何も無い僕が貴方の完璧を守る

ゆきりんご

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三話:好みのタイプ

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 お昼ご飯になると、彼はいつもの通り僕のもとへやってきた。そして長い脚ですぐに僕を追い越す。腕をつかまれ、僕は連れられていく形になる。

「あ、貴方の……」

それとなく聞いてみる、とは言ったものの僕にはそんな高度なコミュニケーションを取ることは無理だという考えに至った。先ほどの普通の会話さえ、あのざまだ。

「シルヴァ君の方から話しかけてくるなんて感動しちゃうな」
「貴方の好みのタイプを教えてください」

彼は急に立ち止まった。僕は立ち止まるのが間に合わず、彼にぶつかってしまう。

「明日は槍でも降るんじゃないかな……初めて話した時も言ったような気がするけど、俺は一匹狼を見ると追いかけまわしたくなる」
「真面目に聞いているんです」
「ふざけてなんかないよ」
「とある子に頼まれたんです。恋愛の好みのタイプを聞いて欲しいと」
「なんだ、そういうことか敬語をやめてくれるなら話すよ」

いつもの場所で、と彼はまた僕の腕を引っ張った。


 「だいたいキミはお人好しが過ぎると思う」

弁当を広げながら彼は言う。

「そうですか?」
「そうだよ。俺へのプレゼントの経由地として使われているのに断らない」
「ご存知でしたか」
「敬語に戻ってる」

好みのタイプねぇ、と呟いて彼は大きな一口を放り込んだ。ごくんと飲み込んで言葉を続ける。

「あんまり考えたことないなぁ。親は自由にして良いよって言ってて、貴族家としては珍しく政略結婚させる気もないらいしいんだけど。シルヴァ君は考えたことある?」
「なぜ僕に聞くんですか」
「敬語」
「なんで僕に聞くの」

違和感と闘いながら敬語をなおす。

「あるの?」
「考えたことない」
「そんなもんだよね」

つまり、彼は好みのタイプなんて特にないということらしい。困った。これでは約束を果たせない。

「例えば、髪の毛は長い方が良いとか、短い方が良いとかそのようなことを知りたがってるんじゃない……かな」
「うーん」

彼は呻きながらするりと僕の髪を手に取った。

「シルヴァ君みたいな銀色の髪って綺麗だなって思うよ」

悪気の無い褒め言葉ほど質の悪いものはない。まるで僕が口説かれてるみたいじゃないか。僕は彼の手を払いのける。

「そういうことではなく。ちゃんと答えてくれないと約束を守れなくて困る」
「こういう人がタイプだなあって思って相手を探したことが無いからなあ」
「強いて言うなら」
「粘るねえ……銀髪の一匹狼」
「却下です」
「どうして。強いて言うならってシルヴァ君が言うから答えたのに」
「だ、だってそれ僕。敬語やめたら真面目に答えるって約束なのに」
「なおりきってないし……俺はもう充分真面目に答えたよ」
「人のことからかって遊ぶのは良くない!」
「わあ驚いた。シルヴァ君おっきな声も出せるんだね」

その口ぶりは、たいして驚いていなさそうだった。
恐らく今の僕の顔は真っ赤になっていることだろう。顔に熱が集まっているのがよく分かる。でも今ここで良くないと主張しなければ。そうしなければ、今後も彼のなんて事のないからかいに一々舞い上がってしまいそうになるのを抑えて生きていくことになるのだ。

「からかってるつもりは無いんだけどなあ」
「貴方はそうだろうけど、無責任に人を褒めたり、その気にさせたりして女の子を泣かせてきたんでしょう」

彼は目を見開く。図星らしい。

「シルヴァ君、中等部まで俺と違う学校だったよね? 見てきたように言うからびっくりしちゃった」

今度こそ本当に驚いたように彼は言った。

「貴方は人との距離感をもう少し保つことを心掛けた方が良い」
「キミに人との距離感について説教されるのはなんか心外だなあ。シルヴァ君はもう少し人と関わるべきだと思うよ」
「僕のような恥さらしと関わりたい物好きなんて貴方以外にはいない」
「……今、俺口説かれてる?」
「は?」

思ったより低い声が出てしまい、自分でも驚く。

「ごめん、俺が悪かった。自覚のない口説き文句ほど心臓に悪い言葉はない」

さっきの言葉を振り返ってみても、口説き要素が何処にあるのか分からない。よく分からないが、反省してくれているようなので、良しとする。

「話を戻すけど、貴方の好みのタイプが無いというなら僕はいっそ捏造して……」
「待って待って。分かった。ちゃんと考えるから明日まで待って。でも……」

彼はうつむいて、何やら言葉を探している様子だ。

「キミに頼んできた子が俺の好みに寄せてきても、好きになることはないと思うな。これも一緒に伝えてほしい」

それはかなり残酷なことだった。

「どんな子かも知らないのに、そんなこと言うの?」
「うん。断言できる」
「残酷だね」
「距離感を保てってシルヴァ君が言うから」
「まあ、変に期待させるよりかは誠実だと思うけど」
「でしょ」

僕と距離感ももう少し保ってほしいとも思ったが、それで今更離れていってしまうのは寂しく、伝えることはしなかった。自分の首を自分で絞めている自覚はあった。


 「あ、あの」

授業の合間に、例の女子に声をかける。

「あ、シルヴァ君。もしかして、聞いてきてくれたの?」
「はい」
「どんな子?」
「えっと、前置きとして言ってほしいって頼まれたんですが、好みのタイプに寄せてきても多分好きになることは無いと思うって伝えてほしいって……」

声が震える。ちらりと彼女を見ると何とも言えない顔をして、そう、と小さな声で呟いた。

「予防線張られちゃったな。思ったよりも誠実なんだね。こんなこと言うのもなんだけど、周りの子にはあんな人タラシやめときなって言われてて。それで?」
「真面目で、おとなしくて、大勢の人といるよりも一人でいることが多い人……それから、本をよく読む人、だそうです」

僕はまた彼女のほうをちらりと見た。人と話すことが少ない僕は、真っ直ぐに人を見据えて話すことができない。

「……それ、やっぱりシルヴァ君のことを言ってるように聞こえるな」
「え、そんなこと無いと思います。僕、男ですし。かなり真剣に考えてたみたいなので」
「これからの時代は同性愛も普通になるよ。きっとね。つい数年前には隣国のフェンデラントで同性の結婚が法律で認められたこと、知らない?」
「知らないですね……きっと思い違いです。僕は貴方のこと応援してます」
「私は今からシルヴァ君のことライバルだと思うことにするから。ありがとう。じゃあね」
「え、あのっ」

彼女は颯爽と去っていった。心なしか、その背中は数日前よりも逞しく見えた。いや、それよりも。彼の真剣に考えたという好みのタイプが僕……? 
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