29 / 99
5-ルカの過去
030 Noah Floridia
しおりを挟む
電車の窓から見える風景は、緊張を解きほぐしてくれるほど穏やかになれるものだった。電車と競うように飛ぶ鳥も、雲一つない青空も、ひどく美しかった。
マメで几帳面な性格のルカにしては雑に破いたメモ用紙だ。殴り書きで書かれた住所は、かろうじて読めるほど切羽詰まった字だった。それだけで、ルカのいる現状が読み取れた。
電車を降りてバスに乗りおよそ1時間、小さな村にやってきた。英語とジェスチャーを交えて道を聞き、示した場所はみな同じだった。のどかな風景とはまさにこのことで、車通りもほとんどなく、ゆったりとした動きで1日を過ごしている。
『すみません、英語は話せますか?』
『オーケー』
『この住所を探しているんですが……』
メモ用紙を見せようと腕を差し伸べたとき、ぐいっと腕に圧力がかかる。悠は咄嗟に離れようとするが、男は品定めするようにじろじろと見た。
『男の子だったの?ママは?』
『大学生です』
『嘘はいけないよ』
『嘘じゃありません』
『パスポートは?持ってる?』
『もういいです、他の人に聞きます』
『そんなこと言わないでよ。ちょっと家に入っていかない?』
帽子を被っていたせいか女性と間違えられたようで、それでもしつこく食い下がってくる。相手の方が身長も体格も良く、悠がいくら腕を振っても離そうとしなかった。
『何やってる?』
背後から誰かに呼びかけられた。悠が後ろを向くより先に、大柄の男は手を離した。悠もすぐに距離を取る。
『そこで、何をしている?』
悠に対してではない、男に対してだ。男はたじろぎ、何でもないとジェスチャーをする。
『……来い』
『あの』
『いいから、ついて来い』
ルカのような美しい金髪で、肩くらいまで伸ばした髪を上で雑にまとめている。少々焼けた肌は彼の生活感を垣間見れた。悠は慌てて小さくなる彼の背中を追う。
お互いに無言のまま歩き進めると、看板の立つ森の前までやってきた。看板はイタリア語で書かれていて、悠には読めない。男は立ち止まるとようやく振り返り、無造作に悠を見入る。
『助けてくれてありがとうございました』
『お前東洋人か?何しにこんな田舎まできた?』
『この住所を訪ねてきたんですが…ご存知ですか?』
メモ用紙を見せると、思わぬ反応を示した。メモと悠を交互に見て、眉をひそめる。
『これをどこで手に入れた?』
『話せば長くなります…何から説明したらいいのか』
『ここの住所の主を知っているのか?』
『全く。とある知り合いから、ここへ訪ねてとメモを渡されたんです』
男は食い入るように悠を見た。やがて、
『なら来い』
『知ってるんですか?』
『俺の家だ』
コポコポと液体が注がれ、テーブルの上にグラスがふたつ並べられる。歩きっぱなしでろくに水も飲んでいない悠の喉は渇きを訴えていた。
『炭酸水にペパーミントを混ぜたものだ。飲めるか?』
『初めてです。わざわざありがとうございます』
『お前、もしかしなくても日本人か?』
『はい』
「だろうな。日本語でいい。俺も話すのは久しぶりだ」
男は無造作に足を組み、お茶請けにと出したスコーンを口に入れた。昼食も何も食べておらず、盛大にお腹を鳴らす。
恥ずかしそうに腹を押さえる悠に、顎で食えと合図を出した。
「とりあえず、お前何者だ?」
「僕は景森悠といいます。ハルカ・カゲモリ」
「俺はノアだ。ノア・フロリーディア」
「フロリーディア?」
ガタ、と思わず椅子を鳴らした。偽名ではあるが、ルカと同じ名字だ。驚きを隠さない悠に、ノアはふんと鼻で笑う。
「あいつもそう名乗ってんだろ?ルカ・チェスティ・ド・キュスティーヌ」
「そうです!僕、あのメモを」
「落ち着けよ。とりあえずハーブティー飲め」
喉を鳴らし、息つく暇もなく平らげるとノアはさらにグラスに注いだ。
「美味いだろ?」
「すごく美味しいです。お昼から何も食べてなかったので」
「夕食は肉をご馳走してやる。スコーンもほどほどにしておけよ」
「ありがとうございます」
「それで、ルカの話だな。何から話すかな……やっぱりお前から話してくれ。どこでルカと知り合った?」
