霊救師ルカ

不来方しい

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14-家族

079 荒涼の家

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 悪夢を見た日は、決まって少女が枕元に立っていることが多かった。目が合えば逸らし、伝えようともせずに壁に消えていく。少女が現れたのはいつの日だったのか、総次郎はすでに記憶から遠ざかっていた。

 秋も深まり風が落ち葉を巻き込み、音を鳴らしてアスファルトを転がっていく。申し訳程度にぶら下がっている焼け焦げたような葉は、寂しげに揺らめいていた。
 直接脳に訴えかけてくる世界は、風すら色が付いたように見える。濁った色は一軒家を丸ごと包み、受け入れを拒否している。
 警察官には何と説明したのかは判らないが、見張り付きであれば中への許可を得られ、悠たちは五人で悲壮感漂う一軒家へ踏み入れた。
 未だに黒く血痕があり、当時の生々しさは残されている。
「家具はそのままなのですね」
「大きなものは移動させていません。今住んでいる家にある家具は、ほぼ購入したものです。さすがにアンティークなどはすべて家に移動させましたが」
「奥様は宝石などは身に付けていらっしゃらなかったのですか?」
「少しだけ持っていましたよ。私がプレゼントしたものですが、しかしそれには手を付けられてはいません」
「真偽はさておき、宝石などは簡単に鞄に入るものです。それすら盗まれてはいなかった。となると、やはりお金目的ではないようですね」
「妻の部屋に入った形跡はあります。血痕は続いていましたから。行きましょう」
「もっと、憎しみに満ちているのかと思いました」
 総次郎は立ち止まり、ルカを振り返った。
「家が?私が?」
「あなたがです。家は禍々しい」
「もう何年経ったと思っているのですか。多少は落ち着いていますよ」
「私は、何年経っても復讐という憎悪は消えることはありません」
 総次郎は目を細めただけで、何も言わなかった。
 一階の最奥にある部屋は、ベッドがふたつ並び、カーテンが締め切っている。荒らされた形跡は何もない。
「妻の財布から札束を抜き取られていました。小銭は手付かずです」
「日記などは書かれていなかったのですか?」
「ありませんね」
 総次郎は断言する。
「それは紙に書く日記の話をしているんですか?」
「もちろんです。彼女のものはすべて調べ尽くしましたよ」
「ネット上のものは?」
 総次郎の眉がぴくりと動き、怪訝そうに首を傾げた。
「妻はそれほどネットをするタイプではありませんでした」
「それは総次郎さんの見方でしょう?実際はどうか判らない」
「確かに、彼女のスマホは持ち去られ、川に沈められて修復不可でしたが」
「………………」
 家の中であり、窓は締め切っているのにも関わらず、風が吹いた。警察官は驚き辺りを見回している。
「おとなしくしていなさい」
「ん?」
「いえ、何も。こちらの話です」
 ルカは首を振り、五人目の招かれざる客にこっそり人差し指を立てた。
「あなたの考えは判りましたよ。復元したいと仰るのでしょう?」
「はい」
 ねじ曲げないまっすぐな瞳に、頷くしかなかった。
「……明日、店に持っていきます」
「僕も完璧にこなせるわけじゃないので、過度な期待はしないで下さいね」
「思えば、警察から回収した彼女のスマホは触れずにそのままにしていました。壊れていますと言われ、私自身は直そうともしなかった」
「そんな余裕はないと思います。状況は違いますが、僕もおばあちゃんが亡くなったときはしばらく何もできませんでしたから」
 ルカは二階の総次郎の父と母の部屋が見たいと言い、警察官に許可を取った。表情を変えない警察官は血痕を見て、何を思うのかは彼にしか判らない。
「申し訳ありませんが、師匠は廊下で待っていて頂けませんか?私と悠で調べたいのです。あなたはドア付近で見張りをお願いします。大丈夫ですよ、むやみやたらに物には触れませんから」
 相変わらず無愛想で何を考えているのか理解できないが、警察官は首を縦に振った。
「さて、悠。あなたには何が見えますか?」
「総次郎さんに、とてもよく似た、女性と男性が見えます。笑った目元がそっくりです」
 目線の先は廊下にいる総次郎だ。
──数年前の殺人事件についてお聞きします。あなたは誰を招きましたか?
──招いて……ない。
──では義理の娘さんが?
──わからない…しらない。
──廊下には靴の足跡があります。無理矢理入ってきたのですね。
──多分……顔は、わからない。
──思い出して下さい。必ず私が捕まえますから。
 ルカの問いかけは、はっきりとした物言いだ。伝えたいことを短めに伝え、相手の言葉や記憶を引き出す。邪魔にならないように、悠は斜め後ろに下がった。
──下で、あの子が叫び声を上げて……。
──あなたが口を閉ざす理由は、義理の娘さんを助けられなかったからですね?二階で叫び声を聞いても、怖くて立ち竦んでしまい、下へ降りていけなかった。
 針で全身を刺されているような痛みが走った。強い反撃が脳を刺激する。
──それは当然です。自分を大切にできなければ、大事な人も守ることができない。何も間違ってはいない。
──誰かと……電話……。
──犯人がですか?
──報告して……うちの息子は……。
──総次郎は無事です。私が守ります。前日に、娘さんが誰かと会ったりしていませんでしたか?
──もってた……。
──何をです?
──ネックレスを……。
──誰から?
──わからない……。
──どんなものですか?
──わからない……。
 その後、ルカが何を聞いても答えず、読み取った内容を悠に伝えた。
「奥様は可視世界にはいないようです」
「そうですね。呼びかけにも応じません」
 渦巻く闇から逃れるために、五人は家を後にした。警察官と別れると、例の少女は後を追ってくる。タクシーに乗っても、一緒についてくるつもりのようだ。
 エレベーターに乗り五階に到着すると、総次郎とルカはソファーへうなだれた。三人分のお茶を用意した悠はテーブルに置き、ルカの隣に腰掛けた。
「奥様はアクセサリーを集める趣味はお持ちでしたか?」
「趣味というのは大袈裟すぎます。気に入ったものがあれば買う程度ですよ」
「その中で、比較的新しいものは?」
「家の金庫に保管しています。それも含め、明日持ってきましょう」
「話が早くて助かります」
「理由を聞くよりあなた方に任せた方が早いでしょう」
 「あなた」ではなく「あなた方」である。

