11人の贄と最後の1日─幽閉された学園の謎─

不来方しい

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第一章 贄と学園の謎

023 異端者2

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「出てこい」
 隊長らしい威圧感のある声で命じると、男は神殿の陰から姿を現した。
 凛として立っている姿を見ると、心がざわついた。初対面のはずなのにどこかで会ったかのようだった。
 男は紫影ではなく、咲紅を見つめている。
「咲紅……」
 名前を呼ばれ、ひどく驚いた。紫影が呼んだので男に名前がばれたのだろうが、初対面なのに呼び慣れている印象を受けた。
 危険と判断すべきだが、咲紅にはそうは見えなかった。
「どんな手を使って入ったのかは聞かないでおこう。お前の行いは重罪で、黙って帰すわけにはいかない」
「待ってくれ……事情も聞かずにそれはないだろ!」
「こんな男を庇うのか?」
「庇ってるつもりはない! ちょっとくらいこの人の話を聞いてやれよ!」
「咲紅、いいんだ。どうしても会いたい人がいて、我慢できなかった。一目でも見たかったんだ。大罪だと分かった上での行動だ」
「会いたい人……?」
「ああ、そうだ。君にも判るんじゃないか?」
 判るとはどういうことだろうと、咲紅は脳裏に浮かぶ顔を考える。
 大半を占めるのは紫影の顔だ。毎日のように顔を合わせていて、それでも会いたくてたまらない人。
 彼の愛情を信じてはいるが、毎日ずっといられるわけではないので、不安がつきまとう。
 男は頬が痩せこけていて、時折咳き込んだ。
「もしかして……病気なんですか?」
「いや、大丈夫だ。ありがとう」
「大丈夫って顔色じゃないですよ。紫影、この人を病院に連れていきたい」
「死に損ないを今さら連れていってどうする?」
「し、えい……? どうしたんだ? そんなこと……」
「お前は戻れ。反省文は明日以降持ってこい」
 紫影は呆然とする咲紅の首から首飾りを奪い、神殿に二つの鍵を差し込んだ。
 扉が開き、紫影は男の手に拘束具を填めると背中を強く押す。
「紫影、待ってくれ!」
 神殿の中に何がいるのかは、男は知らない。
「──っ!」
 掴もうとする手を思わず引っ込めた。
 無慈悲で冷ややかな目は警備課隊長に相応しい。たが恋人に向ける目ではなかった。
 愛って何──そう言いそうになるが引っ込める。
 立っていて息をするのがやっとだった。
 紫影たちは神殿の中へ入っていく。
 男は一度振り返り、これからされることを判っているような、切なげな微笑を漏らす。
 咲紅は歯を食いしばり、森の中を通って贄生宿舎へ突進するかのように駆け出した。
 涙が流れ頬に落ちていく。声を出して泣くつもりはない。
 宿舎のゴミ箱に反省文を丸め、ぐしゃぐしゃにして放り投げた。
 部屋に戻り、ベッドにうつ伏せになって何度も何度も深く息を吸っては吐く。
 せめて声を出して泣きたくはなかった。
 救えなかった命、紫影の目、恋人とは何か。一気に迫ってきた難題は、心を暗黒に染め押し潰していく。
 神殿に入っていったことは、すなわち死を意味する。隊長としては理念的な行動といえる。だがそれでも、感情はどうにもならなかった。
 自分の理想を押しつけ現実を見ない言動は、深く紫影を傷つける。
 そもそも咲紅には理想しかなく、心情通りに言葉を発して具体的な解決策は皆無だった。
 救える命だったかは、紫影の判断のみだ。教師や他の警備隊に見つからずに外へ逃すなど、無謀に近い。
「一番判ってないのは……俺だ」
 今度こそ、咲紅は声を上げて涙を流した。声を出すといくらか負担が軽くなった。

