霊救師ルカ

不来方しい

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8-冬のひと騒動

049 婚活パーティー

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 駅を出ると、僅かだが土の香りがし、悠は目一杯吸い込んだ。駅前の栄えている地区では、ビデオショップが潰れていたり、新しいコンビニが出来ていたり、所々変化が起こっている。それを知らせてくれる友人も家族もいない。視界がぼやけ、消雪パイプから吹き出る水が靴を濡らし、じわじわと悠の体温を奪っていった。
 ちょうど通り過ぎようとしたタクシーを捕まえ、悠は最寄りのスーパーへ行くよう頼む。
「あそこは今やってないよ」
「そうなんですか?」
「ああ。新しくまた何か出来るみたいだけどな」
「とりあえずそこまでお願いします」
 実家から目印になるようなものはスーパーしかなく、一軒家や田んぼが軒を連ねるだけだ。今は田んぼも形がはっきりとしないほどに、積雪で覆われている。
 スーパーは廃墟と化していて、駐車場も中にも人っ子一人いない。スーパーの脇に立ち、しばらくの間、悠は一年前の想い出に浸っていた。
 あのとき、買い物に来なければ、ルカには出会えなかった。声を掛けずに通り過ぎていれば、ルカとは今後一切会えなかった。一度引っ込んだはずの涙がまた押し寄せては、頬を伝った。
──無事に着きましたか?
 チケットの出発時刻から計算したのか、タイミングが良すぎるメッセージに、廃墟の写真を一枚撮り添付てんぷして返信した。
──覚えていますか?
──あなたと出会った場所ですね。もちろんです。警察から追われる身である私を、助けて、そして家に泊めてくれました。感謝の言葉しかありません。
──無くなっちゃいました。ルカさんとの想い出の場所なのに。
──私の心にはちゃんと残っています。心配無用です。それに、これからも池袋でたくさんの想い出を作ればいい。身近であなたの成長を見られることが、私は嬉しい。
──ルカさんも成長しています。僕がわざと東北弁を話しても、今では難なく聞き取り、必ず返してくれます。
──意地悪な悠もなかなか洒落ています。それと。
 普段スタンプをあまり使用しないルカだが、一つ送ってきた。続けてもう一つ。すべてケーキのスタンプだ。
──了解です。必ず買って帰ります。
 いつか来る別れは遠い未来か近い将来かは分からない。抑えていたものが次々に溢れ、しゃがみ込んで目を腫らした。

 見知らぬ小鳥が雪の中を跳ね、畑に残る種を頻りに漁っている。真っ白な絨毯が敷かれた畑は、鳥の安息の地となっていた。
 濡れた靴はヒーターの前で乾かした。冷えた足は感覚が鈍り、シャワーで熱を上げていく。コンビニで買ってきたお弁当を食べていると、玄関のチャイムが鳴った。
 丸みを帯びたシルエットが戸に映り、久しく見ていなかった叔母の姿があった。白髪も増え、だいぶ年老いている。
 悠は叔母は苦手だった。家を手放すように仕向け、何かと心配を装い金銭の話を持ち出してくる。心優しい祖母に対しての態度も穏やかとは言えなかった。
「帰ってきたって噂になっているから心配して見にきたのよ」
「僕も大人ですから大丈夫ですよ」
「そう?今日はあなたに良い話を持ってきたの。今は東京に住んでいるのよね?」
「まあ……そうです」
「友人の子供が、新宿で婚活パーティーを開くことになったのよ。それも主催者側で」
「そうですか」
「悪いんだけど、参加してもらえるかしら?」
 渡された封筒の中身は、チケットが二枚とチラシが一枚入っていた。
「どうせお相手はいないんでしょ?」
「………………」
「人数合わせでも構わないから、大学のお友達を誘っていってらっしゃい。その券があれば無料で参加出来るから」
「そうですか」
「頼むわね」
 押し付けられたチケットを呆然と見ては、悠は玄関の鍵を閉めた。施錠の音に外を歩く足音が止まるが、悠は気にせず鍵を掛ける。子供のような行いに二重に心を痛めた。

