霊救師ルカ

不来方しい

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13-惨劇

075 繋がり

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 新聞やニュースなどをまとめ、悠は集められるだけの情報を集めた。無料掲示板なども利用し、流水の不審死について調べるが、これといって事件解決に繋がるようなものは何もなかった。
 稲妻のように時間が経過していくと、流水のニュースは水の如く流されてしまった。全く取り上げられなくなり、現状判っているのは自宅での不審死だけである。病気かもしれない、事件かもしれない。そのような噂ばかりが流れ、数日後には噂すら消え失せてしまった。
 それだけではなく、フランスからマリオ・ブルーノと連絡が取れないと連絡があったのだ。
「お願いがあるのです。あなたはFBIと知り合いになりましたね?連絡を取れますか?」
 船旅で殺人事件が起こり、偶然に居合わせたFBIのクレイグ・ヒューズに助けてもらった過去がある。寡黙だが、鋭い洞察力で頼りになる存在だ。
「何を確認しますか?」
「ニュースでも流れないような、不審死が他にあるか。流水氏の情報などです。限定はしません。今はとにかく、猫の手も借りたい」
「大使館勤めの彼に、そういう情報は入るんですか?」
「日本だけではなく、アメリカでもいいのです。画家の流水氏は有名人なため、概要を放送せざるを得なかった、ということも考えられます」
 通話アプリを登録し、悠は英語で船旅の感謝と流水の件を送った。
「一応送りました」
「無理難題をふっかけられても、ある程度の要求なら飲むつもりです。ところでこれ、とても美味しいですね」
「六個で二百円のカップケーキですよ。スーパーで売っていますから、次にまた来るとき買ってきます」

 学食で弁当を広げ、悠は通話アプリを開いた。数日前にFBIであるクレイグ・ヒューズに送った文は、既読にならないままだった。
『ハァイ!ハルカ』
 肩を叩いたのは、トーマス教授だ。悠の弁当を見てはエクセレントと呟き、もう一度肩を叩く。屈んだせいで胸元のネックレスが覗いている。
『恋人にも作ったりするのかい?』
『作りませんよ。一緒に住んでないですし、昼食はそれぞれ食べます』
 いろんな言語には独自の会話文が存在し、日本語でも英語でもそれぞれ異なる。それは言い回しやジョークなどだ。悠は突っ込みはせず、さらりと流した。
『君は夏休みのゼミに来なかったね』
『あ…ごめんなさい』
『ノー、責めてるんじゃないよ。文化祭の準備があっただろう。来年となるとなかなかゆっくり出来ないと思う。ゼミで出店を開くことになったから、君もおいで』
『はい』
『何なら、君の大切な人も連れてきたらいいよ』
『そ、そうですね……』
 声が裏返ると、トーマスは満足げに笑った。
 午後からの講義に移動しようと立ち上がると、メールが一件入った。クレイグからだ。
──連絡が遅れた。すまない。不審死について知りたいようだが、なぜだ?
──スペインで知り合いになった方と連絡が取れなくなっています。その方はアートディーラーを名乗っていて、僕たちが流水さんの家へ招かれるきっかけを作った方です。その後に神奈川県で流水さんが亡くなりました。
 数分後、またもや英文が届いた。
──君は大学生のはずだが、とんでもないことに首を突っ込んでいるようだ。君の上司は知っているのか?
──僕の上司から、クレイグさんに連絡をしてほしいと頼まれました。流水さんのお宅へはふたりで行きました。
──ルカと言ったな。なぜ彼は危険を回避しない?
──それは、ルカさんの過去に関係があります。
 ここで講義の時間となってしまった。講義の前に、ルカに「ほんの少しだけあなたの過去を話してもいいですか?」と送る。講義を終えた後、スマホにはメッセージが溜まっている。ルカからの返事を確認し、悠はクレイグ・ヒューズの欄をタップした。
──君は霊魂を辿れると言っていたな。写真から人の想いを受け取っていた。それは、写真でなくとも出来るのか?
──すみません、講義中でした。写真からも、その方が大事に持っていた物からも辿れます。ルカさんは、とても大事な人を殺されました。犯人は捕まっていません。亡くなった方も不審死だったようなんです。
──犯人捜しというわけか。だが億単位の人間からどうやって割り出す?日本にいるとは限らない。
──それも踏まえて、日本に来ました。
──なるほど。かなり大まかではあるが、目処はあるわけだ。画家の死について、確かに私は知っている。だが立場上、簡単に教えるわけにはいかない。すまないが、何か有意義な情報を私にくれないか?もし機密情報が君たちに漏れていると圧力があった場合、こちらの知らない状態を貰っていたと関係性を表すこともできる。
──僕も完璧に知り得ているわけではないんです。ルカさんに聞いてみます。それと、船旅のときにも話しましたが、僕らの仕事は写真や物から人を捜し出せます。失踪者や物探しがありましたら、ぜひご連絡を下さい。普段は有料ですが、クレイグさんの場合は出来る限りお力になりたいと思っています。
 ルカには許可を取っていないので、無料とは書かずに曖昧に濁した。
──ルカとではなく、君とこのまま連絡を取ることにしよう。君はこのまま間に入っていてくれ。

