11人の贄と最後の1日─幽閉された学園の謎─

不来方しい

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第一章 贄と学園の謎

055 浅葱

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 ほとんど味の判らない朝食を食べ終え、咲紅は千歳の入院する病棟へ向かった。
 まだ顔色が悪かったが、熱も下がり立って歩けるだけにはなっている。
「今日、紫影から何か話があるみたいなんだ」
「多分、浅葱のことだと思う」
「浅葱?」
 千歳が入院をするはめになった原因を作った男だ。浅葱が千歳をいじめているところを、黒羽が助けたと大雑把には聞いていた。
「僕も隊長から聞いたわけじゃないよ。このタイミングだと、多分そうじゃないかなあって」
「ああ……そうかもな」
「さっちゃん、来てくれてありがとうね。もう戻った方がいい」
「何かあったらちゃんと話してくれよ」
 廊下にいる見張りの警備隊員からは「急ぎで戻って下さい」と言われてしまった。
 贄生宿舎に戻ると、ほぼ全員集まっていた。ほぼというのは、咲紅が最後で入院中と千歳と浅葱がいないからだ。数人いないだけで、ロビーが広く感じられる。
「どこに行ってたんだよ。遅刻寸前だぞ」
 黒羽は呆れたように言う。
「悪い。千歳が入院中で、朝食を食べた後に見舞いに行ってたんだ」
 紫影と葵が揃う中、二人にも聞こえるように黒羽へ説明した。
「全員揃ったな」
「隊長、浅葱がいませんけど……」
 事情を詳しく聞いていない贄生─咲紅も含め─がロビーを見回した。
「浅葱の件に関してだ。彼は重罪を犯してしまったがために、学園裁判にかけられることになった」
 一人一人反応は異なるが、ロビー中に悲鳴が起こった。
「うそ……本当に?」
「なんで浅葱が……」
「彼が何をしたんですか?」
 主に悲鳴を上げているのは取り巻きたちで、彼に対して良い印象を持っていない咲紅や黒羽は、黙って紫影の言葉を待つ。
「詳しい内容は言えないが、本部からの指令が来た。彼が贄生に戻ることは決してない」
 紫影は赤い紙を掲げてみせた。
 学園裁判を行うときは赤紙で本部から来るというが、実際に見るのは初めてだった。たいていの生徒は見ずに卒業を迎えるだろう。
 毒々しい色に、取り巻きたちも静まり返る。
 誰しもが関わりたくないと、本能が囁き始める。数少ない友人たちも、赤紙から目を逸らし、手足が震えている。
「贄生は本来なら十一人でなければならない。蛇の目と似ていて、縁起の良いものとされているからだ。このようなことになったのは残念ではあるが、お前たちは白蛇様の御加護を求め、よりいっそう祈りを捧げるがよい。以上だ」
 質問も許さない、と強い口調で言い放ち、紫影は踵を返した。葵も続いて、残り十人の贄生たちは見えなくなるまで二人の姿を見送った。
「結局、浅葱はなんで重罪?」
「さあ……。あいつはずっと巫覡になりたくて努力し続けてきた男だぜ。成績も悪くないし」
「暴力とかじゃないと重罪にならないんでしょ? 千歳が入院してるけど、関係あるのかな?」
「千歳はいつも入院してるだろ。あいつ身体弱いし」
 この中で、咲紅と黒羽だけは知らないふりを突き通していた。
 黒羽はいじめを受けた千歳を救った張本人で、理由を知っている人間だ。
 そして咲紅は、胸の奥が張り裂けそうなほど不安に駆られ、胸を強く掴んだ。
 大きな箱を運び出す本部の人間、大蛇の眠る森へ消えていった彼ら、浅葱が学園裁判にかけられる事実。
 赤紙なんて、ただの紙にしかすぎないのだ。贄生たちをおとなしくさせるための道具であり、実際はすでに裁かれた後──。
 一本へと繋がりそうになり、咲紅は線を切ろうとしてみたりぐちゃぐちゃに異なる線を交えてみる。あれは夢で、浅葱の事実とは違う。そもそも、千歳への暴力が決定打とは紫影は言っていない。
「俺……今日は部屋で休む」
「おい、大丈夫か? 顔が真っ青だぞ」
 壁にもたれそうになると、黒羽が手を伸ばし支えてくれた。
「問題ない。寝つけなかっただけだ」
 ふらふらになりながらなんとか部屋に戻り、ベッドに沈む。
 贄生のいずれ来る運命が、浅葱の身に訪れただけだ。それも誰よりも早く。
「……ッ……こんなんじゃだめだ」
 ベッドから起き上がり、部屋でストレッチをした。
 何かしていないと落ち着かないが、もし儀式の連絡が来たらばっくれるつもりでいた。紫影と堂々と会える最高のチャンスだが、今は学園の規律と切り離して過ごしたかった。
 かきむしりたくなるような衝動をやり過ごし、咲紅はカーテンを開けた。
 いつもの風景となんら変わりない。青々と茂った森に、天にも届きそうな白塀。閉鎖された空間だ。
 学園の校則により外の世界を知ることは厳禁ではあるが、紫影はたまに教えてくれる。未知の世界は本当かと疑いたくなるが、紫影が御神饌にとくれるお菓子やフルーツは、咲紅の知らないものばかりだ。
 外への憧れと現実が心に入り乱れ、咲紅はわけが判らなくなった。



