11人の贄と最後の1日─幽閉された学園の謎─

不来方しい

文字の大きさ
上 下
42 / 66
第一章 贄と学園の謎

042 望まない儀式

しおりを挟む
「私では不本意だと思いますが、儀式を成功させるために最善を尽くすつもりです」
「俺、こんな態度ですけど気にしなくていいです。蜜香さんが嫌なわけじゃなく、紫影以外が嫌なだけですから」
 蜜香は力強く頷いた。
「よほど、紫影さんが好きなのですね」
 そう言われると照れるものがあり、咲紅は返事をしなかった。
「お友達も心配していらっしゃるようですし、今日はこの辺で」
 向こうから玄一が走ってくるのが見える。
 蜜香ははにかむと、踵を返した。
「蜜香さんなのか?」
「ああ。良いんだか悪いんだか。でも紫影が選んだ人だから、なんとか乗り切ってみせるよ」
「悪くないと思う。黄羅よりは」
「まあ、そうだな。帰ろう」
 玄一のことを『お友達』と言っていた。一緒にいる姿を見られたつもりはなかったが、よく連んでいると知らなければ友達とは出てこない。
 玄一も同じ空気を感じ取り、警戒心を露わにした。



 特製の睡眠薬を飲ませれば、梅愛はおとなしくなった。
 万病に効く薬はないが、睡眠不測は大敵である。薬のおかげというより、寝不足から解放されたからだ。
 部屋から出ると、叔父の銀郭がすでに待っていた。
「梅愛様の体調はいかがでしょうか?」
「とりあえず暴れ回るようなことはしない。咲紅の様子は?」
 紫影がいなくなって、初めての御霊降ろしが行われた。
「それが……残念ながら、うまくは行かず、咲紅を巫覡にすることは叶わなかったようです」
「そうか。それは残念だ」
 黒い監視カメラが向いている以上、本音は呑み込むしかないが、紫影はそっと胸を撫で下ろした。
 紫影は銀郭とともにエレベーターで降りた。
 部屋に銀郭を招き入れると、銀郭はキッチンへ立つ。
「朝食は俺が作ろう」
 二人きりになると、銀郭は作られた柔らかな物腰は止め、腕まくりをした。
「頼む」
 紫影はソファーに身体を沈め、眉間の辺りを揉み解した。
「御霊降ろしは、咲紅が緊張してしまい、無理強いが出来なかったそうだ」
「そうか」
 失敗したのだから、そう理由を作らざるを得ない。
 今のところ、策略通りだ。咲紅には手紙とともに睡眠薬ともう一つ薬を渡している。御霊降ろしの儀が行われた日は、ちょうど甘縁祭があった。作った菓子に睡眠薬を混ぜ、代理の審判者である蜜香へ食べさせたのだろう。
 時間稼ぎに過ぎないし、咲紅の儀式がしっかり行われなければ紫影が戻されることがないが、その間に梅愛の体調を万全に戻すことだ。
「痩せたな」
「梅愛を相手にしているからだろう。薬を飲ませなければ、朝まで離してもらえない」
「てっきり咲紅の心配をしているからだと思っていたが」
「それが一番大きい」
「咲紅は落ち着いているそうだ。代わりに、蜜香が責任を感じて思いつめているらしい。こうなったのも、お前の想定内か?」
「蜜香については判りかねるが、咲紅が頭の良い子と信じていた」
「問題はこのあとだぞ。おそらくは蜜香では駄目だと判断されて、黄羅をねじ込んでくるに違いない」
「それも想定内だ」
 本来ならば使いたくない手だが、もう一つの薬に頼り、咲紅は蛇の寵愛を受けてはいない人間だと知らしめなければならなかった。
「なるべく早く、学園に戻れるようにする」
「ああ、それがいい」
 愛しい息子のために、睡眠薬を多めに入れて永遠の眠りを見せてやりたい、とさえ思ってしまう。
 母親に対して憎しみの感情が出てしまうのは、無理やり咲紅を奪ったことが大きい。
 生きたまま埋めて火をつけようとしたり、川へ投げた女だ。
 引き離されて泣き叫ぶ咲紅を見て優雅に扇子で仰ぐ姿は、今でも目に焼きついている。
 それでも非情になれないのは、やはり生みの親だからだ。たったそれだけでも、呪いのように親の愛が呪縛となる。



