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第一章 贄と学園の謎
065 贄と人柱、最期の願い
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地下へ下りると、生き物が腐ったような生臭さが鼻につく。
何度来たって慣れなかった。
「紫影さん、ご無事でよかったです。咲紅も大丈夫か?」
「俺は全然大丈夫。でも……」
「問題ない」
咲紅は紫影の二の腕に視線を送る。平気そうにしているが、痛くないはずがない。
「玄一も変わりないか?」
「俺は大丈夫です」
「こっちは腰抜かしてるのに玄一は平然と立ってるんだよ。俺、格好悪すぎだろ……」
黒羽は苦々しく呟いた。
玄一はここへ来るのは初めてではない。過去に贄生として選ばれ、薬で眠らされて大蛇の餌となる瞬間に目覚め、紫影に助けられた経緯がある。
「紫影さん、俺が無理を言って白藤さんに開けてもらったんです。紫影さんたちは未来のために動いているのに、俺たちが黙っていていいはずがなかったんです」
「心配しなくても、白藤を責めたりはしない。葵も千歳も怪我なく外にいる。詳しい話は後にして、咲紅、頼めるか?」
「ああ。いけるよ。ずっと大蛇の言葉が入ってくるんだ」
──咲紅、来てくれたのか。
「ああ……来たよ。会いにきた」
──ようやくここまできた。
「俺たちを助けてくれてありがとう。おかげで生きたまま、戻って来られた」
──咲紅……大きくなったな。
「大きくなった……?」
──お前の母親から頼まれていた。いずれ息子が学園に入れられる。きっと蛇の声を聞くことができる子に育つ。そのときは、息子を助けてほしいと。息子なら、我らの願いを聞いてくれるからと。
「ああ、もちろんだ。願いを叶えたい。きっとこのために、俺は特別な力を手に入れたんだ」
「咲紅……咲紅、」
ゆっくりと瞼を開けると、大蛇は目の前にいなかった。
ここは本署にある紫影の部屋だ。何度も来て、紫影と家族のように過ごした場所。
「紫影…………」
「大蛇と話していて、お前は突然気を失ったんだ。覚えているか?」
「話したのは……覚えてる。そっか……俺、倒れたのか。……みんなは?」
「今は聖堂に集まってもらっている」
「大蛇は?」
「お前が倒れた後、大蛇はおとなしく眠った。異種と話して疲れるのはお互い様らしいな。水飲むか?」
「ほしい」
起きようとするより先に、紫影はワイングラスの水を口に含んだ。意図が判り、おとなしく枕に頭をつける。
ただの水ではない気がした。蜂蜜を溶かしたように甘い。
「体調は悪くない。みんなが集まっているなら向かうよ」
強がりでもなく、頭がすっきりと冴えていた。
テーブルには、何かの薬を飲んだ跡がある。きっと鎮痛剤だ。我慢強いのもいいが、弱音を吐いてくれない父に悔しくもある。
「千歳が黒羽と会うのに、嫌な思いはしないのか?」
「実を言うと、嫉妬で狂いそう。でも俺の都合で千歳を縛っていいわけないから。幸せにしてくれる人なら任せたい」
「いざというときには黒羽も玄一も頼りになる男だ。良い友達を持ったな」
「まあね。けっこう自慢だったりする」
わしゃわしゃと頭を撫でられた。大きくて強い手は、撃たれた手とは逆だった。
紫影に支えてもらいながら、咲紅は身体を起こした。
情けなくもあるが、独りではないと感じられて不安が消えていく気がした。
聖堂の前で一度呼吸を整えて、紫影と共に重厚な扉を押した。一斉に視線が集まった。葵も千歳も、友人たちもいる。たった一日会わないだけで、涙が出そうになった。
心配そうに見つめる友人たちに目配せをし、紫影の後に続く。
「咲紅、もう立って大丈夫ですか?」
立場が逆転したようで、従者たちは席につき、中心にいたのは葵だった。
「問題ないです。お待たせしてすみません」
「私から話せるだけ話しました。彼らは話したがらなかったので」
そう言いつつ、葵は従者を見回す。
「ご苦労だったな。葵も座ってくれ。咲紅から話がある」
全員の視線が集まる。背中に暖かな手が触れ、咲紅は足を少し開いて地にしっかりと足をついた。
「学園の地下に眠る大蛇の件は聞いたと思います。俺は子供の頃から蛇の声が聞こえていて、それが当たり前だと思っていました。むしろ聞こえない人が普通ではないと、ずっと感じていました。教団が巫覡を生もうとするのは、地下に眠る大蛇を鎮めるためです。大蛇がなぜ生まれたかというと、薬の動物実験によるものです。それにより、死ねない蛇が生まれました。巫覡になれば蛇と会話ができる力を手に入れる人もいます。大蛇の望みを聞き、永遠の眠りにつかせるために、ずっと歴史が繰り返されてきました」
