何も無い僕が貴方の完璧を守る

ゆきりんご

文字の大きさ
上 下
18 / 37

十八話:宴のあと

しおりを挟む
 リカルドがそのまま踊り始めそうになって、僕は慌てて聞いた。

「サロモア嬢は?」
「丁重にお断りをした。キミ、キューピッド役をやるのは良いけど、俺にも人を選ぶ自由ってものがあるはずだよ」

僕の橋渡しは上手くいかなかったらしい。

「ほら、だから気にしないで踊ろう」

僕にも人を選ぶ自由があるという言葉が喉元まで出かかったが、ミブ殿下からの誘いを断らせてしまった以上、口に出すことはしなかった。
 リカルドと練習をしていたこともあり、踊りやすかった。脚がもつれて転ぶような無様なことにならなかったことに、ほっと胸をなでおろす。

 そろそろお開きというときに、リカルドは僕を呼び止めた。

「これから学院ではどう振舞うつもりだい?」

そのことについては父と話し合っていた。
披露目会を開いて、王族であるミブ殿下を招待したからには、王室が年に一度発行する貴族名鑑の末端に名を連ねることになる。披露目会で説明した病弱で伏せっていたという理由までは名鑑には乗らないし、披露目会をしていないから苗字を明かさずにいた、という説明は用意した。しかし、披露目会が遅くなった理由を聞かれると困る。

「できる限り今まで通り過ごすってことになってるよ」
「それは良かった。ライバルが増えたら困るからね」
「僕が貴族だと明かしたところで、貴方のことを好きだった人たちが僕を好きになることは無いと思うけど」
「そういうことじゃないんだけどな……。ま、何か困ったことがあったらすぐに相談してよ。何か力になれるかもしれないから」
「貴方にはもう充分助けてもらってる。これ以上貸しを作りたくない」
「そう言わずにさ。じゃ、また学院で」
「また」

 招待客の全ての見送りが終わると、一気に疲れが押し寄せてきた。

「ラルフ、僕もう寝たい」
「坊ちゃん、もう少しの辛抱です」
「明日の休みは何も予定無かったよね」
「ええ」

一生分人と話をした気分ですっかり疲れてしまった。明日は家にこもって思う存分本を読むんだ、と心に決めた。

 週明けに学院に着いた馬車を降りると、同じく馬車から降りたばかりらしいサロモア嬢に声をかけられた。

「まあ、勿体ない。髪型、戻してしまったの? 一昨日みたいに髪を上げていた方がシルヴァ様には似合うのに。シルヴァ様の執事さんもそう思うでしょう?」

急に話を振られたラルフは少し戸惑った様子で返事をした。

「ええ、まあ……」
「執事さん、今から一昨日みたいな髪型にできるかしら」
「シルヴァ様は目立つことを嫌っておられますので……」
「シルヴァ様、一昨日リカルド様を貴方のもとに向かわせたのは私なんですの」