悠は順を追って、ルカとの出会いを話した。遺産を身内に狙われそうになって助けてもらったこと、バイトとして雇ってもらっていること、突然ルカが姿を消し、追いかけてここまでやってきたこと。そしてロケットペンダントを渡されたこと。
長い話しではあったが、ノアは真剣に、時折頷きながら聞いた。しかしペンダントと追いかけてきた話には頭を抱え、眉間に皺が寄っている。
「なんつー……お前、無謀だって言われるだろ?」
「そうですかね…まだ会えてないですが、ルカさんにも怒られるかもしれません」
「闇雲に行ったって会えねーよ。時が来るまで待ちな。ルカについてはどこまで知ってる?」
「甘いものが好きとか、アンティークが好きとか、寝起きがあんまり良くないとか」
「寝起き?そんなことまで知ってんのか。けど肝心なことは知らねえって顔だ」
「ペンダントの意味は重要みたいですが、知りません。あとフランスのホテルに泊まったんですけど、ルカさんの映像が流れてました」
「そりゃ流れるわな。行方不明の王子様が見つかったんだから大騒ぎだ」
「………え?」
「王子だよ。日本語違うか?」
「違わない…ですが。王子?ルカさんが?」
「どうみても王子って面だろ」
「まあ……確かに」
驚きよりも納得が先だった。優雅な手つきやピンと伸びた姿勢、汚れのない高いスーツを着こなし、嫌みなく微笑む姿。それに美しい顔立ちは、確かに王子と言われても納得しかない。
「正式にはまだ王子じゃないが、候補だからな」
「ルカさんに聞こうと思ってたんですが……」
「どのみち俺が話さないといけねえ。そのメモはルカが書いたものだ。急いで書いたんだろうがよく知ってる。俺の住所を書いた意味は、お前を俺に託したってことだからな」
幼い頃からルカはフランスは住み心地が良くなかったようで、イタリア人である母の元へよく来ていた。母の後ろをついて歩き、あまり笑顔を見せない子供だった。
そこで出会ったのが、ノア・フロリーディアだった。
「正確には、俺じゃなく弟だ。名前はユーリ・フロリーディア」
ルカが10歳、ユーリが13歳のときに出会った。霊感が極度にあり友達の出来なかったルカは、霊や不思議なものが見えるユーリと打ち解け、まるで兄弟のように仲良くなった。
日本という小さな島国に興味を持っていたユーリは懸命に言葉を勉強し、日本語を知る。ルカにも遊びの延長上で教えていた。物覚えの早かったルカはどんどん覚えていった。それも回りが驚くほどに。
「ユーリも霊が見えて、友達がいなかったんだよ。ルカと一緒だ。俺は霊感がないから蚊帳の外だった。霊が見えるのは苦しみも味わうが、羨ましくて仕方なかった。とにかく、ユーリとルカは特別だった」
「………………」
ルカが15歳、ユーリが18歳の頃に事件は起きた。ノアは仕事で出かけていて、異変にすら気づかなかった。
「俺が見たときはすでに白い布を被せられていたユーリだった。あいつはズタズタに身体を傷つけられて殺されたんだよ。しかも第一発見者はルカだ」
「殺された……?ユーリさんが?」
「仕事から帰って家に来てみたら、警察が俺の家を囲んでるんだ。ルカは一人で泣いていた。事情を聞いて、……俺も子供だったんだろうな。いつも仲良かった二人が羨ましくて、嫉妬して、憎くも思ってた。とんでもないことを口走ってしまったんだ」
「なんて仰ったんですか?」
「お前がユーリを殺したんだ」
悠は息を飲んだ。
「ルカはこう言っていた。遊びに来たらユーリが血だらけで倒れていた。まだ息はあって、すぐに救急車を呼んだと。息絶える直前、ユーリは日本……だったかな?曖昧だが掠れた声でそう言ったらしい」
「犯人が、という意味でしょうか?」
「さあな。話した人間は死んでるから分からん。しばらく経って墓参りに来るあいつにも俺は罵声を浴び続けた。二度と来るな、人殺しと。たった一人の兄弟が殺されて、気がおかしくなってた。言い訳にしかならないが」
「ルカさんはなんて?」
「何も言わない。でもあるとき気づいたんだ。こいつはむしろ俺に罵声を浴びせられるのを望んで、わざと来てるんじゃないか。そうやって俺の気を楽にしようとしてるってな」
「ルカさんならあり得る話です」
