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十八話:宴のあと
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リカルドがそのまま踊り始めそうになって、僕は慌てて聞いた。
「サロモア嬢は?」
「丁重にお断りをした。キミ、キューピッド役をやるのは良いけど、俺にも人を選ぶ自由ってものがあるはずだよ」
僕の橋渡しは上手くいかなかったらしい。
「ほら、だから気にしないで踊ろう」
僕にも人を選ぶ自由があるという言葉が喉元まで出かかったが、ミブ殿下からの誘いを断らせてしまった以上、口に出すことはしなかった。
リカルドと練習をしていたこともあり、踊りやすかった。脚がもつれて転ぶような無様なことにならなかったことに、ほっと胸をなでおろす。
そろそろお開きというときに、リカルドは僕を呼び止めた。
「これから学院ではどう振舞うつもりだい?」
そのことについては父と話し合っていた。
披露目会を開いて、王族であるミブ殿下を招待したからには、王室が年に一度発行する貴族名鑑の末端に名を連ねることになる。披露目会で説明した病弱で伏せっていたという理由までは名鑑には乗らないし、披露目会をしていないから苗字を明かさずにいた、という説明は用意した。しかし、披露目会が遅くなった理由を聞かれると困る。
「できる限り今まで通り過ごすってことになってるよ」
「それは良かった。ライバルが増えたら困るからね」
「僕が貴族だと明かしたところで、貴方のことを好きだった人たちが僕を好きになることは無いと思うけど」
「そういうことじゃないんだけどな……。ま、何か困ったことがあったらすぐに相談してよ。何か力になれるかもしれないから」
「貴方にはもう充分助けてもらってる。これ以上貸しを作りたくない」
「そう言わずにさ。じゃ、また学院で」
「また」
招待客の全ての見送りが終わると、一気に疲れが押し寄せてきた。
「ラルフ、僕もう寝たい」
「坊ちゃん、もう少しの辛抱です」
「明日の休みは何も予定無かったよね」
「ええ」
一生分人と話をした気分ですっかり疲れてしまった。明日は家にこもって思う存分本を読むんだ、と心に決めた。
週明けに学院に着いた馬車を降りると、同じく馬車から降りたばかりらしいサロモア嬢に声をかけられた。
「まあ、勿体ない。髪型、戻してしまったの? 一昨日みたいに髪を上げていた方がシルヴァ様には似合うのに。シルヴァ様の執事さんもそう思うでしょう?」
急に話を振られたラルフは少し戸惑った様子で返事をした。
「ええ、まあ……」
「執事さん、今から一昨日みたいな髪型にできるかしら」
「シルヴァ様は目立つことを嫌っておられますので……」
「シルヴァ様、一昨日リカルド様を貴方のもとに向かわせたのは私なんですの」
ライバルには強くあってもらわなくては面白くありませんわ、とサロモア嬢は言葉をつづけた。その意味を図りかねている間にもサロモア嬢からの圧を感じる。仕方ない。
「ラルフ、サロモア嬢の言う通りに従ってほしい」
「よいのですか」
「うん」
「坊ちゃん、馬車の中へ」
ラルフに促されるまま馬車に戻ると、ラルフは道具を用意しだした。
「……どうして道具があるの」
「私も常々勿体ないと思っておりましたので」
ラルフはあまり表情を表には出さないが、今はうきうきしているらしいのが手に取るように分かるほどで、全く隠しきれていない。
スプレーをしたり櫛を通したりした後に手際よく髪を結いあげると、最後に何かを飾り付けたようだった。
「ラルフ、学院ではあんまり飾り付けない方が……」
「これくらいなら充分許容範囲内ですよ。サロモア嬢もご満足されるでしょう」
馬車を降りると、サロモア嬢はにんまりと口の端を上げている。ラルフの言うように満足している様子だ。ほら言ったじゃないとでも言うかのように、得意げですらある。
