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第一章 贄と学園の謎

057 茉白の御神託と教祖の陰謀

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 黄羅が入った棺を囲むように、真っ白な百合が飾られた。こんなにも香り高い花に囲まれる人生は、テストで満点を取ろうが、結婚しようが、最期のみという悲しい現実を突きつけられる。
 愛する息子を失った道具のような扱いに見えて、死んでもなおそのような扱いを受ける彼に、同情が芽生える。
 紫影自身に向けられる目は憎悪ばかりだったが、棺の中で眠る彼は、安らかで穏やかな笑みを浮かべていた。苦しまずに天へ昇れたのならそれで良かった。
 壇上の下からはすすり泣く声や祈りの声が聞こえ、重なるように父である教祖が高らかと弔いの言葉を口にする。
 紫影はじっくりと父の姿を見届ける。年齢のわりに若々しく、肌にも艶がある。横で梅愛が泣き、ハンカチを手にしている。
 およそ一時間ほどで儀式を終え、紫影はロビーに立って信者たちを見送った。中には紫影を次の教祖と望む声が多くあり、紫影もしっかりと握手を交わして礼を述べる。
 そんなときがくればいいが、生命に満ちた父を見るに、しばらくはやってこないだろう。もし自分が教祖になったら、すぐにでも御霊降ろしの儀をなくして亡くなった贄生たちを弔い、大蛇の息の根を止めたい、と思いを募らせる。
「紫影さん、教祖様がお呼びです」
「すぐに参ります」
 会場を通って裏口へ回り、教祖のいる一室へ入った。
「挨拶はよい。こちらへ」
 椅子に腰掛ける彼の側で跪こうとしたが、教祖は前に座るよう促した。
「経過は良くなっていると聞いていましたので、残念に思います」
「見舞いに何度も足を運んでいたと、院長から聞いていた。礼を言う」
「もったいないお言葉です。それに、私の弟でありますので」
「ああ……そうだな」
「ご用件をお伺いしてもよろしいですか」
「学園で天龍の儀を行うと聞いてるか」
「はい。なぜ学園でも行う必要があるのかと、いささか疑問です。これまでの教祖が亡くなられた場合は生徒も含めて天龍の儀に参加するのは当然かと存じますが、身内の儀式となると、前例がございません」
「黄羅は御霊降ろしの儀にも参加し、贄生たちから巫覡を生もうと力を入れてくれた。きっと生徒たちも悲しみに満ちているだろう。従者たちにも相談したが、名案だと言っていた」
 話から察するに、教祖の独断で決めたことだと察した。それに乗った従者たちも、当然何かしらの意図がある。おそらく、贄生の選別だ。高等部一年から贄生候補を選び、咲紅たちの間に黒鼠がいないかどうか判別しようとしている。
「棺を運ぶわけにはいきませんから、黄羅の写真と花を用意致します。聖堂で行いましょう」
「頼んだぞ、紫影。それと、天龍の儀が行われる日まで、御霊降ろしの儀は行わなくてよい」
 紫影の瞼がぴくりと反応する。
「一体なぜでしょうか」
「実は、茉白が新しい御神託を授かったのだ。今回、十人の贄生のうち、二人が巫覡となり、審判者が見逃していると授かったのだ」
「……っ……二人も、ですか」
「そうだ。茉白は誰かは名前や顔までは浮かばなかったと言う。寝ずに祈りを捧げても新しい御神託は降りてこなかったようで、本当に判らないのだろう」
 紫影は教祖の企みを理解した。背筋が凍る凄惨なことを実行に移そうとしている。
 適当に御神託が降りたと話している可能性もあるが、人数がぴったり合いすぎている。紫影が把握しているのは、咲紅と千歳だ。本当に降りた可能性も高い。
「紫影、そんな顔をしなくとも言いたいことは理解している。お前のせいではない。審判者が儀式に及んでも出ない場合もある」
 教祖は、紫影が贄生を把握しきれなくて悔やんでいると思っている──これは教祖の縁起でもあるわけだが、紫影は誘いに乗った。
「憚りながら、それではまるで茉白様の御神託が本物だとおっしゃっているようですね」
「偽物という証拠もないだろう」
「何をなさるおつもりですか。これ以上、贄生たちの心と身体を傷つけたくありません。私は断固反対です」
「儀式を行うのは今まで通り審判者でいい。こちらは信頼のおける従者を数人送り込んで、布団を囲み、腹部を見る。それでも贄生が嫌がるようなら、紗で覆おう。少しでも彼らのプライバシーが守られるよう、配慮はする」
 教祖はどうだと譲歩するが、それだと余計にまずい。一人扱いて淫紋が表れた千歳は、葵の手にかかったところで出ないだろうが、紫影自身が咲紅を気持ちよくさせれば、間違いなく淫紋が出る。かと言って、従者に咲紅の身体を触れさせるのは以ての外だった。
「お前だってすべてを把握しているわけではないだろう? お前に嘘の報告をしている審判者がいる可能性だってあるのだ。それとも、ここまで配慮をしても、できないわけがあるのか?」
「そのようなことは、決して」
「茉白は御神託が降りたと、他の従者たちがいる前で話してしまったのだ。たいそう喜んでいる彼らと御神託を無下にはできん。どうか、頼む」
「教祖様、頭を上げて下さい。立場上、私に下げていいはずがありません」
 ここまでされてしまっては、承諾するしか道が残されていなかった。
「承知致しました。代わりといってはなんですが、数週間ほどお時間を頂けませんか。贄生への精神的負担は計り知れません。一人一人面接を行い、心のケアをした上で、彼らが儀式を臨めるよう努めます」
「そうしてくれ。特に千歳は身体があまり強くない。身体の弱い子供は神に選ばれることは滅多にないが……日本人形のような美しさは上等なものだ」
「かしこまりました」
 もはや打つ手はなかった。現状、紫影は従者に見守られながらの御霊降ろしの儀を断る術は何も浮かんでいない。
 どうすることもできず、途方に暮れていた。



 学園の様子がおかしいと気づいたのは、朝食を取ろうと食堂へ向かう途中だった。
 いつもは誰かしら警備隊がついて回るのに、今日は食堂内にもい誰一人いない。
「警備隊がいない」
 先に席で食べていた玄一も同じことを思っていた。
「何があったんだろう。紫影から何か聞かされているか?」
「特に何も。だが朝早くに黒羽が部屋を出ていき、本署がある方角へ出かけた」
「黒羽が?」
「先に異変に気づいたか、もしくは誰かに呼び出されたか」
「俺、食べ終わったら行ってみる。玄一も行くか?」
「やめておく。千歳と一緒にいる」
「頼んだ」
 食べ終わった後は玄一と共に千歳の部屋に向かうが、扉を叩いても返事はない。
 階段を上がってきたのは、葵だった。
「葵さん、千歳知りませんか? 寝坊なんてほぼしないんですけど」
「千歳は入院しています」
「え……また? 俺、病棟に……」
「お待ちなさい」
 葵は咲紅の腕を掴んだ。
「見舞いは後でも行けます。咲紅は今すぐ本署にいる紫影隊長の元へ行って下さい。玄一は私が面接をします」
「どういうことですか?」
「とても大事な話です。さあお早く。紫影隊長が待っていますよ」
 葵の口から面接というワードが出て、咲紅はわけが判らなかった。
 面接を行うなど部屋のモニターにも表示されていないし、何も聞かされていない。
「咲紅、まずは葵さんの言う通りにしよう」
「……そうだな」
 玄一は葵と共に部屋へ入っていく。
 焦る気持ちは足を速め、咲紅はすぐに駆け出した。
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