「墓参りに来るルカは、あるときやっと口を開いた。必ず犯人は私が見つけます。この言葉があいつとの最後の会話だ。ルカはそれから日本語専攻のあるイタリアの大学に入学して、卒業と共に行方不明になった」
「ルカさんが日本にやってきた理由って……もしかして」
「それはあいつに聞いてくれ。俺は会えない」
「あなたは後悔してるんですね。じゃなきゃ、メモを見せたとたん、知らないふりを決め込めば良かったのに、あなたはこうして招待してくれた」
「……あんたに聞きたいことがある。お前も霊が見えるんだよな?」
「どうしてそう思ったんです?」
「俺と会って、さっき一瞬俺の背後を気にしただろ。敏感なんだよ。ユーリもルカも同じことをしていたから。もし見えるのなら、誰がいるのか教えてほしい」
悠は椅子を傾け、彼の背後にいるものと視線を合わせた。悲しそうな声で囁いている。悠には聞き取れた。
「どうか、前を向いて進んで。金髪の、髪を結っている女性です。目元がとても優しくて、儚げ。僕にも分かるように、英語で話してくれました」
「懐かしいな…俺の母親だ」
「ユーリさんではないですね。彼はもう、ここにはいない。不可視世界へ行った人は、残念ながら聞き取れません」
「父親と母親は事故で死んでるんだ。それから叔母に世話になりながらずっと兄弟で育ってきた。懐かしいな…母親か」
「ルカさんは霊救師として、百発百中人を見つけられると僕に言いました。でもできないこともあるんです。それは、身内と認識している人の声が聞こえないんです。声を聞けない代わりに、霊魂を辿ります。見つけられますが、真相は闇に葬られることもあるんです。だからルカさんには、ユーリさんの声は聞こえない。僕も、大好きだった祖母の声は聞こえません。きっとルカさんは、地道に探そうとするはずです。僕はそれを、横で支えたい」
「それはあいつに言ってやんな。わざわざ島国を越えてここまでやってきたんだ。きっと届くさ。なんてったって、そのペンダントを譲り受けたのが証拠だ」
「このペンダントは、どういう意味なんですか?」
「ルカのことを喋りすぎた。あいつに怒られちまうかもな。ペンダントの意味は、あいつに聞け」
意地悪そうに笑い、飯にするかと席を立った。
ノアは森で鹿や野ウサギなどを捕まえ、肉として食べていると話した。この辺りの村は狩猟が一般的で、街に出て販売したり、ハーブや野菜なども作っている。
「野ウサギはシンプルに塩を振って、パンに挟んで食べるんだ」
「ジューシーで美味しいです。ハーブのサラダもさっぱりしてて好きです」
パンにもハーブや野菜を挟み、肉の旨みが溶け合っている。悠は田舎にいた頃を思い出した。祖母の作る野菜が好きだった悠は、よく畑の手入れも手伝ったりしていた。
「そういやルカの師匠さんも来てるんだろ?連絡しなくていいのか?」
「さっき連絡しました。ニュース見てるみたいですが、相変わらずルカさんの映像が流れてるみたいです。ただ総次郎さんもフランス語がよく分からないみたいで」
「俺もさっきフランスのニュース見てたんだけどよ、あいつ、結婚相手募集するらしい」
「結婚相手?」
悠は驚愕し、大きな声を上げた。
「可哀想になあ…わざわざ海越えてやってきた子がいるってのに、その子を捨ててお見合いなんてよお……」
「へえ、そうなんですか。へえ」
ハーブのジュースが美味しいと、脳が現実逃避を囁いてくる。
「しかも誰でも募集できるらしい。年齢国籍血筋問わずだってよ」
「ノアさん…何が言いたいんですか」
「フランスって、同性婚できるらしい」
「へ、へえ」
「悠」
ポン、と肩を置き、ノアは目を細めた。
マメで几帳面な性格のルカにしては雑に破いたメモ用紙だ。殴り書きで書かれた住所は、かろうじて読めるほど切羽詰まった字だった。それだけで、ルカのいる現状が読み取れた。
電車を降りてバスに乗りおよそ1時間、小さな村にやってきた。英語とジェスチャーを交えて道を聞き、示した場所はみな同じだった。のどかな風景とはまさにこのことで、車通りもほとんどなく、ゆったりとした動きで1日を過ごしている。
『すみません、英語は話せますか?』
『オーケー』