 慣れないうつ伏せのまま寝入ったせいか、身体のあちこちが痛い。
 外はもう暗くなっている。現金なもので、お腹が空腹を知らせた。
 ノックする音が聞こえたので咲紅は恐る恐るそっと扉を開ける。
「……玄一?」
「体調は問題ないか? 食堂にも顔を出さないから心配した」
「あ、ああ……別に平気だけど。警報鳴ってびっくりしたよな」
 玄一はじっと咲紅の顔を見つめる。
「紫影さんから言伝を預かった。『しかと反省文を受け取った』とのことだ」
「反省文?」
 あれは咲紅がぐしゃぐしゃにして捨てたものだ。
「お前が全力疾走で走ってくるのが見えて、そしたらゴミ箱に何か捨てていた。悪いと思ったが、中身を少しだけ見た。拾って紫影さんの元へ届けた」
「なっ…………」
「いっときの感情のままでああいうことはしない方がいい。紫影さんには紫影さんの考えがあってのことだ」
「俺が走ってきた理由も聞いたのか?」
「断片的には」
「悪い。眠って起きたらだいぶ落ち着いたんだ。反省文も……提出しなかったら、紫影は俺のところに来てくれるんじゃないかとか、子供みたいな馬鹿なこと考えてた」
「誰だって好きな人の気を引きたいものだ。それとこれも預かってきた」
 好きな人を否定しようとしたが、預かってきたものを差し出され、何も言えなくなってしまった。
「おにぎり。と、手紙?」
「食べろだそうだ」
「判った。ありがとう」
「いい。何かあったら相談してくれ」
 咲紅は手を何度か開いては拳を握り、おにぎりの大きさと比べてみる。
 大人の男性が作ったおにぎりはやはり大きい。これくらいいけるだろと言わんばかりのおにぎりが二つラップに包まれていて、意地でも食べてやろうと咲紅は気合いを入れる。
 中身は梅干しと唐揚げで、唐揚げはおにぎりの具になるなかと疑問が残る。
「美味しい」
 泣きたくないのに、なぜかまた涙が零れてきた。この分だと、手紙を呼んだらさらに泣いてしまうのではないかと戸惑ってしまう。
 手紙は数枚あり、横並びの整った字だった。
──俺も毎日お前に会いたい。
──好きだ。
──生まれてきてくれてありがとう。
──いつもお前のことを考えている。
「な、なんだよこれ……」
 達筆な字で、恥ずかしいくらいに愛の言葉が埋め尽くされていた。
「手紙……手紙ってもしかして……!」
 まっさらな紙に自分の気持ちを吐露したことを思い出した。
 あの紙はどうしたのかと部屋のゴミ箱を漁ってみるが、捨て記憶もない。
 考えられるのは、間違って反省文と一緒に茶封筒に入れてしまったことだ。
「ああああぁぁ…………」
 口にするのも憚られる初めての恋文の返事だ。
 どこへも行きやしないのに、部屋中をうろうろし始める。何かしていないと落ち着かない。何もしていなくても落ち着かない。
──愛している。
 嫌みなほどすこぶる顔の良い男に言われると、弾丸で心臓を撃ち抜かれるほど衝撃がある。
 咲紅が思っていた以上に、紫影も咲紅を考えていたのだ。どんなに嬉しくて幸福で、果報者か。
 壊れた涙腺は腕を目元に当てて治し、咲紅は気持ちを引き締めてもう一度文章を読んだ。
 書いてあるのは咲紅に当てた艶文だけで、他は何もない。
「あの男性について一切書いてないって、そういうことだよな」
 審判者と贄の関係ならば、こういう内容の手紙のやり取りを万が一誰かに見られたとしても問題はない。だが男性について書かれているとしたら、部屋を出ていた咲紅も男の処罰を贄生に教えた紫影も、ただでは済まない。
 ふたりが生き残って、守るための方法を教えてくれた。何においてどんな状況でも何を犠牲にしても、まずはふたり揃って生き延びないといけないのだ。
 あの状況で瞬時に判断した紫影に脱帽し、いかに自分が子供じみていたかを痛感させられる。
「男性のことは聞いちゃいけない」
 責めることしかできなかった自分と決断をした紫影。
 誰よりも優しくて側で守ってくれている。
 相応しい男になりたいと、強く誓った。
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