11人の贄と最後の1日─幽閉された学園の謎─

不来方しい

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第一章 贄と学園の謎

063 新教祖

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「こっちだ」
 紫影に続き、咲紅は非常階段を駆け上った。
 紫影は腕を撃たれてから一日も経っていないが、怪我を感じさせないほどいつものように動いている。
 叔父の緋一に本部へ送ってもらう間、生きて戻ること、帰ったら旅行へ行こうと約束を交わした。紫影はむすっとしたままで、おかしくて肩の震えを必死でこらえていた。
 紫影以外の家族は初めて出会い、どれだけ恵まれているか知った。学園内にいたら、自分の家族が誰で生きているのかも教えられない。もしも贄生に選ばれた場合、待ち受けるのは死であり、この世に未練を残してしまうからだ。運命を受け入れるのに、家族は不必要なものだった。
「緋一さんからいろいろ聞かされて、俺は贄生としても巫覡としても逃げちゃだめなんだって思った」
「こうなることも、運命だったのかもな。近いぞ」
 淫紋は出ていなかったが、下腹部が異様に熱かった。大蛇が何かを伝えようとしているのかもしれない。学園から離れすぎているため聞き取れないが、贄生たちへ危害を加えるつもりはないと頭の中で木霊した。
 紫影は胸元に手を入れ、一枚のカードを取り出した。
「カードキー?」
「従者のものだ」
「いつ手に入れたんだ?」
「昨日。彼らも儀式のときに着替えていただろう? その隙に着物から受け取った」
「受け取った、ねえ……」
 カードキーを照らすと、ランプが緑色に光った。
「誰もいない……」
「いつもなら数人はいるんだがな。巫覡に何かあったんだろう」
「千歳もここにいるんだよな」
「優先順位を間違えるなよ」
「大丈夫」
 千歳のみを救ったところで意味がない。連れ戻され、咲紅たちは今度こそ殺されるだけだ。
「教祖様って部屋にいるかな」
「従者がいないと、教祖もいない」
「紫影のお父さんなんだよな。もし会ったら挨拶した方がいいよな」
「する必要はない……開いてる」
 紫影はゆっくりと扉を開けた。壁を手探りで触れ、明かりをつけた。
「どういうことだ?」
「俺たちより先に、騒ぎに紛れて入った奴がいる」
 紫影の足取りは警戒しつつも、奥の部屋へ進んでいく。
「誰か見当はつく?」
「茉白か、梅愛のどちらかだろうな」
「巫覡の茉白様と、紫影のお母さんだよな。一体何の用があって?」
「躊躇なく教祖の部屋に入る度胸があるのは、俺が知ってる中ではこの二人だけだ」
 紫影は口を動かしつつ、厳重そうな奥の扉も開けた。
 資料が山ほど詰まっていて、鍵付きの部屋にしまわれているのは、見られてはいけないものだからだ。
 咲紅は恐る恐る、ファイルを手に取った。
「これ……」
「お前たち生徒の写真だな」
「っていうか、俺なんだけど。なんだよこれ」
 咲紅の五、六歳くらいからの写真が挟まっていた。最近のものまである。千歳とご飯を食べているところ、贄生となる前の授業風景、体育の授業で走っている咲紅もいる。
「贄生に選ばれる生徒は、そうやって成長の記録も記してある。千歳のもあるはずだ。病気の有無や美しさも兼ね備えてなければならないからな。目をつけられる子供は、赤ん坊の頃からすでに記録されていたりする」
「ちょっと……気持ち悪いかも」
「俺がお前の側にいたなら、毎日のように写真を撮るぞ。気持ち悪いと思うか?」
「父親と他人は違うっつーの。紫影の家に、俺が赤ちゃんのときの写真って、残ってたりする?」
「いない者として扱わなければならなかったからな。撮りたくてもできなかった。ほぼない」
 ほぼということは、少しはあるようだ。親の愛は不思議と心地がよかった。
「紫影、その箱は何?」
「お目当てのものだ」
 重箱の中には、古い冊子が数冊入っていた。
「これ……古代語だ」
「読めるのか?」
「うん……読める。なんでだろ、学校で習ったわけじゃないのに。不思議」
 蛇のような字が縦書きで書かれているが、一語一語、咲紅には読めた。閃いていく、が正しい。
「こっちは学園について書いてる。設計図つきだし。元々学園があったところで薬の製作や動物実験をしていて、育ちすぎた大蛇を地下に閉じ込める計画だったみたいだ」
 咲紅はもう一つの冊子を開く。
「これは……人柱? 儀式について書かれてる」
「人柱」
「うん。学園を建てるにあたって、人も蛇もたくさんの人が亡くなってる。大蛇に貢ぎ物を捧げよとかなんとか。人間のせいでこうなったのにな。一つの教団を作り上げて、白神の発展と死なない大蛇の怒りを静めようとする計画だ。けどおかしい。大蛇の望みは違うんだ」
 廊下から複数の足音が聞こえてくる。
 紫影は咲紅を後ろに隠すが、それよりも早く入ってきたのは、数人の従者たちだった。
「紫影さん、どうか……我々の声に耳を傾けて下さい」
「教祖様が……」
「教祖様に何があった?」
 従者たちは咲紅の姿を見ても、特に反応を示さなかった。すでにばれていたのか、それよりも重大なことが起こったのかどちらかだ。
「教祖様が……茉白様に毒を盛られて……」
「今はどちらに?」
「食堂です。どうかお助け下さい!」

