何も無い僕が貴方の完璧を守る

ゆきりんご

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一話:完璧な彼と何も無い僕

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 彼の名誉が守られるならば、僕の人生の犠牲など些細なことだ。


 彼―リカルド・フォン・カレンベルクと出会ったのは、高等部でのことだった。
 リカルドは、整った顔立ちとすらりと高い背を持ち、運動も勉強も卒なくこなす。それでも驕ることなく優しい心を持つ人格者。非の打ち所がない完璧な人間。常に人の輪の中心におり、クラスの端っこで息を殺していた僕などからは最も遠い存在だった。しかし、人格者の彼はそんな僕すらも気にかけていたようで、ある日彼を取り囲む人の輪を抜けて僕のもとへとやってきた。僕には何も無いが彼は何もかもが揃っている。好まれる顔、器用さ、そして極めつけは圧倒的な魔力。どんなに微量であろうとも殆どの人が魔力を持つこの世界において、僕の魔力量は全くの無。ゼロ。この体質には魔力欠乏症という名前がついており、一万人に一人がこの体質で生まれてくると言われている。大当たりだ。どうせ当たるなら宝くじが良かった。

「シルヴァ君」

突然声をかけられて、僕は反射的に顔を上げざるを得なかった。その声の主が学校中での人気者である人物となれば尚更のこと。整った顔と、若葉色の透きとおった眼が僕を真っ直ぐに見据えている。窓から吹き込んできた風が彼の蜂蜜色の髪を揺らしていった。
わざわざ彼が僕のもとへとやってきた真意が読めない。本も読めなくなる。人のいい笑みを浮かべた視線に耐えられず視線を逸らす。

「放っておいてください。貴方のような人が気にかけるほどの存在ではありません」

いじめを受けて教室の隅にいるわけじゃない。ただ、何もかもが面倒で億劫で誰かと親しくいる気力すら無いだけなのだ。魔力を全く持たないという理由で差別を受けるような地域でもない。魔力がない事で何か不自由することがあれば、大抵の人は力を貸してくれる。例えば、暖炉に火をつけるとき、運動した後に風を浴びたいとき。クラスメイトも僕に手助けをしてくれることがある。与える者と与えられる者。対等ではいられないという思いがあった。だから、いないものとして扱ってくれるほうが気を遣わないため楽だった。そんなことは思ってもいないだろう彼は、ただ人のいい笑みを浮かべたまま席の前の椅子の背中に腰を下ろした。

「同い年でしょ? 敬語なんていいのに」
「僕は貴族家ではありませんので」

自己紹介でも苗字を名乗らず庶民の振りをしているのだ。そう振舞うように、父から言われている。家の恥だからと。

「貴族とか貴族じゃないとか気にしないよ。周りの皆もそうしてる。あとキミは所作とか仕草がかなり貴族っぽく見えるんだけど……まあ今はいいや」

所作が貴族っぽいという言葉にびくっとしながらも、僕はなんとか言葉を絞り出す。

「気のせいだと思いますよ」
「いつも本を読んでるよね。本が好きなの?」

無視を決め込んで続きの文字を追ったが、目が滑ってゆくだけで言葉が頭に入ってこない。しかし意地になって顔を上げようとしなかった。それきり彼は黙ったが、チャイムが鳴るまでそのまま僕を見ていたようだった。
 その日から彼は何かと僕に言葉をかけ、後をついてくるようになった。朝、教室で顔を合わせたとき、教室を移動するとき、食堂でお昼を食べるとき。彼の親しい者の中には、無視されているんだから止せと声をかける者もいた。僕としてもそれが望ましかったが、彼は一向に僕への付きまといをやめてくれない。我慢対決に心が折れた僕は彼に声をかけた。

「なぜ僕を気にかけるんです? 罰ゲーム? 賭けでもしてるんですか?」

食堂での視線に耐えられず、僕はすっかり弁当を持ってくるようになっていた。校舎の裏にある小さな庭。一人になれるお気に入りの場所。人混みに紛れて上手く撒いたつもりだったが、この場所にも彼は付いてきてしまった。

「理由は三つ。一つは俺の性《さが》。一匹狼を見つけると追いかけまわしたくなる」
「お言葉ですが、度が過ぎると嫌われますよ」
「二つ目は、シルヴァ君に死の影が見えたから。クラスメイトに死なれたら、夢見が悪い」

存外に利己的な理由ばかりだ。

「三つ目は、俺ならシルヴァ君に魔力を与えられるから」

一瞬、息がつまった。初等部での反省を活かして、中等部では魔力の無いことをひた隠しにしていたはずだ。

「……僕に魔力が無いこと知ってるんですか?」
「気づかれてないと思ってたんだ。可愛いね。俺だけじゃなくてクラスの何人かは気づいていると思うよ。魔法実技の授業は必ずいないから」

魔法実技の授業のとき、僕はまずトイレの個室にこもって皆が教室を移動し終わる頃合いを見計らってからそそくさと教室に戻り、先生の見守りのもと自習をするのが決まりとなっていた。魔術師御三家のモーグ家次男が魔力ゼロなんて。とても言えない。外で苗字を出すなと父に言われているのだ。まさか僕がモーグ家の人間だなどと思いもしないだろう。

「馬鹿にしてるわけじゃないんだ。魔力は血液と同じように補わなければ死んでしまう。保護されるべきなんだ、キミは」
「知ってます……でも別に魔力なんていりません。お断りします。僕みたいな存在は早々に死んでしかるべきだと親も思っています」

彼は顔を顰めた。

「理解に苦しむな。魔力の器はあるんだろう? それなのにどうやら魔力増進剤もそれほど使ってない」
「必要ないからです。高いお金を払ってまで魔力を増やしたところで親の望むような魔術師にはなれません」
「シルヴァ君の家は魔術師の家系なんだね。庶民の魔術師、ね……」

彼はにやりと笑う。
しまった。つい口が滑った。庶民の魔術師はまずいない。これで僕が庶民であるフリをしているのはほぼ確実にばれてしまった。

「いえ、ものの例えです。とにかく必要ありません」

焼け石に水。猫に小判。無駄で、意味のないものだ。魔術師になれないのなら、魔力など必要ない。それが父の考えだった。貴族である我が家ならば払えない額ではないが、僕にも魔力増進剤を買うとなるとかなり生活を切り詰める必要がある。兄さんも魔力が多くなく、いずれ魔術師御三家の当主となる兄さんにはかなりの魔力増進剤が必要だ。純血の魔術師家系に生まれ落ちた恥に、兄さんのようにお金をかける必要性はない。それは僕も納得できる、合理的な考えだった。兄は食い下がったものの僕がいらないと言い続けると、諦めた。時折、僕の食事に魔力増進剤を混ぜているようで、何とか僕の命は繋がっていた。

「そうは言ったって命に関わる話なんだ。キミ、ちゃんと分かってる?」
「ええ、誰よりも知ってます」

自分で命を絶つ勇気もないくせに死を望んでる僕には、失血死するように死んでゆくのが何よりの希望なのだ。
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