「そんな……」
「それで、大蛇の望みって?」
咲紅は深い息を吐く。教団の人間も見守る中、口を開いた。
「ここに眠るたくさんの仲間たちを弔ってほしいと、そう話してくれました」
「仲間たち?」
「学園を建てるのに、贄としてたくさんの蛇が犠牲になっています。生きた蛇と学園を建てた人たちも、秘密を守るために人柱として生き埋めにされています。建築に関わった人は、大蛇に対してとても優しく接していた。今のような化け物扱いする人はいなくて、大蛇にとっても異種でありながら大切な友人でした。墓を建てて供養してほしいと願っています」
「それは……本当なのか?」
手を上げ、一人の従者が恐る恐る口にする。
「教団の方々も、学園が創設されたときのことなんて知らない人が多いと思います。ただ、元教祖の部屋に文献がありました。中身は、人柱として大勢の人間や蛇が犠牲になったと記されています。誰が書いたものか判らないですが、古代語と呼ばれる、蛇が使う古い言語で書かれていました」
「俺も一緒に見たが、残念ながら俺は蛇の言葉が理解できない」
「前教祖も理解できなかったんだと思います。ですが、文献と大蛇が俺に話した内容は一致しています」
「柱となった方々が眠りについた場所に関して、大蛇は建物を建てたと言っています。定期的に大勢の人が集まり、声が聞こえていたと」
「であれば、聖堂の可能性があるな」
「ひっ…………」
紫影の声に、巫覡から短い悲鳴が起こった。
「御霊降ろしの儀を行う神殿ならば、大勢とは言い難い。聖堂は贄生だけではなく、他の生徒も集まる場所だ」
「ですが、……いかがなさるおつもりですか? まさか聖堂を壊すなど……」
「壊しましょう」
紫影が答える前に、咲紅は断言した。
「亡くなった方々の弔いを何よりも優先すべきです」
「しかし……」
地位を最大限利用すれば、紫影の独断で決められるはずだ。
権力よりも、大切なものを全員一致で決めたいという、彼の思惑が垣間見えた。
「つーか渋る理由ってあんの?」
黒羽が話し始め、紫影も止めずに見守っている。
「地下にいる大蛇を見て教団連中の話を聞くとさ、俺ら大人の事情に勝手に巻き込まれただけじゃん。何が白神様だよって感じ」
「口が過ぎるぞ黒羽」
従者のたしなめにも、紫影は口を挟まなかった。
「巫覡なんて不気味なもんになるくらいなら死んだ方がましだわ」
「黒羽、いい加減にしなさい」
「やだね。弔った後に大蛇がどう思うか知らないけどさ、大蛇だって、要は教団の身勝手な動物実験のせいで生まれたんだろ? 大蛇かわいそー」
黒羽と目が合うと、彼はうっすら口角を上げている。
馬鹿な発言も彼の演技だ。下の立場を利用して、不平不満を漏らし、生徒の声だと訴えている。
紫影も気づいているのか特に注意はしない。それどころか、ことの成り行きを見守っていた。
何度来たって慣れなかった。
「紫影さん、ご無事でよかったです。咲紅も大丈夫か?」
「俺は全然大丈夫。でも……」
「問題ない」
咲紅は紫影の二の腕に視線を送る。平気そうにしているが、痛くないはずがない。
「玄一も変わりないか?」
「俺は大丈夫です」
「こっちは腰抜かしてるのに玄一は平然と立ってるんだよ。俺、格好悪すぎだろ……」
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「紫影さん、俺が無理を言って白藤さんに開けてもらったんです。紫影さんたちは未来のために動いているのに、俺たちが黙っていていいはずがなかったんです」
「心配しなくても、白藤を責めたりはしない。葵も千歳も怪我なく外にいる。詳しい話は後にして、咲紅、頼めるか?」
「ああ。いけるよ。ずっと大蛇の言葉が入ってくるんだ」
──咲紅、来てくれたのか。
「ああ……来たよ。会いにきた」
──ようやくここまできた。
「俺たちを助けてくれてありがとう。おかげで生きたまま、戻って来られた」
──咲紅……大きくなったな。
「大きくなった……?」
──お前の母親から頼まれていた。いずれ息子が学園に入れられる。きっと蛇の声を聞くことができる子に育つ。そのときは、息子を助けてほしいと。息子なら、我らの願いを聞いてくれるからと。
「ああ、もちろんだ。願いを叶えたい。きっとこのために、俺は特別な力を手に入れたんだ」
「咲紅……咲紅、」
ゆっくりと瞼を開けると、大蛇は目の前にいなかった。
ここは本署にある紫影の部屋だ。何度も来て、紫影と家族のように過ごした場所。
「紫影…………」
「大蛇と話していて、お前は突然気を失ったんだ。覚えているか?」
「話したのは……覚えてる。そっか……俺、倒れたのか。……みんなは?」
「今は聖堂に集まってもらっている」
「大蛇は?」
