霊救師ルカ

不来方しい

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3-それぞれのストーカー

010 櫛

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 動くベネチアンガラス人形の謎を解いてほしいと依頼した吉岡和郎から連絡がきた。彼の知り合いだという男がアンティークショップ・SHIRAYUKIに行くので、どうか助けてほしいと。
 クラシックな装いで現れた男は、出で立ちからそれ相応の年齢なのは伺えるがとても若い。曲がっていない背筋にしっかりとした足取りが、そう思わせるのかもしれない。
「ようこそ、SHIRAYUKIへ」
「和郎から伺っているよ。とても美しい店長だと。本当にその通りだね」
「恐れ入ります」
 にこやかに出迎えたのに、容姿を誉められたからかルカの表情が真顔に戻った。それでも一瞬で、男が顔を上げればすぐにいつもの微笑みに戻っていた。プロ魂だなと、悠は感心する。
 作って冷やしておいた紅茶と、涼やかなゼリー。グレープフルーツの器に、ゼリーが盛られている。初夏にはうまくマッチしたおもてなしだ。
「…………?」
「すまない、似ていたもので。私は有坂千一ありさかせんいちと申します」
 じっと見つめられたが、はるかは自分の名前と、アルバイトであることを伝えた。
「こちらの紅茶は君が?」
「はい。ルカさんに教えてもらって。彼ほど上手くはまだ作れませんが」
「ではいただこうか」
 一口含み、美味しいと漏らした。
「うちの妻もお茶を入れるのが上手い人だった」
「おかわりもありますので、仰って下さい」
「ありがとう。ではそろそろ依頼の話でも」
 千一はケースの上蓋を開けると、ルカに渡した。
「櫛です。これを鑑定して頂きたいのです」
「失礼ですが、これをどちらで?」
「今は無くなった櫛屋で買いました。大昔です」
「左様でございますか」
 ルカは鑑定用のルーペで細かくチェックをしていく。
「江戸末期に作られたものですね。残念ながら制作した方は特定できませんが」
「それほど古いものでしたか。いくらくらいになりますか?」
「およそ15万ほどです。かけてもいない、状態がとても良い」
 驚きもせず、千一はありがとうと一言述べた。
「あなたは人捜しもできると和郎さんより伺ったのですが」
「左様でございます」
「そちらの依頼をお願いしたい」
 1枚の写真を取り出した。白黒写真だ。
「………………」
 ルカは無言のまま、一瞬悠を見た。千一も同じように悠を見る。
「この写真の女性は?」
「亡くなった妻に捨てろと言われて喧嘩になったこともあるんです。私の初恋の相手で、結婚を約束した人です」
 そう言いながらも、千一は悠から視線を外さなかった。写真を見せられて、似ていたと言われた理由がよく判る。自分でも驚くほど、写真の女性に似ているのだ。
「女性のお名前はなんと仰るのですか?」
「それが判らないのです」
 千一は経緯を語り出した。彼女と出会ったのは20歳を迎えたときだ。川のほとりで佇む彼女に一目惚れをした。あまりにも美しく声をかけたところ、相手も驚いた。哀愁漂っていて、掴もうとするとすり抜けていく、そんな印象を抱いた女性。
「私は名前を名乗ったのですが、彼女は名乗りませんでした。名乗れない事情があったのです。それを聞いたのは、別れのときでした」
 美しく賢い彼女に夢中になっていき、いつしか結婚を夢見るようになっていた。
「プロポーズをしました。そのときに渡したものが、この櫛なんです」
「なかなか今の時代にはそぐわないですが、素敵な演出ですね」
「ありがとう」
 だが彼女は受け取らなかった。それどころか会えるのは今日で最後だと言った。
「驚いて声が出ませんでした。てっきり受け取ってもらえると思っていましたから。それに自信があった。彼女は私といるとき、いつも笑顔で楽しそうにしていた。彼女はね、親が決めた婚約者がいたんです。だから名乗れなかった。受け取ることもできなかった」
 彼女の家はそれほど裕福ではなく、多くの土地を所有する男に見初められ、男の元に嫁ぐしかなかった。
「最後に名前くらいは教えてほしいと言ったんですが、彼女は首を縦に振らなかった。けれど、もし何十年後かにあなたが独り身でまた出会うチャンスがあったら、私と結婚してくれますかと言ったんです。そしたら、小さく頷きました」
 想い出を語る千一の目元にシワが溜まり、暖かな印象になった。
「しばらくして私も妻に出会い、結婚しました。子供にも恵まれ、良い家庭を築けたと思います。けれど、写真や櫛は捨てられなかった。良い想い出として取っておきたいと、彼女も元気で生きていてくれたらいいと思っていました。ところが数か月に妻が亡くなったんです。遺品の整理をしていると、忘れていたこのふたつが出てきて、いても立ってもいられなくなったのです」