『この住所を探しているんですが……』
メモ用紙を見せようと腕を差し伸べたとき、ぐいっと腕に圧力がかかる。悠は咄嗟に離れようとするが、男は品定めするようにじろじろと見た。
『男の子だったの?ママは?』
『大学生です』
『嘘はいけないよ』
『嘘じゃありません』
『パスポートは?持ってる?』
『もういいです、他の人に聞きます』
『そんなこと言わないでよ。ちょっと家に入っていかない?』
帽子を被っていたせいか女性と間違えられたようで、それでもしつこく食い下がってくる。相手の方が身長も体格も良く、悠がいくら腕を振っても離そうとしなかった。
『何やってる?』
背後から誰かに呼びかけられた。悠が後ろを向くより先に、大柄の男は手を離した。悠もすぐに距離を取る。
『そこで、何をしている?』
悠に対してではない、男に対してだ。男はたじろぎ、何でもないとジェスチャーをする。
『……来い』
『あの』
『いいから、ついて来い』
ルカのような美しい金髪で、肩くらいまで伸ばした髪を上で雑にまとめている。少々焼けた肌は彼の生活感を垣間見れた。悠は慌てて小さくなる彼の背中を追う。
お互いに無言のまま歩き進めると、看板の立つ森の前までやってきた。看板はイタリア語で書かれていて、悠には読めない。男は立ち止まるとようやく振り返り、無造作に悠を見入る。
『助けてくれてありがとうございました』
『お前東洋人か?何しにこんな田舎まできた?』
『この住所を訪ねてきたんですが…ご存知ですか?』
メモ用紙を見せると、思わぬ反応を示した。メモと悠を交互に見て、眉をひそめる。
『これをどこで手に入れた?』
『話せば長くなります…何から説明したらいいのか』
『ここの住所の主を知っているのか?』
『全く。とある知り合いから、ここへ訪ねてとメモを渡されたんです』
男は食い入るように悠を見た。やがて、
『なら来い』
『知ってるんですか?』
『俺の家だ』
コポコポと液体が注がれ、テーブルの上にグラスがふたつ並べられる。歩きっぱなしでろくに水も飲んでいない悠の喉は渇きを訴えていた。
『炭酸水にペパーミントを混ぜたものだ。飲めるか?』
『初めてです。わざわざありがとうございます』
『お前、もしかしなくても日本人か?』
『はい』
「だろうな。日本語でいい。俺も話すのは久しぶりだ」
男は無造作に足を組み、お茶請けにと出したスコーンを口に入れた。昼食も何も食べておらず、盛大にお腹を鳴らす。
恥ずかしそうに腹を押さえる悠に、顎で食えと合図を出した。
「とりあえず、お前何者だ?」
「僕は景森悠といいます。ハルカ・カゲモリ」
「俺はノアだ。ノア・フロリーディア」
「フロリーディア?」
ガタ、と思わず椅子を鳴らした。偽名ではあるが、ルカと同じ名字だ。驚きを隠さない悠に、ノアはふんと鼻で笑う。
「あいつもそう名乗ってんだろ?ルカ・チェスティ・ド・キュスティーヌ」
「そうです!僕、あのメモを」
「落ち着けよ。とりあえずハーブティー飲め」
喉を鳴らし、息つく暇もなく平らげるとノアはさらにグラスに注いだ。
「美味いだろ?」
「すごく美味しいです。お昼から何も食べてなかったので」
「夕食は肉をご馳走してやる。スコーンもほどほどにしておけよ」
「ありがとうございます」
「それで、ルカの話だな。何から話すかな……やっぱりお前から話してくれ。どこでルカと知り合った?」
悠は順を追って、ルカとの出会いを話した。遺産を身内に狙われそうになって助けてもらったこと、バイトとして雇ってもらっていること、突然ルカが姿を消し、追いかけてここまでやってきたこと。そしてロケットペンダントを渡されたこと。
長い話しではあったが、ノアは真剣に、時折頷きながら聞いた。しかしペンダントと追いかけてきた話には頭を抱え、眉間に皺が寄っている。
「なんつー……お前、無謀だって言われるだろ?」
「そうですかね…まだ会えてないですが、ルカさんにも怒られるかもしれません」
「闇雲に行ったって会えねーよ。時が来るまで待ちな。ルカについてはどこまで知ってる?」
「甘いものが好きとか、アンティークが好きとか、寝起きがあんまり良くないとか」
