11人の贄と最後の1日─幽閉された学園の謎─

不来方しい

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第一章 贄と学園の謎

052 千歳の秘密

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 部屋で酒を煽っていると、誰かが扉を叩く音がした。
「私です。入ってもいいですか?」
「ああ」
 葵は部屋に入ってきては、顔をしかめて小言を言う五秒前の顔をした。
「部屋中、アルコール臭いですよ。一体どれほどお飲みになったのです? 控えるのではなかったんですか?」
「また説教か。今日はそんなに飲んでいない」
「身体を痛めつけるようなことはしないで下さいね。何かあったら、咲紅が悲しみますよ」
 緩やかなウェーブを一つにまとめ、葵は嘆息を漏らした。
 男も振り返るほどの美を持つ葵は、今は小姑のように非難の言葉を口にしている。他の者はなかなか見られない姿だ。
「教祖様はあなたのご機嫌取りに勤しんでいるご様子ですね」
「地下室の鍵を茉白に盗まれ、さらに愛人が贄生に対する愚行だ。後ろめたいんだろう」
 どちらも紫影が目を瞑っているからこそ、大事になっていない案件だ。だが紫影は許すわけにはいかなかった。特に後者は、個人的心情と許してしまえばさらなる攻勢をかけてくる。咲紅を巫覡にしたくてたまらない教祖は、どんな手でも使ってくる。そのたびに咲紅を傷つけるだろう。
「ですがあまり虐めるのも可哀想です」
「何が可哀想なものか。咲紅が負った傷に比べれば、俺のしていることは可愛い子供の悪戯だ」
「咲紅のご様子は?」
「地に足をついて、ひとりで神殿を出てきた。泣いた跡はあったが、気持ちの切り替えができる子だ」
 恐ろしい運命を与えてしまったのだと思う。巫覡になった事実は変えられないが、学園の蛇たちは咲紅の味方であると知ったのは不幸中の幸いだ。淫紋が浮かぶ方法は今のところ一つで、紫影が触れさえしなければ咲紅はばれずに済む。
「咲紅の心配はともかく、お前は大丈夫なのか?」
「数日前に本部へ参りました。無理にでも私にお酒を飲ませ、本音を聞き出そうとしているのが見え見えでしたね」
「疑われているのはお前も同じなんだ。油断はするなよ」
「ええ。ありがとうございます」
「どうした?」
 葵は何か聞きたそうな様子だが、頭を振る。
「はっきりしないな。用件はなんだ」
「教祖様から、愛人になれと言われました」
 紫影は持っているグラスを置き、葵を眺めた。
 薄暗い部屋の中、月明かりに照らされた葵の肌は青白く見える。陶器のような透き通った肌が、今はこの世の者とは思えない色をしていた。
「いつからだ?」
「前々から獲物を狙うような視線は向けられていました。本格的にお誘いを受けたのは、教祖様の失態により、茉白様が鍵を盗んだ後です。咲紅が茉白様たちからあのような辱めを受けた後もおっしゃり、お誘いは二度ほどお受けしました」
「人質交換、ということか」
「今のところ咲紅への態度は軟化させていますが、このまま咲紅を守りきりたければ葵を差し出せ、と言いたいのでしょう」
 紫影は腕を組み、テーブルの上のワイングラスを見つめた。
 水面が穏やかに波を打っている。
「本来ならば、この上ない誉れです」
「そうだろうな」
「紫影隊長、私を人質として使って下さい」
「断る」
 葵はやや眉を上げた。
「それだけじゃない。黄羅を無理やり学園へ送り込んだことも、水に流そうとしているんだ」
「ええ。ですから、私を……」
「お前はそれで納得するとしよう。千歳はどうなる?」
 葵は息を詰まらせる。
「お前は俺を信じているからこそ話したと仮定した上であえて聞く。千歳とお前は誰にも知られたくない秘密を握っているな」
 葵は口を開くがすぐに閉じた。
「適当なことを言ったわけじゃない。咲紅やお前に対する千歳の態度の変化だ。人の後ろに隠れて目立つタイプじゃないが、最近やけに人の顔色を伺うようになった」
「千歳が話したわけではないんですね?」
「話さないだろう」
「あの子はあなたのファンですよ。ファンクラブにも入っていると、前に話してくれました」
「外から見ていたいタイプでも、秘密を共有したい人間とイコールではない」
「隊長のご想像通りです」
 紫影は顔を上げた。目には観念した様子の葵が映る。
「千歳は巫覡です」
「どういう経緯でそうなったんだ?」
「儀式のときではありません。千歳は人に触れられることを嫌がります。宿舎に戻ってシャワーを浴びているときに……と本人は話しました。最初は気持ちが不安定で、死をほのめかすようなことを呟いたりもしていましたが、私が必ず守ると話したところ、前ほど入退院を繰り返すことはなくなりました。交友関係には話していないと思います」
「咲紅に会うたびにそれとなく千歳の様子を聞くが、ランチを一緒に取っただの、宿題を一緒にしただの話してくれる。何も知らないからこそ私生活を話せるから、咲紅は何も聞かされていないはずだ。瑠璃も含めて、これで三人目か」
「私は今年に巫覡となったわけではありませんが、豊作ですね。ちなみにですが、千歳は私と同じく蛇の声はほとんど聞こえません」
「巫覡になったとなると、なおさらお前を人質として差し出せない」
「きっと教祖様は『葵を差し出せば咲紅を巫覡にするのは諦める』と言いたいのだと思います」
「それはお前の勝手な思い込みだ。仮にそうだとしても水面下の約束を守られればいいが、あの男は守るはずがない」
「随分と信じていらっしゃるんですね」
「信じているし、お前はあの男のことを知らないからそう言える。人の命をなんとも思っていない男だぞ。過去に自分の息子を……毒を盛って息子を殺そうとした。今も黄羅は意識不明で入院中だが、見舞いの一つも行かない」
「では、どうするのですか」
「……これから考える。そうため息をつくな」
「いいえ、これは安堵しているだけです。やはり好きでもない男に抱かれるのは最悪ですから」
「好きな男であればいいのか?」
 葵の頬はぴくりと引きつる。
「どういう意味でしょう」
「贄生宿舎へ相当入り込んでいるようだな」
「可愛い甥に会ってはいけないのですか」
「甥に会うため? 違うだろう。本当はお前は……」
 葵はわざと大きな靴音を立てて立ち上がった。
「一番大切なものを見失うな」
「あなたに言われると重みが違いますね、紫影隊長。では失礼します」
 恭しく一礼をすると、葵は部屋を後にした。
 靴音が遠のき、残りのワインを喉に流す。葵が帰った後のワインは苦みが増し、口中が拒絶している。
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