 食堂は荒れ果てた状況だった。
 床にはアルコールや皿、料理が散乱していて、教祖は悶え苦しんでいる。
「さっちゃん!」
「千歳!」
 巫覡も勢揃いしていて、千歳は白い布地に松の絵が書かれた着物を着ていた。
 走ってきた彼を抱きとめ、熱い包容を交わす。
「大丈夫か? 変なことされてないか?」
「平気。連れてこられてからは悪い扱いは受けてないし……」
「ごめん、本当にごめん。寂しい思いをさせた」
「うん……さっちゃんがいなくて、寂しかった」
「何があったんだよ」
「食事してたら急に……教祖様が苦しんで倒れて……」
 教祖から離れた位置で、茉白は床に押さえつけられていた。抵抗する様子はなく、無表情が怖かった。
「助ける条件があります」
「条件だと?」
「嫌ならこのまま病院へ向かいますか? 毒を盛られたとなると刑事事件です。我々教団の秘密を洗いざらい吐くことになりますが」
「し、えい…………」
 か細い声で、教祖は息子の名を呼んだ。
「のむ……から、たすけ……」
「教祖の座を私に譲ることです」
「なっ…………」
 従者たちは絶句している。巫覡たちも、口を開けてぽかんとしたまま微動だにしない。
 うまい手だ。すべての権限を持つ教祖になれば、巫覡たちも救うことができる。
 これがもし、毒を盛られたのが咲紅であれば、紫影は呼吸すら忘れて咲紅の元へ駆け寄っただろう。条件を提示するあたり、紫影の父に対する愛情の違いがはっきりとした。
「自分の父親だろう!」
「教祖様、いかがなさいますか」
 紫影は従者の怒りなど微塵も気にせず、床に伸びている教祖へ向かい合った。
「わかっ…た……、ゆずる……たのむから……」
「ここにいる従者と巫覡の耳に入りました。今から私が新教祖となります」
「あくまで教祖代理です! 教祖が代わるときは、儀式を行わねばなりません」
 食い下がって従者は噛みついた。
「千歳が巫覡となったとき、巫臨の儀は行いましたか? 友人との別れの挨拶もさせてもらえず、本部へ直行したのでは?」
 従者は顔を赤くさせ、拳を作った。
 紫影は千歳のことを気にかけていた。このような状況ではあるが、咲紅は目元が熱くなる。大事な弟であり、彼もまた千歳を思っていた。
「判り、ました……。あなたが教祖と認めます」
「感謝致します」
 紫影は心にとなくぶっきらぼうに答えると、胸元から長方形の箱を取り出した。
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