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不機嫌な様子のカポネは葉巻をもみ消し、トーリオとの会話を持って伝えてくれる。悪臭が悪意を体現するかのように立ち込める。
「なかなか折れてくれませんね」
「オジキの分からず屋め……今がチャンスだってぇのに!」
「禁酒法で馬鹿やってる今こそ、密売すりゃ設けれるんですけどね」
「なぁにが、『手段を選ばない商売は身を滅ぼす』だッ。だからこうして雁首揃えてんじゃねぇか!」
どうやら、聞かなくても良かった話のようだ。
カポネ達が提案したいけない商売を、コロシモは危険だと考え蹴ったわけである。
詳細な事業計画はわからないものの、酒の売買が禁止となった状況を利用するつもりらしい。エポナの素人目から見ても、危険なのはよく分かる。
「おい、サウスサイドの相談役」
そう声をかけてきたのは、マフィアとは思えないタレ目で童顔の青年だった。一瞬、少年かとさえ思うほどの不釣り合いさと可愛さである。
その後ろには、部下なのかどうなのか6人ほどの男女が連れ立っていた。
「話はまとめておいてくれよな。なぁ」
青年の言葉に、トーリオはやや疎ましげな表情をしながら答える。
「オバニオン……。安心しろって、悪いようにはしないからよ」
「ケケケッ。マジそんときゃどうなるか、わかってんだろなぁ?」
すると、後ろに控えていた人達の1人が割り込んで、睨めつけるかのようにトーリオを脅した。
オバニオンへの無礼を気にしないあたり、6人は仲良しというわけではなさそうだ。見上げる瞳はイェールに近い獣性を秘めていて、自分に向けられたものでないのにエポナは身震いしてしまった。
「ジェンナの。そうビビらせてやるな。こいつらのファミリーは臆病なんだ」
オバニオンは怯まずにジェンナをたしなめた。トーリオやカポネへの侮蔑は含まれているが、真実なので誰も言い返したりはしなかった。
ここでケンカをしてもトーリオ側としては不利で、見す見す利益を逃したくないというのもあったのだろう。
とはいえ、一方が争いを避けようとしてももらい事故はどうしようもない。
「あ? 誰にもの言ってんだ、なぁ、イタリー」
ジェンナと呼ばれた男は、オバニオンに対して侮辱的な言葉を返した。オバニオンはというと、流石に分が悪いと思ったのか諸手を上げてジェンナをなだめようとする。
「WASP(ホワイト・アングロサクソン・プロテスタントの略)みたいなことを言うなよ」
さらに場をなだめるべく、なぜかエポナまで口を挟む。挟みたくなった。
「そうだろうに。ビジネスの話をしにきて、何をケンカする必要がある? これでも食って落ち着け」
残ることになってしまうツマミを差し出して、ジェンナに落ち着くよう指図した。ただそれは、火に油を注いでフライパンをぶちまけるような真似でしかなかった。
しかし、カタギの人間に怒りをぶちまけることを基本的に嫌うようで。けれど、ビジネスのチャンスを逃したくないのはジェンナも同じ。
「指図してんじゃねぇよっ。クソアイリッシュども!」
「アッ!」
エポナを殴りたい気持ちを抑えて、ジェンナは料理を払い除けた。
見事に手の中から皿が吹き飛び、刺し身達が空中でキレイな赤いアーチを咲かせる。一瞬世界がコマ送りの無声映画のようになり、切り身となった魚達の生涯さえ見えたような気がした。
気の所為だ。
「……」
床に散った刺し身の無残な姿に、エポナは手の震えが止まらなかった。もし体が動いて理性的に行動できたなら、床に膝をついてかき集めていたことだろう。
そのようなエポナのショックを察してか、ジェンナ達以外はどうしたものかと硬直してしまっている。
「いきますよッ」
「クヒュヒュッ。はいはーい」
ジェンナはややいたたまれなくなった様子でその場を去る。残る5人はその後ろをぞろぞろとついて行って、そのまま"フォア・デューセス"を出ていくのだった。
結果的とはいえ、ここでカァッとなってカポネを殴ったときのように馬鹿をやらかさなくてよかった。
後で知ったことだが、彼らはジェンナ兄弟という。ノースサイドやサウスサイドのギャングとは一線を画した無法者達だとか。『兄妹』が正しいようにも思えるが、それはまた機会があれば語ることとしよう。
「こうなりゃ、やるっきゃねぇか」
ゴミとなった刺し身達を片付けるエポナを他所に、サウスサイドの面々しかいなくなった店内でトーリオが話を再開した。
「やるんですか?」
「あぁ」
なにやら抽象的な会話なのでほとんどわからなかったが、どことなく自分を意識されていることに気づくエポナ。
「……なんだ?」
「いやいや、こうなったら本気で接待するしかねぇなってな」
問うとカポネが気色悪い笑みを浮かべて答える。
あまり良い予感こそしなかったものの、コロシモに料理を振る舞えなかった心残りもあった。今ひとつ完全燃焼できていないのは確かなので、エポナはカポネ達の提案に乗ることにした。
要するに、今度も他の幹部であるイェールも交えて料理で接待し、ビジネスについて説得するという話である。
決行は5月10日、コロシモが営む酒場で。次に買いだめた酒を納品しにいくタイミングで、だ。
「それなら逃げられたりしないだろ?」
「まぁ、怒ってどこかにいくわけにもいかないな。よーしッ」
