11人の贄と最後の1日─幽閉された学園の謎─

不来方しい

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第一章 贄と学園の謎

056 前代未聞の出来事は心を惑わす

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 咲紅の肩を抱いて本署にある自室へ戻った。
 蛇の肌のようにひんやりとしている。唇は青く、肌の色に血の気がない。
 彼が好むロイヤルミルクティーを淹れると、咲紅の目にはいくらか色が戻った。
「なんでか判らないんだ。どうして神殿にいたのかも、何を考えていたのかも」
「いきなり意識を失った?」
「──そうかも。意識がふと途切れて、気づいたら神殿の前にいた。でもまったく意識がなかったわけじゃないんだ。俺と大蛇のみしか存在しない世界になって、大蛇が俺に話しかけてた。日に日に……言葉が理解できるようになっていってて……」
「何を言っていた?」
 咲紅は紫影を見つめた後、まぶたを閉じた。
「夢か、現実か、希望か、絶望か判らないんだ。だから、一緒に考えてほしい。大蛇は、助けを求めてた」
「助け?」
「──自身を助けてほしい、眠る蛇たちを弔ってほしい」
「眠る蛇たち?」
「俺もよく判らない。意識朦朧で、俺が呼びかけることもできなかったんだ」
「咲紅、蛇と会話はどれくらいできる?」
「ほぼ、意思疎通はできる」
 言いづらそうに、咲紅は俯いた。
「大蛇とはどうだ。完璧に近いくらい判るのか?」
「直接会ったら、もしかしたら前よりできるようにはなってるかも。でも……」
「無理に会わせるつもりもない。心配しなくていい」
「うん……」
 咲紅にとって、あの大蛇はトラウマとなってしまっていた。
 無理やり対面させた紫影としては心が痛みもするが、好奇心旺盛の息子を判らせるには、危機感を持ってもらう方法しかなかった。
「大蛇が俺に呼びかけてくるんだ。今日も……俺の名前を呼び続けてた。本部が慌ただしくなっているから気をつけろって」
「そんなことまで判るのか」
 紫影は驚愕し、咲紅の顎に指をかけて持ち上げた。
 咲紅は頬を染めて視線を泳がせる。
「そんなことまで? 本部で何かあったのか?」
「黄羅が死んだ」
 咲紅は息を呑むと、次第に目が潤んでくる。
「嫌な奴だったけど……紫影のお兄さんだし、会ったことのある人だから……なんていうか、すごい複雑」
「ありがとう。咲紅にとっていい想い出は何もないだろうが、弔う心を持ってくれると、いくらか救われる。最後に意識を取り戻して、兄が羨ましかった、と呟いたそうだ」
「黄羅からしたら、どんな形であれ血の繋がった兄は愛情を親から向けられているし、息子にも……愛されてるし。隣の芝生は青く見えるもんだし。最期の言葉通り、羨望はあったんだと思う」
「息子に愛されていて嬉しいよ。お前が側にいてくれてよかった」
「こういうとき、落ち込んでいいと思う」
「今だけは少し休ませてくれ。明日は朝一で本部へ行く」
「添い寝する?」
「ああ、してくれ」
 息子が側にいてくれて、心が浄化されていく。
 弟の作った毒で殺されそうになり、父や母から愛情を向けられることもなく、天へ昇った弟。もう少し愛情を向けていたら、関係は変わっていただろうか。



 紫影から黄羅が亡くなったと聞かされた朝、生徒全員が聖堂に集められた。
 初等部から白神学園で過ごしてきて、教祖の身内が亡くなったと学園長から知らされたのは初めてだった。家族だろうが本部の関係者だろうが、絶対に外の世界の話を輸入されることはない。前代未聞が起こった今、何かの企みがあるのかもしれないと咲紅は身を固くした。
「具体的な日にちはまだ決まっていないが、天龍の儀を我が学園でも行うこととなった」
 学園長の声がマイクを通して響き、辺りがざわついた。
 天龍の儀とは、死者を弔う儀式のことだ。白蛇の子である我らが命を落とすと龍となって天へ昇るため、この名がついた。
「今までなかったよね、こんなこと……」
「教祖様ならともかく、息子の黄羅が?」
「つーか黄羅って教祖様の息子だったんだ……」
 学園長が静粛に、と言っても雑談は止まらない。
 それどころかなきさけぶ者も出る始末だ。
「皆さん、どうかお静かに。まだ話は終わっていませんよ」
 警備隊副隊長の葵が声を上げると、しんと静寂が訪れた。
「葵さん、納得できないです。なぜ黄羅なんですか? あいつ、贄生の僕たちにもひどい態度をとり続けてたんですよ」
「俺は嫌だね。黄羅に対しては弔う気持ちもなし」
 贄生が言い始めると、途端に回りも止まらなくなった。
「具体的なことは何も聞かされていません。今は紫影隊長が本部へ行き、詳しい話を伺っている最中です。全生徒は隊長が戻ってくるで勉学に励み、いつも通り待つように」
 学園長が言うより、葵の言葉は説得力がある。たまにしか現れない学園長よりも、生徒に優しく人気の高い葵だからこそだ。
 千歳が俯いたままだったので、咲紅は手を握った。すると千歳は顔を上げて、表面ばかりの笑顔を作る。
「今日、手繋いでてほしい」
「千歳が落ち着くまでずっと繋いでるよ。体調良くなったんなら、散歩でもする?」
「うん」
 聖堂を出た後は贄生宿舎に戻るふりをして、こっこり温室までやってきた。
 温室近くで浅葱に襲われたと聞いたが、千歳は特に気にする様子はなく、咲紅はほっと息を吐く。
「さっちゃんって温室好きなの?」
「そうだな。けっこう落ち着く。わりと植物が好きなのかも。薔薇だけじゃなく、食虫植物もあるだろ? 面白いんだよな」
「わかる。こっそり実ってるバナナは食べちゃだめかな?」
「それは食堂に行ってもらってきた方がいい」
 笑うと、引きずられて千歳も笑顔を見せた。
「子供のときみたいだね。初等部にいたときも、僕が迷子になって泣いてたのを、さっちゃんが手を繋いでくれて助けてくれたんだよね」
「あったな、そういうこと」
「本当のお兄ちゃんならいいって思ってた」
「千歳は俺の弟だよ」
「うん……もし、僕が本部に行ったり、悪者にさらわれたりしたら、助けてくれる?」
「本部? 急にどうした?」
「例えばの話だよ」
「助けるに決まってる。けど一人じゃ何もできないから、現実は警備隊に相談するかな。葵さんとか、紫影とか」
 いきなり本部の話を持ち出したのは気にはなったが、味方が大勢いると、彼に伝えたかった。
「一緒に大学部へ行って、たくさん勉強して遊んで、いずれ外の世界へ行こう」
「そういう人生を、僕も望んでいるよ」
 千歳は弱々しく呟くと、大きな瞳が濡れていた。
 不安に駆られたのは咲紅だ。
 希望よりも絶望に包まれた千歳の目には、何が見えているのだろう。
 巫覡である咲紅と、無縁の千歳とは立場が違う。千歳にしてみたら未来ある世界が広がっているのに、なぜこんなに悲観するのだろう。
 千歳は手を握り返してくるので、咲紅は両手で彼の手を包んだ。
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