分は薄めにしております。   作品は、第9回歴史・時代小説大賞の参加作です。 投票やお気に入り追加をして頂けますと幸いです。

GAME CHANGER 日本帝国1945からの逆襲

俊也
歴史・時代
時は1945年3月、敗色濃厚の日本軍。 今まさに沖縄に侵攻せんとする圧倒的戦力のアメリカ陸海軍を前に、日本の指導者達は若者達による航空機の自爆攻撃…特攻 で事態を打開しようとしていた。 「バカかお前ら、本当に戦争に勝つ気があるのか!?」 その男はただの学徒兵にも関わらず、平然とそう言い放ち特攻出撃を拒否した。 当初は困惑し怒り狂う日本海軍上層部であったが…!? 姉妹作「新訳 零戦戦記」共々宜しくお願い致します。 共に 第8回歴史時代小説参加しました!

朱元璋

片山洋一
歴史・時代
明を建国した太祖洪武帝・朱元璋と、その妻・馬皇后の物語。 紅巾の乱から始まる動乱の中、朱元璋と馬皇后・鈴陶の波乱に満ちた物語。全二十話。

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

家事と喧嘩は江戸の花、医者も歩けば棒に当たる。

水鳴諒
歴史・時代
叔父から漢方医学を学び、長崎で蘭方医学を身につけた柴崎椋之助は、江戸の七星堂で町医者の仕事を任せられる。その際、斗北藩家老の父が心配し、食事や身の回りの世話をする小者の伊八を寄越したのだが――?

三國志 on 世説新語

ヘツポツ斎
歴史・時代
三國志のオリジンと言えば「三国志演義」? あるいは正史の「三國志」? 確かに、その辺りが重要です。けど、他の所にもネタが転がっています。 それが「世説新語」。三國志のちょっと後の時代に書かれた人物エピソード集です。当作はそこに載る1130エピソードの中から、三國志に関わる人物(西晋の統一まで)をピックアップ。それらを原文と、その超訳とでお送りします! ※当作はカクヨムさんの「世説新語 on the Web」を起点に、小説家になろうさん、ノベルアッププラスさん、エブリスタさんにも掲載しています。

処理中です...