「ということがありました」
 悠のスマホの画面をくまなく見つめ、ルカは持ち主へと返す。本日の茶菓はスリランカのブレントティーと黒豆が沈んだマドレーヌだ。大阪で購入した菓子を頬張り、紅茶で喉を潤していく。
「殺人犯を追っている私とFBIが近くにいると、何かと不埒な輩に目を付けられる恐れがあると踏んだのでしょうね。悠にはご迷惑をお掛けします」
「英語の勉強にもなるし、むしろ役得です」
 ルカも同様に紅茶でひと息吐いた。
「有意義な情報、ですか。彼の仰る話を推測すると、捜査に行き詰まっているのは同じのようです。かと言って、ユーリの情報は差し出すつもりはありません」
 ユーリ・フロリーディアはルカの大切な人だ。
「流水さんの事件と、ユーリさんに共通点はあるんでしょうか」
「関係あるかは何とも言えませんが、テレビなどで報道出来ない事件なのは共通しています。それと、友人と呼ぶにはかけ離れていますが、マリーの取引先だったマリオ氏も行方不明です。黙って見過ごすわけにはいきません」
「あ…待って下さい。クレイグさんからです」
──今の俺に送れる精一杯の資料を作成した。何処かで落ち合い、君たちに渡したい。
「僕が受け取ってもいいですか?」
「お願いしたいところですが、策があるのですか?」
「人混みに紛れる方法なら」
──十月に、僕の通う大学で文化祭があります。あえて人の多いところはどうでしょう。
──こう見えて、旅行や日本のイベントに参加するのは趣味なんだ。良いアイディアだと思う。日本の学校の文化祭は、何度か参加経験がある。
──ではそうしましょう。
 続けて日付と開催時刻を送る。
──紛れる方法は現地で考える。
「なんだか、FBIが僕らを頼るって不思議な気持ちになります」
「海外では、不思議なものや目に見えないものを信じ、それを活かす捜査方法もあります。船の事件では目の前で解決に導きましたし、少しは信じてくれているのでしょう。藁にも縋る思いもあるのかもしれません。文化祭があるのですね」
「僕のゼミは出店を開くみたいです」
「みたい?」
 ルカは怪訝な表情をした。
「あっほら、夏休みは忙しくて」
「文化祭の準備に参加させて差し上げられなかったようですね」
「僕も働かないと、実家の維持費と大学の授業料とか、今住んでるところのアパート代も払わなくちゃいけないし。それに仕事は楽しんでますから、本当に気にしないで下さい」
 ルカは無言で紅茶を飲み、それっきり押し黙ってしまった。