 数世代前の携帯端末にコードを繋げ、パソコンにも装着した。水没したスマホはデータは一つも残っておらず、メールも画像も電話帳も空だ。
 自ら制作した復元アプリにかける前、奇妙な感覚を抱いた。水没すればデータが消えてしまうことは多々ある。だが何一つ、微塵も残っていないのだ。目の前にある水没し壊れた事実より、悠は身に起こる奇妙な感覚を信じた。
 悠はパソコンが数台持っている。中古で購入し直したものがほとんどだが、そのうちの一つである普段は使用しないパソコンを取り出した。パソコンではあるが、ダミーパソコンだ。
 そちらにコードを付け直し、悠はパソコンの電源を入れる。もう一つ繋いだ機具を弄ると、スマホの画面が光り出す。
「ふー……」
 信じた勘は見事に当たり、悠は大きく息を吐いた。犯人は理由があって総次郎の妻のスマホを盗み、データを抜き取った後、ウィルスを仕込んだのだ。
 ウィルスを消し去った後は、復元にはそれほど時間はかからなかった。単調な作業を繰り返し、およそ四割はどは元に戻った。悠が一番調べたかったのはネットの履歴だ。それもわずかながら残っていた。
 ネットショップの利用と料理のサイト、地図を利用した形跡がある。だがどこを示したのかまでは判らなかった。
 悠はルカに電話をかけ、一連の流れを説明した。
「わざわざ地図を調べたのは、不慣れな場所へ出向いたからだと思います」
『悠にもう一つ。ネックレスの画像を送るので、そちらでも調べて頂けませんか?私は足取りを辿ります』
「ネットで調べてみますね」
『引き続きお願いします』
 遠目で撮ったものとアップで撮った写真の二枚がすぐに送られた。
「…………あれ?」
 煙突から出た煙のように、銀色はくすんでいる。ひし形の板には雑な模様が描かれていて、花のようにも見える。
 悠はそのネックレスをどこかで見たような気がした。遠い昔の記憶ではなくここ最近で、身近にいる人物の誰かだ。記憶を探るほどドツボにはまっていき、休憩のために温かなお茶を入れた。



「うー……」
「本日はずっと唸っていますね」
「うーん……」
 磁石のようにつき、離れ、そして壁の中へと消えていく。何がしたいか判らない少女は、このところおかしな行動ばかりを繰り返している。声をかけても答えないのは相変わらずだ。
「ネックレスについて何か判りましたか?」
「すみません、実は全く探してないんです。実はあのネックレスですが、どこかで見たことがある気がするんです」
「ふとした瞬間に思い出すものですよ。そう焦らずに」
「ルカさんは?ネックレスを辿ってみましたか?」
「ん?私はまだです。それより、どちらでご覧になったのか気になりますね」
 ルカの入れた紅茶は漢方のような香りがする。キーマンだ。癖が強すぎて、客人に出さないお茶だ。脳に糖分が行き渡るように、悠は蜂蜜とミルクを足した。
「昨日のお茶より美味しい……」
「アパートで紅茶を?」
「はい。でもふたりで飲んだ方が美味しいです。ルカさんが入れてくれたお茶だし」
「………………」
 空気ごと紅茶を飲み込み、ルカはカップをソーサーに置いた。いつもよりも擦れる強い音が鳴る。
「どこで見たんだろ……」
「いろいろ案を出してみましょう。SHIRAYUKIで見た、人が身につけているのを目撃した、ショップで売られていた」
「誰かがつけていた……と思います」
「うちの店で見たわけではないのですか?」
「それは違います」
 ふと、ルカの胸元に目をやった。上着を脱ぎ、シャツの一番上のボタンを外している。悠は手を伸ばし、陶器のような皮膚に触れた。首筋をなぞり、きっかりと浮き出た鎖骨を撫でる。ルカはおかしそうに眺めているだけだ。
「普通ネックレスが見えるのって、胸元が開いてないと見えませんよね」
「それか、服の上に身につけるか、です。あなたのように服の下につけていれば、見えません 。胸元が開いた状態だったのか、服の上から見たのか。好む服装などでも変わってきますね」
「にしてもどこで見たんだろ。僕そんなに交友関係広くないし、ほとんど学校か家かバイトくらいですし。というかほぼ三つに絞られます」
 情景を浮かべても、絞られることはなかった。
「焦りは禁物ですよ。あと不用意に、胸元に手を伸ばさないように」
「すみません、気をつけます。触らないようにします」
「触るなとは言っていません。違います。そうではない」
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