「お前が倒れた後、大蛇はおとなしく眠った。異種と話して疲れるのはお互い様らしいな。水飲むか?」
「ほしい」
起きようとするより先に、紫影はワイングラスの水を口に含んだ。意図が判り、おとなしく枕に頭をつける。
ただの水ではない気がした。蜂蜜を溶かしたように甘い。
「体調は悪くない。みんなが集まっているなら向かうよ」
強がりでもなく、頭がすっきりと冴えていた。
テーブルには、何かの薬を飲んだ跡がある。きっと鎮痛剤だ。我慢強いのもいいが、弱音を吐いてくれない父に悔しくもある。
「千歳が黒羽と会うのに、嫌な思いはしないのか?」
「実を言うと、嫉妬で狂いそう。でも俺の都合で千歳を縛っていいわけないから。幸せにしてくれる人なら任せたい」
「いざというときには黒羽も玄一も頼りになる男だ。良い友達を持ったな」
「まあね。けっこう自慢だったりする」
わしゃわしゃと頭を撫でられた。大きくて強い手は、撃たれた手とは逆だった。
紫影に支えてもらいながら、咲紅は身体を起こした。
情けなくもあるが、独りではないと感じられて不安が消えていく気がした。
聖堂の前で一度呼吸を整えて、紫影と共に重厚な扉を押した。一斉に視線が集まった。葵も千歳も、友人たちもいる。たった一日会わないだけで、涙が出そうになった。
心配そうに見つめる友人たちに目配せをし、紫影の後に続く。
「咲紅、もう立って大丈夫ですか?」
立場が逆転したようで、従者たちは席につき、中心にいたのは葵だった。
「問題ないです。お待たせしてすみません」
「私から話せるだけ話しました。彼らは話したがらなかったので」
そう言いつつ、葵は従者を見回す。
「ご苦労だったな。葵も座ってくれ。咲紅から話がある」
全員の視線が集まる。背中に暖かな手が触れ、咲紅は足を少し開いて地にしっかりと足をついた。
「学園の地下に眠る大蛇の件は聞いたと思います。俺は子供の頃から蛇の声が聞こえていて、それが当たり前だと思っていました。むしろ聞こえない人が普通ではないと、ずっと感じていました。教団が巫覡を生もうとするのは、地下に眠る大蛇を鎮めるためです。大蛇がなぜ生まれたかというと、薬の動物実験によるものです。それにより、死ねない蛇が生まれました。巫覡になれば蛇と会話ができる力を手に入れる人もいます。大蛇の望みを聞き、永遠の眠りにつかせるために、ずっと歴史が繰り返されてきました」
「そんな……」
「それで、大蛇の望みって?」
咲紅は深い息を吐く。教団の人間も見守る中、口を開いた。
「ここに眠るたくさんの仲間たちを弔ってほしいと、そう話してくれました」
「仲間たち?」
「学園を建てるのに、贄としてたくさんの蛇が犠牲になっています。生きた蛇と学園を建てた人たちも、秘密を守るために人柱として生き埋めにされています。建築に関わった人は、大蛇に対してとても優しく接していた。今のような化け物扱いする人はいなくて、大蛇にとっても異種でありながら大切な友人でした。墓を建てて供養してほしいと願っています」
「それは……本当なのか?」
手を上げ、一人の従者が恐る恐る口にする。
「教団の方々も、学園が創設されたときのことなんて知らない人が多いと思います。ただ、元教祖の部屋に文献がありました。中身は、人柱として大勢の人間や蛇が犠牲になったと記されています。誰が書いたものか判らないですが、古代語と呼ばれる、蛇が使う古い言語で書かれていました」
「俺も一緒に見たが、残念ながら俺は蛇の言葉が理解できない」
「前教祖も理解できなかったんだと思います。ですが、文献と大蛇が俺に話した内容は一致しています」
「柱となった方々が眠りについた場所に関して、大蛇は建物を建てたと言っています。定期的に大勢の人が集まり、声が聞こえていたと」
「であれば、聖堂の可能性があるな」
「ひっ…………」
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「ですが、……いかがなさるおつもりですか? まさか聖堂を壊すなど……」
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「亡くなった方々の弔いを何よりも優先すべきです」
「しかし……」
地位を最大限利用すれば、紫影の独断で決められるはずだ。
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従者のたしなめにも、紫影は口を挟まなかった。
「巫覡なんて不気味なもんになるくらいなら死んだ方がましだわ」
「黒羽、いい加減にしなさい」
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