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第一章 贄と学園の謎

021 玄一と咲紅

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──何に代えても咲紅を守れ。
 言葉通りを受け取り、理由は何も聞かなかった。
 ただ、紫影の咲紅を見る目が他の生徒への目と違うこと、咲紅が森で蛇に話しかけていたことを踏まえると、咲紅はすでに巫覡なのではないかと疑いを持った。巫覡ではなくとも、特別な血が混じっていると予測できた。
 贄として食われるはずだった運命を紫影は命がけで救済を与えてくれた。ならば命に代えても彼の一番大切な者へ救いの手を向けようと誓った。
 贄生宿舎の屋上は、噴水広場と同じように季節の花で咲き乱れていた。
 この辺は下に温泉が沸いているからか、地面がほのかに暖かく、季節外れの虫を見ることもしばしばあった。たまに見る雪が生徒の心を暖かくさせた。冷たいのに不思議な現象だ。
 屋上の扉が開いた。顔を向けると咲紅が立っていた。
 咲紅は黙ってこちらに近寄ってきて「隣いいか?」と声をかけた。
 ベンチから少しずれると、咲紅は腰を下ろす。
「身体は平気か?」
「うん、大丈夫。玄一……あのとき、助けてくれてありがとう」
「たまたま通りかかっただけだ」
 咲紅は変な顔をする。困惑や少々の怒りが絡み、複雑な表情だ。
「たまたま、でも嬉しかった。殺されるかと思った」
 咲紅は「たまたま」をやけに強調した。
 本当には「犯されるかも」と言いたいのだろう。咲紅にとっては「殺される」よりも屈辱で、心は元には戻れなくなる。
「玄一はさ、俺が巫覡だと知ってたのか?」
「予想はしていた」
「ってことは、知らなかったのか」
「巫覡じゃないと嘘をついたとしても、かえって疑いは強くなっていたと思う。お前が巫覡になっても不思議じゃない」
「それ、紫影にも言われた。玄一はこれからどうするんだ? ここに戻ってきて、何かしたいことがあるのか?」
「紫影さんから聞いたのか」
「ほぼ聞けたと思う」
「俺の命は紫影さんに助けてもらった。なら、紫影さんのために尽くすだけだ。俺を贄生にすることは反対していたが、俺は望んで贄生になりたかった。命の期限は迫っているが、お前にしかできないことをして、抗えばいい」
「俺にしか、抗えないこと……?」
 咲紅は小首を傾げる。
「今のところ、学園内で古代語を聞き取れ、話せるのは咲紅だけだ。そして巫覡になれば、蛇の話す古代語が分かるようになっていく。……咲紅の場合はすでに判るようだが。教団は欲しがるのは、見目美しい男子と古代語を操れる人間だ」
 咲紅は固まっている。今話した情報の中で、咲紅ですら知らない話があったのだろう。
「古代語を話せるのは絶対に教団や他の生徒、教師には知られるな。それと残りの学校生活を楽しんだ方がいい。命の期限の話をしてしまったが、大人になって外の世界を知りたいのなら、生きるためにいろんな知識を植えた方がいい。友人との仲直りの方法も」
「知ってたのかよ、千歳のこと」
 咲紅は唇を尖らせた。
「寂しそうに一人で学食にいた。浅葱と仲が悪いなら、なおさら一人にすべきじゃない」
「……そうだよな。なあ、玄一……俺たち、友達になれるか?」
 玄一は驚いて、咲紅をまじまじと見る。
「そう言ってくれたのはお前が初めてだ。だが普段通りに接してくれ。いきなり仲良くなれば他の奴らに怪しまれる」
「それはそうだな。お前がこんなに話せる人だとは思ってなかった。なんかいっつもむすっとしてるし」
「顔は整形で変えたりしたが、元々の愛想の悪さは自覚している」
「愛想が悪い同士だな」
 そう言いつつ、咲紅は笑った。
 咲紅はなりふり構わず愛想を振りまくタイプではないが、元々の可愛らしい顔立ちのおかげか、特別悪いとも感じなかった。
 咲紅とは話が途切れ、無言の空気にもなったりしたが、居心地が良いと感じていた。