 眠れぬ夜に届いた訃報は心が震撼し、顔には出さずとも動揺した。
「何か飲みますか?」
「酒」
「却下です。ホットミルクでも入れましょう」
 なぜ聞いたんだ、と睨むが、葵はどこ吹く風で冷蔵庫を開けている。
 髪をかきあげ、ソファーに深く座り直した。
 血を分けた兄である黄羅が死んだ。そう一報が届いたとき、地に足がついていない感覚が襲い、立っているのがやっとだった。
 植物人間状態でいつ死んでもおかしくない状況で、いつか来るのではと覚悟はしていた。だが実際に訃報が届くと、精神的ダメージは計り知れない。どんなに怨まれようとも、息子の咲紅を襲って憎しみが沸いても、結局は兄弟なのだ。
「少し温めにしました」
 マグカップはほんのりと温かい。ほのかに蜂蜜の香りがした。
「ご兄弟が亡くなられてショックでしょうが、こういうときこそどうか気をしっかりお持ち下さい。もし私が本部側の人間なら、隊長のあなたが弱っている今こそ仕掛けるチャンスだと思います」
「俺もそう感じている。本部で天龍の儀を行うとなれば、学園でも内密にするわけにはいかなくなる」
 浅葱に続き、不幸が重なる年だ。浅葱は浅葱本人が悪いのであって、誰のせいでもない。千歳の様子が気になったが、最近は仲良くなった黒羽のおかげで元気を取り戻していた。
「咲紅?」
「いかがなさいましたか」
「咲紅の後ろ姿だ。森の奥へ入っていった」
 カップを置き、紫影は上着を掴むと袖を通した。
 美しいブロンドヘアーで贄生しか入れないフロアにいるとなると、咲紅しかいなかった。
 咲紅の向かった森は、夏が過ぎた今もまだ蛾が飛び回っている。過去には蛾に触れて意識を失っていて、あれほど気をつけろと言ったのにもかかわらず、咲紅らしくないと苦虫を潰した顔になる。
「咲紅!」
 大蛇の眠る神殿の前で、咲紅は一人で立っていた。
 呼びかけても返事はなく、肩を掴むが反応しない。
「咲紅、どうしたんだ」
「…………、……紫影」
「ああ、俺だ。こんな夜中になぜ部屋を出た」
「……大蛇が……呼んでる……」
「大蛇が?」
「なにか……伝えたい……こと、ある……」
「とにかく本署へ行こう。ここは危ない」
 大蛇に喰われるわけではなくても、咲紅が神殿の近くにいるだけで血の気が引いた。
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