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Menue3-1.料理は家の中でも外でも尽きない争いの火種
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今朝は、自然と目が覚めたエポナ。いつもであれば、通りを駆け抜ける車や人の喧噪に苛立ちながらギリギリで起きることになるのだが。
そして、雑に配置したテーブルの上に放り出されたカレンダーを見やる。そして、今日が久しぶりの休みだということに気づく。
「……寝る」
二度寝を決め込んだエポナは独り言をつぶやいて、窓から漏れ入る朝日を避けるように布団を被った。
体を丸くしたところで、若干の汗臭さを感じて思案する。昨晩は帰ってきてからどうしただろうかと。お腹や肺を締め付けるスラックスとシャツを脱ぎ放った後は、ほとんど着の身着のままベッドに潜り込んだ。
随分と女を捨て始めている気はしなくもないが、残念ながら眠気が勝ってしまう。油や調味料、様々な料理の香りを混ぜた体臭と微睡みで、まるで食べ物に包まれて寝ているような感覚に陥る。男臭さの混じるお店の調理場ではこうはいかない。
しかし、そのような夢心地も来訪者によって吹き飛ばされることとなる。
「あ?」
扉をドンドンとノック――殴りつける音に、エポナは苛立ちを混ぜた声を出した。
続けて聞こえてくるのは、こちらの迷惑など考えていないであろう身勝手なカポネの声がする。
「おい、いつまで寝てるつもりだ? 脳みそが溶けちまうぞ」
「はぁ? って、おい!」
いきなり何を言い出すのかと思えば、こちらが返事をするより早くカポネが部屋に入ってきた。エポナは慌てて掛け布団を体に巻くようにして、女性用下着しか身に着けていない体を隠した。
脱いである服や屋内の様相から、エポナの性別を判別することはできない。ならば、さっさと追い出すため声を荒げる。
「鍵は!? あー……」
そもそもなぜ入ってこれるのかという点を指摘した。が、思い出してみれば鍵を閉めることなく寝入ったのはエポナ自身だ。
今は自分の失敗を責めるのは後にして、呆れ顔のカポネをどうするかを考える。呆れたいのはこちらだ。
「人の寝姿を勝手に見るんじゃない!」
「何を、そんなに顔を赤くして。初心なねんねじゃあるまいに」
肩をすくめるカポネは、未だにエポナの正体に気づいていない様子で言った。それでも、怒らせておくとお店の料理に響くと考えてか出ていった。
いくらマフィアの朝は早いと言っても、ただの料理人の家にまで勝手に上がり込むのはどうかしている。
そう、もう一組のマフィアであるオバニオンもだ。
「あんたも出ていってくれッ」
なぜここにいるのかは知らないが、未だに出ていこうとしないオバニオンにもエポナは怒りをぶつけた。エポナに睨まれ、何故かハッとしたような顔をするオバニオン。
「えーと、そうだな。カポネの野郎が遠慮もなく入っていくものだから、悪かった」
戸惑った様子で弁解と謝罪を述べ、オバニオンは部屋を出ていくのだった。料理が絡んでいないエポナだ。そうそう素人の眼力に怯むようなことなどないはずだが。
さておき、エポナは再び侵入者がこないうちに衣服を身につける。シャワーを浴びるぐらいの暇は欲しかったものの、下手に裸体を見られようものなら言い訳も利かないので諦めた。
「ったく……。で、一体全体どういう要件だ?」
「そう怒るな。休みだから暇をしてるだろうって寄ってやったんだ」
エポナが服を着終えたところで、カポネ達が部屋に入ってきて問いに答えた。誰も頼んだ覚えがないため、恩着せがましいにもほどがあった。
そして、なぜオバニオンまでいるのかと、視線で尋ねるエポナ。
敵というわけではないにせよ、お友達気分で部下の家に突撃朝ごはんしてくる関係でもないはず。
「取引で近くまでね。朝から失礼したね」
カポネの代わりにオバニオン自身が答え、苦笑交じりに謝罪してくれた。とりあえず、この時間に活動していることについては許すことにした。
「なら仕事に戻れ。私だって、休日をゆっくり楽しみたいんだ」
特に、ギャングやマフィアと関わり合わない普通の休日をだ。
さっさと帰らせようとするも、何かを期待するような視線に気づいてエポナは思案する。わざわざ、近くまできたから寄ったというには把握しすぎている。ましてや、商売敵のオバニオンとなど普通考えるだろうか。
そこまで考えて、一つの結論に思い至る。
「心配するほどのことか?」
エポナは遠回しにカポネへ問いかけた。
「あれだけ堂々と三合会に顔を晒してんだ。少し油断しすぎだぜ」
カポネは言って葉巻を取り出すと、火をつけろとばかりに見てくる。
「……どうぞ」
「ははッ、火傷顔にはなりたくねぇな」
エポナはコンロに手を伸ばし、いつでも顔を突き出して良いぞと答えた。勘弁しろとカポネは、自分でマッチを使い一服始める。
料理を作って欲しいなら、せめて外で吸って欲しかった。
「はぁ……。少し外で待っててくれ。適当に、ありあわせだが作るよ」
「そうだな。護衛なら外でもできる」