 SHIRAYUKIを通り過ぎ、五階で止まるエレベーターを降りると、悠は鍵を差し込んだ。
 お邪魔しますと声を掛け、靴を脱ぐとキッチンには珍しくエプロンを身につけたルカがいた。悠は驚愕する。
「キッチンは無事ですか?」
「一週間ぶりにお会いして、最初に言うべきことはそれですか?」
「ただいま戻りました」
「お帰りなさい、悠。少し部屋の掃除をしていただけです」
 紙袋ごと渡すと、ルカは嬉しそうに受け取った。
「パウンドケーキと、メレンゲクッキーです。あとは味噌です。これ、地元でしか作られていないもので、焼おにぎりにすると美味しいんですよ」
「それは楽しみです。パウンドケーキに合うお茶を入れますので、ソファーに座っていて下さい」
 ルカがキッチンで食器の音を鳴らしていると、久しぶりにワンピース姿の女の子が現れた。
「ご無沙汰だね、元気してた?」
 返事はなく、棚に置かれたアロマディフューザーを珍しそうに眺めている。ルカが戻ってくると、壁の中に入っていき消えてしまった。
「ヌワラエリヤですね。僕大好き」
「ええ、水色はとても分かりやすいですね。メレンゲクッキーは日持ちするので、SHIRAYUKIで保存しておきます」
 独特の渋みのあるヌワラエリヤはストレートで飲むのか良い。悠は何も入れず、パウンドケーキの甘さで紅茶を楽しんだ。
「あなたが悲壮感を漂わせていると、胸が締めつけられます」
「心配かけたくないって、ずっと思ってて。変なメッセージも送ってしまいすみません。ルカさんと出会った場所だから、スーパーが無くなったのがずっと悲しくて」
「写真ではなく、直に見たのなら尚更悲しさは込み上げるでしょう。悲観することはありません。地球は広い。想い出を作れる場所など山のようにあります。それこそ、秋に山で紅葉狩りも良いですね。その封筒は何ですか?」
「困ったことに、その」
 実家に戻り仏壇の掃除をしたこと、夜に叔母がやってきたこと、婚活パーティーのチケットを二枚渡されたことなど、順を追って説明した。
「どうしたら」
「お相手は決まっているのでしょうか?」
「いえ、そもそも大学の友達なんて少ないですし」
「ならば」
封筒にチケットを戻すと、ルカはテーブルの上に置いた。
「条件を把握しました。未婚であること、恋人は無し、年齢は四十歳まで、職に就いている、条件に当てはまる人はお近くにいます」
「まさか」
「悠、私がぴったりだと思いませんか?」
「ルカさんが出たら女の子全員持っていかれますよ」
「好みなど千差万別です。それに人数合わせなのでしょう?私は恋人は作るつもりはありませんし、あなたの叔母様のいう条件にも当てはまっているように思えるのですが」
「確かにそうですけど」
「悠は恋人を本気で作るおつもりですか?それならば、協力は致しますよ」
 ルカは陰りのある顔で微笑んだ。
「僕も必要性は感じてないんです。でも二十年間恋人なしってさすがにどうかなあと」
「早ければいいというものではありませんよ。年齢は気にするべきではありません」
「ルカさんは結婚してましたし、ちょっと憧れはあります」
「結婚生活なんて破滅していましたよ。お互い家族のために外面良く振る舞っていただけです」
「でもしてたことには変わりないし」
「悠は結婚に夢見ているのですか?」
「結婚かあ……全然僕とは次元の違う話だと思ってました。どんな巡り合わせであれ、こんな風に身近に話が舞い込んできたので参加してみてもいいかなあって思えたんです」
「……いろいろな経験はあなたのためになります。あなたが将来、どのような道を選んでも、私は永遠に応援し続けますよ」

