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カポネの姿を見送ってから10秒ほど経過する。
「あッ……」
呆然としていてはいけない。勘弁しろと言われて放っておくのも目覚めが悪くなるため、エポナはカポネを追った。
拷問部屋に入るのは当然怖いが、大した怪我もしていないのだから一発やり返せば済む話である。
「そこまでしなくとも……」
部屋の中に入ると、エポナは言葉を失った。色々と不気味な道具が揃っていることもだが、薄めのベッド・マットで簀巻きにされ吊るされている英国紳士というのも奇妙な光景だ。
「えーと、ほら、料理下手のイギリス人が言うことさ。な?」
「あぁ、そういうことか」
助けてやろうとしたが、出てきた言葉はなんのフォローにもなっていなかった。カポネにとっては情報になりえたようだ。
「仕方ねぇ。おい、お前ら」
「へいッ」
「ハベッ!」
カポネの指示にガウチョが答え、危ういところで同僚は解放された。大した高さではないにせよ、頭から落とされたのは罰と言えるか。
それでも、血を見ることなく済んで良かった。
「ふぅ」
「うぅぅ、助かったぁ。すまんかった……」
エポナは一安心した。同僚にも謝って貰えたので十分だ。
エポナからしてみれば、単に騒ぎを大きくするまいとしただけである。が、どうもその日から周囲の見る目が変わったような気がした。
マフィア達に意見できる奴など普通とは思われないのだが、それを自覚しなのがエポナであった。
影ではカポネ達のために料理を作るなどしているものの、伝えていなければ他人にとってエポナが彼と対等にいるように見える。そういうものである。
「……」
だから、なぜ自身がここにいるのかエポナは理解できなかった。
棒立ちになっているため、カポネが問いかけてくる。
「どうした? 緊張してるのかよ?」
「いや、確かに料理を振る舞えるのは良いんだが……」
本当に怖がっていないので、エポナはあっさりと答えた。ただ、エポナの料理を食べたいという人物が多くなったので、そういう約束で呼び出されたわけだ。
大体の予想はできていたといえ、薄暗い大部屋に出揃っているのはマフィア、マフィア。見渡す限りマフィアである。
「カポネ、この場にカタギ連れてくるったぁよっぽどの自信があるんじゃろな?」
エポナ達から離れた、最も上座にいる巨漢が唐突に口を開いた。
柔和で決して強い語調でないにも関わらず、場の空気が凍りついたというのか鈍くなったのがわかる。どこにでもいそうな中年の男でありながら、カポネや隣のトーリオが頭の上がらない人物。
ジェームズ=コロシモ。"ビッグ・ジム"とも、その特筆すべき身につけたダイヤモンドの数々から"ダイヤモンド・ジム"などとも呼ばれている。
トーリオの叔父にあたり彼の所属するファミリー、サウスサイド・ギャングのボスだ。
「あぁ、もちろんですよッ」
少しの沈黙を置いて、空気を払拭しようとカポネが答えた。
エポナに向かう視線が同意を求めているようで、彼女も若干の直立姿勢になって肯定する。
「相応の時間さえもらえるんでしたら、何を注文してくださっても良いですよ」
一応、雇い主の上司ということで敬意は払った。
どことなくえばった成金という感じもあって、直ぐには好きになれない。ただ、一般人であるエポナがマフィアの集会にいても頭ごなしに追い出さないのは、人当たりの良さや豪胆さゆえだろうか。
「クカカカカカッ! ン」
エポナの肝の座り具合が面白いらしく、以前にも見た誰かと似たような笑いをコロシモは見せた。さらにキューバ産葉巻を咥える。
気軽にやれという合図だったらしく、下っ端がコロシモの葉巻に火をつける以外は、皆も思い思いにタバコや酒に手を伸ばす。
エポナも少し気を抜いて注文を待つ。
「そうじゃな。まぁ、酒に合うものを適当に頼もうかの」
「そうですか」
エポナは、頼まれたものが簡単なツマミだったことに少し残念そうな顔をした。
とりあえず、紫煙と酒気の満ちた刺激たっぷりの部屋から逃れられるのであればと諦めて踵を返す。
コロシモのご機嫌を取りつつ話される議題と言えば、やはりロクなものではなさそうで。
「それでオジキ、例の件は考えてくれたのかよ?」
犯罪の相談であった。
関わるまいと厨房に逃げ込み、ガウチョなどに頼んで買ってきてもらった食材を前にする。それ以外は予め準備していたわけでもないので、手早くツマミになりそうなものを作っていくエポナ。
ニッポンという国では、生魚を切り身にしてショーユなるタレをつけて食べるらしい。デビルフィッシュを食べると聞いたときは信じられなかった。ただし、ウナギをアレほど美味しく食べられるようにしたニッポン人は凄いと思っている。
そんなこんなで料理を作り終え厨房を出たのだが、この30分かぐらいの間に話し合いがご破断になっていた。
「これは?」
解散状態を見て、エポナはカポネに問いかけた。内心、料理を振る舞えないことがとてつもなく残念でならなかった。
