霊救師ルカ

不来方しい

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3-それぞれのストーカー

014 ロケットペンダント

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──本日はバイトはお休みですが、お客様としてショップにお越し頂きたいです。
──何より勉学が大事ですので、どうか無理はなさらぬよう。
 授業の終わりを感づいていたのか、タイミング良くルカからメッセージが届いた。
──行きます。今授業が終わったので、すぐに向かいます。
 ワンピースの少女のお出迎えに頭を下げ、ショップに入ると他の客人はいなかった。今日のルカはしっかりと髪にワックスをかけ、仕事人という風貌だ。
「いつもの席へどうぞ」
「ありがとうございます。今日の髪型も素敵です」
「気合いの表れでしょう。お茶とデザートをお持ちします」
 6月に入ると気温は上昇し、アンティークショップで出される紅茶はアイスティーに変わった。氷入りのグラスを渡されるが、悠はいつもと違う水色に首を傾げた。
「普段は作らないのですが、頂くのは私と悠のみですから。本日の茶葉は、キーマンでございます」
「キーマン?」
「中国の茶葉で、スモーキーフレーバーと呼ばれています。まずは一口、お召し上がり下さい」
 悠はストローを口にするが、咽せるような香りが口いっぱいに広がっていく。例えるなら漢方に近く、好き嫌いが別れる味だ。
「水色は赤に近い茶色、4月から茶摘みが始まります。飲みにくい場合は、蜂蜜を多めに入れてお召し上がり下さい。味は負けません」
 遠慮なく、マヌカハニーを入れて飲む。スモーキーな味や香りがやや和らぎ、飲みやすくなった。
「これお客様に出したらびっくりする味ですね」
「ふふ…そうですね。ですので、私と悠のふたりのときのみです。苦手ですか?」
「驚きましたが、癖になる味です」
「お茶請けもどうぞ。キーマンが重みのある紅茶なので、軽めのケーキにしてみました」
 シンプルなシフォンケーキを食べながら、悠は白雪総次郎の話を持ち出した。
「師匠さんまた海外に行ってしまったんですね」
「ええ、今回呼び寄せてしまったので、たんまりと仕事を言いつけられてしまいましたよ」
「それは?」
 ルカは小箱を取り出し、蓋を開けた。
「あなたはベルエポック時代をご存知ですか?」
「聞いたことないですね……」
「19世紀末から1914年頃のパリで栄えた時代のことです。とても華やかで、素晴らしいファッションやアクセサリーが生み出されました。これはそのうちの一つ、ロケットペンダントです」
 真ん中に6個の真珠が埋め込まれていて、花模様の四角い形のロケットペンダントである。だいたい丸かハート型が基本だと認識していたので、このような形は珍しい。
「真四角は初めてです。こういうのもあるんですね」
「厚みもありますし、何かをロックしておくには入れやすいでしょう。ちなみにロケットとは、宇宙へ飛ぶロケットではなく、鍵という意味です。開閉式になっていて、当時は故人の髪の毛を入れていた時代もありました」
「ルカさんの大切なものなんですか?」
「大切なものです。あなたに差し上げます」
「え」
「お手に取ってご覧下さい」
 固まる悠の隣にルカは座り直すと、ペンダントを手に取り悠の首に回した。
「似合います」
「ちょっと待って。大切なものなんでしょう?僕に?なぜ?」
「私はあなたに対し、怒っています。理由は判りますね?」
「怒ってる……?」
「判りませんか?あなたは大切なカメオを私に渡しました。しかも人伝で」
「あ」
 確かに悠は、総次郎に頼みルカに渡してくれと言った。
「あれだけのものを軽々と渡すなど、言語道断。許し難い」
「そんなに価値のあるものなんですか?」
「あります。値段の価値もさることながら、おばあさまとあなたを繋ぐ大切なもの。それをあなたは簡単に手放した。怒りという感情しか沸いてこない」
「そんな…簡単じゃないですよ。ルカさんだから渡したのに」
「ですから、私もそれを差し上げます。これでおあいこです」
 胸元のペンダントを開けようとするが、固くて開かなかった。
「悠、それを開けるときは、あなたが心から助けを必要とするときです。ロケットペンダントは大切なものを保管しておくものですが、私はすでにあるものを入れ、あなたに渡しました」
「これ、固いですが接着剤か何かで閉じているんですか?」
「元から固いだけです。ベルエポック時代の技術は素晴らしい」
「心から困ったときとなると、ルカさんの身に何か起こったときとか?」
「……あなたがそう思うのなら、そうなのでしょう。私は簡単にはやられませんが」
 しれっと言うルカは、感情の読めない顔でシフォンケーキを食べている。話は掴めない部分はあるが、これを身につけていろというのは伝わる。ルカが言うのであれば、事情があるのだろう。
「あのカメオは私が預かります。裸のまま身につけているのもあなたらしいですが、無くすと大変です」
「そこまで言われると、お値段どのくらいか知りたくなる……」
「聞かない方が身のためです」
「おとなしく引き下がります……」
 ようやくルカの顔に明るさが戻った。おかわりの紅茶を入れてもらい、残ったシフォンケーキを食べた。
 ここでお客様がお目見えだ。アルバイトの日ではないのだが、やらなくていいと言われながらも悠はお皿やコップなどを片づけ、パソコンの打ち込みをして岐路に就いた。

