何も無い僕が貴方の完璧を守る

ゆきりんご

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三十五:デート3

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 お腹を満たした後に着いたのは、中心街の外れにある公園だった。もうすっかり寒くなっているため花は咲いていない。代わりに、暖かい料理やホットワインを出している出店が多くみられる。ホリデーの一ヶ月前になると沢山のお店でにぎわうのだと、リカルドは教えてくれた。

「リカルドは中心街のことに詳しいんだね」
「けっこう情報集めるようにしてるからね」

リカルドは得意げに言う。

「家を継ぐってなると情報は多く持ってた方がいいから。俺、本当は学院には通わないはずだったんだ。父上は帝王学を学ぶなら家庭教師だけでも良いって言ってたし、俺もそれで充分だと思ってた。でもハレーが学院にはいろんな人がいて、面白いって教えてくれたんだ。貴族社会では平民の暮らしは分からないし、帝王学の家庭教師からじゃ教えてもらえないこともあるって。それで興味が湧いて学院に通うことにしたんだ。おかげでシルヴァ君に会えたし、ハレーには感謝しなきゃね」

リカルドが自分の話をするなんて珍しい。
僕はリカルドのことを何も知らない。それは僕が聞こうとしてこなかったからだ。思えば今日だって、僕の好きな本屋に行って、僕が好きそうなお店でお昼ご飯を食べた。リカルドの好きなものは? 僕は何も知らない。

「……今みたいなリカルドの話、もっと聞かせてよ」

リカルドは、きょとんとした顔を見せた。

「リカルドはいつも僕に聞いてばかりで、自分のこと話さないから」
「シルヴァ君が俺に興味を持ってくれるなんて驚いたよ」

僕は質問を重ねた。趣味や好きな色、食べ物といったことを。
趣味は投資。次期当主になるにあたって、領主貴族でない魔術師御三家は、領主経営でない手段でお金を稼がなくてはならない。ご当主から資本を渡されて「増やしてみろ」と言われ、投資に目を付けたという。練習の一環として始めたが、存外に才能があったらしい。

「段々楽しくなってきてね。学院があるから毎日はできないんだけど。長期休みは毎日変動を確認してるよ」
「それ趣味って言うよりも仕事じゃない?」
「そうかな? 結構楽しんでやってるよ」

好きな色は銀色と薄紫色。

「どっちもシルヴァ君の色だね」
「そういうんじゃなくてリカルドの好きな色を聞いてるんだけど」
「だから答えたじゃん」

もう何も言うまい。これ以上追求しても同じ答えが返ってくるばかりだろう。

「好きな食べ物は?」
「う~ん、これと言って無いなぁ。苦手なものもない。何でも食べるよ」
「……リカルドは生きてて楽しい?」
「急にどうしたの」
「いろいろ聞いてたらなんか心配になってきたんだよ」

リカルドは少し考えこんだ。

「ちょっと前までは退屈だったかもしれない。でもそれが当たり前だと思ってたから、退屈だとも思ってなかった。行動のなにもかもが、家を継ぐための布石だったからね」

でも、とリカルドは言葉を切った。
 僕たちは、公園の散策路をあてもなく歩いていた。この道の先がどうなっているのか僕には分からない。リカルドは知っているのだろうか。

「シルヴァ君と関わり始めてから、世界に色が付いたような感覚がしたんだ。行動の全ての理由だった家を継ぐということも、今は考え直しているところだしね」
「大げさじゃない?」
「大げさなんかじゃない」

公園の中を歩いて随分と奥まで来た。大きな樹がそびえたっている。「少し休憩しようか」とリカルドが言い、僕たちは傍のベンチに腰をおろした。

「ねえ、シルヴァ君。今日はお試しのお付き合いでデートをしてきたけど、本気で付き合ってみようって思ってくれたかな」
「その答えを出すために一つ質問をしたいんだけど……」
「何でも聞いて」

膝の上でぎゅっと手を握りしめた。

「付き合った後のこと、どこまで考えてる?」
「えっとそれは俺の家の問題のことだよね……そうだよね、うん」

後半もごもごと何かを呟いたが、よく聞こえなかった。

「俺が継いで養子をとるか、従兄弟に継いでもらうかのどちらかで考えている。俺が継ぐ場合には正式な結婚はできないから、正直気が進まない。従兄弟に継いでもらう方が俺は嬉しい。フェンデラントでもディミニスでも、好きな所に行けるからね」

ちゃんと考えてくれてたんだ、と少しほっとした。でも同時に新しい懸念が生まれる。もしも従兄弟が継ぐことになったら、リカルドが家を継ぐためにやってきた今までが、僕のせいで無駄になってしまう。

「なんかまた気になることがあるっていう顔してる。何を思ってるかなんとなく分かるけど、聞かせて」

僕は纏まらない言葉で伝えた。

「……僕が僕を許せない。リカルドの頑張りを無駄にしてしまうのは嫌だ」

リカルドは困った顔をして、風で乱れた僕の髪を撫でた。

「……でも僕は我儘だから、リカルドに幸せでいてほしいし、笑っていてほしい。僕といることでリカルドの世界に色が付くと言うなら、一緒にいたいと思う」

時が止まったようだった。
顔が熱い。ここまでなんとかリカルドの顔を見据えて話してきたがもう限界だ。顔から火が出そうだ。

「……だめかな?」

ちらりとリカルドを見やった瞬間、抱き寄せられ唇が重なり合う。
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