「あッ……」
呆然としていてはいけない。勘弁しろと言われて放っておくのも目覚めが悪くなるため、エポナはカポネを追った。
拷問部屋に入るのは当然怖いが、大した怪我もしていないのだから一発やり返せば済む話である。
「そこまでしなくとも……」
部屋の中に入ると、エポナは言葉を失った。色々と不気味な道具が揃っていることもだが、薄めのベッド・マットで簀巻きにされ吊るされている英国紳士というのも奇妙な光景だ。
「えーと、ほら、料理下手のイギリス人が言うことさ。な?」
「あぁ、そういうことか」
助けてやろうとしたが、出てきた言葉はなんのフォローにもなっていなかった。カポネにとっては情報になりえたようだ。
「仕方ねぇ。おい、お前ら」
「へいッ」
「ハベッ!」
カポネの指示にガウチョが答え、危ういところで同僚は解放された。大した高さではないにせよ、頭から落とされたのは罰と言えるか。
それでも、血を見ることなく済んで良かった。
「ふぅ」
「うぅぅ、助かったぁ。すまんかった……」
エポナは一安心した。同僚にも謝って貰えたので十分だ。
エポナからしてみれば、単に騒ぎを大きくするまいとしただけである。が、どうもその日から周囲の見る目が変わったような気がした。
マフィア達に意見できる奴など普通とは思われないのだが、それを自覚しなのがエポナであった。
影ではカポネ達のために料理を作るなどしているものの、伝えていなければ他人にとってエポナが彼と対等にいるように見える。そういうものである。
「……」
だから、なぜ自身がここにいるのかエポナは理解できなかった。
棒立ちになっているため、カポネが問いかけてくる。
「どうした? 緊張してるのかよ?」
「いや、確かに料理を振る舞えるのは良いんだが……」
本当に怖がっていないので、エポナはあっさりと答えた。ただ、エポナの料理を食べたいという人物が多くなったので、そういう約束で呼び出されたわけだ。
大体の予想はできていたといえ、薄暗い大部屋に出揃っているのはマフィア、マフィア。見渡す限りマフィアである。
「カポネ、この場にカタギ連れてくるったぁよっぽどの自信があるんじゃろな?」
エポナ達から離れた、最も上座にいる巨漢が唐突に口を開いた。
柔和で決して強い語調でないにも関わらず、場の空気が凍りついたというのか鈍くなったのがわかる。どこにでもいそうな中年の男でありながら、カポネや隣のトーリオが頭の上がらない人物。
ジェームズ=コロシモ。"ビッグ・ジム"とも、その特筆すべき身につけたダイヤモンドの数々から"ダイヤモンド・ジム"などとも呼ばれている。
トーリオの叔父にあたり彼の所属するファミリー、サウスサイド・ギャングのボスだ。
「あぁ、もちろんですよッ」
少しの沈黙を置いて、空気を払拭しようとカポネが答えた。
エポナに向かう視線が同意を求めているようで、彼女も若干の直立姿勢になって肯定する。
「相応の時間さえもらえるんでしたら、何を注文してくださっても良いですよ」
一応、雇い主の上司ということで敬意は払った。
どことなくえばった成金という感じもあって、直ぐには好きになれない。ただ、一般人であるエポナがマフィアの集会にいても頭ごなしに追い出さないのは、人当たりの良さや豪胆さゆえだろうか。
「クカカカカカッ! ン」
エポナの肝の座り具合が面白いらしく、以前にも見た誰かと似たような笑いをコロシモは見せた。さらにキューバ産葉巻を咥える。
気軽にやれという合図だったらしく、下っ端がコロシモの葉巻に火をつける以外は、皆も思い思いにタバコや酒に手を伸ばす。
エポナも少し気を抜いて注文を待つ。
「そうじゃな。まぁ、酒に合うものを適当に頼もうかの」
「そうですか」
エポナは、頼まれたものが簡単なツマミだったことに少し残念そうな顔をした。
とりあえず、紫煙と酒気の満ちた刺激たっぷりの部屋から逃れられるのであればと諦めて踵を返す。
コロシモのご機嫌を取りつつ話される議題と言えば、やはりロクなものではなさそうで。
「それでオジキ、例の件は考えてくれたのかよ?」
犯罪の相談であった。
関わるまいと厨房に逃げ込み、ガウチョなどに頼んで買ってきてもらった食材を前にする。それ以外は予め準備していたわけでもないので、手早くツマミになりそうなものを作っていくエポナ。
ニッポンという国では、生魚を切り身にしてショーユなるタレをつけて食べるらしい。デビルフィッシュを食べると聞いたときは信じられなかった。ただし、ウナギをアレほど美味しく食べられるようにしたニッポン人は凄いと思っている。
そんなこんなで料理を作り終え厨房を出たのだが、この30分かぐらいの間に話し合いがご破断になっていた。
「これは?」
解散状態を見て、エポナはカポネに問いかけた。内心、料理を振る舞えないことがとてつもなく残念でならなかった。
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