何も無い僕が貴方の完璧を守る

ゆきりんご

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三十話:お茶会本番2

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 香り豊かな紅茶が運ばれてきた。

「彼――リカルド殿とはどうなっているのだ?」
「お付き合いはしていません……今のところは」
「今後付き合う可能性はあるということか?」

給仕が注いでくれた紅茶を一口飲んでから、次の試験での取り決めについて話した。殿下は笑って「面白いことを考えるものだ」と述べられた。

「そこまでして断ろうとするなんてシルヴァはよほど臆病なんだな」
「臆病、ですか」
「怖いのだろう?」
「それは……」

手厳しい指摘だった。殿下の言うとおり、リカルドとも殿下とも付き合うのは怖い。それは自分が臆病だったからなのか。リカルドや殿下のことを思って、自分ではない方がいいというのが本心ではあるが、それだけでなく臆病だったからなのか。自問自答したところで答えは出なかった。

「厳しいことを言うようだが……」
「いえ、ご指摘に感謝いたします。少し時間をかけて考えてみます」

「そうか。それと、水を差すようで悪いがリカルド殿と付き合うのは茨の道だろう。彼はカレンベルク家長男だ。私とであれば跡継ぎなどは考えなくてもよい。むしろ子どもがいない方が王太子殿下と良い関係でいられる」

痛いところをつかれた。この状況からリカルドとの約束通りに断るのは至難の業のように思える。

「私自身もその点に関して心配をして、リカルドに聞きました。何とかすると言っていましたが……」

苦しい弁解だった。即座に殿下は口を開く。

「具体策は聞いているのか」

何も聞いていなかった。リカルドがどれだけ考えているのかも聞いていない。

「推測にはなるが、カレンベルク家当週には兄弟がいたはずだ。ならばリカルド殿には従兄弟がいるはずであろうから、そちらに家督を任せればいいと考えているのかもしれぬな」

殿下は遠まわしにリカルドがどこまで本気なのかと問うているような気がした。急に不安になった。リカルドはどこまで僕とのことを本気で考えているのだろう。兄上とハレー先輩の言っていたリカルドは人たらしだとの声と、泣きそうな顔で僕を好きだと告げるリカルドの声が交互に蘇る。僕は何を信じたらいいのだろう。分からない。であれば、信じたいものを信じるしかない。

「……私はリカルドを信じたいです」

殿下の不興を買ってもおかしくない進言だった。それにもかかわらず殿下は穏やかに笑っておられた。裏のなさそうな笑顔であったが、それが逆に怖くもある。

「そうか。ここまで厳しい質問ばかりだったな。ここからは楽しい話をしよう。シルヴァは何か趣味などはあるか?」
「本を読むのが好きです」
「本か。本は良い」

殿下も本を読むのはお好きだという。そこからずっと本の話をした。

「本を好きになったきっかけは何かあるのか?」

本を好きになったきっかけ。それは、僕に向いている娯楽がただそれだけだったからだ。慢性的な魔力不足のせいか運動は苦手だった。外で走り回ったり剣の稽古をしたりするにはあまりに体力不足だった。ラルフは何とか僕を運動させようとしたが本を読みたかった僕は全力で抵抗した。いつしか父上から書斎への出入りを許され、手当たり次第に読むようになっていた。自由時間はずっと本を読んだ。本だけが友達だった。
棚の隅っこで埃をかぶっていた百科事典はいつしか姿を無くし、空いたスペースには新しく物語の本が収まっていた。思い返せば父は何くれと本を与えてくれていた。

殿下は僕の長い話を静かに聞いてくださった。

「よほど本が好きなんだな。将来は王立図書館に勤めるのか?」
「つい最近までは、ぼんやりとそう思っていました」

父上から僕の魔術回路が切れている話を聞くまでは。

「魔術回路に関する研究をしたいのです」
「ほう?」

誰かにこのことを話すのは初めてだった。まだ父上にも兄上にも話していない。言葉にするのは気恥ずかしかった。

「や、やはりおかしいでしょうか。魔法を使えもしないのに魔術回路の研究をしたいと思うのは」
「おかしくはない。が……難しくはあるだろうな」

魔術に関することは父上のような王宮に仕える実践を主とする者と、魔術師塔で研究に従事する者の二つに分けられる。モーグ家は一応どちらでも顔が利くが、父上の勤め先でない塔での力は大したものでないうえに僕の存在はほとんど知られていない。

「僕が塔に入るのは難しいということですね」
「いやそれはシルヴァの努力と私の口添えでどうにかできるだろう。それよりも問題なのは、我が国には魔術師回路研究の第一人者と言える人物がいないことだ」

最近魔術回路に関する本を読み始めたが、どの本も翻訳されたものだった。単に僕の選ぶ本がたまたま偏っていたのかとも思っていたが、そうではなかったらしい。

「我が国では医術は盛んだが魔術研究は一歩遅れていると認めざるを得ない。本格的な研究をしたいのであれば、海を渡ってディミニスへの留学をすることをおすすめする」
「ディミニスですか」

翻訳本の原書のほとんどはディミニスのものだった。

「ご助言、痛み入ります。留学について父上と相談をしてみます」
「留学するとなるとリカルド殿と離れることになるが良いのか?」
「構いません。魔術回路の問題が解決出来なければ僕はリカルドの隣に立てませんから」

誰かから言われたことではない。僕自身が決めたことだ。魔術回路を戻せれば僕は心置きなくリカルドと向き合える。
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