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7話 黒の怪物と溺れる美少女

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 黄色い陽光が窓から差し込み、早く起きろよと僕に語り掛けてくる、そんな朝。
 今日は土曜日だ。
 学校は休みなんだから、もう少しくらい寝かせてくれよ。
 僕は陽射しをよける様に寝返りをうった。

 ぽふん。
 
 ん?なんだ?

 何かが頭に当たる。

 えいっ。

 ぽふん。ぽふん。

 やはり何かが当たる。しかも柔らかくて気持ちがいいのはなぜだろう。
 癖になって何度も頭をその物体に押し当てる。

 えいっ。

 ぽふん。

「んっ……」

 柔らかい何かに当たる度に、吐息交じりの声が聞こえる。どことなくエロいのがまたいい。

 僕は「うぅ」と唸りながら寝起きで重い瞼を持ち上げる。

「おはよう、おにいちゃん。よく眠れたかな?」

 皆さん妹が添い寝していました。

「お前、何してんの⁈」

 めちゃくちゃ動揺しているが表情には出さず平静を装う。

「お兄ちゃんなら、いいよ?」

 パジャマの襟に人差し指を引っ掛けた妹が、潤んだ瞳で言った。 

「答えになってないから。なんで僕の横で寝てんだよ!」

「冗談の通じないお兄ちゃんだな~。起こしても起きないから、一緒に寝ちゃおうと思っただけじゃん」

「通じるわけないだろ!こんな状況普通におかしいだろ!」

「そんなこと言って~、私の胸ぽふん、ぽふん、してたくせに~本当は気持ちよかったんじゃないの~?」

 そりゃそうだけど、とは思っていても言えない。死んでも言えない。死に際になら言ってもいいかもしれない。

 いや、ないな。

「そんなわけないだろ!」

 叫びながら妹をベッドから無理やり押し出す。

「なんだよ、なんだよ。せっかく起こしにきてやったのに、ば~か、ば~か」

 一緒になって寝てたら起こしに来たとは言わねえだろ。でもそんなことを言うと、さらにむくれるのは容易に想像できるので言わない。

「はいはい、わかったわかった。しっしっ!」

 早く出てけ。妹に向かって手をひらひらと振る。

 そんな僕を蔑むように見ていた妹は顔をしかめながら何も言わずドアへ、トコトコと歩いて行った。

「お兄ちゃん……元気になったね」

 後姿の妹が言った。

 なんでもお見通しなんだな。



「真子!ちょっと待って!」

 いきなり呼び止めたものだから、妹が反り返るようにしてこっちを見る。

「なーに?」

「今日の僕の休みはお前に捧げるよ」

「は?」

「だからー僕の貴重な休みを、お前にやるって」

「言ってる意味わかんないんですけど?」

 何でこうも、うちの妹は察しが悪いのか。

「だから、今日はお前と一日遊んでやるって、ドラマでも行きたいとこでも何だってするよ」

「ほんと?」

 妹が目を輝かせる。

 この顔をするときの妹は危険だ。

 後悔の津波が襲い掛かる。でも一度言ってしまったものを撤回するのも良くないよな。男として、兄として腹をくくらなければ。ほとんど勢いにまかせて僕は言った。

「おう!まかせろ!」

 妹に向かって親指を突き立てる。

「やったぁ!じゃぁデートしよ!」

「あっ、あんまりお金ないからね……」

 僕の言葉を最後まで聞かずに妹は部屋をスキップで飛び出していってしまった。

 やれやれだ。時計を見ると針は八時を指している。

 まだ早いじゃないか。

 妹の居ない静まり返った部屋で僕は二度目の睡眠に入った。

 おやすみ。



「で……なにこれ?」

 目の前に広がる工業地帯を指さして、僕は言った。

「コンビナートだよ?」

「いや、そんなの分かってるんだけど……」

「なら良かった!」

「いや、良かったじゃなくて……」

 僕たちが話している間にもコンビナートは一つの大きな怪物の様に轟轟と音を響かせ何かを生み続けているようだった。昼間にも関わらず、妙に薄暗い施設内には妙な恐怖を感じた。今にもゾンビなんかが現れて僕たちに襲い掛かってきそうな異様な雰囲気が辺りに漂っていた。自分の背中がゾクっとする。

「お前、こういうのが好きなの?」

「ん~。この前テレビでやってたんだけどね。コンビナートが最近の若者のデートスポットになってるって。でもなんか思ってたのと違うねぇ」

 もしかして、こいつめちゃくちゃ勘違いしてないか?

