霊救師ルカ

不来方しい

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12-真夏の事件簿

065 暗号

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『クレイグ・ヒューズという。よろしく頼む』
『こちらこそ。ハルカ・カゲモリです。いろいろ動きますので、手助けをお願いします』
 握手を交わし、悠はふと目を逸らした。体格もよく、隙を見せない強面の顔は悠には酷だった。
 空き部屋の一室に集まっていたのは、リムジンで一緒になった美術鑑定士たちだ。昨日の夜、夕食を共にしたメンバーでもある。
 村田美代子の旦那である村田茶一、新井雄一、朝倉コウ、早見和成だ。
「あの兄ちゃんはどうした?」
「訳あって、地下室にいます」
「犯人は誰だ!俺の妻を殺したのは!」
 茶一は目に涙を浮かべ、タオルで顔を覆った。悠は翻訳すると、クレイグは片眉を上げた。
「この方はお巡りさんです。たまたま居合わせて、捜査に協力してくれることになったんです」
 訳しながら簡単な説明を付け加えた。
「昨日の夜の行動をそれぞれお願いしますだそうです」
「そうは言っても、すぐに部屋に帰ったわよ。ビリヤードなんてガラじゃないし。悠とルカが席を立って五分くらいよ。食堂にはカメラもあるだろうし調べてみるといいわ。その後はずっと部屋だから証明は何もできないけどね」
 自らアリバイがないと伝え、朝倉は堂々としている。
「村田さんは?」
「ビリヤードをする予定日だったんだが美代子が帰りたいとごねたんで、すぐに部屋に戻ったよ」
「部屋からは出ていないんですか?」
「出ていない。すぐに寝たから美代子はどこに行ったのか判らん」
「ありがとうございます」
 英語でクレイグに伝えると、彼も一様にメモにペンを走らせた。
「俺も、すぐに部屋へ戻りました」
「その後は部屋から出ましたか?」
「いや……出ていない」
 早見はまごまごと口を動かし、悠から目を逸らした。
「……とりあえず、判りました。新井さんは?」
「俺は柴田さんとビリヤードをして、適当に歩き回って部屋に帰りました。ビリヤードをしたかどうかは、不特定多数の証人も得られるはずです。なぜなら、人数が足りずに適当にブラブラしている人を誘ったからです」
「ビリヤードを終えた後はどちらに?」
「本当に適当です。コンサート会場だったり映画館だったり、温水プールだったり。何もしていません。見て回っただけですから」
 クレイグにすべて伝えると、茶一に美代子の写る写真を貸してほしいと頼んだ。
「なぜだ?」
「捜査に必要だからです。もし美代子さんが隠れている場合、判別できるものが欲しいんです。僕は昨日顔を合わせただけの他人ですから」
「……まあいいだろう」
 渡された写真に触れた瞬間、指先からびりびりした痛覚が全身を駆け巡った。息苦しさと耳が水で満たされたときのような圧迫感を感じ、これ以上見ていられなくなって、写真を手帳に挟んだ。
「悠君」
 早見和成は悠を見て、クレイグに強い視線を送る。怒っているというより、危険を察知した目だ。
「気をつけて」
「ありがとうございます」
 訳も判らぬままお礼を述べると、部屋を後にした。
『クレイグさん、立ち入り禁止区域に入りたいんですが』
『入ってどうする?』
『調べたいことがあります。あなたに僕の見張りをお願いしたい』
『……柴田の許可は得ている』
 ならなぜ聞いたんだという言葉は飲み込み、悠はエレベーターで上の階へ上がった。今日は一段と海風が強く、昨日に比べ波も強い。透明度は高いとは言えない波が船を襲う。船の上を縦横無尽に飛び回るウミネコたちはしきりに鳴いている。