 田舎と違い、コンクリートだらけの都会は暑くて仕方ない。ハンカチで汗を拭っても吹き出してくる。
 悠は今、秋葉原に来ている。友人に引きずられ、とあるショップにやってきた。
「いやあ、楽しみだねえ景森君!」
「………………」
「ノリいいとこも好きだぞ、景森君!」
「………………」
 体育会系のノリで肩を組んできたのは、西岡正樹にしおかまさき。大学でできた友人であり、写真部に所属している。知り合いが増えるのは喜ばしいが、時々悠は彼のノリについていけないときがある。例えば、今の現状のように。
「来たかったんだよなあ、メイド喫茶!」
「…………そう」
「ここのメイド喫茶は他と違いちょっとした有名な店なんだよ」
「へえ」
「あるメイドさんと写真を撮ると、心霊写真みたいに何かが写るって話だぜ」
「心霊写真?」
「心霊写真には反応すんのかよ」
「どういうこと?」
「ネットでも上がってるんだ。作り物だと疑って店にわざわざ足を運ぶ人も現れて、その子と写真を撮ったら、写った人が続出したって」
「それは興味あるね」
「お前の神経疑うわ。女より幽霊かよ」
 ドアの先にあるのは、西岡曰く天国だった。ファンシーな空間に忙しそうに、メイドの格好をした女性たちが動き回っている。店内でかかる曲も、アイドルグループの曲だ。
「おかえりなさいませ、ご主人様」
「いやいや、ども」
「お席へご案内します」
 悠の身体に痺れのようなものが足の先から頭まで沸き起こった。すれ違った一人のメイドが、黒くモヤがかかっている。
「あの子気になるの?」
「うん」
「へえ…ああいう金髪美女がタイプなん?俺は断然染めてない黒髪派だね」
 歩くたびにストレートの金髪がふわりと揺れ、悠がじっと見つめていたために目が合ってしまった。にこりと微笑まれ、悠は軽く腰を曲げた。
 メニュー表は、上から順に高額な料理となっている。値段が高いものでオムライスだ。その他にはパスタやハンバーグなどがある。好きなメイドが選べるらしく、悠はシステムを理解していなかったが即決でオムライスにした。
「お前嫌がってたわりにはすげえの選ぶんだな」
「すごいの?オムライスが?メイドさんを選べるってなに?とりあえずこれにしてみたけど」
「うわあ、まじで?テレビとかで見たことないの?」
「ない」
「うわあ」
 叫びながら西岡は楽しそうに笑う。メイドを指定するとき、間違えてモヤのかかった女性と言いそうになり、悠は慌てて金髪の方と言い直した。
「初めまして!担当のみるくです。よろしくお願いします、ご主人様」
「こちらこそよろしくお願いします」
 モヤの人では断じてない、みるくさんと呼ばなくてはいけない。
「ケチャップで絵を描かせて頂きますが、何がよろしいですか?」
「あっそれでメイドさん指定なんですね」
「こいつ判らずオムライス選んだんすよ」
「あらまっ。指定がなければハートになりますよー?」
「猫で」
「かしこまりました、ご主人様」
 語尾ににゃん、と付きそうな勢いである。どこから出てくるのか不思議なアニメ声だ。
 ふと、男性の声が聞こえた。身の毛もよだつような、高い声だ。頭に直接振動してくる。声の主は、ケチャップを持つ彼女の背後からだ。後ろには他のメイドが忙しく歩き回っているだけで、男性はいない。
「あまりご覧になると失敗してしまいますよ?」
「みるくさんと写真を撮るには、どうしたらいいですか?」
「私を指定して下さるのですか?ありがとうございますっ。ポイントカードを貯めて頂けたら、一緒に撮影できます」
「それじゃあ遅い」
 悠の低音ボイスに、みるくは目を大きく張った。
「あなたと写真を撮ると、霊らしきものが写ると聞きました」
「ああ、その噂で来て下さったんですか」
「どんな感じに写るんですか?」
「うーん…手が増えたり、肩辺りに誰かがいたりですね」
 心霊写真としては、良くないパターンだ。生霊の可能性が高い。
「できましたよ、ご主人様」
 猫がオムライスに載っている。よくあるデフォルメの猫ではない、やけにリアリティーのある猫だった。
「素敵です。ありがとうございます」
「帰りにぜひ、ポイントカードを作っていって下さいねっ」
 これは駄目だ。完全にメイドとご主人様モードだ。
「悠、どうしたんだよ」
「あの子、ストーカーされてる可能性ある」
「は?」
「モヤかかってるし、男性の甲高い笑い声が聞こえた」
「おいおいまじか……」
「一体どうしたら」
 助けてあげると迫り、お近づきになろうとする男は大勢いる。男の悠が事情を説明したところで、相手にされるはずもなかった。
「勝手に助けるのって無理?」
「まず彼女の写る写真、妥協して普段身につけている物がないと難しいし、そんなことしたらこっちがストーカーだよ」
「女子で仲の良い人とかいないのか?その方が警戒されなくて済む」
「……いない」
「俺なんか見た目ゴツいしどうせみるくちゃんに相手にされないだろうしよ。人目を引くような美男子でもいれば話を聞いてもらえるんかねえ……」 
 人目を引く美男子。いる。たった一人。
 悠が出会った中で、絵本に出てくる王子様のような人が。王子様すら嫉妬してしまうような人が。
「え、なにその顔……まさかいるのか?」
「いることはいる…けど」
「けど?」
「お金取られる……かなり莫大な」
「コネでなんとかならないのか?みるくちゃん助けたい。可愛いし」
「金髪はタイプじゃないって言ってなかったっけ?」
「見た目で人を判断するのは良くない、うん」
「でも放っておいたら可哀想だよね…」
「だろ?なんとか助けてやりたい」
 西岡はただメイドとお近づきになりたいだけだ。にやけた顔が物語っている。
 冷め切ったオムライスはご飯がパサつき、温かいうちに食べれば良かったと後悔した。
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