霊救師ルカ

不来方しい

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2-悠と夏奈

008 一方通行

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 お洒落なワンピースと帽子を被り、女は池袋のカフェに来ていた。男と待ち合わせをするたび、相手はいつも早く来ている。女性を待たせまいとする心なのか、さり気なく優しかった。
 ちらちらと視線を浴びている男は席に座っているだけで絵になる。ルカ・フロリーディアは女を見つけると、軽く手を振った。女にとって、この瞬間が気持ち良かった。良い男の隣に立てている優越感、悔しそうな女の顔。汚い心に痛んでも、それでも止められなかった。
「待ちました?」
「いえ、時間通りです」
 多少時間を過ぎてしまっても、咎めはしない。吉岡理香はコーヒーを注文すると、目の前にいるルカをしげしげと見る。本当に整った顔立ちだ。大きな黒目に鼻筋が綺麗で、キュッとしている唇。どこを見ても美しい。
「吉岡様はお変わりないですか?」
「ええ。腰が痛いとは言っていますが、元気にしています」
「ご無理をなさらないよう、お伝え下さい」
「ルカさん」
 コーヒーを飲み、さっそくだが本題に移る。
「今回の件ですが、ご迷惑をおかけしました」
「あなたが頭を下げる必要はございません。私も仕事として、お金を頂いております」
「動く人形の件ですが、嘘をつかせてしまいました」
「シャルルの法則ですね。気に病むことはありません。理科の話は久しぶりで、私も面白かった」
 前日、ルカ、理香、悠の3人で打ち合わせをした。ルカが出した案は、空気の膨張を用いたトリックを利用することだった。これならば誰しも知っている話であり、持っていきやすいのではないかと。ただ人形が重すぎて、信じてもらえるかどうか不安はあった。
「赤子の件は隠せばいい、これ以上あなたは傷つく必要はないと言われ、私は初めて心が安らかになりました。誰にも話せず、自業自得で終わるような話なのに、私を慰めてくれた」
「もしや秘密を持つことは悪だとお考えですか?家族や友人に身の内すべてを話さなければならないと。もしそうお考えなら捨てるべきです。言えない秘密の一つや二つは誰にもあります」
「ルカさんもですか?」
「当然です」
「その秘密の一つを教えてほしいんです」
「話せる内容であれば。ですが場所を変えましょうか」
 美男美女の組み合わせが珍しいからか、ルカが注目を浴びすぎているせいか、回りの客たちは聞き耳を立てているのは明白だった。
 ふたりで外に出ると、公園にやってきた。今は子供もいない。大人ふたりだけの時間だ。
「私は…本気であなたに恋をしているとしたら、あなたが気持ちに答えて下さる確率はいかほどですか?」
「真剣に聞いて下さっているようですので、私も真剣にお答えします。私はあなたに恋はできない」
「私の何が気に入りませんか?」
「私は少々、人より目立つ容貌をしております。この見目であることで、気にかける方は多いのです」
「それは…ルカさんは美しいからよ」
「それに寄ってくる輩も多いです。子供の頃からこの顔ですので、敏感に感じ取れてしまうのです。私をアクセサリー代わりに使おうとしているのか、それとも本当に必要としてくれているのか」
「………………」
「容貌と性格は一致しません。意外性があるなどと言う人間は、願望を押しつけているのも同然です。相手を求める思考は、大小少なからず私にもありますが、アクセサリー感覚で寄ってくる人間は、願望は果てしなく大きいものです」
 カフェの態度を責められている気がした。ルカといられて優越感に浸っていると。
「子供を作る無責任な女は嫌い、ということですか」
「私はそれを口には出しておりません。あなたはそれがよほどコンプレックスになっているのですね。アクセサリー云々の話は置いておくにしても、理香さんは私の好みの対象から外れています」
「どのような方がタイプですか?悠さんですか?」
「なぜそこに悠が出てくるか存じ上げませんが」
「どうして彼を私の家に連れてきたの?仕事の依頼をしたのは悠さんではなく、ルカさんだったはずです」
「お嬢様がいるお屋敷に一人で泊まりに行くのです。それも家族ぐるみで婚約を迫ろうとする家に。身の危険を感じたのと、悠を一人にしておきたくはなかったのですよ。いろんな手段で私とあなたを結婚させようと迫る時期と重なり、彼に黒い車がうろついていましたから」
「黒い車……?」
「彼もいろいろあります。ありすぎます。まだ私自身、気づけない部分もありますが」
 悠を連れてきた理由は察していたが、そこまで婚約したくはないのかとひどく落ち込んだ。
「あなたが気に病む必要はございませんよ。悠に気づかれないよう、立ち回るのもなかなか楽しかったですし。当然恐怖心はありましたが」
「それだけ守りたい相手なのですね」
「今回の件は手を打って頂ければ、すべて水に流し、私は子供のことは二度と口にしません」
 今回の件とは、婚約の話だ。美術鑑定士としてルカに依頼をした祖父は、彼の人柄を何より気に入ってしまった。孫娘の婿としてどうだろうと話を勝手に進めてしまい、無駄に骨董品を鑑定してもらう始末。ふたりきりで会わせようと何度もセッティングされた。
 会っているうちに理香はルカに惚れてしまったわけだが、断る理由は大事な人がいると一言。名前は言わなかったが、きっといつも側に置いている大学生のことだろう。理香は気に入らなかった。仲を壊してしまいたかった。
「私の負けです。婚約…はしたつもりはないですが、おじいさまに言い、今回の件はなかったことにして差し上げます」
「そうして下さると助かります。私も、一緒にいるお相手はせめて自分で選びたい」
「あなたと一緒になる人は幸せですね。あなたのような美しい顔を毎日拝めるのですから…って、こういう感覚がアクセサリーとして見ている証なのかもしれませんね」
「私の顔を大層気に入って頂けているようで光栄です」
「そろそろ帰ります。また祖父が仕事の依頼をあなたにするかもしれません。そのときは」
「仕事は仕事。いつでもお待ちしています。それと、悠はそのような関係ではございませんよ。勘違いなさらぬよう、お願い申し上げます」
 ルカは恭しく頭を下げた。これで終わりにすればいい。失恋など味わった経験はないが、案外堪えるものなんだと初めて知れた感情だった。

