霊救師ルカ

不来方しい

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5-ルカの過去

029 伝書鳩

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029 伝書鳩
 8月中、悠は全力で勉学に取り組み、レポートをすべて終わらせた。本来ならば9月は里帰りできるほど予定はない。だが悠の大仕事はこれからだ。
「やれやれ…あなたも苦行な道をあえて選ぶとは」
「苦しいとは思いません。だってフランスにはルカさんがいる」
 まとめるほどの荷物はない。数日分のお泊まりセットとパスポートだ。
「私からも質問します。ルカに会って、何をするつもりですか?」
「何を?」
「日本に連れ戻しますか?本来は彼はフランスの人間です。ルカがあなたに会いたくないと言う可能性も否定できません」
「……考えてませんでした」
「は?」
 頭を捻り熟思するが、思いつかなかった。
「ルカさんに会えたら……、ただ会えたら嬉しいです。ルカさんは友達です。会いに行くだけです。フランスにはルカさんの家族だっています。無理矢理連れ戻そうとは思わないです」
「友達?まあいいでしょう。まさかそんな答えが出るとは思いませんでしたが」
「ダメでしたか?」
「ルカは複雑な心境でしょうが。準備は終わりましたか?ペンダントは?」
「持ちました」
「外にタクシーを待たせてあります。行きますよ」
 飛行機のチケットを取ってくれた総次郎に感謝し、悠は再び海外へ足を向けた。

 最初から悠は冷静だった。ルカがフランスに行き、頭に血が上っていたわけではない。考えても質問しても分からないことだらけで、悠は考えるのを一端止めた。ルカの素性やペンダント、偽名を名乗る理由、フロリーディアとはどこから取ったものなのか、なぜ本名を忘れろと言ったのか。すべてルカに聞かないと繋がらない事実がある。
「しっかり機内食を食べなさい。ばてていたらルカには会えませんよ」
 パンやチキン、サラダなど、洋食はイギリスで食べた食事を思い出した。総次郎はすべて平らげ、ワインを楽しんでいる。食欲は衰えていたが、悠はできる限り胃の中に収めた。肉はジューシーで、パンと良く合う。
「ワインは?飲みますか?」
「最初のお酒はルカさんとって決めてます」
 空港に到着し、野外に出ると日本との気温差に驚く。悠は持っていたカーディガンを羽織った。
「悠は寒がりですね」
「イギリスに行ったときも肌寒くてずっと上着着ていました」
「ここからまずホテルに行きます。荷物を預け、ゆっくり休みましょう。大丈夫、ルカは逃げません。メッセージは送っているでしょう?」
「はい、毎日一通ずつ」
 悠は毎日ルカにメールを送っていた。書く内容はその日にあった出来事で、夕食は何を作っただの、バイト頑張っています、レポートすべて書き上げましたと、何の変哲もない内容ばかりだ。次の日、起床した後にすぐスマホをチェックするのだが、必ず既読の文字がついている。それが返事の代わりとなっていた。
 フランスに来る前も、今からフランスに行きますとメッセージを送信した。既読マークだけで充分だ。
「総次郎さんは、フランス語は話せますか?」
「話せません。英語ならいけますが、あなたもイギリスに行っていたのだから話せますね?」
「はい、それなりに」
「私が思っていた以上に賢い」
 ホテルに荷物を預け、悠はスマホをチェックするが誰からも連絡は来ていない。リモコンでテレビを付けチャンネルを回していると、悠は思わす落としそうになった。
「……ルカさん」
 テレビにルカが映っている。ルカは日本人はヨーロッパ人の見分けが付かないと言ったが、悠が見間違うわけがない。だがフランス語で、何を話しているのかがさっぱり理解できなかった。
 テレビの中で、ルカは美しい女性に対し仲睦まじい様子でダンスのお誘いをしていた。女性も好意的にルカの手を掴み、ダンスホールの真ん中で寄り添う。
 悠の心臓は狂わしく鳴り、頭が真っ白の状態のままテレビに食いついた。
「私の弟子ですね」
 シャワーを浴び終えた総次郎は、タオルで頭を拭きながらベッドに腰を下ろす。
「なんで……ルカさんが」
「あなたはすべてのルカを知っている気になっていたのですか?たった数か月の付き合いで知ることなど出来ない。血の繋がりのある家族ですら、分かり合えるのは難しいというのに」
「ルカさん……」
「ショックでしょうが、現実です。先ほどのダンスシーンですが、今のルカではないでしょうね。顔立ちが幼い」
 テレビのアナウンサーは、プランスとの言葉を何度も口にしている。調べる気になれなかった。
「あれ!」
 次にアップで映し出されたのは、悠が持っているロケットペンダントだ。出演している芸能人たちは、ペンダントについて語っている。
 悠は胸元のペンダントを見た。ルカは、助けが必要とするときに開けてと言った。けれど今はまだそのときではない。
「そのペンダントを総出で探しているでしょうね。本当はルカが持つべきものですから」
「今は意味が理解できませんが、全部聞きます。ルカさんに会って」
「そうしなさい。あなたが今出来ることは、そのペンダントを大事に持っていることです」