「シルヴァ様より執事さんの方がよっぽど分かってるわ。極めつけはそのリボンの色」
「ラルフ、リボン付けたの?」
頭に手をやると、さらりとした物が手に触れる。
「細めのサテンリボンです」
「色は?」
嫌な予感がしている。
「パステルグリーンです」
聞くや否や僕はリボンをほどいた。二人が嘆息する。
「却下。緑系統は駄目」
「なぜ」
二人の声が揃う。なぜってそれは言うまでもない。決まっている。
「まるで僕がリカルドのことを意識してるみたいになるから……!」
「意識はとっくにしてる癖によく言うわ。ねえ、執事さん」
「坊ちゃんは存外に頑固なんです」
僕は二人を無視して校舎に向かう。二人の与太話には付き合いきれない。これ以上話に乗っていたら遅刻する。
意識はとっくにしてる癖に、というサロモア嬢の言葉がリフレインしている。
意識はしている。それは認めよう。今まで隅っこにいたのにその僕の領域にずかずかと乗り込んできたのは向こうだ。意識しないというのは無理な話だ。
ただ、サロモア嬢は恋愛の意味で言っているだろう。僕がリカルドにしている意識は恋愛の意味だろうか。
悶々と一人で思考を巡らせていると、不意に誰かから背中を軽く叩かれた。こんなことをするのは一人しか思い当たらない。
「おはようシルヴァ君」
「リカルド、驚かせるのはやめてよ。口から心臓が飛び出るかと思った」
「それはいけない。髪型、学院でもそれでいくことにしたんだ」
「うちの執事がサロモア嬢に唆されて仕方なく」
「ナイス唆しだ」
ただ、とリカルドは表情を曇らせた。
「一昨日のシルヴァ君はあまり大勢に知られたくないな。ミブ殿下みたいに横槍を入れられると厄介だからね」
リカルドが立ち止まったので、思わず僕も立ち止まった。僕の頭にリカルドの手が伸びる。しゅるりと髪を結わえていたものが解かれる。
「うん、これでいつも通り」
「似合ってなかった?」
「いやいや。似合いすぎていたから駄目なんだよ」
「何それ」
学院での時間はいつもと何ら変わることなく過ぎていった。
「サロモア嬢は?」
「丁重にお断りをした。キミ、キューピッド役をやるのは良いけど、俺にも人を選ぶ自由ってものがあるはずだよ」
僕の橋渡しは上手くいかなかったらしい。
「ほら、だから気にしないで踊ろう」
僕にも人を選ぶ自由があるという言葉が喉元まで出かかったが、ミブ殿下からの誘いを断らせてしまった以上、口に出すことはしなかった。
リカルドと練習をしていたこともあり、踊りやすかった。脚がもつれて転ぶような無様なことにならなかったことに、ほっと胸をなでおろす。
そろそろお開きというときに、リカルドは僕を呼び止めた。
「これから学院ではどう振舞うつもりだい?」
そのことについては父と話し合っていた。
披露目会を開いて、王族であるミブ殿下を招待したからには、王室が年に一度発行する貴族名鑑の末端に名を連ねることになる。披露目会で説明した病弱で伏せっていたという理由までは名鑑には乗らないし、披露目会をしていないから苗字を明かさずにいた、という説明は用意した。しかし、披露目会が遅くなった理由を聞かれると困る。
「できる限り今まで通り過ごすってことになってるよ」
「それは良かった。ライバルが増えたら困るからね」
「僕が貴族だと明かしたところで、貴方のことを好きだった人たちが僕を好きになることは無いと思うけど」
「そういうことじゃないんだけどな……。ま、何か困ったことがあったらすぐに相談してよ。何か力になれるかもしれないから」
「貴方にはもう充分助けてもらってる。これ以上貸しを作りたくない」
「そう言わずにさ。じゃ、また学院で」
「また」
招待客の全ての見送りが終わると、一気に疲れが押し寄せてきた。
「ラルフ、僕もう寝たい」
「坊ちゃん、もう少しの辛抱です」
「明日の休みは何も予定無かったよね」