 卵と野菜の安売りがあるとネットで調べ、急遽スーパーへ出向くことになった。無事に買い物を終えいつもの帰り道を歩いていると、公園に人だかりができている。撮影か何かと悠も覗き見すると、公園にあまり似つかわしくない容貌の男が、憂いを帯びた表情で空を見上げていた。
「イケメンねえ……」
「どこの子かしら?」
 すみません、と主婦たちに声をかけ、悠はビニール袋を持ち直し、彼の元に行く。
「ルカさん」
「……悠?」
「僕です。どうしたんです?ぼんやりしてますね」
 ルカにしては珍しい顔だ。表情が冴えない。
「具合悪いんですか?」
「いえ、特には……」
「お腹空いてます?」
「先ほどカフェで少しいただいたので……」
「チョコレート食べます?」
「食べます」
 顔色が変わった。もしかしたら、本当にお腹が空いていただけなのかもしれない。
 貰い物だがお酒入りのチョコレートが鞄の中に入っている。酒が飲める年齢ではないが、アルコール入りのチョコレートは大好きだ。
「元気が出ました。ありがとうございます」
「これくらい何ともないです。お酒は好きですか?」
「ほどほどに飲みます。買い物帰りなのですか?」
「はい。ここから近いので」
「そういえばアパートは池袋でしたね」
「あの、家に来ますか?」
「え」
「お腹空いているなら、ご飯くらいなら作れますけど。冷凍してるのあるので、チャーハンとか」
 悩んでいる。美しい顔で、唸らせ、懸命に。
「いや、本日は遠慮します。心の準備が出来ていないので」
「心の準備?必要ですか?」
「それはもう」
 なんだかよく判らないが、来られないなら冷凍ご飯は自分で処理するしかなさそうだ。
「悠、この前は巻き込んで申し訳なく思っております」
「人形の件ですか?あれは一蓮托生です。僕の上司はルカさんですし、ちゃんとついていきますよ」
「それだけではありません。あなたと私の関係を、いろいろ誤解させてしまっています」
「関係?」
「仕事の関係以上の仲だと。それは私の態度がよろしくなかったせいです」
「ルカさんの考えていることは時々判らなくなりますが、僕はルカさんが好きですし、仲良くなりたいですよ?」
「あなたが思っている以上に、私は闇が深い。霊救師は時折、生きている人の心まで見えてしまい、心に蓋をしてしまうのです。見なければよかった、好意に気づきたくなかったと」
 好意。それは重くのしかかる言葉だった。好意は誰でも持っているものだが、重すぎれば心に枷をかけられたように身動きが取れなくなる。
「なんか…しんどいですね。話を聞いてるだけでしんどい」
「誤解を招いていますが、すべての人の心が聞こえるわけではないです。ごくごく稀に、です」
「それでもしんどくて、倒れてしまいそうです。人に頼りたいのに、相手の欲望が見える場合がある。一人でいるしかない、悪循環じゃないですか」
「……まあ、そうですね」
「僕の心も読めてしまいますか?」
 悠はルカの手に重ね、じっと見た。人形のような黒い瞳を見ると、ビスクドールを思い出す。それほど、美しく作り物を感じさせる純黒だった。
「あなたは読むまでもなく、判りやすい。素直で人を思いやれる心が備わっている。まだ短い付き合いですが、それは理解しています」
「ただ人に必要とされたいだけです。僕はお人好しでもないし、ルカさんが思うような人でもないです」
「あと頑固ですね。人の好意を受け取らない」
 ポンポンと頭を撫でられた。
「兄弟がいるとこんな感じなのかなあ」
「兄弟ですか」
「僕は一人っ子なので、憧れます」
「同じ顔がいても、鬱陶しく感じる場合もあります」
「ルカさんは兄弟いるんですね」
「……さて、そろそろ帰りましょうか。人も増えてきたところですし」
 主婦軍団が増えている。公園にいるのはルカと悠のふたりだけなので、あきらかに注目を浴びている。
「長居をさせてしまい申し訳ありません。食品の傷みは大丈夫ですか?」
「平気ですよ。魚や肉は買ってないので」
 少し遠回りになるが、反対側の出入り口から出た。あまりに人が集まりすぎている。誰でも一人になりたいときはあるが、一人にさせてもらえない辛さ。疎外感。違う意味の孤独を、彼は公園で味わい続けていたのかもしれない。
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