アルカポネとただの料理人

AAKI

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 ボタンを止めてコートを着込むと、バツが悪そうにフランクの前へと出ていく。フランクの方も少し申し訳無さそうに、しかし空気を払拭するように口を開く。

「君がアルの言っていた、オブライエン君か」

「どう言っていたかは知りませんけど、オブライエンは私です」

 家族思いらしく、結構密に連絡を取り合っているようだ。見た目だけでエポナのことがわかる程度に。

「女性だとは聞いていなかったけど、もしかして良い人なのかな?」

「?」

 さらに続いた言葉に、エポナは小首を傾げてフランクに聞いた。ここで直ぐに小指のことだと気づかないあたり、本当に女を捨てていたかよほどオバニオンのことで浮かれていたかだ。

「いや、恋人とか」「アァァァァアァァッ! 言わなくて良いです!」

 エポナは意味を理解して、フランクの言いかけた言葉を遮った。

「あぁ、うん、わかった」

「絶対わかってないですよね? 隠してる時点で!」

 その反応だけで、フランクは理解したようだ。そして、そんなエポナの叫びを聞いてかもう一人の客人がやってくる。

 カポネやフランクの従兄弟にあたるフシェッティだ。

「何を騒いでる? アルの奴は見つかったのか?」

 どうやらカポネに用事があったらしく、微妙に不機嫌そうにしながらフシェッティはやってきた。何があったかはわからないが、行き違いになったという感じだろう。

 こちらの店でないなら、アジトとして使っている方だとエポナは予想した。

 いや、カポネがどこにいるのか伝えるよりも、まずやらなければならないことがある。

 エポナが女であるという事実を、フランクに黙っていてもらわなければならない。特にカポネにバラされるなどということがあってはいけないのである。

「あの……」「わかってるよ」

 エポナがお願いしようとしたところで、フランクはフシェッティにわからないようウィンクして答えた。

「彼が残っていたけど、えーと、店主がどこへ行ったか知らないか? 来るのが遅くなったから、入れ違いだとまずいんだが」

 フシェッティに振り返ったフランクの言を聞いて、エポナは一安心した。そして、聞いた予想通りの店の名前に、数ブロックほど道がズレていることを教えてやった。

「いやぁ、助かったよ」

「いえ。確か、市長選挙の手伝いでしたっけ?」

 マフィアが選挙の何を手伝うのかはわからないが、後援会でもやろうというのだろうか。エポナはフランクに尋ねながらも考えるのだった。

「そうそう、人使いが荒いよな」

 フランクが言葉を濁したのは、エポナを気遣ってのことだったのだろう。

 黙っていたフシェッティは、少し呆れた様子で口を開く。

「なんだよ、やっぱり違ってたんじゃんかよ。早く行こうぜ」

「せっかちだな、フシェッティは」

「うるせぇ……」

 どうやら、早くカポネに会いたいらしく言葉の節々から本音を漏らすフシェッティ。それをフランクにからかわれて、ぶっきらぼうに言い放つのだった。

 その日はそれだけで終わり、フランク達とは別れる。

 ことの事実を知ったのは、それから一月も経っつかどうかだった。選挙の正式な告知が3月で、4月に投票日があるから仕方ないが。

 日暮れの街を歩いていると聞こえてくるのは、"フォア・デューセス"でもいたかもしれないトーリオ一家の誰かの声。

「おい、市長は誰にするつもりなんだ?」

「え? えぇ……」

 新聞紙で政治欄を見ているだけのおじさんを掴まえて、誰に投票するのかと問うのだ。いや、馴れ馴れしく肩を組んでガンを飛ばすのは、既に脅迫の域である。

 民主党議員と、シセロ町長で共和党のジョセフ=クレンハがシカゴ市長の座を懸けて戦うのだ。が、クレンハはギャングやマフィア達に対して理解――ズブズブの関係――がある。更に今は、シカゴ警察署長が取締を強化しているため無法者達は地下に潜らねばならない。

 ゆえにトーリオ達にしてみれば、クレンハの勝利は是が非でも欲しいところ。

「当然、クレンハ市長が良いよなぁ」

 それが、目の前で行われていることの本質であった。

 首を縦に振らなければ友達の振りをして付きまとわれ、酷いときには路地裏に連れて行かれて痛めつけられる。とんでもない話である。

 これだから、エポナはギャングやマフィアって奴が嫌いなのだ。

 その様子がたまらず、エポナは男達に近づいていく。

「なぁ、それぐらいにしといてやれ」

 多分顔見知りだと思って普通に声をかけた。

「あ? なぁに、アッ」

 振り返ったマフィアの顔が、不機嫌から怪訝へと変わり驚愕に染まるのはいささか滑稽だった。

 しかし、エポナは純粋にその反応の理由がわからなかった。まるでエポナが危険人物であるかのように、それ以上は何も言わずスゴスゴと引き下がっていくのだから。

「へへっ、失礼しやした……」

「……」

 さらに不可解なのは、助けたはずのおじさんさえ一言もなく逃げ去ってしまったことだ。マフィアの男を一言で退散させるような人間を、誰が安全だと判じるのかということだろう。

 どこか寂しいものを感じながらも、エポナはイソイソと背を丸めて離れていく人々を見送った。

 このやるせない憤りをぶつける相手は決まっている。
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