 きらきらしていて、けれど他人に対して媚びることはせず、年上相手でも自然体のまま真っ向から向かっていくタイプだった。
 警備課警備隊隊長──紫影相手に呼び捨てをするのは親友くらいのもので、なぜか隊長もそれを許している。最初は胸の奥がちりちりして、初めて起こる感情に戸惑いもした。
 それが恋だとわかったとき、聖堂で紫影を初めて見た瞬間の衝撃の正体がすとんと胸に収まった。
 初めてなのは恋だけではなかった。紫影隊長に刃向かっていく親友も、今まで見たことのない姿だった。
 顔をほんのりと赤く染めつつも常に怒っている。不服従な態度は、好きの裏返しと親に対する反抗心にも見えた。
 神の寵愛をうける贄生になり、もしかしたら紫影とお近づきになれるかもしれないと思っていたのに、聞かされた儀式の内容に驚愕と悲嘆に押し潰された。さらには審判者という擬似恋愛をする相手には、生徒からも人気の高い葵で落胆した。なぜだがわからないが、この人は嫌だと本能と全神経が悲鳴を上げていた。
 信仰心にひびが入り、自分が自分でいられなくなった。
 唯一の希望だったのは、審判者は変更可能という点。親友に相談しに行くと、ひどく動揺して白い肌に青みがかった。
 親友なんて便利な言葉で、押し通そうとする自身に嫌気が差す。それでも我慢できなかった。成績優秀で運動神経も抜群、本人は知らないが、後輩の間でファンクラブまである咲紅と比べられることが多く、恵まれているのだから一つくらいほしいと、許しを請う。けれど彼は首を縦に振らなかった。
 警備課本署へ行き、憧れの紫影と話をした。彼は次の儀式のとき、一時的に葵と交換してくれると約束した。
「さっちゃん……ごめんね」
 神殿への鳥居を潜るとき、怖くて震えていると、紫影は手を取って歩いてくれた。幸福に包まれたが、最初の儀式で咲紅も同じように歩いたのかと思うと、胸が張り裂けそうだった。
「御神酒は苦手だろう?」
「はい……喉が痛くなります……」
「御神水を用意した」
 それと御新撰は切り餅が用意されていた。
「贄生は辛いか?」
「はい……あ、いえ……白蛇様の寵愛を頂き、嬉しく思います」
「巫覡になれば、さらなる寵愛を頂く。名誉あり、世界中の人々がほしがる幸福をものにできる」
 紫影は自身の信仰心を隠すことなく、巫覡の重要性を熱く語っている。
 生徒を供物扱いし、何とも思わないのか。信仰心とは真実に目を向けず、洗脳ではないか。千歳はそう思い始めた。
 けれど今まで信じていたものを簡単に捨て去ることはできず、それは紫影も同じ。「信仰とは洗脳」だといくら言っても、子供の自分が言ったところで何も信じてもらえない。
「葵と千歳は少し似ているな」
 紫影は顔の筋肉を少し緩めた。
「似ている?」
「血縁関係があるからか……いや、今のは忘れてくれ」
 紫影のぼやきは、聞いてはならないものだと悟る。
 血縁関係。喉から手が出るほどほしくてたまらない。家族や親戚も誰がいるのかも知らない世界で、一筋の光だ。
 外が騒がしくなったと思うと、扉がいきなり開いて、咲紅が飛び込んできた。
──ああ、そうだよ。途中だ。けど俺の相手は紫影だ。葵さんは嫌だって断ってきた。儀式の邪魔をしたら懲罰房どころじゃないんだろ? 上等だ。反省文百枚でも書いてやるよ。悪いけど、千歳にも譲れない。
 親友からの宣戦布告だった。親友という肩書きは脆くも崩れていく。
 どちらが大事なのか、一時の愛に溺れているのはどちらなのか。



  咲紅とは何も話せていない。優しい言葉ももうくれない。避けているのだから当たり前だ。
 年越しのは部屋で蛇の像に対し、祈りを捧げた。毎年のことだが、今年は残り一年、滞りなく過ごせますようにと願いを込めた。
 ノックの音に、チェーンロックをつけたまま開けた。
 千歳はハの字に眉毛を曲げ、そっと顔を出した。
「……さっちゃん?」
「今年も白蛇様の寵愛のもと、元気に過ごせますように」
「……寵愛をいつもありがとうございます。元気に過ごせますように」
 新年の挨拶が二人とも棒読みでおかしくなるが、咲紅の足は扉の隙間に入ってくる。
「一緒にご飯食べに行こう」
 千歳の目が泳ぐ。
 たまに喧嘩をしたことがあっても、ここまでこじれたのは初めてだった。だからといって、このままでいいとも思っていない。
「一月一日だし、学食で美味しいもの出るってさ。ひとりで食べていたら味気ないだろ?」
「……行く」
 後ろをとぼとぼついていくが、いつも通りとはいかなかった。
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