霊救師ルカ

不来方しい

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8-冬のひと騒動

044 管野シスター

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 ガシャンという大きな音と共に、悠は目覚めた。枕脇に置いた携帯端末は、五時を指している。
 寒さに身を震わせ、机に置きっぱなしになっているリモコンを操作し、暖房機器を付けた。三時間で切れる仕組みのため、空気は冷たくなっている。もう一度布団に潜った。
 横を見ると、こんもりと布団の山が出来ている。ルカは布団を全身被って寝る癖がある。
 もう一度目を瞑るが、早めに布団に入ったせいか眠れなかった。寒さから逃れようと、悠はシャワールームへ足を運んだ。

 身体が温まりシャワールームから出ると、すでにルカは起床していた。六時を指している。
「シャワーでしたか?」
「うるさかったですか?」
「いえ、起きようかと思っていました」
「鍵も開いたみたいですし、自由の身ですね」
「鍵?」
 悠は一時間以上前の出来事を話した。的確に五時の段階で鍵の音がし、悠は目が覚めたのだ。
「全く聞こえませんでした」
「布団を丸々被って寝てましたからね。シャワー使います?七時からミサって言ってましたが」
「たまにはミサに参加も良いかもしれませんね。数年ぶりです」
 自分の荷物を持ち、ルカはシャワールームへと消えた。部屋が暖まったところで、悠はパソコンを起動させる。腰掛けた椅子がぎしりと鳴った。
 昨日と今日のニュースのチェックと、教会のホームページを開いた。流れる聖歌に耳を傾けた。聖書の内容は悠には意味不明だ。
「ミサに参加して、それからカフェですね」
 スーツに着替えたルカは、昨日と変わらず仕事モードに入っている。
「ミサは初めてなんですが大丈夫ですかね……」
「心配せずとも、黙っていれば問題ありません」
「ルカさんみたいにスーツがいいんですか?」
「派手な格好や露出が激しいものは厳禁ですが、普段の悠なら何ら問題はありませんよ」

 美しい教会には美しい男が似合う。そう思っているのは悠だけではない。ルカは一切の無視を決め込み、黙々と聖書に視線を落としている。
 ステンドグラスに光りが当たり、燦爛としていて、本に出てくる天国の世界だった。
 聖歌はよく分からないため、悠は指定されたページを開き、聖書を目で追った。隣から聞こえてきた声に、悠は聞き惚れる。小声だが、艶やかな唇から奏でられる美声は悠の心を奪い離さなかった。長い睫に黒のコンタクトレンズで隠された漆黒の瞳、しっかりとした鼻筋、横顔さえも魅力的な男は、澄ました顔で聖歌を歌い切った。 
「ルカさん、もう一回聞きたいです」
「何の話ですか?」
 分かっているのに、ルカは知らん顔だ。
「すごく、すっごく素敵でした」
「それはどうも」
 棒読みのどうも、であるが、ルカはおかしそうに喉で笑った。
「ルカさんって歌も上手なんですね。途中からルカさんの声しか聞こえなかったです。心も声も綺麗な人なんだなあ」
 料理を運んできた店員は、声が裏返り、何度か咳を繰り返すと謝罪を頻りに述べた。
 メニュー表には当店自慢のミシシッピマッドパイが有名だと書いているが、それはのちのおやつにと、ふたりはまずブレックファーストを頼んだ。壁に貼られた写真は、朝から重みのあるパイであり─ルカは食べたそうにしていたが─無理だと判断したためだ。
 朝七時から営業しているカフェは、朝食のメニューは毎日変わるらしく、本日はフレンチトーストだ。盛り合わせにはフルーツサラダ、飲み物はコーヒーか紅茶を選べるが、ふたりは迷わず紅茶を選んだ。
 トッピング用の蜂蜜はバターの溶けたフレンチトーストに染み込み、味わい深さが増した。ルカは量の調節すらせず、一気に蜂蜜をかけた。
 満足したふたりはコンビニに寄り食料を買い込むと、一端宿舎に戻った。いよいよ霊救師として仕事の開始だ。
「悠はまず、子供たちから情報を聞き出して下さい。どんな小さな情報でもいい。気になったことはすべてメモにまとめておくこと。それとひとりで勝手に動かないこと」
「把握です」
 ここからは別行動である。昼食の時間まで宿舎に戻ると約束し、悠はまず幼稚園に向かった。神経を研ぎ澄ますが嫌な感じはせず、辺りをうろつくのは浮遊霊のみだ。悪霊の霊魂は微塵も感じられない。
「霊が見えるんですか?」
「一応見えますが、あまり信用してもらえないですよね」
「私の親戚にもいるんです。私自身は見えませんが、信じていますよ。お時間はなかなか取れないかと思いますが、子供たちとぜひ遊んで下さい」
 悠を見た子供たちは大声を出し、一斉に集まってきた。
「きのうのお兄ちゃん!」
「おうじさまは?」
「ルカさんはお仕事だよ」
「えー」
「代わりに、悠お兄さんじゃダメかなあ?」
 王子に定着しつつあるがこのままでは埒があかないと、悠はそのまま会話を進めた。
 絵描きの授業の最中であり、悠は一人一人褒めながら席を回っていく。
 画用紙に、黒のクレヨンで漆黒に染め上げた女児がいた。悠は惹かれるままにしゃがんだ。
「何描いてるの?」
「おばけ」
「上手に描けてるね」
「ほんと?」
 少女は悠の言葉に耳を向け、嬉しそうに笑う。
「みんな信じてくれないし、ママにもおこられた」
「なんて怒られたの?」
「このいろ、つかっちゃダメって」
 この色とは、黒いクレヨンだ。
「そんなことないよ。すごく上手。どこでお化けを見たの?」
「んーとね……」
 胸元のバッチには「ゆめ」と刻まれている。
「あっち」
「あっち?森の方角?」
「木が、いっぱいあるとこ」
「どんなお化けだった?」
「くろくて、おっきいのもってた」
「おっきいの……?」
 少女に何度か尋ねるが、返ってくる答えは同じだった。
 悠は窓から見える遠方の森を見た。目を凝らし、鋭敏な感覚をむき出しにすると、黒い靄が森全体を覆っているのが判る。ふらりと立ち眩みのような症状が起き、屈伸によりなんとか踏ん張った。
「ゆめちゃん、良ければなんだけど、描いた絵をカメラで撮っても構わないかな?」
「いいよ」
「ありがとね。あと先生に聞きたいことがあるんですが」
「はい、どうぞ」
 心配そうに見つめる教諭に、悠は安心させるような笑みを浮かべる。
「ゆめちゃんの他に、はっきりと見た子供を把握していますか?」
「そうですね……ゆめちゃんもですが、あとはあきら君ですね」
「あきら君?」
「お休みしてるんです」
「ずっとですか?」
「ここ数日は休みがちになってますね」
「原因は幽霊騒動ですか?」
「はい……幼稚園に行くのが怖いって」
「他に、誰か見た人いるかな?」
 悠が問いかけると、何人かの子供が手を上げた。次第に増えていき、今ではクラス中が上げている。教諭は困惑し、肩をすくめた。
「ただ、あきら君だけはおかしなことを言うんです」
「どんなことでしょうか」
「ちょっと変わった子というか、幽霊を見たときも殺される、みんな逃げてってずっと言っていて」
「殺される?」
 新しく出た言葉だ。悠はメモ帳にペンを走らせる。
「それから男の人を怖がる素振りを見せてるんです。先生たちもいつものかと最初は話半分で聞いていたんですが、幼稚園に来なくなってしまって」
「いつもの、と仰いましたが、その話をお願いします」
「あきら君はちょっと嘘をつく癖があって。いえ、子供はそういうところがあります。大人だって嘘をつきますから。ですが我々も当惑し、幽霊騒動のときもあまり相手にしていなかったんです」
「説明が難しい部分がありますね。明日、来てくれるといいなあ」
「体調も回復したし、明日は行くとあきら君のお母さんが言っていましたよ」
「それと、数年前に起こった失踪者の話についてお聞きしたいんですが」
 教諭は目を伏せ、それ以上聞き出せなかった。何度かほのめかしても言えない、分からないの一点張りで、悠は謝罪し、幼稚園を後にした。
 次に向かうのは宿舎の裏にある菜園だ。宿舎からはそれほど離れておらず、今は管野シスターが畑を耕していた。足音に気づいていても顔を上げようとせず、鍬を振り下ろした。
 雀がやってきた。茶褐色の小さな生き物は、開いたビニールハウスの入り口から堂々と侵入すると、畑に残った種を啄み始めた。管野シスターは追い払おうともせず、好きに種を咥えさせている。
「昨日はお世話になりました。随分と立派な畑ですね」
「ここで採れた野菜は、私たちの食料となります」
「昨日のスープの人参もですか?」
「ええ」
「甘みがあり、大変美味しく頂きました」
「それは良かった」
 無愛想でも無視はせず、悠の問いにもきちんと答えた。
「本日の夕食は小松菜と大根を使ったスープです」
「楽しみにしています。ところで、管野シスターは幽霊騒ぎについて何かご存知ですか?」
「それが本題でしたか」
 顔を上げ、やや疲れた表情のシスターは嘆息を吐いた。大きな鍬は、少女が描いた幽霊が持つ何かに似ていた。
「幽霊騒動より、五年ほど前に行方不明になった佐伯神父が問題だと思うのですが」
 眼鏡を弄るのが癖なのか、度数が合っていないのか、管野シスターはよろいにやたら触れる。
「佐伯神父?」
「誰も口を割らないのはおかしな話です。とは言っても、私もマスコミ相手には話をしませんが」
「賢明な判断だと思います。僕らも他言はしません」
「起床後、綺麗にいなくなっていたという話ですよ」
「詳しく聞かせて下さい」
「詳しくも何も、解決に導く重要な話はありません」
 鍬を置き、管野シスターは丁寧に話し始めた。ミサの時間は七時からだったが─それは昔と変わらない─現れなかったため神父たちは不信に思い、彼の部屋に行くと蛻の殻だったという。すぐに警察を呼ぶが、捜査は難航し、未だに見つかっていない。
「捜査が進まなかったのは、マスコミが関係しています。子供たちのいる幼稚園にも塀を乗り越え、侵入する者が現れたのです。地に残った足跡も荒らされ、証拠らしい証拠は見つけられなかったのです。この菜園も、随分とやられました」
「それは……マスコミのやり方があまりにもおかしい」
「すべては情報を欲しいがための行動です。常識のない彼らに我々は口を閉ざし始め、今では話題に触れないことこそ、暗黙の了解となっているのです」
「いろいろとありがとうございます。何か思い出したら、教えて下さい」
 管野シスターは小さく頷くと、まだ肥料と混じり合っていない土を耕し始めた。
 悠が踵を返すと雀も飛び立ち、森の方角へ消えてしまった。

 夕食の十八時に席に着くと、管野シスターはスープ皿にひと掬いのスープを盛り付けた。宣言通り、小松菜と大根が入っている。昨日と同じ固めのチキンと、盛り合わせのマッシュポテト、そしてロールパンが並んだ。
 お祈りは前に座るヘイグ神父と同じポーズを決め、ようやく食事にありついた。
「幽霊騒動は解けそうですか?」
 流暢な日本語で話すブラウン神父は、昼食共に席にいなかった。一度アメリカへ戻り、数時間前に日本に帰ったと、先ほど挨拶を交わしたばかりだ。一年ほど前にやってきた新米だと話した。
「情報を集めている最中です」
「子供たちも不安がっています。ぜひ早い解決を願っています」
「もちろん、そのつもりです」
 ルカは一言も話さず、口を開くのは悠だった。ルカは味気のないスープに口を付けている。
「一つ、確認させて頂きたいことがあります」
「どうぞ」
「佐伯神父についてです」
 神父たちは息を呑むが、悠はわざと言葉を続けた。
「なぜ皆さん教えて下さらないのですか?」
「思い出したくないのです。とても辛い」
 牧田神父は眉を曲げ、頭を振った。
「彼は自分の意志でいなくなったかどうかは、定かではありません」
「自分の意志?牧田神父はそうお考えですか?」
「現時点では何とも。ですが、財布と着替えが無くなっていたのは事実です」
 処分できる、と喉まで出かけた言葉を悠は飲み込んだ。
「確かに、彼が失踪し未だに発見できておりません。ですがいつまでも暗い顔のままでいるより、明るくしていた方がいいと思いませんか?もう五年前の話ですから」
「そうですね……生意気言って、すみません」
「いいのですよ。冷めないうちにスープを召し上がれ。本日の料理担当は、管野シスターです」
 昨日も今日も、味はほとんど変わらない。身体に良さそうな味付けであり、悠は醤油と米が恋しくなった。

 昨日よりも食が進まず、悠は三分の一ほど残してしまった。パソコンを弄る悠の前に、ルカは袋ごと差し出した。
「何か収穫はあったようですね」
 中身はホットドッグとジンジャーエールだ。ルカもさっそく袋を開け、パンにかぶりついた。ソーセージの皮の破ける食感が食欲を増加させ、マスタードやケチャップが良く利いている。
「食べ盛りのあなたでは辛かったでしょう」
「ご飯が食べたくなります。生卵を醤油で味付けして、ご飯とぐちゃぐちゃに混ぜてから一気にかき込みたいです」
「最大の贅沢ですね」
「ルカさんは今日何してたんですか?」
「町に買い物と、森へ」
「森。幼稚園近くの?」
「ええ、声が聞こえたので。いろいろ分かったことがあります」
「知りたいです」
 外でバサバサと鳥が音を立てた。夜になると野生動物たちは騒ぎ始め、より奇々怪々な雰囲気を醸し出した。
「失踪した佐伯神父の声が、山から聞こえました。助けを求める声です」
 ある程度予想していた内容だったため、悠は驚きの声を上げなかった。代わりに、幼稚園で聞いた細かな内容を説明し、園児が描いた幽霊の画像を送る。
「大きな何かを持つ、黒い人が山で何かをしていたと、僕は解釈しました」
「そのとき、教諭は?」
「困惑していました。先生は何も見ていないようです。あくまで子供たちの意見です。それと、あきら君という男の子が幽霊を怖がって休んでいるみたいです。お母さんの話だと明日以降行くと言っているらしいですが」
「明日も聞き込みですね」
「分かりました。でもどうします?管野シスターの話だと、マスコミに荒らされて足跡すら取れず迷宮入りしそうなんですが」
 時刻は二十一時を回った。悠は机に置いたスマホを見ると、二十一時一分に届きそうなところで施錠の音が聞こえた。
「今日はちょっと遅かったですね」
「時間のずれがあったのですか?」
「一分…いえ、二十一時五十八秒くらいで施錠されました」
「それはほぼ一分のずれですね」
「まあでも後は寝るしかないんで、明日に備えましょう」
 ルカは人差し指を唇に置き、何度か叩いた。何かを考えている様子だったが、今は考えても埒が明かないと就寝の準備に入った。

 悠が起床したのは六時を過ぎた頃だった。二十一時三十分頃に布団に入り、そのまま目覚めることなく眠りこけていたようだ。冷気に震え、布団をもう一度被るが、悠はふと鍵について頭がよぎった。目覚めるほど大きな鍵の音なのだが、今日は起きなかった。疲労せいにもできたが、よぎる違和感はじわじわと鼓動を大きくしていく。
 ルカは相変わらず布団を大きく被り、眠っている。心配になった悠は布団を剥ぎ、ルカの側まで寄った。山は静かに脈動している。すっきりと目覚めた頭で、暖房を付けた。今付ければルカが起きたとき、暖かいだろう。
 シャワーを終えて室内に戻ると、ルカはもぞもぞと動いている。低血圧なのか、ルカはとにかく寝起きが悪い。悠とは正反対だった。
「ルカさん」
 一度呼ぶと、ルカは山から顔を出した。外はバタバタと足音が聞こえる。
「早起きですね……」
「先にシャワーお借りしました。次はルカさんの番です。早く準備をして、カフェにご飯でも食べにいきましょう」
「そうですね……」
 ルカをシャワールームに押しやり、相変わらず足音が聞こえる廊下へ出た。牧田神父が、茅本シスターとフロアで話をしていた。悠に気づき、一瞬緊張感のある顔をしたがすぐに笑顔に戻った。牢獄の鍵はすでに開けられている。
「おはようございます。早起きですね」
「おはようございます。何かあったんですか?」
「ええ……あの、ミサの時間なんですが、管野シスターがいないのです」
「部屋はどうなんですか?」
「部屋にもいなくて、それでどうしたらいいか分からなくて」
「今日の鍵当番は誰なんですか?」
「今日は私です。五時には解錠しました」
「ちょっとルカさんに話してみますね」
 部屋に戻ると、ルカは髪の毛をセットしている最中だった。
「ルカさん、管野シスターがいなくなってしまったみたいです。ミサに出席予定みたいで、どうしようと皆さん話しています」
「事情は把握しました。代わりの方が出席するしかないと思います。牧田神父たちにそうお伝え下さい。ミサの最中、我々が彼女を探します」
 悠はもう一度部屋を出ると、ルカの提案を伝えた。有り難いと一礼し、彼らは宿舎を早々と出ていった。
 ルカは着替えを済ませ、すでに準備を終えている。
「一度、彼女の部屋に行きましょう」
「シスターたちの宿舎に?」
「ええ。何かしら痕跡が見つかるかもしれません」
「ルカさんは、失踪を前提で考えてますか?」
「いえ、失踪ではなく、もっと最悪の事態を想定しています。ブラウン神父についてきて頂きましょう」
 部屋を訪ねると、ミサの担当ではないらしく、部屋で本を読み寛いでいた。
「どうかしましたか?」
 理解していない彼に、ルカは掻い摘まんで話をする。酷く驚いた様子で、口に手を当てた。
「そういうわけですので、ブラウン神父に彼女たちの宿舎へついてきて頂きたいのです」
「彼女が事件に巻き込まれたと決め付けているのですか?」
「それを確かめたいのです」
「……分かりました。宿舎には安野シスターがいます。ご案内しましょう」
 場所を変えながら、ブラウン神父は安野シスターについて説明をした。耳が遠く、今はミサには出席せず畑仕事と料理を担当している。
「こちらは男性禁止なのです。ですが事情が事情です」
「心します」
 扉を開けると、腰の曲がったシスターはフロアの掃き掃除をしていた。造りはルカたちの泊まる宿舎とほぼ変わらない。だが、牢獄のような檻はなかった。
「安野シスターですね?僕は、景森悠かげもりはるかといいます」
「すまんねえ、耳、遠くて」
「僕は、はるか、です」
 悠が時間稼ぎをしている間に、ルカは神経を研ぎ澄ました。それも数秒のことで、安野シスターに中に入りたいと申し出る。快く承諾してくれた彼女に感謝し、三人は管野シスターの部屋の前まで来ると、ルカは悠に白い手袋を渡した。
「ブラウン神父は私たちの動向を見張っていて下さい」
「わ、分かりました」
 数回扉を叩くが、反応はない。ドアノブに手を回すが、ルカは動きが止まった。十秒ほどその体勢のままてまいると、ブラウン神父は訝しみながらふたりを見る。
「開けます」
 部屋の中は誰もいない。だが部屋は違和感だらけだった。荒らされたベッド、干しっぱなしのタオル、枕は床に転がっている。
「彼女のことは知りませんが、ずぼらな性格には見えません」
「菜園で使う道具も彼女はしっかり片付けていました」
 落ちた枕、布団にはカバーが掛けられていない。床は雑に拭いた後が残されていた。部屋の温度は少しも暖められていない。
「あの……まだですか」
「すみません、もう少し」
 もう一度ルカは目を瞑り辺りを見回した。
「悠、菜園に行きましょう」
「把握です」
 教会から距離も離れておらず、誰でも中に入ることはできた。悠は目を凝らして菜園を見る。黒い靄がかかり、息苦しさを感じた。
 烏の鳴き声が次第に大きくなっていく。ビニールハウスの上には、四羽ほどの烏が何かを訴えていた。
「ブラウン神父、ここでお待ち下さい」
「な、なんで、烏がこんなに」
「お待ち下さい」
 ルカは強めに二度言い、ビニールハウスの入り口を開いた。振動により、烏たちは大きく羽ばたくが再び定位置に止まる。
 隙間から覗いたブラウン神父がけたたましい声を上げた。ふたりはブラウン神父を振り向かない。心配する余裕すらない。
 目の前には、無造作な格好で横たわる寝間着姿の管野シスターがいた。
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