 ウミネコは口減らしのため、雛が雛を襲う習性がある。生き残ったウミネコたちは、群れを作り飛び回っていた。その生き様を残酷とも思わず、悠は自分の歩んだ人生も似たようなものだと、自虐した。虐めの対象になりたくないから弱者を虐め、優越感を得る。勝たなければならない。まさに義務教育も弱肉強食の世界であり、悠も頭をつつかれる対象だった。
『どうした?』
『……昔を思い出していただけです』
『君はとても丁寧な英語を話す』
『僕の上司のおかげです。彼はお手本のような英語を話します。僕はまだまだですが』
『悠の上司といえば、ルカ・フロリーディアと言ったな』
『はい』
『彼はどこの国の人だ?』
 問い詰めようとする聞き方であり、悠は言葉を詰まらせた。
『すまない、FBIとして癖が染み付いているようだ。ただ彼の顔つきはイタリア人ともフランス人とも取れる。中性的で美しい顔立ちだ』
『……彼はイタリア人です』
『そうか。面白いことに、彼はイタリア訛りのブリティッシュイングリッシュを話すんだ。それが奇妙でな。無理矢理イタリア訛りを話しているようにも聞こえるんだ。発音しなくていい音をわざとしたり、その逆もあったりと』
 それは悠は初耳だった。もし彼の言うことが本当ならば、ルカはあまりに策士家だ。故郷を隠すため、復讐のため、ルカには背負うものが多すぎる。
『クレイグさんからするとそのように聞こえるんですね。僕はよく判りません。彼に教わったことをそのまま覚えているだけなので』
『今はそう思っておこう』
 踏み荒らされた血の跡を辿っていき、手すりにも血が付着している。そして逃げ回ったような跡、手すりの下には意図が分からない三つの点。
『クレイグさん、僕はあの点がダイイングメッセージと取りましたが、どう思いますか?』
『何らかのメッセージには見える。人差し指で書いたんだろう。君の上司は他に何を言っていた?』
『ダイイングメッセージの可能性は捨て切れないので、何かしらヒントになると』
『手すりの血痕から、左手で掴まり右手でメッセージを残している。上から覗くと逆三角形になるが、本来の意味は三角形だろうな。だがそれなら指をなぞればいいだけた。あえて三つの点を残したのなら、点の意味で調べていくのがいい』
 クレイグの意見を参考にし、几帳面に文字を記していく。
『なんでしょう?』
『彼はまだ発表になってもいないのに村田美代子の名前を挙げた。それに詳しい死の直前についても。なぜだ?』
 質問される内容だと覚悟していたので、これにはすらすらと英語で答える。霊救師であること、目に見えないものが見え、霊に聞いたと答えると、アメリカ人らしいリアクションが返ってきた。
『俄には信じ難いが……君は嘘を吐いているようには見えん』
『嘘は言っていないので。ただ、信じなくても大丈夫です。僕らも信じてもらおうと思っていなくて、霊救師とは名乗らず探偵と名乗っています。その方が無駄な説明も省けますし。警察と合同で捜査してるわけでもないのです』
『君の捜査方法も穴だらけだった。何時に寝たのか、起床時刻などを聞きもしない』
『時間稼ぎをして、背後にいる方に話を聞いたんです』
『証拠もないのにいきなり犯人を当てても、警察は動かない。そのためにこれから証拠を集めるわけか』
 悠は心を静寂に、遠くで苦しむ彼女を呼んだ。痛いと暗いが繰り返され、何度呼び掛けても悲痛な叫び声が脳に木霊していく。
──美代子さん、あなたを救いたいんです。どうか答えて下さい。
──どうしても、欲しかった。
──何を?
──私はとても悪い子。
──何がありましたか?
──私が悪い。
──あなたは悪くない。あなたを落とした人は誰ですか?