「寝起き?そんなことまで知ってんのか。けど肝心なことは知らねえって顔だ」
「ペンダントの意味は重要みたいですが、知りません。あとフランスのホテルに泊まったんですけど、ルカさんの映像が流れてました」
「そりゃ流れるわな。行方不明の王子様が見つかったんだから大騒ぎだ」
「………え?」
「王子だよ。日本語違うか?」
「違わない…ですが。王子?ルカさんが?」
「どうみても王子って面だろ」
「まあ……確かに」
驚きよりも納得が先だった。優雅な手つきやピンと伸びた姿勢、汚れのない高いスーツを着こなし、嫌みなく微笑む姿。それに美しい顔立ちは、確かに王子と言われても納得しかない。
「正式にはまだ王子じゃないが、候補だからな」
「ルカさんに聞こうと思ってたんですが……」
「どのみち俺が話さないといけねえ。そのメモはルカが書いたものだ。急いで書いたんだろうがよく知ってる。俺の住所を書いた意味は、お前を俺に託したってことだからな」
幼い頃からルカはフランスは住み心地が良くなかったようで、イタリア人である母の元へよく来ていた。母の後ろをついて歩き、あまり笑顔を見せない子供だった。
そこで出会ったのが、ノア・フロリーディアだった。
「正確には、俺じゃなく弟だ。名前はユーリ・フロリーディア」
ルカが10歳、ユーリが13歳のときに出会った。霊感が極度にあり友達の出来なかったルカは、霊や不思議なものが見えるユーリと打ち解け、まるで兄弟のように仲良くなった。
日本という小さな島国に興味を持っていたユーリは懸命に言葉を勉強し、日本語を知る。ルカにも遊びの延長上で教えていた。物覚えの早かったルカはどんどん覚えていった。それも回りが驚くほどに。
「ユーリも霊が見えて、友達がいなかったんだよ。ルカと一緒だ。俺は霊感がないから蚊帳の外だった。霊が見えるのは苦しみも味わうが、羨ましくて仕方なかった。とにかく、ユーリとルカは特別だった」
「………………」
ルカが15歳、ユーリが18歳の頃に事件は起きた。ノアは仕事で出かけていて、異変にすら気づかなかった。
「俺が見たときはすでに白い布を被せられていたユーリだった。あいつはズタズタに身体を傷つけられて殺されたんだよ。しかも第一発見者はルカだ」
「殺された……?ユーリさんが?」
「仕事から帰って家に来てみたら、警察が俺の家を囲んでるんだ。ルカは一人で泣いていた。事情を聞いて、……俺も子供だったんだろうな。いつも仲良かった二人が羨ましくて、嫉妬して、憎くも思ってた。とんでもないことを口走ってしまったんだ」
「なんて仰ったんですか?」
「お前がユーリを殺したんだ」
悠は息を飲んだ。
「ルカはこう言っていた。遊びに来たらユーリが血だらけで倒れていた。まだ息はあって、すぐに救急車を呼んだと。息絶える直前、ユーリは日本……だったかな?曖昧だが掠れた声でそう言ったらしい」
「犯人が、という意味でしょうか?」
「さあな。話した人間は死んでるから分からん。しばらく経って墓参りに来るあいつにも俺は罵声を浴び続けた。二度と来るな、人殺しと。たった一人の兄弟が殺されて、気がおかしくなってた。言い訳にしかならないが」
「ルカさんはなんて?」
「何も言わない。でもあるとき気づいたんだ。こいつはむしろ俺に罵声を浴びせられるのを望んで、わざと来てるんじゃないか。そうやって俺の気を楽にしようとしてるってな」
「ルカさんならあり得る話です」
「墓参りに来るルカは、あるときやっと口を開いた。必ず犯人は私が見つけます。この言葉があいつとの最後の会話だ。ルカはそれから日本語専攻のあるイタリアの大学に入学して、卒業と共に行方不明になった」
「ルカさんが日本にやってきた理由って……もしかして」
「それはあいつに聞いてくれ。俺は会えない」
「あなたは後悔してるんですね。じゃなきゃ、メモを見せたとたん、知らないふりを決め込めば良かったのに、あなたはこうして招待してくれた」
「……あんたに聞きたいことがある。お前も霊が見えるんだよな?」
「どうしてそう思ったんです?」
「俺と会って、さっき一瞬俺の背後を気にしただろ。敏感なんだよ。ユーリもルカも同じことをしていたから。もし見えるのなら、誰がいるのか教えてほしい」