「ええ」
一生分人と話をした気分ですっかり疲れてしまった。明日は家にこもって思う存分本を読むんだ、と心に決めた。
週明けに学院に着いた馬車を降りると、同じく馬車から降りたばかりらしいサロモア嬢に声をかけられた。
「まあ、勿体ない。髪型、戻してしまったの? 一昨日みたいに髪を上げていた方がシルヴァ様には似合うのに。シルヴァ様の執事さんもそう思うでしょう?」
急に話を振られたラルフは少し戸惑った様子で返事をした。
「ええ、まあ……」
「執事さん、今から一昨日みたいな髪型にできるかしら」
「シルヴァ様は目立つことを嫌っておられますので……」
「シルヴァ様、一昨日リカルド様を貴方のもとに向かわせたのは私なんですの」
ライバルには強くあってもらわなくては面白くありませんわ、とサロモア嬢は言葉をつづけた。その意味を図りかねている間にもサロモア嬢からの圧を感じる。仕方ない。
「ラルフ、サロモア嬢の言う通りに従ってほしい」
「よいのですか」
「うん」
「坊ちゃん、馬車の中へ」
ラルフに促されるまま馬車に戻ると、ラルフは道具を用意しだした。
「……どうして道具があるの」
「私も常々勿体ないと思っておりましたので」
ラルフはあまり表情を表には出さないが、今はうきうきしているらしいのが手に取るように分かるほどで、全く隠しきれていない。
スプレーをしたり櫛を通したりした後に手際よく髪を結いあげると、最後に何かを飾り付けたようだった。
「ラルフ、学院ではあんまり飾り付けない方が……」
「これくらいなら充分許容範囲内ですよ。サロモア嬢もご満足されるでしょう」
馬車を降りると、サロモア嬢はにんまりと口の端を上げている。ラルフの言うように満足している様子だ。ほら言ったじゃないとでも言うかのように、得意げですらある。
「シルヴァ様より執事さんの方がよっぽど分かってるわ。極めつけはそのリボンの色」
「ラルフ、リボン付けたの?」
頭に手をやると、さらりとした物が手に触れる。
「細めのサテンリボンです」
「色は?」
嫌な予感がしている。
「パステルグリーンです」
聞くや否や僕はリボンをほどいた。二人が嘆息する。
「却下。緑系統は駄目」
「なぜ」
二人の声が揃う。なぜってそれは言うまでもない。決まっている。
「まるで僕がリカルドのことを意識してるみたいになるから……!」
「意識はとっくにしてる癖によく言うわ。ねえ、執事さん」
「坊ちゃんは存外に頑固なんです」
僕は二人を無視して校舎に向かう。二人の与太話には付き合いきれない。これ以上話に乗っていたら遅刻する。
意識はとっくにしてる癖に、というサロモア嬢の言葉がリフレインしている。
意識はしている。それは認めよう。今まで隅っこにいたのにその僕の領域にずかずかと乗り込んできたのは向こうだ。意識しないというのは無理な話だ。
ただ、サロモア嬢は恋愛の意味で言っているだろう。僕がリカルドにしている意識は恋愛の意味だろうか。
悶々と一人で思考を巡らせていると、不意に誰かから背中を軽く叩かれた。こんなことをするのは一人しか思い当たらない。
「おはようシルヴァ君」
「リカルド、驚かせるのはやめてよ。口から心臓が飛び出るかと思った」
「それはいけない。髪型、学院でもそれでいくことにしたんだ」
「うちの執事がサロモア嬢に唆されて仕方なく」
「ナイス唆しだ」
ただ、とリカルドは表情を曇らせた。
「一昨日のシルヴァ君はあまり大勢に知られたくないな。ミブ殿下みたいに横槍を入れられると厄介だからね」
リカルドが立ち止まったので、思わず僕も立ち止まった。僕の頭にリカルドの手が伸びる。しゅるりと髪を結わえていたものが解かれる。
「うん、これでいつも通り」
「似合ってなかった?」
「いやいや。似合いすぎていたから駄目なんだよ」
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