「なぁ妹よ」

「ん?なに?」

「それって夜景じゃないか?」

「…………」

 何も言わず眉間に皺を寄せ、妹は目の前の怪物を睨み続けている。

 実に悔しそうである。

 あぁ神よ、このおっちょこちょいな愚妹を救ってはいただけないだろうか。

 神に祈り僕は妹に言った。

「また今度にして、今日は帰ろうか」

「……うん……今度は絶対見ようね」

 二人ともほぼ無言のまま、とぼとぼと歩き続けた。妹はかなり傷心しているようだ。

 兄としては元気にしてやりたいものだが、どうすべきか……掛ける言葉が思い浮かばない。

「お兄ちゃん、何か聞こえない?」

「えっ?」

 唐突に言われ二人の足が止まる。

「ほら、何か聞こえる?」

 妹は目を閉じて耳に手を当てている。

 僕もそれに倣う。

「水の音?」

「この音、なんかおかしいよ」

 言った瞬間、妹が音のする方へ駆け出した。

「おっ、おいっ!待てって!」

 僕の声なんてお構いなしに、音のする方へ走っていく。

「きっと音は川からだよ」

 妹が叫ぶ。

 僕らが歩いていた道路の横は堤防になっており、その向こうには大きな川が広がっている。音はそこからしているらしかった。

 前を走る妹は堤防に設置された階段をウサギのような身軽さで駆け上っていく。

「待って……」

 ぜえぜえと息を切らしながら僕も必死に妹の後を追う。

 あいつ、あんなに運動できたのか……。

「お兄ちゃん!あそこ!」

 先に頂上に着いた妹が川を指さして叫んだ。
 追いついた僕は、すぐに妹の指さす方向に視線を向ける。川の一か所だけが不自然に波打ち泡立っているのが目に入った。

「誰か溺れてる?」

「早く助けないと!」



 溺れていたのは女の子だった。

 僕と真子は水の中でもがく彼女をやっとのことで救出し河原に引き上げた所だ。

「大丈夫ですか?」

 妹の真子が声を掛ける。

 女の子は四つん這いになって、ひたすらに咽ていた。きっと川の水を大量に飲んでしまったのだろう。

 かなりきつそうだ。見ているこっちまで息が詰まりそうだった。

「背中をさすってやった方が良いんじゃないか?僕そこのコンビニでタオル買ってくるよ」

「そうだね。うん、わかった」




 三人分のタオルを買って戻ってくる頃には、女の子の容態はかなり回復していた。

「あっおかえり、お兄ちゃん!」

 堤防を降りてきた僕に気付いて、妹が右手を高く上げる。

「これ……使って……ください」

 僕は小走りで二人の元へむかって、溺れていた女の子に向かって言った。
 案の定、相手の目は見ることが出来ず、伏し目がちにタオルを手渡してしまったが彼女は素直にタオルを受け取り頭に被せた。

「ありがとう。君が私を助けてくれたんだろ?命の恩人だ。本当にありがとう」

 ハリのあるまっすぐな声だった。

「なぜ下ばかり見ているんだ?」

「いっ……いえ……」

「すみません!うちの兄はコミュニケーションに難がありまして」

 妹が弁解する。

「そう言う事か。私にはあまり気を使わなくていいから、気楽にしていいぞ。同い年なんだし」

 同い年?

