27 / 39
Menue4-4
しおりを挟む
ボタンを止めてコートを着込むと、バツが悪そうにフランクの前へと出ていく。フランクの方も少し申し訳無さそうに、しかし空気を払拭するように口を開く。
「君がアルの言っていた、オブライエン君か」
「どう言っていたかは知りませんけど、オブライエンは私です」
家族思いらしく、結構密に連絡を取り合っているようだ。見た目だけでエポナのことがわかる程度に。
「女性だとは聞いていなかったけど、もしかして良い人なのかな?」
「?」
さらに続いた言葉に、エポナは小首を傾げてフランクに聞いた。ここで直ぐに小指のことだと気づかないあたり、本当に女を捨てていたかよほどオバニオンのことで浮かれていたかだ。
「いや、恋人とか」「アァァァァアァァッ! 言わなくて良いです!」
エポナは意味を理解して、フランクの言いかけた言葉を遮った。
「あぁ、うん、わかった」
「絶対わかってないですよね? 隠してる時点で!」
その反応だけで、フランクは理解したようだ。そして、そんなエポナの叫びを聞いてかもう一人の客人がやってくる。
カポネやフランクの従兄弟にあたるフシェッティだ。
「何を騒いでる? アルの奴は見つかったのか?」
どうやらカポネに用事があったらしく、微妙に不機嫌そうにしながらフシェッティはやってきた。何があったかはわからないが、行き違いになったという感じだろう。
こちらの店でないなら、アジトとして使っている方だとエポナは予想した。
いや、カポネがどこにいるのか伝えるよりも、まずやらなければならないことがある。
エポナが女であるという事実を、フランクに黙っていてもらわなければならない。特にカポネにバラされるなどということがあってはいけないのである。
「あの……」「わかってるよ」
エポナがお願いしようとしたところで、フランクはフシェッティにわからないようウィンクして答えた。
「彼が残っていたけど、えーと、店主がどこへ行ったか知らないか? 来るのが遅くなったから、入れ違いだとまずいんだが」
フシェッティに振り返ったフランクの言を聞いて、エポナは一安心した。そして、聞いた予想通りの店の名前に、数ブロックほど道がズレていることを教えてやった。
「いやぁ、助かったよ」
「いえ。確か、市長選挙の手伝いでしたっけ?」
マフィアが選挙の何を手伝うのかはわからないが、後援会でもやろうというのだろうか。エポナはフランクに尋ねながらも考えるのだった。
「そうそう、人使いが荒いよな」
フランクが言葉を濁したのは、エポナを気遣ってのことだったのだろう。
黙っていたフシェッティは、少し呆れた様子で口を開く。
「なんだよ、やっぱり違ってたんじゃんかよ。早く行こうぜ」
「せっかちだな、フシェッティは」
「うるせぇ……」
どうやら、早くカポネに会いたいらしく言葉の節々から本音を漏らすフシェッティ。それをフランクにからかわれて、ぶっきらぼうに言い放つのだった。
その日はそれだけで終わり、フランク達とは別れる。
ことの事実を知ったのは、それから一月も経っつかどうかだった。選挙の正式な告知が3月で、4月に投票日があるから仕方ないが。
日暮れの街を歩いていると聞こえてくるのは、"フォア・デューセス"でもいたかもしれないトーリオ一家の誰かの声。
「おい、市長は誰にするつもりなんだ?」
「え? えぇ……」
新聞紙で政治欄を見ているだけのおじさんを掴まえて、誰に投票するのかと問うのだ。いや、馴れ馴れしく肩を組んでガンを飛ばすのは、既に脅迫の域である。
民主党議員と、シセロ町長で共和党のジョセフ=クレンハがシカゴ市長の座を懸けて戦うのだ。が、クレンハはギャングやマフィア達に対して理解――ズブズブの関係――がある。更に今は、シカゴ警察署長が取締を強化しているため無法者達は地下に潜らねばならない。
ゆえにトーリオ達にしてみれば、クレンハの勝利は是が非でも欲しいところ。
「当然、クレンハ市長が良いよなぁ」
それが、目の前で行われていることの本質であった。
首を縦に振らなければ友達の振りをして付きまとわれ、酷いときには路地裏に連れて行かれて痛めつけられる。とんでもない話である。
これだから、エポナはギャングやマフィアって奴が嫌いなのだ。
その様子がたまらず、エポナは男達に近づいていく。
「なぁ、それぐらいにしといてやれ」
多分顔見知りだと思って普通に声をかけた。
「あ? なぁに、アッ」
振り返ったマフィアの顔が、不機嫌から怪訝へと変わり驚愕に染まるのはいささか滑稽だった。
しかし、エポナは純粋にその反応の理由がわからなかった。まるでエポナが危険人物であるかのように、それ以上は何も言わずスゴスゴと引き下がっていくのだから。
