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Menue1-1.ジョッグとエスニック料理とジョーク
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年を一つ越えたかどうかということ、"ハーバード・イン"の前にいくらかの人だかりができていた。カポネが、イェールのボスに呼ばれイリノイ州シカゴへと旅立つことになったことへの送別会である。
多くは、お店の仲間。少人数、正体こそ隠しているようだがギャングやマフィアの仲間達がいる。
「おいおい、そんなに嬉しいんですか?」
「そりゃよ……グスッ」
今、カポネをハグして餞別を手渡している青年はチャールズ=ルチアーノという。大親友からの手土産として2万ドル(現在の3000万円)を受け取り、カポネも珍しく瞳をうるませていた。
「……」
その様子を冷ややかに見守るエポナは、カポネが泣いている理由を知っていた。
餞別がトドメとなったのは確かではあるが、命からがらの状態から逃げられると喜んでいるのだ。なにせ、イェールの敵対している組織の組員を2人ほど始末して、そこのボスに命を狙われている。今回の移籍は、まさに渡りに船というわけだ。
言った通り毎回のようにまかない料理を頼みにくる度、本人にそのつもりはなかっただろうが悩みを聞かされた。
エポナ達店側からすれば、そんな面倒事を残して立ち去ってくれるなと文句も言いたい。かろうじて、"ホワイト・ハンド"なる組織のボス――ワイルド=ビル・ロベットもカタギに手を出すのは稀だとわかっているから、送り出せるというもの。
警察にパクられること十数回、よくぞこんな男に人心がつくなと感心するエポナだった。まぁ、エポナが言えた義理ではない。
「フッ」
誰にも気づかれない程度に苦笑を漏らし、そしてカポネを見送るのだった。
「さぁ、皆に挨拶してきなさいな」
エポナの鼻息に気づいたわけでもないだろうが、ルチアーノがカポネの背中を押して勧めた。本人が素直に別れを言いにこないから、誤魔化しついでにエポナから声かける。
「もう会えなくなると思うと寂しいな」
「ふんっ」
するとカポネは軽く手を振るだけで、フォードに乗り込んで行ってしまう。
しかしこれで、自分の料理を好んでくれる人が1人減った。がまさか、僅か数ヶ月でさっきの言葉がひっくり返されるとは思ってもみなかった。
夏に差し掛からないうちに、下働きを終えたカポネがやってくる。
「トーリオの兄貴に店を一つ任されてよ。俺が気に入った奴を雇えるんだ」
だからわざわざ話を持ちかけにきたのかと、エポナは呆れた表情をカポネに向けるのだった。
それでもカポネは怯まずに続ける。
「言っただろ? これからも頼むって」
「永久雇用の約束だったとは思わないよ……」
馬鹿と付け加えたいところをグッおさえ、エポナは未来の雇い主に敬意を払うことにした。嫌いではないが敬意までと言われると……。
「あー、とりあえず感謝しよう」
「なんで目を逸らすんだよ、おい?」
カポネにツッコミを入れられるも、とりあえず話を続けた。
急なことなのであの料理長にどう話を通すかだとか、いつ引っ越しするかなどで軽い相談をした。あっさりと決めたように思えるが、これでもエポナは多く悩んだのである。
確かに、今の仕事場を辞めて皆に迷惑をかけることは避けたかった。反面で良い仕事があるならばそっちに移りたいし、エポナが自由に料理を作れる機会も増えることだろう。
「……ふぅ」
最たる問題は引っ越しだった。アパートの一室である部屋を見渡して、エポナは小さくため息をついた。
荷物など、父が亡くなり、その数年後に母が亡くなった際、ほとんどを片付けてしまったので大して多くない。それでも、十年以上を過ごしたアパートから立ち去るには後ろ髪を引かれる。エポナに乗っかった思い出というのはそれほど軽くない。
母親と使っていた鍋を頭に被って、膝に顔を埋める。
泣いてなどいない。泣いてなどいられない。
確かに、住み慣れた場所を離れ、シカゴという大都市で人種の問題と戦わなければならないのは不安である。女であることを隠していけるという問題も。
少し膨らむだけで、押しつぶされそうになる。
「大丈夫……」
エポナは自分に言い聞かせた。
こんな姿を見せては豪胆だった母に笑われてしまうから、自らを奮い立たせて手を動かす。何度も、何度も、何度も思い出に縋りたくなりながらだ。
何日か後には、なんとか片付けを終わらせて引っ越しができた。今、エポナはトラックに少しの荷物と一緒に積まれてシカゴへの旅路である。
「手伝って貰って悪いな」
エポナが声をかけたのは、運転席に座るカポネ――ではなくガウチョだ。記憶にある人はいるだろうか。
「カポネ……さんの指示だからな。ま、気にするなって」
やや不服を醸し出しながらも、ガウチョは手を振ってこう堪えた。
カポネに少し遅れること、彼のボスとなったジョニー=トーリオの下についたらしい。その姿はきっと、ボスのところで下積みをしていたカポネと似通っていることだろう。
こうして上役の送り迎えをして、用心棒らしく周囲に吠えかかる狂犬。
「お兄さんったら。こう上手く進んだのも、カポネさんとの一件で箔が付いたからでしょう? もう少し感謝しなくっちゃ」