 朝食前、咲紅は聖堂へ足を運んでいた。
 金色に輝く蛇はこちらを見下ろし、何か言いたそうに見えた。
 腰をかがめ、白蛇への祈りを捧げる。
 信仰深いわけではないが、効果は実感できている節があった。
 祈りを捧げた日は、決まって蛇に助けられることが多かった。巫覡になってからは余計にそう感じた。
 紫影がいなくなってから、初めての御霊降ろしの儀は、成功といっていい。
 前日に行われた甘縁祭で、何食わぬ顔で生徒と菓子を作った。自分で食べる分に、紫影から手紙とともに渡された液体タイプの睡眠薬を染み込ませ、祭りのお裾分けだと蜜香に振る舞う。
 騙された蜜香は薬で眠り、朝まで起きなかった。
 申し訳ない気持ちと、紫影と生きるために選んだ道は、容赦なく回りを犠牲にした。
 責任感の強い蜜香は咲紅を責めず、生徒を守りたい気持ちの間で捕らわれた。
 蜜香は教団へ、単に緊張で失敗したと伝えた。薬で眠らされたなどと言えば、咲紅が責任を取らされるからだ。
 紫影と初めての御霊降ろしでは、紫影も似た手を使った。違和感のない誤魔化しは、紫影はこうなることをあらかじめ予測していたようで、希望が生まれた。
 だが二度目はこうもいかないことは判っている。
 蜜香は何が何でも儀式を成功させようとするし、同じ手は喰らわない。そのための二つ目の薬だ。
 こちらは賭けである。うまくいけば、教団からの疑いはシロよりのグレーとなる可能性だってある。今はほぼクロだ。
「白蛇様、どうかご加護を……」
「随分と熱心ですね」
「葵さん」
「千歳があなたと朝食を食べたいと探していましたよ」
「すみません、すぐに戻ります」
 気づけば、もう七時だ。一時間以上、聖堂にいたことになる。
「蜜香さんは大丈夫ですか?」
「あまり大丈夫とは言えないですね。本人は気丈に振る舞っていますが、儀式を成し遂げられなかったことに、かなり参っています」
「逆に俺が元気で申し訳ないですね」
 まったく申し訳なさそうな顔はしておらず、葵は苦笑いだ。
「近いうち、また儀式が始まります。次が本番だと思って下さい。それ相応の準備をお願いします」
「はい。わざわざ知らせに来てくれたんですか?」
「前隊長からあなたをお願いされている立場ですので。さあ、食堂へ行きますよ」
 甘縁祭で作ったポルボロンはまだ残っている。
 手口を知られている以上、これはもう使えない。
 神の祈りと、自分の能力を信じるしかない。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】嘘はBLの始まり

紫紺
BL
現在売り出し中の若手俳優、三條伊織。 突然のオファーは、話題のBL小説『最初で最後のボーイズラブ』の主演!しかもW主演の相手役は彼がずっと憧れていたイケメン俳優の越前享祐だった! 衝撃のBLドラマと現実が同時進行! 俳優同士、秘密のBLストーリーが始まった♡ ※番外編を追加しました!(1/3)  4話追加しますのでよろしくお願いします。

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】

彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』 高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。 その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。 そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

好きなあいつの嫉妬がすごい

カムカム
BL
新しいクラスで新しい友達ができることを楽しみにしていたが、特に気になる存在がいた。それは幼馴染のランだった。 ランはいつもクールで落ち着いていて、どこか遠くを見ているような眼差しが印象的だった。レンとは対照的に、内向的で多くの人と打ち解けることが少なかった。しかし、レンだけは違った。ランはレンに対してだけ心を開き、笑顔を見せることが多かった。 教室に入ると、運命的にレンとランは隣同士の席になった。レンは心の中でガッツポーズをしながら、ランに話しかけた。 「ラン、おはよう!今年も一緒のクラスだね。」 ランは少し驚いた表情を見せたが、すぐに微笑み返した。「おはよう、レン。そうだね、今年もよろしく。」

