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投稿4・旅行者はどこを旅する[上井鳥 乃愛(仮名)、23歳、女、無職]
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抜けたところがあるものの、玄関の扉はしっかり施錠されていた。立入禁止扉だけが立て付けが悪くなっていたらしく、ただ常夜灯の薄い灯りが扉の隙間に吸い込まれているのに気付いて、親友譲りの好奇心がついついうずいてしまったのである。開けてはならない場所が開いていたのでは、怒られる恐怖より勝るというものだろう。
乃愛はドアの軋みに気をつけながら、隙間に体を押し込む。薄いホワイトシルクの夜着が、親友の胸ほど主張していたら通り抜けられなかっただろう。寄せ上げているブラジャーを外してきたのも功を奏した。
「あいつのおっぱいじゃ無理だったわね」
乃愛は馬鹿げたことを考えながら、薄暗い地下への階段を降りていった。手足に当たる感覚から、コンクリート打ちの壁であることは伺えた。そして、降りきって真っ先に木製の板が触れるのがわかる。
少し探れば鉄の香りがするドアノブがあり、何気なく扉を開く。開くとは思って居なかったから、闇が奥に広がった際には少し息を呑んでしまった。そして、後悔することになる。
「え……?」
乃愛は小さな声を上げた。まず鼻を突くのは公衆トイレに近い臭いを薄くしたもので、微かに磯の香りか何かを含んでいた。次に耳朶を撫でていくのは、ウーウーッという断続的なケモノの唸り声か何かである。大きめの檻もあり、四つん這いになった何かが微かに見えた。
そこまでは、動物でも飼っているのだろうと考えて、10センチそこらの隙間を閉じてしまえば良い。視線が少し下に下がってしまったのが運の尽きだ。
「……!」
可能な限り音を立てないように、しかし急いで扉を閉じた。
「き、気の所為よね……?」
そうつぶやいた原因は、床に転がっていた布切れのせいだ。引きちぎられたように無残なボロ布に、ところどころ赤い滲みが見えたのである。
乃愛は見たものの存在を忘れようと、理由や原因を考えまいとして、視線を通路の奥へと泳がせた。そこには、嫌な考えを忘れさせれてくれる一条の光。こっちも扉が僅かに開いており、中でロウソクか何かに光が漏れているのだ。
乃愛は、誘蛾灯に誘われる虫の如くそれに惹きつけられてしまった。
揺れ動くのは5人の影。髭面の男とその奥方は直接その場から見られ、残る3つは姿こそ見えないが声音に記憶はあった。2階の客室に気配がなかったことから、あの3人で間違いないだろう。
「あの若造も、もったいないことをする」
「自分勝手に遅れてくる奴が悪いんだ」
「小便臭いガキの何が良いのやら」
何の話かはわからないものの、もう1人ぐらい関係者がいるらしかった。しかし、そんなことよりも気になるものがあった。
いわゆるボーンテージ衣装と呼ばれる合皮の、露出度の高い服をペンションの奥さんが着ていたのだ。目隠しをされ、更にはボールギャグまで。ちょっと雑誌で見た程度だが、その手のプレイ用と思われる手枷も着けていた。
乃愛はその場がどういう場なのか理解して、足に力が入らなくなり尻もちをつく。その間にも、旦那の男は奥さんのの体を、平手やゴム紐が無数に付いたような黒い鞭で体を痛めつけ始める。
「ングッ!」
彼女の悲鳴が上がった。膝を折って四つん這いの四つん這いになった彼女に、さらなる一撃が加えられた。ただ、その悲鳴達はどこか甘美である。
地下室ゆえか、緊張で体温が上昇したのか、乃愛の頬を一筋の水玉が流れ落ちる。それを皮切りに、全身からブワッと水気が吹き出す。
「ぅん~~!! ふぅ、ふぅ……」
痛みに震えるも嫌がった風に身を捩ったりはしないので、そういう社交場なのだと乃愛は信じた。プレイ用の鞭を振るうリズムも一定で、周りで見ている男達もジッと座ったままだ。ブツブツと何か呪文めいたものまで口ずさんでいる。
直ぐにその場にとどまるのが良くないと思いだしたため、震える足に鞭打って立ち上がった。