 嘆声が何度も聞こえ、美代子は自身を責め続ける声で、それ以上何も語りはしなかった。
『どうだ?』
『美代子さんは、自分を責めています。犯人を言おうとしない』
『彼女は海に落とされたが、加害者だけを責められないパターンもある』
『発想を変えてみるのもありですね。自身に強い敗北感と悲壮感が、霊になっても残り続けています』
『女性が負けたくない相手か……恋愛絡みか、または仕事関係だろう』
『もう一度彼らに話を聞いてみるのもいいかもしれません』
 昼を知らせる放送がなった。直射日光は肌を痛めつけ、汗もじんわりと滲んでくる。ふたりは早々に切り上げると、日本食のレストランへ向かった。
『すみません、いろんなところへ付き合わせてしまって』
『一応監視役だからな。気にするな』
 弁当を三人前注文し、悠はエレベーター側にいる警備員に説明を入れ、再び地下の監獄へ下りた。足音しか響かない薄気味悪い雰囲気は、背筋が凍るような冷たさがある。
 ルカの座る椅子や机の回りには、ポットやティーカップ、ミルクピッチャーやシュガーポットなど、牢獄には似つかわしくないものが並べられている。牢獄にケーキスタンドの存在は異様だった。
「ルカさん、お弁当食べましょう」
「ありがとうございます」
「最中はサービスだそうです」
「素晴らしい。紅茶と良く合います」
 ルカの背中はすでに疲労が見えるが、漆黒の瞳は感じさせない。悠は自責の念を封じ込め、テーブルにお弁当を並べた。
「柴田さんは?」
「彼もランチタイムです。ですから、ナイスタイミングです」
「ありがとうございます。クレイグさんにも分かるように英語で話しましょう」
 揚げたての海老の天ぷら、出汁巻き玉子、豚肉の生姜焼き、蓮根と薩摩揚げの煮物など、多数のおかずが敷き詰められている。中でもクレイグの目を白黒させたのは、桜田麩の乗った酢飯だ。最初は奇妙なものを見る目だったのが、今は淡々と咀嚼している。
 クレイグの助言と、読み取った彼女の悲痛な声をルカに伝えた。
『どちらにせよ、解読は難しいですね。悠は点に覚えがあると言っていましたが、何か思い出せそうですか?』
『それが……どこかで見た記憶はあるんです』
 悠の情報をまとめたメモ帳を手にし、ルカは唇に指を当てた。
『美代子さんの情報が少し足りないですね。彼女は、どのような授業をなさっていたのですか?』
『あ……ごめんなさい。聞いてませんでした』
『大丈夫ですよ。もう一度、彼らの元へ行けますか?』
『はい』
『ならば、朝倉コウさんの元へ行って下さい』
『朝倉さん?なぜですか?』
『美術鑑定士同士の付き合いをよく知る人物は彼女でしょう。テレビやラジオなどマルチに活躍する彼女なら、人間関係も詳しいかと。他の美術鑑定士とも何度も共演しています』
『判りました。すぐに行ってきます』
 牢獄の中にルカを置き、ふたりは朝倉の元へ向かった。数回ノックしたのち出ると、朝倉はシャワー後だったようでバスローブを身につけている。悠は悲鳴を上げた。髪の毛が濡れたまま顔に張り付き、まるでテレビで登場する化け物のような姿だった。
「ちょっと!何よその悲鳴は」
「すみません、出直してきます」
「入りなさいよ。どうせ事件のことで聞きたいんでしょ?」
「でも男二人ですし」
「構いやしないわ。さすがにちょっと着替えるけど」
 部屋の中は悠の宿泊する部屋とほとんど配置や部屋の広さは変わりはないが、壁掛けの絵画やアンティーク家具については違いがある。
「お待たせ。私あまり英語は話せないわよ」
「僕が訳しますから大丈夫です」
 ブラウスとタイトスカートといういつものスタイルになり、朝倉は座ると足を組んだ。
「村田美代子さんについてなんですが、誰かと恋愛関係の揉め事や、仕事の悩みなどは聞いたことはありませんか?どんな小さなことでもいいんです」
「そうねえ……唯一聞いた話だと、彼女は社会科の教師で、免許を取るのが大変だったって聞いたわ。数種類必要とかなんとか」
「恋愛面では何かありますか?」
「新井雄一ね。美代子さんに言い寄ってるって。お酒の席で村田茶一が愚痴ってたの。かなり酔っぱらってたから村田は覚えていないんでしょうけど」
「他には?」
「美代子さんが迷惑してるって言ってたわ。美代子さんって私と違っておとなしそうでしょ?イエス・ノーをはっきり言わないタイプなのよ。だから言い寄られるんだって。全部村田情報だけど」
「実際に、新井さんが美代子さんと何か話してるところは見ましたか?」