学園の俺様と、辺境地の僕

そらうみ
BL
この国の三大貴族の一つであるルーン・ホワイトが、何故か僕に構ってくる。学園生活を平穏に過ごしたいだけなのに、ルーンのせいで僕は皆の注目の的となってしまった。卒業すれば関わることもなくなるのに、ルーンは一体…何を考えているんだ? 【全12話になります。よろしくお願いします。】

後輩に嫌われたと思った先輩と その先輩から突然ブロックされた後輩との、その後の話し…

まゆゆ
BL
澄 真広 (スミ マヒロ) は、高校三年の卒業式の日から。 5年に渡って拗らせた恋を抱えていた。 相手は、後輩の久元 朱 (クモト シュウ) 5年前の卒業式の日、想いを告げるか迷いながら待って居たが、シュウは現れず。振られたと思い込む。 一方で、シュウは、澄が急に自分をブロックしてきた事にショックを受ける。 唯一自分を、励ましてくれた先輩からのブロックを時折思い出しては、辛くなっていた。 それは、澄も同じであの日、来てくれたら今とは違っていたはずで仮に振られたとしても、ここまで拗らせることもなかったと考えていた。 そんな5年後の今、シュウは住み込み先で失敗して追い出された途方に暮れていた。 そこへ社会人となっていた澄と再会する。 果たして5年越しの恋は、動き出すのか? 表紙のイラストは、Daysさんで作らせていただきました。

夢では溺愛騎士、現実ではただのクラスメイト

春音優月
BL
真面目でおとなしい性格の藤村歩夢は、武士と呼ばれているクラスメイトの大谷虎太郎に密かに片想いしている。 クラスではほとんど会話も交わさないのに、なぜか毎晩歩夢の夢に出てくる虎太郎。しかも夢の中での虎太郎は、歩夢を守る騎士で恋人だった。 夢では溺愛騎士、現実ではただのクラスメイト。夢と現実が交錯する片想いの行方は――。 2024.02.23〜02.27 イラスト:かもねさま

Switch!〜僕とイケメンな地獄の裁判官様の溺愛異世界冒険記〜

天咲 琴葉
BL
幼い頃から精霊や神々の姿が見えていた悠理。 彼は美しい神社で、家族や仲間達に愛され、幸せに暮らしていた。 しかし、ある日、『燃える様な真紅の瞳』をした男と出逢ったことで、彼の運命は大きく変化していく。 幾重にも襲い掛かる運命の荒波の果て、悠理は一度解けてしまった絆を結び直せるのか――。 運命に翻弄されても尚、出逢い続ける――宿命と絆の和風ファンタジー。

【完結】僕の大事な魔王様

綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
BL
母竜と眠っていた幼いドラゴンは、なぜか人間が住む都市へ召喚された。意味が分からず本能のままに隠れたが発見され、引きずり出されて兵士に殺されそうになる。 「お母さん、お父さん、助けて! 魔王様!!」 魔族の守護者であった魔王様がいない世界で、神様に縋る人間のように叫ぶ。必死の嘆願は幼ドラゴンの魔力を得て、遠くまで響いた。そう、隣接する別の世界から魔王を召喚するほどに……。 俺様魔王×いたいけな幼ドラゴン――成長するまで見守ると決めた魔王は、徐々に真剣な想いを抱くようになる。彼の想いは幼過ぎる竜に届くのか。ハッピーエンド確定 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/11……完結 2023/09/28……カクヨム、週間恋愛 57位 2023/09/23……エブリスタ、トレンドBL 5位 2023/09/23……小説家になろう、日間ファンタジー 39位 2023/09/21……連載開始

処理中です...