ライバルには強くあってもらわなくては面白くありませんわ、とサロモア嬢は言葉をつづけた。その意味を図りかねている間にもサロモア嬢からの圧を感じる。仕方ない。

「ラルフ、サロモア嬢の言う通りに従ってほしい」
「よいのですか」
「うん」
「坊ちゃん、馬車の中へ」

ラルフに促されるまま馬車に戻ると、ラルフは道具を用意しだした。

「……どうして道具があるの」
「私も常々勿体ないと思っておりましたので」

ラルフはあまり表情を表には出さないが、今はうきうきしているらしいのが手に取るように分かるほどで、全く隠しきれていない。

 スプレーをしたり櫛を通したりした後に手際よく髪を結いあげると、最後に何かを飾り付けたようだった。

「ラルフ、学院ではあんまり飾り付けない方が……」
「これくらいなら充分許容範囲内ですよ。サロモア嬢もご満足されるでしょう」

馬車を降りると、サロモア嬢はにんまりと口の端を上げている。ラルフの言うように満足している様子だ。ほら言ったじゃないとでも言うかのように、得意げですらある。

「シルヴァ様より執事さんの方がよっぽど分かってるわ。極めつけはそのリボンの色」
「ラルフ、リボン付けたの?」

頭に手をやると、さらりとした物が手に触れる。

「細めのサテンリボンです」
「色は?」

嫌な予感がしている。

「パステルグリーンです」

聞くや否や僕はリボンをほどいた。二人が嘆息する。

「却下。緑系統は駄目」
「なぜ」

二人の声が揃う。なぜってそれは言うまでもない。決まっている。

「まるで僕がリカルドのことを意識してるみたいになるから……!」
「意識はとっくにしてる癖によく言うわ。ねえ、執事さん」
「坊ちゃんは存外に頑固なんです」

僕は二人を無視して校舎に向かう。二人の与太話には付き合いきれない。これ以上話に乗っていたら遅刻する。

 意識はとっくにしてる癖に、というサロモア嬢の言葉がリフレインしている。

意識はしている。それは認めよう。今まで隅っこにいたのにその僕の領域にずかずかと乗り込んできたのは向こうだ。意識しないというのは無理な話だ。

ただ、サロモア嬢は恋愛の意味で言っているだろう。僕がリカルドにしている意識は恋愛の意味だろうか。

悶々と一人で思考を巡らせていると、不意に誰かから背中を軽く叩かれた。こんなことをするのは一人しか思い当たらない。



「おはようシルヴァ君」

「リカルド、驚かせるのはやめてよ。口から心臓が飛び出るかと思った」

「それはいけない。髪型、学院でもそれでいくことにしたんだ」

「うちの執事がサロモア嬢に唆されて仕方なく」

「ナイス唆しだ」



ただ、とリカルドは表情を曇らせた。



「一昨日のシルヴァ君はあまり大勢に知られたくないな。ミブ殿下みたいに横槍を入れられると厄介だからね」



リカルドが立ち止まったので、思わず僕も立ち止まった。僕の頭にリカルドの手が伸びる。しゅるりと髪を結わえていたものが解かれる。



「うん、これでいつも通り」

「似合ってなかった?」

「いやいや。似合いすぎていたから駄目なんだよ」

「何それ」



 学院での時間はいつもと何ら変わることなく過ぎていった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

アルファな俺が最推しを救う話〜どうして俺が受けなんだ?!〜

車不
BL
5歳の誕生日に階段から落ちて頭を打った主人公は、自身がオメガバースの世界を舞台にしたBLゲームに転生したことに気づく。「よりにもよってレオンハルトに転生なんて…悪役じゃねぇか!!待てよ、もしかしたらゲームで死んだ最推しの異母兄を助けられるかもしれない…」これは第二の性により人々の人生や生活が左右される世界に疑問を持った主人公が、最推しの死を阻止するために奮闘する物語である。

悪役令息の七日間

リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。 気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】

例え何度戻ろうとも僕は悪役だ…

東間
BL
ゲームの世界に転生した留木原 夜は悪役の役目を全うした…愛した者の手によって殺害される事で…… だが、次目が覚めて鏡を見るとそこには悪役の幼い姿が…?! ゲームの世界で再び悪役を演じる夜は最後に何を手に? 攻略者したいNO1の悪魔系王子と無自覚天使系悪役公爵のすれ違い小説!

飼われる側って案外良いらしい。

なつ
BL
20XX年。人間と人外は共存することとなった。そう、僕は朝のニュースで見て知った。 なんでも、向こうが地球の平和と引き換えに、僕達の中から選んで1匹につき1人、人間を飼うとかいう巫山戯た法を提案したようだけれど。 「まあ何も変わらない、はず…」 ちょっと視界に映る生き物の種類が増えるだけ。そう思ってた。 ほんとに。ほんとうに。 紫ヶ崎 那津(しがさき なつ)(22) ブラック企業で働く最下層の男。悪くない顔立ちをしているが、不摂生で見る影もない。 変化を嫌い、現状維持を好む。 タルア=ミース(347) 職業不詳の人外、Swis(スウィズ)。お金持ち。 最初は可愛いペットとしか見ていなかったものの…?

【短編】乙女ゲームの攻略対象者に転生した俺の、意外な結末。

桜月夜
BL
 前世で妹がハマってた乙女ゲームに転生したイリウスは、自分が前世の記憶を思い出したことを幼馴染みで専属騎士のディールに打ち明けた。そこから、なぜか婚約者に対する恋愛感情の有無を聞かれ……。  思い付いた話を一気に書いたので、不自然な箇所があるかもしれませんが、広い心でお読みください。

神子の余分

朝山みどり
BL
ずっと自分をいじめていた男と一緒に異世界に召喚されたオオヤナギは、なんとか逃げ出した。 おまけながらも、それなりのチートがあるようで、冒険者として暮らしていく。

嫁側男子になんかなりたくない! 絶対に女性のお嫁さんを貰ってみせる!!

棚から現ナマ
BL
リュールが転生した世界は女性が少なく男性同士の結婚が当たりまえ。そのうえ全ての人間には魔力があり、魔力量が少ないと嫁側男子にされてしまう。10歳の誕生日に魔力検査をすると魔力量はレベル3。滅茶苦茶少ない! このままでは嫁側男子にされてしまう。家出してでも嫁側男子になんかなりたくない。それなのにリュールは公爵家の息子だから第2王子のお茶会に婚約者候補として呼ばれてしまう……どうする俺! 魔力量が少ないけど女性と結婚したいと頑張るリュールと、リュールが好きすぎて自分の婚約者にどうしてもしたい第1王子と第2王子のお話。頑張って長編予定。他にも投稿しています。

聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい

金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。 私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。 勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。 なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。 ※小説家になろうさんにも投稿しています。

処理中です...