悠は椅子を傾け、彼の背後にいるものと視線を合わせた。悲しそうな声で囁いている。悠には聞き取れた。
「どうか、前を向いて進んで。金髪の、髪を結っている女性です。目元がとても優しくて、儚げ。僕にも分かるように、英語で話してくれました」
「懐かしいな…俺の母親だ」
「ユーリさんではないですね。彼はもう、ここにはいない。不可視世界へ行った人は、残念ながら聞き取れません」
「父親と母親は事故で死んでるんだ。それから叔母に世話になりながらずっと兄弟で育ってきた。懐かしいな…母親か」
「ルカさんは霊救師として、百発百中人を見つけられると僕に言いました。でもできないこともあるんです。それは、身内と認識している人の声が聞こえないんです。声を聞けない代わりに、霊魂を辿ります。見つけられますが、真相は闇に葬られることもあるんです。だからルカさんには、ユーリさんの声は聞こえない。僕も、大好きだった祖母の声は聞こえません。きっとルカさんは、地道に探そうとするはずです。僕はそれを、横で支えたい」
「それはあいつに言ってやんな。わざわざ島国を越えてここまでやってきたんだ。きっと届くさ。なんてったって、そのペンダントを譲り受けたのが証拠だ」
「このペンダントは、どういう意味なんですか?」
「ルカのことを喋りすぎた。あいつに怒られちまうかもな。ペンダントの意味は、あいつに聞け」
意地悪そうに笑い、飯にするかと席を立った。
ノアは森で鹿や野ウサギなどを捕まえ、肉として食べていると話した。この辺りの村は狩猟が一般的で、街に出て販売したり、ハーブや野菜なども作っている。
「野ウサギはシンプルに塩を振って、パンに挟んで食べるんだ」
「ジューシーで美味しいです。ハーブのサラダもさっぱりしてて好きです」
パンにもハーブや野菜を挟み、肉の旨みが溶け合っている。悠は田舎にいた頃を思い出した。祖母の作る野菜が好きだった悠は、よく畑の手入れも手伝ったりしていた。
「そういやルカの師匠さんも来てるんだろ?連絡しなくていいのか?」
「さっき連絡しました。ニュース見てるみたいですが、相変わらずルカさんの映像が流れてるみたいです。ただ総次郎さんもフランス語がよく分からないみたいで」
「俺もさっきフランスのニュース見てたんだけどよ、あいつ、結婚相手募集するらしい」
「結婚相手?」
悠は驚愕し、大きな声を上げた。
「可哀想になあ…わざわざ海越えてやってきた子がいるってのに、その子を捨ててお見合いなんてよお……」
「へえ、そうなんですか。へえ」
ハーブのジュースが美味しいと、脳が現実逃避を囁いてくる。
「しかも誰でも募集できるらしい。年齢国籍血筋問わずだってよ」
「ノアさん…何が言いたいんですか」
「フランスって、同性婚できるらしい」
「へ、へえ」
「悠」
ポン、と肩を置き、ノアは目を細めた。
0
お気に入りに追加
18
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
黒龍の神嫁は溺愛から逃げられない
めがねあざらし
BL
「神嫁は……お前です」
村の神嫁選びで神託が告げたのは、美しい娘ではなく青年・長(なが)だった。
戸惑いながらも黒龍の神・橡(つるばみ)に嫁ぐことになった長は、神域で不思議な日々を過ごしていく。
穏やかな橡との生活に次第に心を許し始める長だったが、ある日を境に彼の姿が消えてしまう――。
夢の中で響く声と、失われた記憶が導く、神と人の恋の物語。
全力でおせっかいさせていただきます。―私はツンで美形な先輩の食事係―
入海月子
青春
佐伯優は高校1年生。カメラが趣味。ある日、高校の屋上で出会った超美形の先輩、久住遥斗にモデルになってもらうかわりに、彼の昼食を用意する約束をした。
遥斗はなぜか学校に住みついていて、衣食は女生徒からもらったものでまかなっていた。その報酬とは遥斗に抱いてもらえるというもの。
本当なの?遥斗が気になって仕方ない優は――。
優が薄幸の遥斗を笑顔にしようと頑張る話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる