11人の贄と最後の1日─幽閉された学園の謎─

不来方しい

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第一章 贄と学園の謎

011 大人の世界

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 横に伸びた神殿は、一つ一つの部屋も広かった。
 和室には座卓と座椅子があるだけのシンプルな部屋で、襖で区切られた向こうにもまだ部屋がある。
 紫影の視線の先を追うと、壁には神棚があった。
 手を合わせ、祈りの言葉を口にし、一度深く頭を下げる。
 神棚からお盆ごと取る。
「御神酒と御神饌ごしんせんだ」
「ここに来れば話していいのか」
「今日は初日のため御神酒を用意したが、飲めないようであれば次回から御神水に変えよう」
「御神酒で大丈夫」
 我ながら頑固で意地っ張りだと思う。
 気遣いから出た優しさも、意地が勝ってしまう。子供扱いされたようで、負けん気がつい出てしまった。
 座卓に置かれ、咲紅は座椅子に座った。
「禊の準備をしてくる。それまでに全部平らげろ」
 陶器でできた酒器には、透明な液体が波打っている。恐る恐る口にした。
「っ……にが…………!」
 紫影がいなくてほっとした。鼻で笑われていたかもしれない。
 トイレに流してしまいたいが、鼻を摘まんだまま喉に流し込む。いくらか楽になるが、喉が焼ける感覚はどうにもならない。
 味がついていない角切りの餅二つも食べ終える頃、袖を濡らした紫影が戻ってきた。
「全部食べたか?」
「うん」
「禊を行う。行くぞ」
 紫影は咲紅の腕を掴んだ。
 火がついたように熱くなり、振り払おうとするが力が強く解けない。
「どこ行くんだよ」
「禊と言っただろう。身体を洗わせてもらう」
「洗わせて……もらう?」
「そのままの意味だ」
「ちょっと待て……風呂なら一人で入れる!」
「風呂は一人で入ればいいが、今は禊の時間だ。お前に拒否権はない」
 あまりに強い大人の力に対抗する術はなく、かといって反抗しないのも腹立たしいので嫌々引きずられた。
 禊の準備は、風呂の準備をしていたようで、湯気に花の香りが混じっている。 
「なにしてるんだ」
「禊だと言っただろう。何度も言わせるな」
「服くらい脱げるから……!」
「知っている」
 咲紅の感情などお構いなしに、紫影は襟に手をかけた。
 帯も解き、すぐに下着も身につけていない素肌が露わになる。
 紫影は上から下まで見ると、下腹部の辺りで視線が止まる。
「見るなよ!」
「跳ねっ返りなのはいいが、今日くらいおとなしくしろ。生まれたままの姿で、タオルも捲くなよ。来い」
 まるでお姫様のように、手を差し出された。
 渋っていると無言の圧力をかけてきたので、仕方なく、あくまで仕方なく手を乗せる。
「うわ……すごい」
「そこに座れ」
 桧の風呂と石が埋め込まれたタイルだ。湯には花びらが散っていて、見ているだけで気分が高揚してくる。
 石に腰を下ろすと、紫影は花が舞う石鹸を手に取る。念入りに泡立てると、タオルも使わずに素手のまま咲紅の身体に触れた。
「……っう……あっ…………!」
「俺しか聞いていない。声は我慢しなくていい」
「ッ……洗うだけで、声も何もないだろ……! ほんっとに……触るな……!」
 首筋を撫で、大きな手は徐々に下がっていく。肩、二の腕、腋の下に触れたとき、過剰な反応を見せた。
 それでも声を必死に抑え、唇を噛み締める。
 弱く皮膚の薄いところばかりを指が這い、文句の一つでも言おうと振り返ると、漆黒の瞳と目か合った。
「え…………」
 感情の読めない目が、今は苦しげに揺れている。困惑と苦痛が見え隠れする瞳だ。
 もしかしたら、こういう行いに迷いが生じているのかもしれない。
 咲紅は腕の力を抜き、なるべく彼に身を任せた。
「んっ…………」
 熱い吐息が首にかかると、身体が一変した。
 生まれた姿でしか目にすることがない箇所に、熱が集中し始めたのだ。時折やってくる感覚は病気ではないかと感じていたが、誰にも相談出来ずにいた。
「ひっ……待って……なんで触る……っ」
「一度出した方が楽になる」
「出す……何を……?」
 首にかかる息が張りつめ、ぴたりと止まった。
「し、えい……?」
「まさかとは思うが……いや……、……そういうことか」
「どういうこと?」
 紫影はお湯を汲むと、一気に咲紅の身体へ浴びせた。
「ちょっと……痛いって」
「ゆっくり風呂に浸かってこい」
 紫影は目も合わせず、とっとと浴場を出ていってしまった。
「なんだよ、もう」
 風呂に浸かるとよりいっそう桧と花の香りが強くなった。
 浮いた花びらを手に取ると、瑞々しい張りのある表面に水滴がついている。
 花びらで遊びながら「出した方が楽になる」という言葉の意味について考えた。
 もしかしたらアレではないか、という確信めいたものが残るが、病気だと告げられたときの衝撃を考えると口にすら出来なかった。
 身体が火照り出した頃、勢いよく湯船から出ると花びらが身体にくっついてくすぐったかった。
 大きなタオルと紅色の襦袢が用意されていて、しっかりと水気を拭き取った後に着替えた。
 帯をしっかりと締めて和室に行くと、紫影はいなかった。
 まだ見ていない奥の部屋の襖が開いている。
 ゆっくり開けると、行灯の光に照らされた紫影が布団の上に座っていた。
 大きな布団に、枕が二つ。布団は金が縁に飾られている。
「こちらに来い」
 一人分の距離を開けて正座するが、腕を引かれて体温が感じられる距離まで近づいた。
「それ、なに?」
 裸の男性が表紙の本で、咲紅は目を伏せた。
「本署に戻り、お前の出席日数を確認してきた。保健体育の授業を一度も受けていなかった。授業の途中で腹痛を訴え、教室から飛び出した記録も残っている」
「悪かったな」
「今さら責めてもどうにもならない。よって、今から俺が直々に保健体育の授業を行う」
「御霊降ろしの儀とかっていうの、やるんじゃないのか?」
「その後だ。こちらを頭に叩き込まなければ、儀式を始められない」
 いきなり開かれたページは、男性の全裸が映っていた。
 ずくんと腹部の辺りがおかしくなる。重みがあり、身体中の血液が集結し始めた。
「身体に不調が起こったか?」
「別に……問題ない……」
「俺の前では嘘を吐く必要はない。授業の一環だと言っただろう。病気と勘違いしているかもしれないが、誰でも起こり得る現象だ」
「誰でも……?」
「ああ」
 紫影の目には熱が宿り、熱い熱い視線を浴びせてくる。
 どうしたらいいのか最善の方法が分からず、目を合わせた。
 すると紫影は咲紅の右手を掴み、自身の下腹部へ手のひらを当てた。
 熱いというより燃えていて、とてつもなく固い。
 同じものがついているとは思えず、形を確かめるようについ指に力を入れてしまう。
 紫影は目を細め、口元に笑みを作った。
「白い体液がべったり下着についてたりしなかったか?」
「!」
 何度も経験がある。言い当てられた羞恥に無言で返すしかなかったが、紫影はお見通しのようだった。
「膿が何かと勘違いしたかもしれないが、精液だ」
「どうして……こんなのが身体の中に……」
「男と女で子供を儲けるために必要な体液で、子供を作れる身体になった証だ。おめでとう」
「ありがとう……?」
 お礼を言うのが正しいのか、もはや判らない。
「体内で作り出しているからには、定期的に排出させないといけない」
「ど、どうやって……」
 紫影は性教育の本を閉じ、咲紅を布団に寝かせた。
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