逃げ出したところで、コンクリートに作った汗の跡で見破られ、脅され体を穢されるのではないか。そんなことさえ考えたが、頭を振ると妄想を否定して動き出す。
「大丈夫。流石に、誰にも言えっこないわ……」
こんな儀式めいた社交場のことなど一夜の夢と忘れて貰った方が良いに決まっていると、そう信じた。しかし、最後に僅かに聞こえてくる電子音に、なぜかフと立ち止まってしまう。直ぐに旦那が携帯電話に出て、その会話内容を大声で話し始めた。
「はい。御神に奉納する供物の女が見つかった……? 本当ですか?」
地下に反響はしていても、彼の悔しげな声音は良くわかった。
「なんだ、アヤツか。せっかく自分の女を差し出したのに、一歩遅かったの」
「来年か再来年か、また使えば良いさ」
「御神の贄だ。1年も保つかわからんからな」
男達が口々に、話はなかったものとして言った。
当然、旦那にとって認められることではないし、諦めることなどできなかっただろう。
「そこを、なんとか……! 妻では、年も……」
男達に食い下がり、幹部とやらに取り立てて貰えないかと頼んだ。乃愛にしてみれば一方的で酷い話だと思った。だが、そんな悠長なことも考えていられないらしい。
「あ~、離せ」
「いや、ならば若い女を見繕えば」
「あぁ、そうだ。そこで出歯亀していたのがな」
やはりバレていた。それにしても先の言葉、旦那の心境を思えば強行に出ても仕方ない。乃愛はその場を大急ぎで逃げようとするも、やはり恐怖とも違うおかしな感覚が残っていて足が震えてしまう。
車に乗りさえすれば逃げ切れるし、せめてスマフォさえ取れれば良いのだが。このままでは捕まってしまうと考えた乃愛は、熊みたいな男が出てくる前に側の部屋に飛び込んだ。檻のケモノが出てくることは無いだろうし、彼らをやり過ごしてから窓を破って出れば良い。
「はぁ、はぁ……。少しだけ。後は窓から出て、車に飛び乗る」
頭の中を整理しながら、耳を澄ませて男達が駆けて出ていくのを待った。
息を整えて足が動き始めたことを確認する。しかし、そこで部屋のスイッチに手が触れてしまう。それだけなら男達の動向を考えると、なんとかバレずに済んだと思う。
「なっ……」
眼の前に現れた見知った姿を見て、ついつい声を上げそうになったが。頭に過った言葉は1つ。
どうして、こんなところに。
乃愛はドアの軋みに気をつけながら、隙間に体を押し込む。薄いホワイトシルクの夜着が、親友の胸ほど主張していたら通り抜けられなかっただろう。寄せ上げているブラジャーを外してきたのも功を奏した。
「あいつのおっぱいじゃ無理だったわね」
乃愛は馬鹿げたことを考えながら、薄暗い地下への階段を降りていった。手足に当たる感覚から、コンクリート打ちの壁であることは伺えた。そして、降りきって真っ先に木製の板が触れるのがわかる。
少し探れば鉄の香りがするドアノブがあり、何気なく扉を開く。開くとは思って居なかったから、闇が奥に広がった際には少し息を呑んでしまった。そして、後悔することになる。
「え……?」
乃愛は小さな声を上げた。まず鼻を突くのは公衆トイレに近い臭いを薄くしたもので、微かに磯の香りか何かを含んでいた。次に耳朶を撫でていくのは、ウーウーッという断続的なケモノの唸り声か何かである。大きめの檻もあり、四つん這いになった何かが微かに見えた。
そこまでは、動物でも飼っているのだろうと考えて、10センチそこらの隙間を閉じてしまえば良い。視線が少し下に下がってしまったのが運の尽きだ。
「……!」
可能な限り音を立てないように、しかし急いで扉を閉じた。
「き、気の所為よね……?」
そうつぶやいた原因は、床に転がっていた布切れのせいだ。引きちぎられたように無残なボロ布に、ところどころ赤い滲みが見えたのである。
乃愛は見たものの存在を忘れようと、理由や原因を考えまいとして、視線を通路の奥へと泳がせた。そこには、嫌な考えを忘れさせれてくれる一条の光。こっちも扉が僅かに開いており、中でロウソクか何かに光が漏れているのだ。
乃愛は、誘蛾灯に誘われる虫の如くそれに惹きつけられてしまった。
