霊救師ルカ

不来方しい

文字の大きさ
上 下
4 / 99
2-悠と夏奈

005 それぞれの日曜日

しおりを挟む
 虐められ、妨げられ、それでも平気に振る舞わなければならなかった。そうしないと、弱い心が蝕まれ、立ち上がることすら出来なくなってしまうから。
 手を差し伸べてくれたのは夏奈だけだった。ガキ大将気質のある河野夏奈は、男相手でも正しくないと思えば拳を振りかざし、負けん気で果敢に挑みにいった。言葉1つ1つにちぐはぐするときもあるが、悠は彼女の後ろに隠れるしかなかった。そうでないと生きられない世界だった。
「ごめん、待った?」
「10分前だし、別にいいよ」
 ジーンズにパーカーでと、彼女はスポーティーな格好を好む。スカートをはいているところは一度も見たことがない。
「夏奈ってスカート嫌いなの?」
「なんで?」
「いや、別に」
「どうせ似合わないわよ」
「そんなことないと思うけど」
 怒らせてしまったのかもしれない。夏奈はムスッとしたままそっぽを向いた。
「あー、あのさ、本当に骨董品の展示会で良かった?」
「今日は悠のデートコースで出掛けるんでしょ?」
「そうだけど、アンティークに興味がないかなあと」
「これから興味持つかもしれないし。ところでチケットはどこで手に入れたの?」
「ルカさんがくれたんだよ」
「ふーん」
 絶好のデート日和とはいかないが、曇り空の下で二人は展示会に到着した。同年代くらいの子は少ない。片方のチケットを彼女に渡し、中に入った。
「骨董品って言っても日本のものが多いんだね」
「何が見たかったの?」
「ビスクドールが好きなんだ。西洋の人形」
「不気味じゃない?髪の毛とか伸びそうだし、夜動きそう」
「ホラー映画の見過ぎだよ……」
 興味があるのはビスクドールだけではない。からくり人形と呼ばれるものも好きだ。
「ほら、次は市松人形だよ」
「うえ…ちょっと怖いかも」

 アンティークといえば美しいものというイメージだが、夏奈の母・明美あけみは少々怯えていた。このアンティークショップには不気味な人形が沢山飾られているのだ。それを美しいなどと買い求める人間がいる。気味が悪い。
「ようこそお越し下さいました。2回目でございますね」
 口元を緩ませ、美形の男が隙も見せずに出迎えてくれる。見つめていると生気を吸い取られそうなほど圧巻の美しさだった。
「この店はお客さんは入るの?」
「それなりに」
 それなりとはどの程度を表すのか。前回と続いて今日も人っ子一人いない。
「まずは怪我もなく娘さんが見つかり、私としても安堵致しました」
「ええ……」
「警察の聴取は終わりましたか?」
「終わりました。というより、終わらせたいんです。何度も同じことを聞いてくるし、参っちゃうわ」
「心中お察しします」
 せっかくなので入れてくれた紅茶に口につけた。紅茶はあまり得意ではない。コーヒー派ではあるが、この店は紅茶しか出さないとこだわりがあるのかもしれない。
「なんというか…ご迷惑をおかけしました」
「私は仕事の一環として娘さんを保護しただけですから」
 娘は無事に見つかったが、結婚資金を切り崩して出したのだ。大層な金額だ。未だにあの提示された額には納得がいっていない。
「娘は…その、何か言っていましたか?」
「お父様のことをよく話されていました。とても想い出があるようで、食事を共にするのが楽しいと」
「……あの人は私より料理が上手かったものね。私はダメな母親だわ。最初ね、浮気心なんてこれっぽっちもなかったのよ。ただあの子が中学生で、反抗期真っ只中で疲れちゃったのよ。癒しが欲しかった。あの人は…いつも娘のためだとか言って仕事に没頭していった。私を全く見向きもしない」
 店長は無言のままだ。
「いけないと判っていても何度も会って、でも娘も手放すこともできなくて。親権は私だけど、あの子は父親が必要だと思ったの。新しい父と三人でやり直せればって…考えが本当にボンクラだわ」
「人付き合いは、簡単にはいかないものです」
「まさか前の旦那に会ってるなんて微塵も思わなかった。悔しくて、八つ当たりもして。部屋からタバコの臭いがするって言われて、あの人の香りを悪く言わないでって突き放してしまって。全部私のせいよ」
「目に見えない物は、崩れるのは時間がかかりませんが、積み上げていくのは努力が必要です。骨董品もですが、傷をつけずに管理するのは大変難しい」
「そうね。本当にその通りだわ」
「娘さんの寮暮らしは、大学4年までです。ひとまずそれを区切りにして、積み上げていってはいかがでしょう」
「あの子、あなたに卒業後のことを何か話したの?」
「それを聞くのもあなたのお役目ではないかと。より良い人生になるよう、願っております」
 一礼する仕草も様になっている。これだけ完璧な男だと、崩してやりたくなるのが明美の悪い性格だ。
「あなたほどのイケメンなら、美女もたんまりと寄ってくるんでしょうね」
「さあ?目に見えぬ者なら近くにおりますが」
「……私には興味がないわけ?」
「この部屋には高性能の監視カメラが数多く設置されております」
 つまり、変な気は起こすなと言っているわけだ。
「あなたじゃなく、悠なら一夜の迷いも起きるかもしれないわね」
「悠に手を出したら許しません」
「あら、そっちの気があるの?」
「店員を守るのは、店長の努めです」
「悠は今日、うちの娘と一緒よ。あの子は夏奈がいないとダメねえ…相変わらず」
「左様ですか?」
「昔から夏奈に引っ付いて歩いて、夏奈がいないと何にもできない子なのよ。どうせ今日も悠がうちの子を誘ったんでしょうけど」
「お言葉ですが」
 気のせいかもしれないが、店長の声が低くなった。それほど気温が寒いわけでもないのに、背中に悪寒が走る。彼を見ると、黒い瞳がさらに濃く色づいたような気がした。
「本日、どうしてもデートがしたいと強く仰ったのは、夏奈様でございます」
 気のせいではない。誰かが後ろから肩に触れている。それも強く、圧迫するように。ひやりとしたものか喉を伝うが、恐怖のせいで確認できない。重々しい空気になり、明美は逃げるように退散した。