からかうように兄を叱咤したのは、ガウチョの妹だった。なんだかんだでカポネとは上手くやっているようで、兄ともども働かせて貰っているとのこと。
多くは、お店の仲間。少人数、正体こそ隠しているようだがギャングやマフィアの仲間達がいる。
「おいおい、そんなに嬉しいんですか?」
「そりゃよ……グスッ」
今、カポネをハグして餞別を手渡している青年はチャールズ=ルチアーノという。大親友からの手土産として2万ドル(現在の3000万円)を受け取り、カポネも珍しく瞳をうるませていた。
「……」
その様子を冷ややかに見守るエポナは、カポネが泣いている理由を知っていた。
餞別がトドメとなったのは確かではあるが、命からがらの状態から逃げられると喜んでいるのだ。なにせ、イェールの敵対している組織の組員を2人ほど始末して、そこのボスに命を狙われている。今回の移籍は、まさに渡りに船というわけだ。
言った通り毎回のようにまかない料理を頼みにくる度、本人にそのつもりはなかっただろうが悩みを聞かされた。
エポナ達店側からすれば、そんな面倒事を残して立ち去ってくれるなと文句も言いたい。かろうじて、"ホワイト・ハンド"なる組織のボス――ワイルド=ビル・ロベットもカタギに手を出すのは稀だとわかっているから、送り出せるというもの。
警察にパクられること十数回、よくぞこんな男に人心がつくなと感心するエポナだった。まぁ、エポナが言えた義理ではない。
「フッ」
誰にも気づかれない程度に苦笑を漏らし、そしてカポネを見送るのだった。
「さぁ、皆に挨拶してきなさいな」
エポナの鼻息に気づいたわけでもないだろうが、ルチアーノがカポネの背中を押して勧めた。本人が素直に別れを言いにこないから、誤魔化しついでにエポナから声かける。
「もう会えなくなると思うと寂しいな」
「ふんっ」
するとカポネは軽く手を振るだけで、フォードに乗り込んで行ってしまう。
しかしこれで、自分の料理を好んでくれる人が1人減った。がまさか、僅か数ヶ月でさっきの言葉がひっくり返されるとは思ってもみなかった。
夏に差し掛からないうちに、下働きを終えたカポネがやってくる。
「トーリオの兄貴に店を一つ任されてよ。俺が気に入った奴を雇えるんだ」
だからわざわざ話を持ちかけにきたのかと、エポナは呆れた表情をカポネに向けるのだった。
それでもカポネは怯まずに続ける。
「言っただろ? これからも頼むって」
「永久雇用の約束だったとは思わないよ……」
馬鹿と付け加えたいところをグッおさえ、エポナは未来の雇い主に敬意を払うことにした。嫌いではないが敬意までと言われると……。
「あー、とりあえず感謝しよう」
「なんで目を逸らすんだよ、おい?」
カポネにツッコミを入れられるも、とりあえず話を続けた。
急なことなのであの料理長にどう話を通すかだとか、いつ引っ越しするかなどで軽い相談をした。あっさりと決めたように思えるが、これでもエポナは多く悩んだのである。
確かに、今の仕事場を辞めて皆に迷惑をかけることは避けたかった。反面で良い仕事があるならばそっちに移りたいし、エポナが自由に料理を作れる機会も増えることだろう。
「……ふぅ」
最たる問題は引っ越しだった。アパートの一室である部屋を見渡して、エポナは小さくため息をついた。
荷物など、父が亡くなり、その数年後に母が亡くなった際、ほとんどを片付けてしまったので大して多くない。それでも、十年以上を過ごしたアパートから立ち去るには後ろ髪を引かれる。エポナに乗っかった思い出というのはそれほど軽くない。
母親と使っていた鍋を頭に被って、膝に顔を埋める。
泣いてなどいない。泣いてなどいられない。
確かに、住み慣れた場所を離れ、シカゴという大都市で人種の問題と戦わなければならないのは不安である。女であることを隠していけるという問題も。
少し膨らむだけで、押しつぶされそうになる。
「大丈夫……」
エポナは自分に言い聞かせた。
こんな姿を見せては豪胆だった母に笑われてしまうから、自らを奮い立たせて手を動かす。何度も、何度も、何度も思い出に縋りたくなりながらだ。
何日か後には、なんとか片付けを終わらせて引っ越しができた。今、エポナはトラックに少しの荷物と一緒に積まれてシカゴへの旅路である。
「手伝って貰って悪いな」
エポナが声をかけたのは、運転席に座るカポネ――ではなくガウチョだ。記憶にある人はいるだろうか。
「カポネ……さんの指示だからな。ま、気にするなって」
やや不服を醸し出しながらも、ガウチョは手を振ってこう堪えた。
カポネに少し遅れること、彼のボスとなったジョニー=トーリオの下についたらしい。その姿はきっと、ボスのところで下積みをしていたカポネと似通っていることだろう。
こうして上役の送り迎えをして、用心棒らしく周囲に吠えかかる狂犬。
「お兄さんったら。こう上手く進んだのも、カポネさんとの一件で箔が付いたからでしょう? もう少し感謝しなくっちゃ」
からかうように兄を叱咤したのは、ガウチョの妹だった。なんだかんだでカポネとは上手くやっているようで、兄ともども働かせて貰っているとのこと。
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