「へへっ、失礼しやした……」
「……」
さらに不可解なのは、助けたはずのおじさんさえ一言もなく逃げ去ってしまったことだ。マフィアの男を一言で退散させるような人間を、誰が安全だと判じるのかということだろう。
どこか寂しいものを感じながらも、エポナはイソイソと背を丸めて離れていく人々を見送った。
このやるせない憤りをぶつける相手は決まっている。
「君がアルの言っていた、オブライエン君か」
「どう言っていたかは知りませんけど、オブライエンは私です」
家族思いらしく、結構密に連絡を取り合っているようだ。見た目だけでエポナのことがわかる程度に。
「女性だとは聞いていなかったけど、もしかして良い人なのかな?」
「?」
さらに続いた言葉に、エポナは小首を傾げてフランクに聞いた。ここで直ぐに小指のことだと気づかないあたり、本当に女を捨てていたかよほどオバニオンのことで浮かれていたかだ。
「いや、恋人とか」「アァァァァアァァッ! 言わなくて良いです!」
エポナは意味を理解して、フランクの言いかけた言葉を遮った。
「あぁ、うん、わかった」
「絶対わかってないですよね? 隠してる時点で!」
その反応だけで、フランクは理解したようだ。そして、そんなエポナの叫びを聞いてかもう一人の客人がやってくる。
カポネやフランクの従兄弟にあたるフシェッティだ。
「何を騒いでる? アルの奴は見つかったのか?」
どうやらカポネに用事があったらしく、微妙に不機嫌そうにしながらフシェッティはやってきた。何があったかはわからないが、行き違いになったという感じだろう。
こちらの店でないなら、アジトとして使っている方だとエポナは予想した。
いや、カポネがどこにいるのか伝えるよりも、まずやらなければならないことがある。
エポナが女であるという事実を、フランクに黙っていてもらわなければならない。特にカポネにバラされるなどということがあってはいけないのである。
「あの……」「わかってるよ」
エポナがお願いしようとしたところで、フランクはフシェッティにわからないようウィンクして答えた。
「彼が残っていたけど、えーと、店主がどこへ行ったか知らないか? 来るのが遅くなったから、入れ違いだとまずいんだが」
フシェッティに振り返ったフランクの言を聞いて、エポナは一安心した。そして、聞いた予想通りの店の名前に、数ブロックほど道がズレていることを教えてやった。
「いやぁ、助かったよ」
「いえ。確か、市長選挙の手伝いでしたっけ?」
マフィアが選挙の何を手伝うのかはわからないが、後援会でもやろうというのだろうか。エポナはフランクに尋ねながらも考えるのだった。
「そうそう、人使いが荒いよな」
フランクが言葉を濁したのは、エポナを気遣ってのことだったのだろう。
黙っていたフシェッティは、少し呆れた様子で口を開く。
「なんだよ、やっぱり違ってたんじゃんかよ。早く行こうぜ」
「せっかちだな、フシェッティは」
「うるせぇ……」
どうやら、早くカポネに会いたいらしく言葉の節々から本音を漏らすフシェッティ。それをフランクにからかわれて、ぶっきらぼうに言い放つのだった。
その日はそれだけで終わり、フランク達とは別れる。
ことの事実を知ったのは、それから一月も経っつかどうかだった。選挙の正式な告知が3月で、4月に投票日があるから仕方ないが。
日暮れの街を歩いていると聞こえてくるのは、"フォア・デューセス"でもいたかもしれないトーリオ一家の誰かの声。
「おい、市長は誰にするつもりなんだ?」
「え? えぇ……」
新聞紙で政治欄を見ているだけのおじさんを掴まえて、誰に投票するのかと問うのだ。いや、馴れ馴れしく肩を組んでガンを飛ばすのは、既に脅迫の域である。
民主党議員と、シセロ町長で共和党のジョセフ=クレンハがシカゴ市長の座を懸けて戦うのだ。が、クレンハはギャングやマフィア達に対して理解――ズブズブの関係――がある。更に今は、シカゴ警察署長が取締を強化しているため無法者達は地下に潜らねばならない。
ゆえにトーリオ達にしてみれば、クレンハの勝利は是が非でも欲しいところ。
「当然、クレンハ市長が良いよなぁ」
それが、目の前で行われていることの本質であった。
首を縦に振らなければ友達の振りをして付きまとわれ、酷いときには路地裏に連れて行かれて痛めつけられる。とんでもない話である。
これだから、エポナはギャングやマフィアって奴が嫌いなのだ。
その様子がたまらず、エポナは男達に近づいていく。
「なぁ、それぐらいにしといてやれ」
多分顔見知りだと思って普通に声をかけた。
「あ? なぁに、アッ」