「まさか。第一美代子さんとは何も付き合いはないし。旦那の村田茶一が酔った勢いで喋ったってだけよ。お酒の席だと話を盛ってる可能性もあるし。裏を取るならそっちでやってよ」
 最後にお礼を言い、その場を立ち去ると悠は英語に翻訳した。
『恋愛絡みの可能性は大きいな』
『僕もそう思いました。ルカさんのところへ報告にいきます』

 一度会ったときには得られなかった情報が手に入った。もう一度地下へ戻ると、柴田がソファーへ横になり眠りこけていた。
「何か判りましたか?」
「新井雄一さんは美代子さんに言い寄っていたそうです。それと美代子さんは社会科の教師です。すべて朝倉さん情報ですけど」
 ルカは何杯目か分からない紅茶を口にし、お菓子を摘まんだ。最中一つだけでは足りず、クッキー皿にはプチケーキやビスケットなどが置かれている。
「社会、ねえ……。彼女にしか分からない暗号で、我々には解けない三点のダイイングメッセージ。何か関係があるかもしれませんね」
「社会担当だからこそ残せたメッセージ……」
「何かのマークは悠には見覚えがある。鍵を握っているのはあなたのようです。あと見て頂きたいものがあります」
 何回か巻き戻し、ルカが見せた映像は図書館だ。
「ここは、私と悠が映っています。一度こちらで別れ、お互いに興味のある本を探しに行きました。これがナイフを拾う前の最後の悠です」
 棚を物色しながらカメラの死角に入った。
「ここでひと悶着あったのでしょう」
「確かにそうです」
「これは図書館出入り口の映像です」
 早歩きで、パーカーのフードを頭に被った人物が横切っていく。
「この人だ。僕の手からナイフを奪い取った人です」
『悠はこの人だと言っています。あなたは男性と女性、どちらに見えますか?』
 クレイグはカメラを見つめ、かぶりを振った。
『分からない。日本人は皆小柄だ。男性にも見えなくもない』
『パーカーなどは海へ処分できます。持ち物を探すのは不可能でしょうね。あなたにナイフを握らせ、指紋を採取し、私たちの部屋のバルコニーへ落とした。悠が部屋から出るところでも目撃していたのでしょう。またはデッキからあなたが寛いでいる姿を見たか』
『……やはり、意図的に付けられた三点が気になります。三角形に結ぶわけではないのですか』
『最初は私も考えましたが、だとしたら指で擦った方が早い。あえて擦らなかったのだと思います』
『クレイグさんと同じ意見ですね』
『君たちは本当に言葉遣いが似ているな』
 クレイグは感心し、ふたりを褒め上げた。
『ありがとうございます。僕は一度図書館へ行きます。休みなく動いていますが、またついてきて下さい』
『ああ』
 悠は図書館に向かい、防犯カメラの位置をチェックすると、死角になる場所に立ち、クレイグに説明をした。
『これじゃあ判らんな。カメラがちょうど本棚の陰になる。ここで何の本を見ていた?』
 洋書、ミステリー、コメディ、作者名と、何に興味を持っていたのか必死に思い出した。
『大学の授業で……』
 ふと、悠は大学で読んだ本が頭に浮かんだ。
 地図記号はどうしてこうも複雑化しているのか。木だと思えば裁判所であったり、墓地だと思えば記念碑だったりする。地図について書かれた本を読もうと思ったきっかけはテレビだ。クイズ番組で地図記号についての問題が出て、幼少期に習った授業を懐かしんだ。すでに忘れてしまっている記号の勉強でもしようと図書館で読み、三つの点を使う地図記号を追想する。
 悠が記憶に問いただし、浮かんだものは二種類ある。史跡と茶畑だ。ダイイングメッセージを残した美代子は社会科教師だ。可能性は充分にある。
『そこまで思いついたのなら話は早い。ふたつに纏わる何かを持っている人物がいるのだろう』
『好きだったり、近くに住んでいたり?』
『そうだ』
『ちょっと考えてみます。何だか僕がルカさんになった気分です。いつもは壁に当たるとルカさんが謎を解くんです』
『シャーロックとワトソンのようだ。君がシャーロックか』
『はい。信じて待っていてくれる方のために、絶対に犯人を捜します』
『捜して、どうするんだ?』
 図書館には人もまばらで、クルーは暇そうに佇んでいる。太陽が傾き始め、そろそろレストランも混み合う頃だろう。
『どうするって』
『あなたが犯人だと言ってもしらばっくれるだけだ。君たちの捜査方法を聞くと、証拠を突きつけるわけではない。ましてや警察もいない状況で、報告もできない。君だって逆上されて殺される可能性は高い』
