アルカポネとただの料理人

AAKI

文字の大きさ
上 下
26 / 39

Menue4-3

しおりを挟む
「オブライエンさん、私はその、応援してるからね……!」

 お店に戻ったエポナへかかったガウチョ妹からの第一声はそれであった。察しが良いにも関わらず、どうやらエポナの正体についてはまだ気づいていない様子だ。

 流石にこのままでは不味いと思ったエポナは、誤魔化すための言葉を探す。

「そういう話じゃないんだ。えー、だから、ヘッドハンティングのお誘いだから」

 エポナの思いついたそれは、最もらしい理由としては適当だったと思う。ガウチョ妹も、まさかと言いたげだがなんとな信じようとしてくれた。

 ガウチョ妹は何故か残念そうである。

「え、あ、そう……」

「ところで、随分と人数が減っているようだが」「おい、今の話は本当かッ?」

 追加で誤魔化そうと話題を変えたところで、いなくなっていたカポネの呼びかける声があった。

 振り向けば、随分な剣幕で迫ってくる丸くなり始めた傷顔。オバニオンを怒らせずとも、こちらを怒らせることになる。

「あー……とりあえず断っといたから。片付け前に心労を溜めさせないでくれ」

 自分に向けられている怒りではないのでなんとかなるが、とりあえず受け流そうとした。

「こちとら、ジェンナんとこのクソガキが来て腹に据えかねてるってぇのによ!」

 上手い具合に話題が代わり――いや、問題自体は解決していなかった。

 随分な憤りに、何があったのかとエポナはガウチョ妹に視線を向けて暗に問いかける。

「えっと、お嬢さん? が来て、オブライエンさんはいないことを伝えたら、残ってる料理を持っていっちゃったのよ……」

 ガウチョ妹の返事に、エポナは苦笑を禁じ得なかった。こんなときにきていたこともだが、やることなすことがむちゃくちゃなのだ。カポネを怒らせることぐらいわかっているだろうに。

 しかし、英国部下のスターゲイジーパイだけが取り残されているのには忍びなさを感じる。

「そういうことか。そっちの方は私がなんとかしておくよ」

 あまり見てやるべきではないと判断して、パイから視線を外したエポナはアンジェラへの対応を引き受けた。手紙を送って、自重するように伝える程度だが。

 そしてカポネの方も、話を戻してオバニオンへの抗議を決めたようである。

「トーリオの兄貴を通して、ノースサイドのガキに言うしかねぇな。ウチのに手ぇ出すなってよぉ」

 プリプリと怒って立ち去ってしまうカポネ。嵐はとりあえず去り、クリスマスパーティーはつつがなく終わりを迎えたのだった。

 それから約2ヶ月後のこと、オバニオンへの抗議がどうなったかは詳しくは知らないが、問題なく時間は過ぎた。あれからアプローチがなかったところを見ると、本当にその日を待っているのかそれともお叱りが利いたか。

 どちらにせよ、心穏やかで平和な日々だったことは確かである。

「ふぅ、もう2月だっていうのに、いつも通りか」

 それが良いことなのかはさておき、エポナは閉店の準備をしながらつぶやくのだった。

 椅子を机に上げ、床の掃除を終えた。一通り確認の後、厨房の奥にある更衣室へと引っ込む。別に服を着替えるような予定はなく、コートを取りにいく程度のものだった。

 しかし、そのときは盛況のあまり店じまいが明け方も近くなっており、そろそろ体力の限界に来ていた。明日が休みで本当によかったが、問題はそこではない。

「……うと、うと。ただいま……」

 眠気のあまり、更衣室の扉を潜ったところで自分の部屋に帰ってきたと錯覚してしまったのだ。

 ベッドに倒れ込むかわりに休憩用のソファーへと体を投げ出し、邪魔な服を脱ごうとして断念すると数秒とせず眠りに落ちる。1時間かそれぐらいで、感触の違いから現の世界へと戻ってきた意識。

 何やら、誰もいない店内から物音がする。

「ん? まさか……」

 最初エポナは、泥棒でも入り込んだのかと思った。お金ならばどうしようもないと、聞こえてくる足音に注意した。

 しかし、その物音がはっきりとこちらへ近づいていることに気づく。

 気づいたときには既に遅かった。

「誰か――」

「ッ!?」

 視線の端にカポネの顔が映った瞬間、自分の格好を思い出してエポナは慌てた。

「ちょ、ちょっとまっ」

 ボタンを指で弄りながら制止をかけようとするも、間に合わず扉は開いてしまった。

「――いないのか? あ?」

「あ……」

 どことなくカポネに似ているが別人だとわかる男と視線があった。若干、男の見ている位置が下に向かっていた気もしなくはないが。とりあえず、もはやカポネが部屋に闖入してきたとき同様で、恥ずかしいとかいった感情は沸いてこないので問題ない。