匂いがわからなくなって駄目になるほど繊細な料理を作るつもりはなかったが、一応カポネとオバニオンには外へ出てもらった。
大人しく廊下で警備にあたってくれているうちに、さっさと1~2品を作ることにする。
そして、雑に配置したテーブルの上に放り出されたカレンダーを見やる。そして、今日が久しぶりの休みだということに気づく。
「……寝る」
二度寝を決め込んだエポナは独り言をつぶやいて、窓から漏れ入る朝日を避けるように布団を被った。
体を丸くしたところで、若干の汗臭さを感じて思案する。昨晩は帰ってきてからどうしただろうかと。お腹や肺を締め付けるスラックスとシャツを脱ぎ放った後は、ほとんど着の身着のままベッドに潜り込んだ。
随分と女を捨て始めている気はしなくもないが、残念ながら眠気が勝ってしまう。油や調味料、様々な料理の香りを混ぜた体臭と微睡みで、まるで食べ物に包まれて寝ているような感覚に陥る。男臭さの混じるお店の調理場ではこうはいかない。
しかし、そのような夢心地も来訪者によって吹き飛ばされることとなる。
「あ?」
扉をドンドンとノック――殴りつける音に、エポナは苛立ちを混ぜた声を出した。
続けて聞こえてくるのは、こちらの迷惑など考えていないであろう身勝手なカポネの声がする。
「おい、いつまで寝てるつもりだ? 脳みそが溶けちまうぞ」
「はぁ? って、おい!」
いきなり何を言い出すのかと思えば、こちらが返事をするより早くカポネが部屋に入ってきた。エポナは慌てて掛け布団を体に巻くようにして、女性用下着しか身に着けていない体を隠した。
脱いである服や屋内の様相から、エポナの性別を判別することはできない。ならば、さっさと追い出すため声を荒げる。
「鍵は!? あー……」
そもそもなぜ入ってこれるのかという点を指摘した。が、思い出してみれば鍵を閉めることなく寝入ったのはエポナ自身だ。
今は自分の失敗を責めるのは後にして、呆れ顔のカポネをどうするかを考える。呆れたいのはこちらだ。
「人の寝姿を勝手に見るんじゃない!」
「何を、そんなに顔を赤くして。初心なねんねじゃあるまいに」
肩をすくめるカポネは、未だにエポナの正体に気づいていない様子で言った。それでも、怒らせておくとお店の料理に響くと考えてか出ていった。
いくらマフィアの朝は早いと言っても、ただの料理人の家にまで勝手に上がり込むのはどうかしている。
そう、もう一組のマフィアであるオバニオンもだ。
「あんたも出ていってくれッ」
なぜここにいるのかは知らないが、未だに出ていこうとしないオバニオンにもエポナは怒りをぶつけた。エポナに睨まれ、何故かハッとしたような顔をするオバニオン。
「えーと、そうだな。カポネの野郎が遠慮もなく入っていくものだから、悪かった」
戸惑った様子で弁解と謝罪を述べ、オバニオンは部屋を出ていくのだった。料理が絡んでいないエポナだ。そうそう素人の眼力に怯むようなことなどないはずだが。
さておき、エポナは再び侵入者がこないうちに衣服を身につける。シャワーを浴びるぐらいの暇は欲しかったものの、下手に裸体を見られようものなら言い訳も利かないので諦めた。
「ったく……。で、一体全体どういう要件だ?」
「そう怒るな。休みだから暇をしてるだろうって寄ってやったんだ」
エポナが服を着終えたところで、カポネ達が部屋に入ってきて問いに答えた。誰も頼んだ覚えがないため、恩着せがましいにもほどがあった。
そして、なぜオバニオンまでいるのかと、視線で尋ねるエポナ。
敵というわけではないにせよ、お友達気分で部下の家に突撃朝ごはんしてくる関係でもないはず。
「取引で近くまでね。朝から失礼したね」
カポネの代わりにオバニオン自身が答え、苦笑交じりに謝罪してくれた。とりあえず、この時間に活動していることについては許すことにした。
「なら仕事に戻れ。私だって、休日をゆっくり楽しみたいんだ」
特に、ギャングやマフィアと関わり合わない普通の休日をだ。
さっさと帰らせようとするも、何かを期待するような視線に気づいてエポナは思案する。わざわざ、近くまできたから寄ったというには把握しすぎている。ましてや、商売敵のオバニオンとなど普通考えるだろうか。
そこまで考えて、一つの結論に思い至る。
「心配するほどのことか?」
エポナは遠回しにカポネへ問いかけた。
「あれだけ堂々と三合会に顔を晒してんだ。少し油断しすぎだぜ」
カポネは言って葉巻を取り出すと、火をつけろとばかりに見てくる。
「……どうぞ」
「ははッ、火傷顔にはなりたくねぇな」
エポナはコンロに手を伸ばし、いつでも顔を突き出して良いぞと答えた。勘弁しろとカポネは、自分でマッチを使い一服始める。
料理を作って欲しいなら、せめて外で吸って欲しかった。
「はぁ……。少し外で待っててくれ。適当に、ありあわせだが作るよ」
「そうだな。護衛なら外でもできる」
匂いがわからなくなって駄目になるほど繊細な料理を作るつもりはなかったが、一応カポネとオバニオンには外へ出てもらった。
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