『……暴走は良くないですね。まずはルカさんとクルーたちに相談します。船を下りたら真っ先に犯人を拘束してくれるよう言うつもりです』
『それがいい。絶対に犯人に近づくな。君が思っている以上に危険が付きまとう』
 夕食も弁当を作ってもらい地下に向かうとルカは腕捲りをし、紅茶を飲むのも忘れ真剣にモニターと向かい合っている。クッキー皿はすでに空だ。
「ルカさん、お弁当です。ちょっと野菜多めにしてもらいました」
「助かります」
 ルカは立ち上がると、うんと背伸びをした。シンプルに塩胡椒で焼いたチキンと、多めのサラダ、それとミネストローネだ。
『英語で話します。成果はどうですか?』
 悠も同じく言語を変え、三人でテーブルを囲みながらの食事となった。悠はダイイングメッセージの謎を解くと、美しい声でブラーヴォ、と褒めた。
『悠の推理も踏まえ、怪しい人物は特定しました』
『え、本当ですか?』
『あなたが図書館でナイフを拾った時間帯、柴田朝次郎、朝倉コウ、村田茶一、新井雄一、早見和成氏にはアリバイがあったのです。それぞれ寛ぐ姿や部屋へ戻る姿が確認できています』
『ということは……残ってるのは』
『村田美代子さんは部屋に戻る姿は確認されていません。夕食後、夫婦二人は別れ、それぞれ別行動を取っています』
『じゃあ、僕にナイフを握らせたのは……』
『村田美代子。殺された本人だろうな』
 クレイグははっきりと口にした。
『死んだ人間の考えなど判らないが、美代子は誰かを殺し、悠に罪をなすりつけるつもりだったと解釈すれば、辻褄が合う』
 悠は目を瞑り、これまでの捜査を思い出した。美代子が語らなかった理由、証拠となるダイイングメッセージ。
『悠』
 優しい声は悠の心に届き、目を開くと、牢獄に似合わない顔は、曇りのある笑みで微笑んでいる。
『あなたの声を聞かせて下さい』
『間違っているかもしれません』
『構いません。答え合わせをしましょう。今考えているダイイングメッセージの意味を教えて下さい』
 深く息を吐くと、新しい酸素を求め大きく吸い込んだ。
『日本の地図記号です。三点は茶畑を表しています』
『どういうことだ?』
『神社は鳥居、温泉は湯気、こんな風に、日本の地図記号は表すんです』
 クレイグだけではなく、ルカも知らない。悠は手帳にマークを描き、説明した。
『三点のマークは史跡と茶畑の二つあるんです。僕は茶畑と考えました。旦那さんのお名前は覚えていますか?』
『サイチだ』
『茶一という漢字はお茶という漢字が含まれます。なのでダイイングメッセージの地図記号は、茶畑と暫定してます』
『美代子さんは社会科の教師であり、彼女だからこそ残せた暗号ですか』
『村田茶一さんは、僕が質問をする前にこう言いました。「犯人は誰なんだ、俺の妻を殺したのは」と。確かに血痕などから事件性は想像出来ますが、まだ殺されたとは決まったわけではありません。あの段階では何も判らない状態だったはずです』
『英語に訳してもらって、俺も聞いた』
 悠は事件の内容を大まかにまとめた。
『美代子さんと茶一さんはデッキで揉み合いになり、怪我を負った。事件か事故かはまだはっきりしませんが、美代子さんは手すりに掴まり、なんとかダイイングメッセージを残す』
『ナイフの謎が残りますね。あなたの指紋がついたナイフは、美代子さんがおそらく茶一氏を刺そうとしたものです。しかし、海に落とされたのは美代子さんです。私たちの宿泊するバルコニーへ落とすのなら、指紋を付けた事実を知らなければなりません。美代子さんが海へ落ちたのなら、ナイフをバルコニーへ落とす必要性はないのです』
『ナイフの謎、か。クレイグさんにも言われたのですが、これからどうしますか?逆上される場合もあります』
 ルカは視線を外し、人差し指で唇をとんとん叩いた。考え事をしているときのルカの癖だ。
『クルーたちは警察に連絡を取っているでしょうから、彼らにも説明しましょう。我々が無駄に怪我を負う必要もない。そろそろ柴田氏がやってきます。私から説明しますので、二人はお戻り下さい』
『でも』
『大丈夫ですよ。すぐに戻りますから。クレイグさんも長々とありがとうございました』 
『いや、貴重な経験ができた』
 ルカは立ち上がる悠の耳元に顔を寄せ、背中に手を添えた。
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