 夢を見た。テレビでダンスパーティーの映像を見たせいか、ルカはタキシードを着てホールの真ん中に立っている。
 手を差し伸べられた悠はゆっくりと中央に歩いていく。手を取ると、悠は腰を引き寄せられ、音楽に合わせてステップを踏む。悠は踊れない。ルカは耳元で全てを委ねてと言う。そこで夢は途切れた。
 時計は7時。総次郎はまだ眠っている。悠は軽くシャワーを浴びて、日課となったスマホのチェックをした。
──フランスに着きました。夜景がとても綺麗です。
 会いたいとは一言も書いていない。あくまで報告だけだ。既読マークがついているのに安心し、悠はカーテンを開けた。
 この街のどこかにルカがいる。そう思えば、悠は不思議と力が沸いてきた。
 総次郎も起床し、朝食を食べに行こうかとしたときだ。窓からトントンと叩く音が聞こえてくる。
「鳩?」
「悠、窓を開けて下さい」
 鍵を開けると鳩は遠慮なしに部屋に入ってきた。ソファーの縁に止まり、小さく鳴くと悠をじっと見つめてくる。まるで何か伝えたいことがあるかのように。
 鳩の足を見た。何かくくりつけられている。
「なんでしょう…これ」
「これは伝書鳩のようですね」
 足に巻き付けられていた紐を解き、丸められた封筒を開ける。
「これは……」
「随分と急いで書いたようですね。殴り書きですが、ルカの字です」
「イタリアの住所みたいですが…ここに行けってことでしょうか?」
「ルカは恐らく電話の類が使えない状況にあるのかもしれません。その証拠にわざわざ伝書鳩を使用した」
「でもいつも既読マークが……まさか他の人が?」
「我々の行動はチェックされている可能性があります。ですがあなたはいつも通りにルカにメッセージを送り続けなさい」
「それだと居場所がばれませんか?」
「今まで通り、当たり障りのないことでいいのです。いきなり送らなくなると、却って不信がられます。それにしても今の時代に伝書鳩とは。ルカもやりますね」
「ルカさんは僕たちの居場所が分かっているんでしょうか?」
「ペンダントの持ち主に届くように訓練されているのかもしれません。素晴らしい技術ですね」
 小皿に水を入れ、鳩の前に置くと警戒心もなく水をつつく。おやつに買っていたピーナッツも取り出すと、すぐに食いつき始めた。
「悠、あなたは一人でその住所に向かいなさい」
「総次郎さんは?」
「私はここに残ります。フランスに残り、ルカの動きもみたいのです。あの子の言動は国を動かす。何かあったら、私が知らせます」
「把握です。総次郎さんもなんだかんだ言って心配なんですね」
「ええ、あの子を預かったときから私の息子同然に雑に扱ってきましたから。やはり手の掛かる子供は可愛いですよ」
「預かった?」
「あの子は日本にやってきたときから、アンティークについて基本的なものは熟知していました。ハイスピードでビシバシと叩き込んだ人がフランスにいたのです。その方と私は知り合いで、託されました」
 鳩の首の辺りをくすぐると、気持ち良さそうに身を委ねてきた。随分人に懐いている鳩だ。
「ルカにメッセージを送りますか?」
 悠は悩んだが、首を横に振った。
「今回は運良く僕の元へ届きましたが、万が一僕からの伝言をルカさんが受け取れなかったときのことを考えると、何もせず離した方がいいかと思います」
「それもそうですね」
「ルカさんのこと、守ってあげてね」
 悠は鳩にキスをし、開いた窓からそっと手放した。勢い良く飛び立った鳩は宙を大きく舞い、やがて飛び交う鳥に交え見えなくなった。
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