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第一章 贄と学園の謎

049 巫覡の思惑

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 銀郭は教祖の弟であり、紫影と雰囲気が似ていた。息子が巫覡となって命を落とした人でもあり、教祖より紫影側の人間と聞いている。
 咲紅はいつもの演技をかかさず、巫覡を前にして尊敬というより面倒くさいといった表情を作った。
「何のために我々がついてきたか、ご存じのはずです」
 瑠璃は銀郭とやり合う中、視線を感じた咲紅は茉白へ向いた。
 特別な美貌を持ち、教祖の愛人という立場でもある茉白。
 黄羅と御霊降ろしの儀の最中、咲紅が腕を噛まれたのは、咲紅自身が毒蛇に命じたからだと言った人間でもある。油断はできなかった。
「ならば、せめて私だけでもついて行きます」
「はあ……じゃあそれでいいよ。他の従者はついて来ないでね」
「銀郭、くれぐれもお二人をお願いします」
「かしこまりました」
 息子を失った銀郭は、いつ教祖へ刃向かうのかと教祖自身恐れていて、従者という立場を与えていない。その代わり、巫覡たちの世話係を務めている。
 最初は全員でついていくと言い、頑なに譲らない姿勢を見せた後、今度は一人でも行くと言った。うまい切り返し方だ。こうなることを見込んでいたに違いない。
「あと、校舎にいる間は僕と咲紅君は友達関係だからね! 敬語はなしで」
 銀郭を見ると「おっしゃる通りに」と言った。
「判りました。……どこを見て回るんだ? もう見飽きただろ」
「久しぶりだし、懐かしさに浸りたいじゃない? あっでも二組以外にしてね。あそこ、僕嫌いだから」
「判ったよ」
「学食に行ったら、何か食べさせてもらえるかな」
「デザートくらいは出してもらえるんじゃないのか。行く?」
「行きたい」
「懐かしいですね。学食の後は、私が行きたいところでも構いませんか?」
 茉白の声は、透き通っていて滑舌がいい。
 黙っていると引きずられそうになり、咲紅はぶっきらぼうに「かまいません」と伝えた。
 三人で廊下を歩いていると、さぼっている生徒と遭遇し、彼らは慌てて端により、頭が地につくほど腰を曲げた。
「ふふっ……こういうの気分がいい」
「そうか? 俺にしてるわけじゃなくても、気分最悪」
「咲紅君はこういうの苦手そうだもんねー」
「本部での生活もこんな感じなのか?」
「まあね。銀郭だけは口うるさいけど」
 瑠璃はわざと聞こえるように言うが、銀郭は知らない顔だ。銀郭も小言を言われるのは慣れているのだろう。
「俺も普通校舎の学食は久しぶりなんだ」
「だよねー。ケーキとか食べたいなあ」
「特別な日は出るんじゃないか?」
 学食に入ると、シェフは大慌てだった。巫覡が来るとは聞いていなかったのだろう。
「そんなに慌てなくて大丈夫だって。懐かしのスイーツが食べたいと寄っただけだから」
「しかし……巫覡の方々は召し上がるようなものは……」
「じゃあ飲み物がほしいかな。僕は甘いミルクティーで。咲紅君は?」
「俺も同じものを」
「私はコーヒーを」
 銀郭を見やるが、彼は首を横に振った。
「僕がいなくなってから、何か面白いこととかあった?」
「いつもと変わらないよ。毎日授業受けて、休みの日はプールで泳ぐ。毎日こんな感じ」
「咲紅君は泳ぐの得意だもんねえ」
「本部では何やってるんだ?」
「寝て起きてご飯食べて、ジムでトレーニング。儀式がある日は、仮眠を取る……かな」
「つらくないか?」
「全然。神様に近いんだもん。本部の人たちは僕の言うことを聞くし、最高だよ。確かに汚いおっさんの相手をするのは嫌だけど」
「そ、そうか……」