 タクシーから降り立つと、ホテルのロビーからは期待に満ちた強い視線が注がれた。漆黒の瞳は熱量のこもった視線に見向きもせず、ビュッフェスタイルで並ぶスイーツについて熱く語っている。
「いいですか、悠。アップルパイというのはアメリカ発祥であり、As American as apple pieという言葉も存在しています。それほど、アメリカにとって馴染み深いスイーツなのです。国によっても形状や味はまったく異なります」
「出るといいですね」
「ええ、楽しみです」
 女性にカードを渡され、名前と年齢、趣味などを書く欄がある。悠は趣味の欄に、読書と記入した。
 早急に書き終え、ルカのカードを盗み見てはぎょっとする。
「ルカさんって二十四歳なんですか?」
「そんな声を出さなくても……一体いくつに見えていたのです?」
「年齢不詳でしたけど、それなりに場数踏んでないとその落ち着きは出ませんよ。日本人より日本語上手だし」
「かたじけない」
「礼には及ばぬ」
 本名はルカ・フロリーディア、年齢は二十四歳、趣味はアンティーク巡りと虚言も交えながら記した。
 煌びやかなシャンデリアに迎えられ、宴会場に踏み入れるとざわめきと共に視線がぶつかる。無遠慮な眼差しに、悠はルカがいつも置かれている立場が分かった気がした。
「このために、昼食を抜いてきました」
「まさか甘いものだけ食べるってことはないですよね?」
「……私は食事に集中しますが、気になる方がいらっしゃいましたらお声がけ下さい。何かお取りしますか?」
「大丈夫です。あ、ローストビーフ美味しそう」
 ルカはバランス良くケーキを盛りつけると、納得したようで食べ始めた。ケーキの種類はそれほど多くはない。この分だと全部食べるつもりだろうと予想し、悠は妨げにならないよう隣でおとなしく食事に手をつけた。
「あまり、納得したお味ではないですか?」
「昔食べた、アップルパイを思い出していただけです」
「思い出の味なんですね」
「ええ、いつか悠にも……」
 ルカの声を遮るように、女性の悲鳴が起こった。ダンスホールで女性が倒れ、片手にワイングラスを掴んだ男がよろけている。足下が覚束ない男はダイヴするように、女性に倒れ込もうとする。間一髪でルカが首根っこを掴み、触れる直前にもぎ離した。
「どうしました?」
「いきなり、この人、お尻触ってきて」
「警備員を呼びます。立てますか?」
「はい……」
「悠、警備員を呼ぶついでに彼女を医務室へ」
「判りました」
 ざわめく会場内で騒ぎを聞きつけた警備員がやってくるが、見て見ぬふりを決め込んだ参加者たちは遠くで視線を逸らしている。手を差し伸べた者は、ふたりだけ。
 薬品の臭いが漂う医務室には誰もおらず、空調機の音だけが虚しい。固いソファーは吸収されず、反発で臀部を押し戻した。
 悠は独断で棚を漁ると、棚には湿布が数枚重なっている。女性は右手を気にし、手首を押さえている。
「右手を捻っていますね?」
「はい……」
「湿布を貼りましょう。後で警察から聴取があると思います」
「え、そんな……」
「大丈夫ですよ。余計なことを言わず、必要最低限だけを話せばいいんですから。それにホールには防犯カメラも付いていました。割と最新の型でしたので、ちゃんと鮮明に写っていると思いますよ」
「あなたは、一体……」
「探偵のお仕事もしているんです。人捜しとか物探しとか。アルバイトですけど」
 物探しに反応を見せた女性は、悠の袖を掴み、スマホの画像を悠に見せた。
「あの、お願いがあるんです。大事なものを無くしてしまったんです。彼氏から貰ったネックレスで、とても大事なものなんです」
「これを探せばいいんですね」
 ちょうどそのとき、ルカが警察官を連れてやってきた。悠は物探しをの依頼を受けたと報告すると、ルカは女性へ歩み寄る。
「大変な目に遭いましたね」
「はい、二人とも、助けて下さりありがとうございます。いきなり不躾なお願いで申し訳ありません。お礼も言わずに物探しなんて」
「画像を頂きます。悠はここにいて下さい。私一人で充分です」
 事情聴取は女性一人別室で行われた。助けを求めるような視線を向けられたが、こればかりは助けるわけにはいかず、悠はそっと見守った。

 ルカはわずか十五分足らずで戻り、悠の隣に腰掛けた。手にはしっかりとネックレスが握っている。
「助けて頂いた上に物探しまで……この度はご迷惑をおかけしました。星野杏と申します」
「僕は景森悠です」
「ルカ・フロリーディアです」
「フロリーディア?」
 鋭い緊張が伝わり、悠は身震いした。
「どうかしましたか?」
「いえ……フロリーディアという名字はご存知なのですか?」
 ルカは慎重に言葉を選んでいく。落ち着き払った態度が、むしろ悠を焦らせた。
「私の父の知り合いですが、その名を口にした気がするんです。確かではないので、はっきりとは」
「星野さんのお父さんは、何をしている方なんですか?」
「会社を経営しています。なぜここへ……と言いたげですね。景森さんには少し触れましたが、私にはお付き合いしている方がいます。このネックレスはその方から頂いたものです。父の知り合いも参加していて、面目を潰さないようにするために来ました。このホテルは父の友人が経営しているものですから」
 同じ名のつくホテルは日本全国に存在していた。
「単刀直入にお話し致します。私はフロリーディアという名字をご存知の方を捜しています」
「それはどうして?」
「ここからは先は簡単にお話しするわけには参りません。なぜなら、私の人生に深く関わるからです」
「それなら、父に会えるように話してみましょうか?」
「ぜひお願い致します」
 ルカは名刺を彼女に渡し、池袋へ帰ろうと促した。
 帰り道はタクシーに乗り込んでも沈黙が流れ、車線の向こう側を走るトラックがクラクションを鳴らしてもルカは何の反応も見せない。思い詰めたルカに言葉を掛けられず、悠はうなだれたまま自分の不甲斐なさを呪った。
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