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第一章 贄と学園の謎

048 巫覡と贄生

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 高等部三年になり、最後の八月には球技大会が行われる。
 贄生に選ばれた以上、怪我をするといけないので好き勝手には出られず、生徒たちが楽しく活躍する様子を見守っていなければならない。
 不公平と訴えたくもあるが、狡をして本来の使命を免れている以上、おとなしくするのが一番いい。それにもし運動をして火照った身体に淫紋が浮かびでもしたら、複数人の前で蕾桜の儀を行わなければならなくなるし、学園を強制的に退学させられて紫影と離れ離れになってしまう。
 壁に貼られた日程表を見ていると、黒羽と千歳がやってきた。
「黒羽、千歳も……おはよう」
「おはよう、さっちゃん。いよいよ体育祭だね」
「俺たちは出られないけどな」
「今年は本部から巫覡が何人か来るらしいぜ」
「なんでなんだろうね」
「今年は巫覡が誕生したから、さらなる繁栄をもたらすためとか」
「そ、そっか……」
 千歳は居心地が悪そうに、目を逸らす。
「美男ばっかなんだろうな」
「黒羽だって、悪くないと思うけど」
「だよなあ!」
 音が出るほど、背中を叩かれた。
 去年に比べて、黒羽は身長が伸びて体格がさらに男らしくなった。それに比べて、咲紅は何も伸びていない。成長期が終わったかもしれないと、悲しくなる。
 聖堂へ集められ、十一人の贄生たちが真ん中へ集められた。二人目の巫覡になろうと焦っている者、巫覡になんてなりたくないと願う者、すでに巫覡だがばれないように逃げ回る者。様々な思いが交差する儀式が始まった──。
 本部からやってきた演奏隊が、和楽器で音を奏でる。美しい音色と共に聖堂へ現れたのは、蛇柄の白い着物を身にまとった従者、次に巫覡たちが登場した。
 白い着物に金色の蛇が刺繍された羽織りをかけ、優雅に微笑んでいる。瑠璃はウェーブのかかった髪を結っていて、頭から足の先まで美しく成長していた。見た目だけではなく、歩き方や姿勢など、仕草一つ一つも鮮麗されている。
「みんな綺麗……」
 千歳はうっとりと見惚れている。
「一番最初に入ってきた巫覡、誰だ?」
「さあ……位の高い方じゃない?」
 聖堂の真ん中は囲むように座が低くなっているが、巫覡が来るとなると席が高い位置に設置される。
 彼らが聖堂の中心へ来ると、生徒や贄生たちも頭を下げる。
 良いと言われるまで上げてはならず、どれだけ立場が違うか思い知らされた。
「面を上げなさい」
 従者がマイクを通して命を下し、みな一斉に顔を上げた。
「巫覡の茉白様、今年に巫覡となった瑠璃様、ようこそ我が学園へ。神の光臨を心から喜ばしく存じます」
 学園長の長い話はいつものことだが、今年はいやに長く感じられた。
 巫覡となったことを誇りに思うのは、茉白もだった。
 優雅に微笑み、この世のものとは思えない美しさは、毒のように心を惑わし、かき乱した。心音が狂い、不安をかき立てる音だ。
 茉白がこちらを向いている。一度逸らして彼を見るが、茉白と目が合ったままだった。
 背中が熱くなり、発汗作用してくる。同じ美貌でも、紫影の美しさはずっと眺めていたくなるが、茉白は寿命を縮めてしまいそうな危うさを持つ。
 聖堂での儀式を終えると、咲紅たちは校舎に集められた。
 特に何をするわけでもなく、今年は高い位置から生徒たちを傍観するだけだ。学園長が言うには神の子たちを『見守る』らしいが、つまらないことこの上ない。
「……つまんね」
「そう言うな」
 立場のせいで誰も口にしていなかったが、先陣を切ったのは黒羽だ。
 テーブルにはたくさんの菓子やお茶が用意されているが、誰もほとんど口にしていない。生徒であれば、本来なら参加できるはずだった。今まで許されていたことが、立場上奪われていく。見えないストレスは苛立ちとなって表れていた。
「ああもう、なんでこんな風に閉じ込められなきゃいけないんだ」
 長い髪を揺らし、浅葱は大きな音を立てて立ち上がる。千歳が肩を揺らした。
「浅葱、黙って座っとけ」
「トイレに行くだけだよ」
 黒羽に制しされても、浅葱は部屋を出ていってしまった。
 贄生たちは次々に部屋を出ていき、残ったのは数人だけだ。玄一は端でお茶を飲んでいる。
 こういうとき、擬似恋愛の関係である審判者たちがいてくれたら、とつくづく思う。不満をぶつければ、紫影は受け止めてくれるだろう。
「探してきた方がいいかな」
 咲紅がぽつりと言うと、玄一は顔を上げた。
「勝手に出るべきじゃない」
 玄一は苦々しい顔を崩さないが、心配しているだろう。そういう男だ。
「浅葱たちは放っておこうぜ。どうせ叱られるのはあいつらなだ」
「叱られるだけで済むとは思えないけど……」
「地下室に閉じ込められるだろうな。自業自得」
 黒羽は菓子に手を伸ばし、食べ始めた。地下室牢獄がある。咲紅も入れられたことがあるが、長時間何もすることがなく、本を読むか筋トレしかない。
 廊下で複数の足音が反響している。浅葱たちではない。
 紫影であればいいと願うが、残念ながら審判者たちが履いている靴の音でもなかった。
 部屋が警戒の一色に染まったとき、扉が開いた。
 真っ白な着物を着た従者たちだった。とっさに贄生たちは席を立つ。背後から、巫覡である茉白と瑠璃が顔を出した。
「咲紅君、久しぶり!」
「あ……瑠璃、久しぶりだな」
「瑠璃様とお呼びなさい」
「……失礼しました。瑠璃様」
 不快であったが、言っていることは従者が正しい。
「あははっ、僕と咲紅君の仲じゃん。別にいいのに」
「いえ、自分が悪いです」
 咲紅はそう言うと、深々と頭を下げた。
 馴れ馴れしくするより、距離を置いて突っぱねるべきだ。
「十一人いるはずですが……少ないみたいですね」
「トイレと行って出ていきました」
 間髪入れずに黒羽が答えた。庇ったつもりはないだろうが、根ほり葉ほり聞かれるのは面倒だった。
「あの、何かご用でしょうか。ここへは巫覡の方々がいらっしゃるようなところではないかと思いますが」
「校舎って懐かしいじゃない? もうここへは来ることはないと思ってたけど、友達にも会いたくてさ」
 瑠璃はちらりと咲紅を見て、正面から抱きついた。
「ねえ、咲紅君。ちょっと校舎を散歩しない? 茉白様も見て歩きたいって言ってるし」
「なりません。ここにいるように、指示をされています」
「巫覡の僕が頼んでるのに?」
 憎らしいが、瑠璃が正しい。後ろから千歳や黒羽、なにより玄一の視線を感じるが「判りました」と答えるしかなかった。
「やった! なら三人で遊びにいこっか」
「三人?」
「僕と咲紅君と、茉白様。あ、あなた方はついてこないで」
「それはなりません。お二人に何かありましたら、教祖様へ顔向けができません」
 従者よりもいち早く前に出たのは、従者と同じ着物ではなく、一人だけスーツ姿の男だった。
「銀郭って小言ばっかりだよね」
「結構なことです。心配だからですよ」
 ぎょっとして変な声が出そうになるが、奥歯を強く噛みしめた。
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