エポナは完全にカポネのことを信じていた。ジェンナ兄弟の1人に料理を台無しにされ、リベンジにも燃えていたせいだろう。
「なかなか折れてくれませんね」
「オジキの分からず屋め……今がチャンスだってぇのに!」
「禁酒法で馬鹿やってる今こそ、密売すりゃ設けれるんですけどね」
「なぁにが、『手段を選ばない商売は身を滅ぼす』だッ。だからこうして雁首揃えてんじゃねぇか!」
どうやら、聞かなくても良かった話のようだ。
カポネ達が提案したいけない商売を、コロシモは危険だと考え蹴ったわけである。
詳細な事業計画はわからないものの、酒の売買が禁止となった状況を利用するつもりらしい。エポナの素人目から見ても、危険なのはよく分かる。
「おい、サウスサイドの相談役」
そう声をかけてきたのは、マフィアとは思えないタレ目で童顔の青年だった。一瞬、少年かとさえ思うほどの不釣り合いさと可愛さである。
その後ろには、部下なのかどうなのか6人ほどの男女が連れ立っていた。
「話はまとめておいてくれよな。なぁ」
青年の言葉に、トーリオはやや疎ましげな表情をしながら答える。
「オバニオン……。安心しろって、悪いようにはしないからよ」
「ケケケッ。マジそんときゃどうなるか、わかってんだろなぁ?」
すると、後ろに控えていた人達の1人が割り込んで、睨めつけるかのようにトーリオを脅した。
オバニオンへの無礼を気にしないあたり、6人は仲良しというわけではなさそうだ。見上げる瞳はイェールに近い獣性を秘めていて、自分に向けられたものでないのにエポナは身震いしてしまった。
「ジェンナの。そうビビらせてやるな。こいつらのファミリーは臆病なんだ」
オバニオンは怯まずにジェンナをたしなめた。トーリオやカポネへの侮蔑は含まれているが、真実なので誰も言い返したりはしなかった。
ここでケンカをしてもトーリオ側としては不利で、見す見す利益を逃したくないというのもあったのだろう。
とはいえ、一方が争いを避けようとしてももらい事故はどうしようもない。
「あ? 誰にもの言ってんだ、なぁ、イタリー」
ジェンナと呼ばれた男は、オバニオンに対して侮辱的な言葉を返した。オバニオンはというと、流石に分が悪いと思ったのか諸手を上げてジェンナをなだめようとする。
「WASP(ホワイト・アングロサクソン・プロテスタントの略)みたいなことを言うなよ」
さらに場をなだめるべく、なぜかエポナまで口を挟む。挟みたくなった。
「そうだろうに。ビジネスの話をしにきて、何をケンカする必要がある? これでも食って落ち着け」
残ることになってしまうツマミを差し出して、ジェンナに落ち着くよう指図した。ただそれは、火に油を注いでフライパンをぶちまけるような真似でしかなかった。
しかし、カタギの人間に怒りをぶちまけることを基本的に嫌うようで。けれど、ビジネスのチャンスを逃したくないのはジェンナも同じ。
「指図してんじゃねぇよっ。クソアイリッシュども!」
「アッ!」
エポナを殴りたい気持ちを抑えて、ジェンナは料理を払い除けた。
見事に手の中から皿が吹き飛び、刺し身達が空中でキレイな赤いアーチを咲かせる。一瞬世界がコマ送りの無声映画のようになり、切り身となった魚達の生涯さえ見えたような気がした。
気の所為だ。
「……」
床に散った刺し身の無残な姿に、エポナは手の震えが止まらなかった。もし体が動いて理性的に行動できたなら、床に膝をついてかき集めていたことだろう。
そのようなエポナのショックを察してか、ジェンナ達以外はどうしたものかと硬直してしまっている。
「いきますよッ」
「クヒュヒュッ。はいはーい」
ジェンナはややいたたまれなくなった様子でその場を去る。残る5人はその後ろをぞろぞろとついて行って、そのまま"フォア・デューセス"を出ていくのだった。
結果的とはいえ、ここでカァッとなってカポネを殴ったときのように馬鹿をやらかさなくてよかった。
後で知ったことだが、彼らはジェンナ兄弟という。ノースサイドやサウスサイドのギャングとは一線を画した無法者達だとか。『兄妹』が正しいようにも思えるが、それはまた機会があれば語ることとしよう。
「こうなりゃ、やるっきゃねぇか」
ゴミとなった刺し身達を片付けるエポナを他所に、サウスサイドの面々しかいなくなった店内でトーリオが話を再開した。
「やるんですか?」
「あぁ」
なにやら抽象的な会話なのでほとんどわからなかったが、どことなく自分を意識されていることに気づくエポナ。
「……なんだ?」
「いやいや、こうなったら本気で接待するしかねぇなってな」
問うとカポネが気色悪い笑みを浮かべて答える。
あまり良い予感こそしなかったものの、コロシモに料理を振る舞えなかった心残りもあった。今ひとつ完全燃焼できていないのは確かなので、エポナはカポネ達の提案に乗ることにした。
要するに、今度も他の幹部であるイェールも交えて料理で接待し、ビジネスについて説得するという話である。
決行は5月10日、コロシモが営む酒場で。次に買いだめた酒を納品しにいくタイミングで、だ。
「それなら逃げられたりしないだろ?」
「まぁ、怒ってどこかにいくわけにもいかないな。よーしッ」
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