 ルカは何も話さない。耳を傾けているが、視線は俯いたままだ。
「名前も知らないと、探偵に依頼しても捜せる可能性はほぼ難しい。あなたは写真や想いの詰まった物があれば、捜し出してくれると聞きました」
「有坂様」
 ルカは目線を上げ、重々しい口を開いた。
「あなたの事情は把握できました。ですが、あくまでそれは有坂様の事情です。もし、仮に見つけられたとして、あなたはどうなさるおつもりですか?」
「どうするとは?」
「はっきり物申します。あなたはこちらの女性を見つけて、会いたいと願いますか?」
「それは…もちろん」
「お相手の女性には、きっと旦那様がいらっしゃいます。これはもしもの話ですが、あなたの奥様は初恋の男性に会いたい、もしくは男性が会いに来た場合、有坂様は笑顔で首を縦に振れますか?」
 千一は唸って、指を組んだ。それはルカだけではやく、悠も感じていた。もし自分の恋人が初恋の人に会いたいと言ったなら、素直に会いに行っていいと言えるだろうか。嫉妬と言われようとも、心にモヤモヤが残る。
「私の我が儘なのは百も承知なんだ。それでも、遠くからでも一目見たい。もちろん家族揃って幸せに暮らしていると願っている。邪魔するつもりはまったくないんだ」
「万が一、有坂様のご期待に添えられなくても、料金は一切返金致しませんが、それでもよろしいですか?例えば、お相手がお亡くなりになっている場合もございます」
「それは承知している。私に会いたくないって言われる可能性もあるしな」
「承諾致しましょう。こちらの写真をお借りしたいです」
「ああ、構わないよ」
「汚れないように袋に入れます。それと、こちらの女性ですが、他に何か情報はございますか?年月が経ちすぎているのと、情報があまりにも少なすぎます」
「情報か……彼女は私のことを千さんと呼んでいた。いろんな話をしたな…天気のこととか、花の話、朝食の話。それと、これは風の噂なんだが、嫁いだ先は東北と聞いたんだ。これは確かじゃない」
 東北。そう聞いて、悠はぴくりと反応する。ルカは悠の様子に気づいているだろうが、特に気にする様子は見せなかった。
「それにしても…よく似ている」
「僕もびっくりしました。似てますね」
「君の血縁者なんじゃないかってくらい似ているよ」
「それはないんじゃないかなあ……」
「ほお…それはなぜ?」
「僕のおばあちゃんとおじいちゃんは、恋愛結婚だって言ってましたから。それにお相手の男性はお金持ちなんですよね?僕の家はとても古いですよ。土地だってたくさんあるわけじゃないし」
 ルカは黙って写真を見つめている。写真からは何かを感じ取れるかと思ったが、悠には判らなかった。古すぎるし、霊救師としてたまに彼と動くがまだ日も浅い。それにほとんどは売り上げの打ち込みや、簡単な接客が主な仕事だ。
 千一が帰ったあと、ルカはソファーに深く座り直した。それを見計らい、悠は新しく紅茶を入れる。砂糖も加え、戸棚から新しく彼のおやつを取り出し、テーブルに置いた。
「伊勢丹のバームクーヘンです。賞味期限がもう少しなんですが、こちらをお出しした方が良かったですかね?」
「いえ、ゼリーは本日までですし、構いませんよ」
 重々しい空気が、紅茶とバームクーヘンのおかげで和らいだ。悠も隣に座り、同じ物を食す。
「写真を見て驚きました」
「似ている人はいます。あまり気にしないように」
「ですね…でも女性に似ているってなんだか複雑です」
「気にしないように」
「判りました」
 黙々と食べ進め、悠は先ほど疑問点を口にした。
「プロポーズに櫛って渡すものなんですね…初めて知りました」
「日本ではそういう風習があったようです。櫛には、数字が二つ入っていますね。9と4。これは、苦しいと死ぬという意味にも取れます」
「良い意味ではありませんね」
「ですので、苦しいときも亡くなるときも、ずっと最期まで一緒にという願いが込められているのです」
「そう捉えていたのですか…素敵です」
「今は指輪が主流ですが、私は櫛も想いが詰まった、粋なプロポーズだと思います」
「あ、女性は東北にいるらしいですが、またルカさんは行くんですか?」
「必要であれば」
「そうですか」
「その場合、あなたには店の手入れをお願いしたいのです。お店は閉めたままで結構です」
 お金を頂いている立場だ。与えられたことをきっちりとこなしたい。
「お掃除ですね?判りました」
「……聞き分けが良すぎです。てっきりついていきたいと言われるかと思ったのに」
「ただのバイトですよ?ちゃんとお店をピカピカにしておきます」
「ただの…ですか」
 彼の望む返答ができなかったようで、ルカは黙りを決め込んでしまった。
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