 そこで漸く、カポネにフランク=カポネという兄がいることを思い出す。従兄弟のフシェッティと共に、ニューヨークから応援に駆けつけるという話もである。

 しかし、なぜこの店でエポナが顔を合わせなければならないのか。

「失礼」

「あぁ……」

 固まっていても仕方ないことを思い出し、フランクとエポナは意思を交わしあった。扉が閉まった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

紫苑の誠

卯月さくら
歴史・時代
あなたの生きる理由になりたい。 これは、心を閉ざし復讐に生きる一人の少女と、誠の旗印のもと、自分の信念を最後まで貫いて散っていった幕末の志士の物語。 ※外部サイト「エブリスタ」で自身が投稿した小説を独自に加筆修正したものを投稿しています。

戦国乱世は暁知らず~忍びの者は暗躍す~

綾織 茅
歴史・時代
戦国の世。時代とともに駆け抜けたのは、齢十八の若き忍び達であった。 忍び里への大規模な敵襲の後、手に持つ刀や苦無を筆にかえ、彼らは次代の子供達の師となった。 護り、護られ、次代へ紡ぐその忍び技。 まだ本当の闇を知らずにいる雛鳥達は、知らず知らずに彼らの心を救う。 しかし、いくら陽だまりの下にいようとも彼らは忍び。 にこやかに笑い雛と過ごす日常の裏で、敵襲への報復準備は着実に進められていった。 ※他サイトにも投稿中です。 ※作中では天正七年(1579)間の史実を取り扱っていくことになります。 時系列は沿うようにしておりますが、実際の背景とは異なるものがございます。 あくまで一説であるということで、その点、何卒ご容赦ください。

なよたけの……

水城真以
歴史・時代
「思い出乞ひわずらい」の番外編?みたいな話です。 子ども達がただひたすらにわちゃわちゃしているだけ。

焔の牡丹

水城真以
歴史・時代
「思い出乞ひわずらい」の続きです。先にそちらをお読みになってから閲覧よろしくお願いします。 織田信長の嫡男として、正室・帰蝶の養子となっている奇妙丸。ある日、かねてより伏せていた実母・吉乃が病により世を去ったとの報せが届く。当然嫡男として実母の喪主を務められると思っていた奇妙丸だったが、信長から「喪主は弟の茶筅丸に任せる」との決定を告げられ……。

思い出乞ひわずらい

水城真以
歴史・時代
――これは、天下人の名を継ぐはずだった者の物語―― ある日、信長の嫡男、奇妙丸と知り合った勝蔵。奇妙丸の努力家な一面に惹かれる。 一方奇妙丸も、媚びへつらわない勝蔵に特別な感情を覚える。 同じく奇妙丸のもとを出入りする勝九朗や於泉と交流し、友情をはぐくんでいくが、ある日を境にその絆が破綻してしまって――。 織田信長の嫡男・信忠と仲間たちの幼少期のお話です。以前公開していた作品が長くなってしまったので、章ごとに区切って加筆修正しながら更新していきたいと思います。

東海敝国仙肉説伝―とうかいへいこくせんじくせつでん―

かさ よいち
歴史・時代
17世紀後半の東アジア、清国へ使節として赴いていたとある小国の若き士族・朝明(チョウメイ)と己煥(ジーファン)は、帰りの船のなかで怪しげな肉の切り身をみつけた。 その肉の異様な気配に圧され、ふたりはつい口に含んでしまい…… 帰国後、日常の些細な違和感から、彼らは己の身体の変化に気付く――― ただの一士族の子息でしなかった彼らが、国の繁栄と滅亡に巻き込まれながら、仙肉の謎を探す三百余年の物語。 気が向いたときに更新。

密会の森で

鶏林書笈
歴史・時代
王妃に従って木槿国に来た女官・朴尚宮。最愛の妻を亡くして寂しい日々を送る王弟・岐城君。 偶然の出会いから互いに惹かれあっていきます。

狐侍こんこんちき

月芝
歴史・時代
母は出戻り幽霊。居候はしゃべる猫。 父は何の因果か輪廻の輪からはずされて、地獄の官吏についている。 そんな九坂家は由緒正しいおんぼろ道場を営んでいるが、 門弟なんぞはひとりもいやしない。 寄りつくのはもっぱら妙ちきりんな連中ばかり。 かような家を継いでしまった藤士郎は、狐面にていつも背を丸めている青瓢箪。 のんびりした性格にて、覇気に乏しく、およそ武士らしくない。 おかげでせっかくの剣の腕も宝の持ち腐れ。 もっぱら魚をさばいたり、薪を割るのに役立っているが、そんな暮らしも案外悪くない。 けれどもある日のこと。 自宅兼道場の前にて倒れている子どもを拾ったことから、奇妙な縁が動きだす。 脇差しの付喪神を助けたことから、世にも奇妙な仇討ち騒動に関わることになった藤士郎。 こんこんちきちき、こんちきちん。 家内安全、無病息災、心願成就にて妖縁奇縁が来来。 巻き起こる騒動の数々。 これを解決するために奔走する狐侍の奇々怪々なお江戸物語。

処理中です...