振り返ったマフィアの顔が、不機嫌から怪訝へと変わり驚愕に染まるのはいささか滑稽だった。
しかし、エポナは純粋にその反応の理由がわからなかった。まるでエポナが危険人物であるかのように、それ以上は何も言わずスゴスゴと引き下がっていくのだから。
「へへっ、失礼しやした……」
「……」
さらに不可解なのは、助けたはずのおじさんさえ一言もなく逃げ去ってしまったことだ。マフィアの男を一言で退散させるような人間を、誰が安全だと判じるのかということだろう。
どこか寂しいものを感じながらも、エポナはイソイソと背を丸めて離れていく人々を見送った。
このやるせない憤りをぶつける相手は決まっている。
0
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説
紫苑の誠
卯月さくら
歴史・時代
あなたの生きる理由になりたい。
これは、心を閉ざし復讐に生きる一人の少女と、誠の旗印のもと、自分の信念を最後まで貫いて散っていった幕末の志士の物語。
※外部サイト「エブリスタ」で自身が投稿した小説を独自に加筆修正したものを投稿しています。
思い出乞ひわずらい
水城真以
歴史・時代
――これは、天下人の名を継ぐはずだった者の物語――
ある日、信長の嫡男、奇妙丸と知り合った勝蔵。奇妙丸の努力家な一面に惹かれる。
一方奇妙丸も、媚びへつらわない勝蔵に特別な感情を覚える。
同じく奇妙丸のもとを出入りする勝九朗や於泉と交流し、友情をはぐくんでいくが、ある日を境にその絆が破綻してしまって――。
織田信長の嫡男・信忠と仲間たちの幼少期のお話です。以前公開していた作品が長くなってしまったので、章ごとに区切って加筆修正しながら更新していきたいと思います。
母の城 ~若き日の信長とその母・土田御前をめぐる物語
くまいくまきち
歴史・時代
愛知県名古屋市千種区にある末森城跡。戦国末期、この地に築かれた城には信長の母・土田御前が弟・勘十郎とともに住まいしていた。信長にとってこの末森城は「母の城」であった。
狐侍こんこんちき
月芝
歴史・時代
母は出戻り幽霊。居候はしゃべる猫。
父は何の因果か輪廻の輪からはずされて、地獄の官吏についている。
そんな九坂家は由緒正しいおんぼろ道場を営んでいるが、
門弟なんぞはひとりもいやしない。
寄りつくのはもっぱら妙ちきりんな連中ばかり。
かような家を継いでしまった藤士郎は、狐面にていつも背を丸めている青瓢箪。
のんびりした性格にて、覇気に乏しく、およそ武士らしくない。
おかげでせっかくの剣の腕も宝の持ち腐れ。
もっぱら魚をさばいたり、薪を割るのに役立っているが、そんな暮らしも案外悪くない。
けれどもある日のこと。
自宅兼道場の前にて倒れている子どもを拾ったことから、奇妙な縁が動きだす。
脇差しの付喪神を助けたことから、世にも奇妙な仇討ち騒動に関わることになった藤士郎。
こんこんちきちき、こんちきちん。
家内安全、無病息災、心願成就にて妖縁奇縁が来来。
巻き起こる騒動の数々。
これを解決するために奔走する狐侍の奇々怪々なお江戸物語。
東海敝国仙肉説伝―とうかいへいこくせんじくせつでん―
かさ よいち
歴史・時代
17世紀後半の東アジア、清国へ使節として赴いていたとある小国の若き士族・朝明(チョウメイ)と己煥(ジーファン)は、帰りの船のなかで怪しげな肉の切り身をみつけた。
その肉の異様な気配に圧され、ふたりはつい口に含んでしまい……
帰国後、日常の些細な違和感から、彼らは己の身体の変化に気付く―――
ただの一士族の子息でしなかった彼らが、国の繁栄と滅亡に巻き込まれながら、仙肉の謎を探す三百余年の物語。
気が向いたときに更新。
戦国乱世は暁知らず~忍びの者は暗躍す~
綾織 茅
歴史・時代
戦国の世。時代とともに駆け抜けたのは、齢十八の若き忍び達であった。
忍び里への大規模な敵襲の後、手に持つ刀や苦無を筆にかえ、彼らは次代の子供達の師となった。
護り、護られ、次代へ紡ぐその忍び技。
まだ本当の闇を知らずにいる雛鳥達は、知らず知らずに彼らの心を救う。
しかし、いくら陽だまりの下にいようとも彼らは忍び。
にこやかに笑い雛と過ごす日常の裏で、敵襲への報復準備は着実に進められていった。
※他サイトにも投稿中です。
※作中では天正七年(1579)間の史実を取り扱っていくことになります。
時系列は沿うようにしておりますが、実際の背景とは異なるものがございます。
あくまで一説であるということで、その点、何卒ご容赦ください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる