霊救師ルカ

不来方しい

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6-帰宅

035 エドワーディアン

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 アンティークショップ・SHIRAYUKIに続くエレベーターに乗り込むと、ワンピース姿の女の子がふと現れた。いつもと違う様子に、悠は店内で何かあったのかもしれないと察した。
 店内の様子は変わったところはない。だが奥の部屋で、喧騒ともとれる騒ぎが聞こえる。
「ルカさん?」
「悠……助けて下さい」
 げんなりした声のルカは、頭を抱えている。ルカの前には、個性的なファッションで身を包む女性らしき人物が座っていた。
「あらん?随分可愛らしい子供ね」
「成人してます」
「ってことは大学生?やだ、もしかしてこの子に会わせたくなかったから早く帰れって言ったの?ひどいわ!」
 野太い声のひどいわ、である。
 指には宝石、ハイヒール、ミニスカート、そしてぽってりとした唇には真っ赤なルージュが塗られている。
景森悠かげもりはるかと言います。SHIRAYUKIでアルバイトをしています」
「ま、ご丁寧に。私は新宿二丁目で働いているの。モモコって呼んでね」
「それで、武井信長たけいのぶなが様」
「モモコよ!」
 しれっと本名を言うルカは、表情が死んでいた。
「物探しとのことですが、一応ご用件を伺いましょう」
「一応って失礼ね。机の引き出しに入れておいた、ダイヤの指輪が無くなっていたのよ」
「盗まれた……とかですか?」
「でしょうね。毎日確認してたから。仕事から帰って、シャワー浴びて中を見たら無くなってたのよ」
「詳しい時間帯と日付を教えて下さい」
 ルカはメモ帳にすべてまとめていく。真剣そのものだ。
「他の物は盗まれていなかったんですか?」
「ええ。そもそも金目の物ってそんなに多く持ってないのよ。この赤い石もガーネットだし、そんなに高いものじゃないわ。部屋も荒らされた跡がないしね。こう見えて、几帳面で部屋の片付けはしっかりやるのよ」
 指輪についている石は明かりに照らされて輝きを増していた。
「無礼を承知でお聞きしたいことがございます」
「なんでもオーケーよ」
「この指輪の存在と、価値を知っていた人物に心当たりは?」
 ルカの問いに、モモコは口を噤む。心当たりがある、と言っているようなものだ。
「信じたくないのよ」
「察しはついていて、身動きが取れない状況下にある。ですから相談にいらっしゃった、といったところでございますね?訂正はございますか?」
「……ないわ、全く」
「ここでのことは他言しません。まずは、指輪の価値について知っていた人物をお教え下さい」
「私の息子よ」
 悠は息を飲み、モモコを見た。ルカは彼女から視線を逸らさない。
「私の部屋に簡単に入れる、指輪の在処、価値、すべて知っていたのは息子しかいないわ」
「左様でございますか。指輪の写真はお持ちですか?」
「やっぱり写真がないと探せないの?」
「はい」
 きっぱり言うルカに、モモコは視線をあちこちに巡らせた。やがて観念したのか、1枚の写真をルカに渡した。
「言われる前に言うわ。右が私、左が当時付き合っていた人よ」
 今の姿とは異なり、化粧もしておらずどこからどう見ても男性だ。髭も生やしている。
 モモコは手を翳し、指輪をカメラに向けている。左側の男性は、小さな赤子を抱えてはにかんでいた。
「私の子じゃないのよ。付き合っていた男性と、他の女性との間にできた子」
 深い事情があるようで、モモコは鼻を鳴らした。
「元彼の女が子供置いて出ていったのよ。理由は聞いてないわ。元彼は交通事故で死んで、私が引き取ったの。引き取るまでいろいろ大変だったわ」
「諸事情を把握致しました。私たちは指輪の在処を全力で探します。こちらにサインと、お金の振り込みが確認でき次第、我々は動きます」
「私たち?まさかこの子も霊救師って言うんじゃないわよね?」
「見習いで、アルバイトです」
「将来霊救師をやるとはまだ決めてなくて」
「そりゃそうよね。危険が付きまとう仕事だもの。ちゃんと選びなさい」
 武井信長と書かれたサインを確認し、ルカは封筒の中にしまった。
 嵐が去ったあと、写真を見ているとルカがこちらをじっと見つめているのに気づき、悠は手を下ろした。
「どうかしましたか?」
「いえ。人間は幸福が側にあるとそれが当たり前になり手放すことが難しくなるものだと、しみじみ感じておりました」
「指輪のことですか?確かにこんなにすごい指輪だと、手放せなくなりますよね」
「…………ですね」
 ルカは複雑な顔ではにかんだ。
「ルカさん、この指輪ってアンティークですか?」
「スィ、その通り。エドワーディアンといい、エドワード7世の時代と、1890年から1920年頃までに作られたイギリスのジュエリーを指す言葉です」
「大きなダイヤモンドですね……」
 螺旋状のプラチナの台に、ダイヤモンドが埋め込まれ、真ん中に一番大きな石が固定されている。モモコの手を華やかに照らしていた。
「本物を見ていないのではっきりとは申し上げられませんが、写真から推測すると1910年頃のものですね。値段は申し上げるべきですか?」
「聞きます」
「およそ80万ほどです」
「うわあ」
 ルカのスマホに一通のメールが入った。相手は先ほど別れたモモコからだ。
──お金、振り込んだわ。あとはよろしく。
 ふたりは店のドアプレートをclosedに変え、飲み終わったグラスの片付けを始めた。

 池袋から電車で数十分ほどで渋谷に到着した。人の雪崩に巻き込まれそうになる悠を、ルカは腕を引っ張り引き寄せた。
 駅の片隅でもう一度写真を見つめるルカは真剣そのもので、回りの視線など気にも留めていない。
「渋谷で間違いなさそうですね」
「霊救師の仕事に関わらせて頂いて、物探しって初めてです」
「そういえばそうでしたね。コツをお教えしましょう。基本は人捜しと変わりません。物に込められた想いを感じ取るのです。持ち主の思い入れ、作り手の愛情などを一つ一つ読み取っていけば、自ずと答えは見えてきます」
「人捜しより、ある意味難しそうですね」
「物探しの場合は、簡単に訓練出来ますよ。例えば、私の大切にしている物を隠します。悠は写真を読み取りながら、探し当てる。子供がするゲームの延長線みたいなものです」
「そう考えると楽しそうですね。友達とそういうゲームやったことないけど」
「奇遇ですね、私もです。さて、参りましょうか」
 女子大生二人組がルカを見ては、頬を染めている。ルカは気づいているが敢えて遮るように、悠の腕を取った。
 時折写真を見つめ、道を進み、それの繰り返しだった。ルカの足が止まり目の前の建物を見ると、古めかしいビルが建っていた。カビが生え、年期が入っているともいえる。
 一階のドアを開けると、体型にも年期が入った男が新聞を読んでた。ルカを二度見し、上から下までまじまじと見ると満面の笑みで微笑んだ。金になると思ったのだろう。
「いらっしゃいませ。どうぞごゆっくりとご覧下さい」
「こちらに指輪は置いていますか?」
「指輪、ですか」
 男は斜め後ろにいる悠の存在を見ては、もう一度ルカを凝視する。すると手をごますりのように動かしながら、
「も、もちろんでございますよ。こちらでございます」
「うん?」
「悠、おいで」
「ねえ、ルカさん」
「来なさい」
「はい」
 有無を言わせない強い言い方だが、ルカの機嫌は悪くない。なんとなく誤解されていると察したが、訂正するのも面倒なので悠は黙って後ろをついていった。
 SHIRAYUKIにもジュエリーは置いているが、この質屋はアンティークに留まらず有名なブランド品も数多くある。すべて本物だと説明を受けた。
 悠はケースにしまわれている指輪に目を奪われた。思わず声が出てしまうと、
「素晴らしい商品でしょう。こんな大きなダイヤは私も滅多にお目にかかれません」
「そうですね……」
 ルカに視線を送ると、とっくに気づいていた。写真に写っているモモコがしていた指輪だ。他の指輪よりも一際目立っている。唇に指を添え、ルカはすでにいつものポーズだ。
「あの、質問があるんですが」
「はい、どうぞ」
「こちらの指輪ですが、150万というのは」
「最近のものじゃないんですよ。大昔に作られたもので、しかも傷のないダイヤモンド。これだけの価値はあります」
 ルカの説明では80万だと言っていた。値段がおよそ倍に跳ね上がっている。ルカは自分の店で販売するときの値段を言ったのかもしれないが、それにしても150万円は高過ぎだ。
「本当にこんなにするんですか?」
 ごまをすっていたときとは打って変わり、男は不機嫌をあらわにした。
「お客さん、骨董品の価値がまるで分かっちゃいないね」
「すみません、そんなに高いようには見えなくて」
「フン。大昔にイギリスで作られた指輪だよ。本当はもっと高いんだが、これでも安く売ってんだ」
 エドワーディアンの指輪だと理解しているようだが、あまりにも破格だ。
「お伺いしてもよろしいですか?」
「なんなりと」
「この指輪なのですが、どなたが売ったものでしょうか?」
「さ、さあ……結構前のことなので、忘れてしまいましたよ」
 男の視線が宙を舞い、ルカは見逃さない。
「しかし150万円とは驚きですね」
「それくらいの価値はありますよ」
「いくらで買い取ったものなのですか?」
「それは企業秘密ですな。基本的に買い取りの値段は言えませんので」
「では、質問を変えます」
 ルカは靴音を鳴らし、ポーカーフェイスのまま美しい顔を彼に向けた。
「こちらの商品は、盗品である可能性はご存知ですか?」
「と、盗品、だって?」
 声のトーンが明らかに上がった。
「アンタ、なんてことを言うんだい」
「違うと否定できますか?」
「これ以上営業妨害をするようなら警察を呼ぶぞ」
「そうして頂けるとこちらとしても助かるのですが」
 男はたじろぎ、一歩後ろへ下がる。
「あくまで私の勘ですが。この指輪を売ったのは子供であり、あなたは言いくるめて有り得ないほど安く買い取った。そして150万円という高額は値段をつけ、一儲けを企んでいる」
「侮辱する気か!」
「価値の分からない子供を騙したのは頂けない。すぐに警察に通報しましょう」
 悠は鞄からスマホを取り出すと、男はしどろもどろになり首を振った。
「ちょっと待ってくれ!」
「おや?いかが致しました?」
「分かった!欲しいんだろ!安く譲る!」
「欲しい、のではございません」
 長い睫毛を揺らし、ルカは目を細め少しだけ笑みを見せた。一瞬の隙も逃さず、悪事を見逃さない彼を悠は怖いくらいに感動していた。