 ネットが普及した現在でも、販売は主に地上で行われる。スーパーマーケットであったり住宅街だったりと、意外な場所こそが穴となる。盲点をついた取り引きは、今まさに大学でも行われようとしていた。
 ブラックタピオカにミルクティーを入れ、蓋をしてストローを挿した。簡単な作業は午前中だけでも相当な売り上げで、至急ミルクティーを追加する。流行りのおかげか、宣伝効果は無くとも客足は途絶えない。
 廊下では楽しそうに宴を楽しむ声が溢れ、それが却って悠の緊張感を増していた。
 午後は悠の自由時間であり、ありついた昼食は持参したおにぎりと無料で貰ったゼミのミルクティーだ。
──三階にある幽霊屋敷は判るか?
──はい。今いるところの上の階になります。
──屋敷内に入って左に曲がる角に白装束を着た女性の人形がある。足の裾にテープで留めた。
──判りました。今から行きます。
 手を繋いだ男女の横をすり抜け、なるべく急ぎ足で向かう。人気がある幽霊屋敷は、白い和服を着た男性が呼び込みを行っている。着こなしが判っているのか敢えてなのか、襟の重ねが逆だ。
 中からは悲鳴が聞こえる。足下の人工的な明かりだけを頼りに進み、悠は曲がり角で一度後ろを確認すると、しゃがんだ。人形とはいえ、女性の足下に手を入れるのは御法度だと言い聞かせ、悠は手を差し入れた。
 手探りで当てた紙の感触を引っ張り、封筒を抜き取る。鞄に仕舞い、出口まで向かった。
 頬を流れ落ちる汗をタオルで拭い、悠はトイレの個室に入る。クレイグに受け取ったと短い文を送り、ルカにも同様の文章を送信した。
 途中、メイド服を着た男性とすれ違うが、彼は呼び込みをせず、何かに気を取られている。まるでこの世のものを見ているとは思えないほど口をあんぐり開けている。回りには人集りができ、悠は窓の隙間から覗いた。
 イタリア人気取りの美しいフランス人は、優雅にお茶を飲んでいる。ビスクドールのような人物は、机にショートケーキ、アップルパイ、モンブランから視線を外さず、どれからいこうか真剣に悩んでいた。
 ビスクドールは窓越しにいる悠に気づき、ふわりと微笑むと手を振った。回りの生徒は誰に振ったのか判らず、辺りを見回している。
「悠」
 名前を呼ばれ、入るしかなかった。
「ルカさん……なぜここへ」
「一緒にケーキを食べませんか?」
「あの、どうして」
「文化祭というのも、いいものですね。テーマに沿い、一生懸命作った出し物をそれぞれ作り上げる。私には経験のないことです」
「海外では文化祭がないんですか?」
「似たようなものはあります」
 椅子を勧められるがままに座り、空気を読んだウェイトレスはメニュー表を悠に渡した。視線はルカから外れない。
「お好きな飲み物とケーキを頼んで下さい」
「そういうことですか」
「ん?」
「何でもありません」
 三つのケーキは悠のものではないと遠回しの意思表示に、悠は紅茶とバターケーキを注文した。
「大学にいる悠はとても新鮮です」
「連絡を下されば良かったのに」
「会えると判っていましたから、焦らずお待ちしていました」
「そうだ、ルカさんさっき」
 スラスラとイタリア語が流れ、悠は小さく頷いた。悠にも判る文章で、今は言うな、だ。
 さらに人が集まり出したのに、ルカは動じず、淡々とケーキをを頬張っている。しばらくケーキとの戦いが続いた後、ようやくルカは口を開いた。
「少々、見て回りたいのですがよろしいですか?」
「もちろんです」
「悠の出店はどんなものを?」
「タピオカ入りのミルクティーを……あっ」
「食べ終わったら参りましょうか」
「でも」
「何か?」
 午後は森川の担当だ。マリーとルカと動物園へ行ったときの彼の反応は、拒絶の反応が浮かんでいた。
「ぜひゼミの教授ともお会いしたいですね」
「はあ!」
 映画館では、トーマス教授に恋に近い存在とまで話していた。覚悟を決めたままぼんやりと惚けていると、きっちり数人分の勘定をしたルカは、行こうと促す。
 教室にはやはり森川がいて、怠そうに店番をしていた。トーマス教授はいない。ルカが教室に入ると、一瞬静まり返った。
「悠、飲みますか?」
「僕はさっき飲みました」
「では、ひとつ」
 森川は不愉快そうな顔を隠そうともせず、カップに注ぐと無言で手渡した。
「タピオカの原料は知っていますか?」
「キャッサバですよね。日本ではあまり売られていない種類の芋です」
「スィ、実は日本でも栽培されています。なかなか私たちの住む池袋へは回ってきませんが」
 壁にはクラブの紹介のポスターが貼られている。テニスやサッカーなどは人気のクラブだ。文化部のコーナーで目に留まったのは、写真部である。
「悠」
「はい」
「確か西岡さんは、写真部でしたね」
「……はい」
「クラブ活動はどちらで行われているのですか?」
「この階……だったと思います」
「私の記憶が正しければ、ゴールデンウィーク中にあなたは厄介事に巻き込まれましたね」
「だった……かも、しれないです」
「参りましょう」
 心の中で平謝りを繰り返した。一角にある日当たりの悪い教室のドアには写真部のプレートがある。ルカは何度かノックすると、女子生徒が顔を出した。
「失礼。こちらに、西岡正樹さんがいらっしゃると伺ったのですが」
「す、すぐに呼んできます」
 緊張からか前髪を直す女性は、一度奥へ引っ込むと、部屋の中が騒がしくなった。中からは逃げたい、窓から飛び降りるなどの暴挙が聞こえ、ふたりはほぼ同時に中へ飛び込んだ。
「お久しぶりですね、西岡さん」
「こ、これはどうも…相変わらず美しいっすね……」
「知っています。ゴールデンウィーク中はうちの悠がお世話になりました。私とあなたの見解の相違点について、少々話し合わなければなりません。よろしいですね?」
 有無を言わせない穏やかな脅迫に、西岡は頷くしか道は残されていなかった。
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