揺れ動くのは5人の影。髭面の男とその奥方は直接その場から見られ、残る3つは姿こそ見えないが声音に記憶はあった。2階の客室に気配がなかったことから、あの3人で間違いないだろう。
「あの若造も、もったいないことをする」
「自分勝手に遅れてくる奴が悪いんだ」
「小便臭いガキの何が良いのやら」
何の話かはわからないものの、もう1人ぐらい関係者がいるらしかった。しかし、そんなことよりも気になるものがあった。
いわゆるボーンテージ衣装と呼ばれる合皮の、露出度の高い服をペンションの奥さんが着ていたのだ。目隠しをされ、更にはボールギャグまで。ちょっと雑誌で見た程度だが、その手のプレイ用と思われる手枷も着けていた。
乃愛はその場がどういう場なのか理解して、足に力が入らなくなり尻もちをつく。その間にも、旦那の男は奥さんのの体を、平手やゴム紐が無数に付いたような黒い鞭で体を痛めつけ始める。
「ングッ!」
彼女の悲鳴が上がった。膝を折って四つん這いの四つん這いになった彼女に、さらなる一撃が加えられた。ただ、その悲鳴達はどこか甘美である。
地下室ゆえか、緊張で体温が上昇したのか、乃愛の頬を一筋の水玉が流れ落ちる。それを皮切りに、全身からブワッと水気が吹き出す。
「ぅん~~!! ふぅ、ふぅ……」
痛みに震えるも嫌がった風に身を捩ったりはしないので、そういう社交場なのだと乃愛は信じた。プレイ用の鞭を振るうリズムも一定で、周りで見ている男達もジッと座ったままだ。ブツブツと何か呪文めいたものまで口ずさんでいる。
直ぐにその場にとどまるのが良くないと思いだしたため、震える足に鞭打って立ち上がった。
逃げ出したところで、コンクリートに作った汗の跡で見破られ、脅され体を穢されるのではないか。そんなことさえ考えたが、頭を振ると妄想を否定して動き出す。
「大丈夫。流石に、誰にも言えっこないわ……」
こんな儀式めいた社交場のことなど一夜の夢と忘れて貰った方が良いに決まっていると、そう信じた。しかし、最後に僅かに聞こえてくる電子音に、なぜかフと立ち止まってしまう。直ぐに旦那が携帯電話に出て、その会話内容を大声で話し始めた。
「はい。御神に奉納する供物の女が見つかった……? 本当ですか?」
地下に反響はしていても、彼の悔しげな声音は良くわかった。
「なんだ、アヤツか。せっかく自分の女を差し出したのに、一歩遅かったの」
「来年か再来年か、また使えば良いさ」
「御神の贄だ。1年も保つかわからんからな」
男達が口々に、話はなかったものとして言った。
当然、旦那にとって認められることではないし、諦めることなどできなかっただろう。
「そこを、なんとか……! 妻では、年も……」
男達に食い下がり、幹部とやらに取り立てて貰えないかと頼んだ。乃愛にしてみれば一方的で酷い話だと思った。だが、そんな悠長なことも考えていられないらしい。
「あ~、離せ」
「いや、ならば若い女を見繕えば」
「あぁ、そうだ。そこで出歯亀していたのがな」
やはりバレていた。それにしても先の言葉、旦那の心境を思えば強行に出ても仕方ない。乃愛はその場を大急ぎで逃げようとするも、やはり恐怖とも違うおかしな感覚が残っていて足が震えてしまう。
車に乗りさえすれば逃げ切れるし、せめてスマフォさえ取れれば良いのだが。このままでは捕まってしまうと考えた乃愛は、熊みたいな男が出てくる前に側の部屋に飛び込んだ。檻のケモノが出てくることは無いだろうし、彼らをやり過ごしてから窓を破って出れば良い。
「はぁ、はぁ……。少しだけ。後は窓から出て、車に飛び乗る」
頭の中を整理しながら、耳を澄ませて男達が駆けて出ていくのを待った。
息を整えて足が動き始めたことを確認する。しかし、そこで部屋のスイッチに手が触れてしまう。それだけなら男達の動向を考えると、なんとかバレずに済んだと思う。
「なっ……」
眼の前に現れた見知った姿を見て、ついつい声を上げそうになったが。頭に過った言葉は1つ。
どうして、こんなところに。
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