「ルカさん?」
 奥の部屋のソファーに座り込み、目元を押さえている。駆け寄るより先にルカが立ち上がり、何事もなかったかのように出迎えてくれた。
「ルカさん」
「驚きました。本日はデートではなかったのですか?」
「ルカさん、大丈夫ですか?」
 お互い会話が噛み合っていない。一瞬の間のあと、可笑しくてお互い吹き出してしまった。
「少し目が疲れただけです。心配は無用です」
「心配します」
 ムッとして、悠はルカに詰め寄った。
「ルカさんはいつも心配は無用って、そればっかりですね」
「いえ、本当に……」
「心配させてもらえないのって、辛いです」
 ルカは言葉を失った。目の前の怒る怪物に、唖然と口を開いたままだ。
「大事な人なら、尚更です。心配したいです」
「大事な人?」
「はい。ルカさんは、とても大事な人です」
「……実は、少し疲れました」
 ようやく観念してくれた。ルカをソファーに座らせ、悠も隣に座った。
「誰か来ていたのですか?」
 カップが二つ置いてある。一つはルカのもので、もう一つは客人用のカップだ。
「ええ、先ほどまで」
「いろんな方がいらっしゃいますからね」
「私はどのお客様も対等に、差別なく時を過ごしたいと考えております。ですが、自身の大切なものを卑劣に陥れたり、侮辱行為は、大変許し難いのです」
 何について語っているか、主語が抜けている。きっと彼のとても大切なものだ。触れてはいけない部分であると察した。
「心配させてほしいと言いましたが、あなたはどんな言葉で傷つき、慰められるのか判らないんです。あなたのこと、ほとんど知りません」
「そうですね。個人情報はお話ししたことはあまりありませんから」
「ルカさんの、何かを知りたいです」
 酷く緊張した。たったこれだけなのに、悠は鼓動が高鳴り、拳をギュッと握りしめた。
「何でもいいです。好きなものとか、嫌いなものとか。ちょっとずつ、教えてほしいです」
「私の情報を知ったところで、得になるとは思えませんが」
「損得であなたを見ていません。僕が…その、気になるから。上手く言えないけど」
 言葉のボキャブラリーが少ないとこういうときに困る。肝心なときに、心の想いを伝えられない。けれどルカは微笑んでいる。慈しむように、全身でありがとうと訴えていた。
「では私の話をする前に、今日の初デートはいかがだったか教えて下さい」
「う……それ言うんですか」
「当然です。チケットを渡したのは私ですし、聞く権利があります」
「もう、大失敗ですよ。夏奈は人形が苦手だったみたいで、ドン引きされました」
「ドン引き?」
「とても気持ちが引いた、という意味です」
「了解です。学びました」
「僕は人形もののアンティークが好きですが、からくり人形について語ったら怖いって言われました」
「からくり人形ですか」
「ルカさんは知ってますよね?」
「日本ではからくり人形、海外ではオートマタと言われていますね。この国では、田中久重たなかひさしげ氏が有名です」
「おお…ルカさんすごい」
「絵を描く人形や、茶を運ぶ人形を生み出した方で、東洋のエジソンと言われています」
「その茶を運ぶ人形が展示されていて、熱く語ったらいきなり怒り出しちゃったんです」
「それはそれは」
「ずっと機嫌悪いままで、半分も見ないうちにお開きになってしまいました」
 よって、昼食も食べていない。前のように空腹を豪快に訴えてはたまらないので、今日はここに寄る前に購入してきたのだ。
「ルカさんは昼食はまだですよね?」
「私はおやつと昼食が兼用ですから」
 知らなかった。また新しい彼を知ることができた。
「良ければ、一緒に食べませんか?」
 展示会の横で移動販売車がサンドイッチを売っていたのだ。
「いいですね。ではお茶を入れてきます」
 サンドイッチはいろんな種類があり、人参と玉ねぎ、ベーコンなどをカレー粉で味付けしたものや、定番のハムレタス、たまごサンド、フルーツサンドも買ってきた。
「サンドイッチには紅茶が合います。絶対に合います」
 妙に力強い言い方に、笑ってしまった。
「それ、なんですか?」
「お礼に、あなたに良いものをお見せしようかなと思いまして」
 古めかしい箱から取り出したのは、展示会で見た、からくり人形だ。見たことがある。これは文字書き人形だ。興奮して飛び上がる気持ちを抑えながら、悠はじっと見つめた。
「ご存知ですね?」
「これも田中久重さんの作品ですか?すごい、本物、どうしよう」
「ふふ」
 ルカは得意気に笑い、細かなセッティングを行う。机に向かう人形が動き出し、筆で文字を書き始めた。見事な“寿”だ。
「美しい……」
「私がアンティークに興味を持ち始めたきっかけが、彼の作品なんです」
 正真正銘、ルカの過去だ。悠は驚いて声が出ず、まじまじと彼を見た。
「いつか、絶対に手に入れると心に誓いました。これはとある伝手で入手したものですが、このビルに置かせて頂いてます」
「ルカさんの所有物なんですか?」
「スィ、家に置くより安心です」
 これも新情報だ。
「とても、失礼なことを思ってしまいました」
「何のことでしょうか?」
「展示会にあなたと行っていたら、もっと長くいられたかもしれないって。夏奈に対して失礼ですよね」
「人によりけりです。興味のあるもの無いもの、千差万別です」
 今日のデートは、夏奈より展示会に向けられていた。相手がいてこそであるはずが、物欲に走ってしまったほだ。彼女には悪いことをした。
「ところで、このサンドイッチはとても美味しいですね」
 数種類のサンドイッチがある中、ルカは迷わずフルーツサンドに手を伸ばした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