「咲紅君の相手は紫影隊長でしょ? どう?」
「どうって?」
「あっちの方はってこと。優しくしてもらえてる?」
 身体中、火がついたように熱くなった。
「咲紅君ったらもう何度もしてるはずなのに、純粋な反応」
「からかうなよ。こういうことは表立って言っていい話じゃない」
「僕ら経験してるんだしいいじゃない」
「少なくとも、学園で儀式の話は禁止だ」
「瑠璃様、ここは学園です。贄生の話す通りに」
 銀郭が助け船を出した。不正を働いていると知られてはならないため、とても大きな船だった。
「もう、わかったってば」
「さてと……今度は私に付き合って頂けますね」
「あ……はい」
 巫覡の背後で待機していた銀郭の空気が、張りつめたものに変わった。
 瑠璃と茉白の圧倒的な力の差や立場を思い知らされた。そして銀郭にも感謝した。
「茉白様、どちらへ参りますか?」
 銀郭が声をかける。
「久しぶりに神殿へ行ってみたいです」
「神殿? もしや御霊降ろしの儀を行う神殿ですか?」
「ええ、そうです。学園内を見て回っても構わないのでしょう? 私も元贄生ですし、白蛇様からの罰は与えられないはずです」
「銀郭さん……でしたよね。俺は別に構わないです。でも、あそこは審判者の管轄でもあるし、許可を取って頂かないと。鍵を持っているのも審判者ですし」
 さり気なく紫影の話を持ち出した。
「では本署へ参りましょうか」
 咲紅の首で揺らめく首飾りには発信器がついていて、相手の審判者は位置を把握している。位置が動いているとなると状況を読んでいるに違いない。
 向かう途中、紫影と白藤が向こうに見えた。白藤は玄一の審判者で、おそらく彼が本署へ伝えにいったのだろう。
 紫影はすぐにこちらへ駆け寄ってくると、
「ご機嫌麗しゅうございます、茉白様、瑠璃様」
「まあ、紫影さん。ご機嫌よう。先ほどは丁重なお出迎えをありがとうございました」
 真心の欠片もない紫影の挨拶に、茉白も目の笑っていない笑みで答える。
「異義申し立ての前に、お伺いしたいことがございます。我が学園の贄生たちには、校舎の一室で生徒たちを見守るようにと命じたばかりです。なぜ咲紅を連れ回しているのですか」
「連れ回すなんて慈悲のない言い方ですね。久しぶりの白神学園ですから、案内を頼んだだけです。ねえ?」
 返事を求められても、咲紅は曖昧にするしかない。
「ご案内であれば、私におっしゃって下さい。贄生には贄生の役割があります。従者たちはどちらにいらっしゃるのですか? なぜ銀郭のみを?」
「邪魔だっただけですよ。私は咲紅に話があるだけですから」
「用件なら私が伺いましょう」
「私は咲紅に、と申したはずですが」
「審判者である私も聞く理由があります。咲紅と接点のない茉白様が、何の話をしたいのです?」
「それは神殿でお話しします」
「神殿で?」
 やたら話を長びかせる紫影の思惑が理解できた。
 青々しく連なる木々の葉の隙間から、数匹の蛇が顔を出している。
 見慣れない顔ぶれに、不思議そうな顔をしていた。
──君たちは誰の味方だ?
 蛇たちに問いかけてみる。
 教祖の愛人という絶対的な地位を持つ茉白、最年少で男たちから可愛がられている瑠璃、そして黒鼠として逃げながらも古代語を聞き取れる咲紅。誰が一番愛されているか試す、またとないチャンスだ。
──咲紅……何があっても、あなたの味方だ。
──巫覡がいるのに?
──我々は望んでいない。咲紅が望むなら、そいつらを噛むこともできる。
──しなくていい。何もしないでくれ。愛されているのが判って、ほっとした。
──いつだって咲紅を見ているよ。
 頭に浸透してくる声は、確かな愛を伝えてきた。
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