「アポイントメントが取れました。行きましょう」
 発音の良いアポイントメントだ。電話で話していたのは武井信長もとい、モモコである。渋谷から新宿に移動し、次に向かう先はモモコの仕事先だ。家に向かうわけにはいかないため、仕事先での待ち合わせとなった。
「最近は地下に行くことが多いですね」
「あの店もそうでしたね」
 ドアを開けると、香水とアルコールの混じった匂いか鼻腔を擽る。カウンター席は10席ほどあり、棚にはウィスキーやリキュールが並べられている。
「あら、良い男ね」
「お邪魔致します」
「タイプだけどまだ店は開いてないのよ」
「こちらに武井信長様と待ち合わせをしております。取り次ぎをお願いしてもよろしいでしょうか」
 大柄の男性は目をぱちくりさせ、盛大に笑い始めた。
「モモコのことね。ちょっと待ってて」
 しばらく入り口で待っていると、まだドレスアップをしていないモモコがやってきた。
「お待たせ。外暑かったでしょう。アイスコーヒーでも飲んでいってよ」
「助かります。悠、こちらに」
「あらやだ、この子可愛いわ」
「ひっ」
 首から胸元にかけて腕を回された。音太い可愛いに身動きが取れない。
「年いくつ?お姉さんが可愛がってあげよっか?」
「遠慮します」
 遠慮します、はルカの声だ。手をはねのけ、不機嫌を垂れ流し状態のまま隣に座らせた。
「嫉妬深いお兄さんね」
「いつもよ。この前会ったときもこの子に会わせたくなくて早く帰れって言ってきたのよ」
「なんとでも仰って下さい」
「認めたわね」
「仕事の件でお邪魔致しました」
 ルカはリングケースごとモモコの前に差し出すと、はっとしたようにルカを見る。
「……なんてこと」
「中をお開け下さい」
 写真と同じ、モモコの指輪が入っていた。持ち主の手元に戻り、輝きを増したようにも見える。
「間違いありませんね?」
「どんな手を使ったのよ…全く」
「頂いた依頼額分、働いただけです。ついでにご報告がございます。こちらの品は新宿のとある質屋に売られておりました。店長様に確認したところ、眼鏡をかけた気弱な青年が売りにきたと、教えて頂きました」
 教えて頂いたわけではないのだが、悠は話を折らずに心の中に留めておいた。
「そう」
「それでは、私たちはこれで失礼致します」
「待って。もう一つ、仕事を頼まれてくれない?」
 モモコは写真をもう1枚出し、ルカに渡した。
「私の息子よ。大きくなったでしょう?」
 眼鏡をかけ、背中を丸めた少年が写っていた。入学式なのか、まだ皺のない制服に身を包んでいる。
「親の目線だけど、人のものを盗んだりするような子じゃないのよ」
「私は親になった経験はございませんが、理解できることはございます。いくら血の繋がりがあろうとも、お互いの心を100パーセント汲み取るなど無理に等しい。親の心子知らずという便利な日本語がございますね。逆も然りです」
「何かの受け売り?」
「経験談です」
「最初はお小遣いが足りないんだと思っていたんだけど、あの子はそんなに物に執着する子でもないのよ。図書館で本を借りて読むくらいしか趣味がないし」
「趣味がない、というのはあくまで母親視点ですね」
「そうね……ただ、どうして大事な指輪を盗んでまでお金が欲しかったのか知りたいのよ。こんなこと、他人に頼むなんて親失格ね」
「まさか子供の胸中をすべて察せられるとお思いですか?実に理解し難い」
 ルカはアイスコーヒーを飲み終わると立ち上がった。
「写真はお借りします」
「ありがとう。あなたは良い男ね、好きよ。私のことは眼中にないようだけど」
「アイスコーヒーご馳走様でした」
 ここを出れば熱風が身体を纏うだろう。悠は夏生まれだが、夏の暑さはいつになっても慣れてはくれない。
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