後宮の裏絵師〜しんねりの美術師〜

逢汲彼方
キャラ文芸
【女絵師×理系官吏が、後宮に隠された謎を解く!】  姫棋(キキ)は、小さな頃から絵師になることを夢みてきた。彼女は絵さえ描けるなら、たとえ後宮だろうと地獄だろうとどこへだって行くし、友人も恋人もいらないと、ずっとそう思って生きてきた。  だが人生とは、まったくもって何が起こるか分からないものである。  夏后国の後宮へ来たことで、姫棋の運命は百八十度変わってしまったのだった。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

呪配

真霜ナオ
ホラー
ある晩。いつものように夕食のデリバリーを利用した比嘉慧斗は、初めての誤配を経験する。 デリバリー専用アプリは、続けてある通知を送り付けてきた。 『比嘉慧斗様、死をお届けに向かっています』 その日から不可解な出来事に見舞われ始める慧斗は、高野來という美しい青年と衝撃的な出会い方をする。 不思議な力を持った來と共に死の呪いを解く方法を探す慧斗だが、周囲では連続怪死事件も起こっていて……? 「第7回ホラー・ミステリー小説大賞」オカルト賞を受賞しました!

タクシー運転手の夜話

華岡光
ホラー
世の中の全てを知るタクシー運転手。そのタクシー運転手が知ったこの世のものではない話しとは・・

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

処理中です...