アルカポネとただの料理人

AAKI

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「たまにカポネさんと話してるお客さんいるでしょう?」

 ガウチョ妹はそのように話し始めるが、該当する客が多すぎて判別が難しい。それでも、彼女を良く相手している範囲に絞るとオバニオンのことだとわかった。

「あぁ」

「彼ってば、私のことだけ愛してるって言っておきながら、他の女にも粉をかけにいってたのよ! 結婚の約束まで!」

「お、おぉ……そうなのか。すまんが、ちょっと仕事中なんでまた、な?」

 多少の人生相談ぐらいならば相槌を打って、なんとなくで思いついた言葉を掛けてやれば済んだ。しかし、恋バナだけはどうしようもない。

 エポナの母親曰く――「ひとしきり泣いて喚いて美味しい飯を食えばまた生きられる」である。

 気持ちをぶちまけて整理した後は、歩きだすエネルギーさえあれば逃げ出したって良いのだ。エポナも、そんな教えがあるからこそ今の生活を続けられている。最悪、アメリカの端っこに逃げることになっても、貯めたお金で自分の店を建てよう。

 色々と考えてから、エポナは微笑みながらガウチョ妹の頭をトントンと撫でた。

「あ……」

「っと、すまない」

「いえ……」

 女性の頭を気安く撫でるなど、男の中で生活しすぎたせいか。エポナは慌てて謝って距離を取った。

 怒ってはいないようなので安堵するが、妙な反応があったので安心はできない。女は怒らせると怖いと聞いているため、エポナは早々に仕事に戻る。ネタをバラすと、オバニオンの結婚相手は孤児院を経営している女性で、援助資金のなんやかんやのため偽装結婚することになったのだとか。

「じゃあ、倉庫まで頼む」

「いやぁ、うーん」

「なんだ、ガウチョ?」

「いいえなんでも」

 ゴシップはさておき、仕事に取り掛かるエポナ。ガウチョ兄も兄でおかしな棒読みで答えた。

 深追いすると損をする気がして、エポナは静かにその場をフェードアウトする。

 そこから路地裏をさらに奥へと進んだところに、お酒を隠した偽装倉庫がある。表向きはただの車庫で、床をくり抜いてスクラップのボディーを置くことで樽やビンを隠している。

「ん?」

「ん?」

 倉庫に着くと、カポネと見知らぬ男が数人。

「こんなところにゾロゾロと、警察に見つかったら徹底的に調べられるぞ」

「何、今の俺なら可愛いシェリーくらいどうとでもできるさ」

「これだから拝金主義者は……。資本主義の犬と政府の犬、どう違うのやら」

 軽口を叩き合う。酒の密造密売を取り締まる保安官は、その人手のなさから給与以上に多忙だった。殉職も多いため、大半がワイロで簡単に目を誤魔化すことができた。

「クククッ、何も違わねぇんじゃねーか?」

「そうか。まぁ、羽がなけりゃ鳥は飛べないよな」

 犯罪者がいなければ警察も要らないし、保安要員がいるから犯罪者が生まれるのである。だから、どちらも持ちつ持たれつでやっているのだから同類とのカポネの意見に、エポナは呆れつつも納得した。

「さておき、そっちの人らは?」

 客――エポナにとっては客に非ず――を待たせるべきじゃないどうのというつもりはないが、気になるものは気になった。そのため、エポナは控えている見知らぬ人達について尋ねた。

「オバニオンとこの売人だよ」

「あぁ。そんな人らがまた、仕事でもないのに……買い付ける方か」

 トーリオ一家ばかりが売っているわけではないのだから、当たり前だとばかりに得心いくエポナ。

 取り出すならついでにと、ガウチョに頼むことにする。

「ガウチョ、手間が増えた悪い……どうした?」

 そのガウチョが露骨に嫌そうな顔をしているため、エポナは尋ねざるを得なかった。

 すると、唐突に語り始めるではないか。

「あー、いえ、ちょっと前の取引なんですけどね。二日前ですか」

「2日っていうと、ジェンナどもとの仕事じゃねぇか」

「そうです。そうです。それで――」

 カポネに指摘されて、ガウチョも認めつつ一見無関係そうな話を進めていった。

 内容はこうだ。

 ――。

 ―――――。

 取引の待ち合わせ場所であるジェンナ兄弟所有の工場へ、ガウチョ達はやってきた。隠すつもりもなさそうなほどに、お酒の匂いが充満している。金属の機械にさえ酒気が染み付いているような気さえする。

「チッ、なんつー匂いさせてんだ」

 ガウチョは悪態をついて、工場の中を見回した。ジェンナ兄弟の姿はなく、薄暗い屋内に日差しがわずかに差し込むだけ。

 しかし唐突に、工場の中央に立っていたガウチョ達に影がかかった。

「ッ!?」

 ハッと上を向けば、キャットウォークから見下ろす6つの人影。各々、シカゴ・タイプライターことトンプソン・サブマシンガンを携えていた。

 ガウチョ達に緊張が走る。

「お、おいおい、物騒な歓迎は止めてくれよ……」

 流石に冗談だろうと、ガウチョはすぐさまホールドアップしてみせた。

 いくら"恐怖テリブルのジェンナ"などと呼ばれていても、理由なく取引相手を蜂の巣にすることはない。とガウチョも信じたかった。

「……サウスサイドの奴らで間違いないカイ?」

「ヒュヒュヒュッ、にーちゃんはちょっと警戒しすぎぃ」

 次男ヴィンチェンツォことサムの苛立ったような声音が響き、続いて末子である"ブラッディ"アンジェラがツインテールを揺らして笑った。

「……」

 ジェンナ兄弟――改め兄妹も怒っているわけではないものの、ガウチョ達の肝は冷えっひえだ。
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