「17歳……ですか?」

「あぁそうだ。君と同じ17歳」

 なんで僕の歳を、と言いかけて止まる。きっと妹が話したのだろう。

「君の名前も真子ちゃんから聞いた。駿って言うんだろ。私は嵩原虹志こうはら ろな。虹志って呼んでくれ」

 俯く僕の目の前に虹志の手が伸びる。
 多分、握手を求めているのだろう。
 彼女の手をゆっくりと握り返し、思い切って正面を見た。こういう時はしっかりと目を見て話さなきゃと自分に言い聞かせる。

 目の前にはショートカットの活発系美少女がいた。ボーイッシュではあるが、女の子の部分もしっかりと残っていて、男子からも女子からも人気が出そうな雰囲気が溢れ出ている。溺れていた時は助けるのに必死であまり意識していなかった分、こんな風に正面から向き合うとかなりの美人だと気づかされる。

「可愛いですね。虹志さんよろしく」

 とは言えず。

「……よろしく」

 と一言、伏し目がちに僕は言った。

 すぐ隣で妹が大きな溜息を吐いた。





「ほぇー……」

 僕が今日一日に体験したことを大まかに説明し終えたところで、スマホの向こうのサナが一言だけそう言った。

「まぁー……えっと……」

 彼女との沈黙が怖くて、必死に話を繋ごうと言葉を探すが思うようには出てくれない。
 変な間が生まれる前に何か言わないと。なのに気持ちが焦って、うまく考えることが出来ない。

「サナ……は?」

 行き当たりばったりで言葉を繋いでいく。

「サナは今日一日何していたの?」

 かなりの早口で僕は言った。

 女の子のプライベートにこんなにも軽く踏み込んでしまってもいいものかとも思ったが、頭に浮かんだ瞬間、ほぼ無意識で言葉は僕から飛び出してしまっていた。

「えーと……あの……」

 やばい!困ってる。
 完全にミスったかも、と思ったがサナがゆっくりと言葉を続けていく。

「わたしは、今日ずっと家にいました」

 良かった。プライベートな質問をしたことを怒っているようではなさそうだ。

「そうなんだ。それもいいよね」

 とりあえず。当たり障りのない返事をする。
 少なくとも僕自身も家でゆっくりするのは好きな方だ。妹の真子は良く遊びに出かけているようだけど僕には理解できない。兄妹でこうも性格が違うものなのか。僕も真子みたいな性格に生まれていれば―、そんなことを考えているとサナが、

「駿君は兄妹とかいますか?」

「ひゅぇっ‼」

 驚きのあまり変な声が出た。

「えっ、あっ、えっといるよ!妹が一人」

「そうなんですね!私には兄妹がいませんから、羨ましいです」

 サナには兄妹がいないのか。僕は仕入れたての新鮮な情報をノートに書きこんでいく。

「そんな羨ましがる程のものじゃないよ。いたらいたでうるさいし、勝手に部屋に入ってくるし、今日もベッドに……」

 ベッドに勝手に入ってきて添い寝してくるんだと、言いかけて止まる。このことは絶対に話さない方が良いだろ。高2で妹と一緒に寝るとか、絶対引かれる。

「ベッド?」

「ううん、何でもない!まぁホントいてもそんな良いことないよ。アハハ」

「そう言うものなんですね」と言われ、それ以上サナからは何も問い詰められることはなかった。

「サナ、こん」

 話そうとした途端、電話が切れた。

 またか……。

 これまで電話した経験の中で分かったことがいくつかある。

 1、電話は必ず20時に掛かってくる。
 2、相手の電話番号に、こちらから発信しても基本繋がらない。
 3、通話時間は最大で10分までが限度だということだ。また10分に到達する前に自分から通話を切ることは可能である。

 逆に言えば、それ以外の事は全く分かっていない。なぜ僕とサナが繋がったのか。誰が何の目的で繋げているのか、謎はいくつもあった。

 それでも僕は今のこの現状を運命だと信じて、サナとの関係を続けている。僕は初めてサナと繋がったあの日から彼女に惚れてしまっているのだ。

 さっきも、彼女をデートに誘おうとした途端に10分を経過してしまったのだ。その結果、彼女との運命の電話は強制的に断ち切られた。ぐぐぐっとスマホを握る手に力が入る。

 くそー!何で言いかけたところで切れるんだよ!

 誰にぶつけるでもなく苛立った感情をスマホに込め、そのままベッドに思いっきり投げ飛ばした。

 次こそは絶対デートに誘ってやるからな。






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