夕凪に浮かぶ孤島の儀式

不来方しい

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第二章 非日常

012 八月(三)

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 ふたりで幸春さんお手製のサンドイッチを食べ終わる頃には、本格的に外から雨音が聞こえてきた。ふたりの会話や生活音さえかき消されてしまうほど、強い音だった。
「雨、ずっと続くのかな」
「さあ……天気予報は晴れってなっているからね。この様子だと夜まで雨だろうね」
「春兄?」
 立とうとするが片膝をつき、ちゃぶ台に崩れ落ちる。俺は慌てて身体に触れた。
 先ほどは雨と寝起きのせいで分からなかったが、熱がある。どこに触れても熱かった。
「どうして言わなかったの?」
「はは……ごめん」
「襦袢あるから、それに着替えて」
 本当は俺しか着てはいけないものだが、そんなことを言っている場合ではない。
「無理だ…………」
「大丈夫だから。洗濯物増えたって言われたら、俺が汚して着替えたって言えばいいし」
「ひとりじゃ着替えられない…………」
「……………………」
 何を言いたいんだろう、この人は。
 お願いだから、間違いであってほしい。
「湊、着替えさせて」
「そっそうくる……?」
「早く。汗と雨でぐしょぐしょだよ」
 火照った顔のまま上のボタンを外し、幸春さんは挑発的に見上げてくる。
 仕方ない、と覚悟を決め、彼の前に座った。
「春兄、ばんざいして?」
「うん。このあとは?」
 ポロシャツの裾に手を伸ばし、ゆっくりと持ち上げた。むんわりと香る男の匂いに目眩がする。
 段々と息が上がっていくと、幸春さんは小さく笑った。
「興奮してる?」
「うん……少し」
「良い傾向だね。もっと淫らになっていい」
 作り替えられた身体は気持ちとは裏腹に、与えられる興奮に忠実になっていく。
「下も脱がせて」
 強ばりながらも、ベルトを外した。ズボンを下ろすと、雄の匂いがよりいっそう強くなる。匂いの根源である黒のボクサーパンツは前面が盛り上がり、いかに大きいか形がはっきり分かる。
 時間をかけて下着も下げると、凶器は振るって頬に当たる。
 あらためて、幸春さんの身体を上から下まで見る。白くて綺麗な身体だ。くっきりと浮かぶ鎖骨、赤く膨れたふたつの突起、形の良い臍はそそり立つもので見えなくなっている。赤黒い亀頭からは滑る液体が溢れている。
 隠しもせず、堂々とした振る舞いにこちらが恥ずかしくなってくる。
「ちょうどいい。書物はすべて読んだ?」
 稽古をしているときの口調で、いつもよりも低く問う。
「ほとんどは……」
「曖昧だな。口淫の頁は?」
「よ、読んだよ……」
「なんて書いてあった?」
「……………………」
「言いなさい」
「ふ、 摩羅を……手で弄び、次第に大きく太くなる摩羅を持ち上げ、下ふたつの精袋を揉みしだく……」
「それで?」
「そそり立つ摩羅を手の腹で擦り、口で赤黒い先を数度舐め、口に咥える。口はすぼめ、舌は巧みに……んっ」
「せっかくだから稽古してみようか」
 唇に当たる、いわゆる摩羅。とても熱く、滴る液体が口内に入り、苦みが広がる。
 最初の口淫は彼で良かった。儀式を担う責任があるといっても、気持ちは別だ。好きな人のものがいい。
 彼の前にしゃがむと、茎の部分を持ち、先端にキスをした。頭上から息を呑む声が聞こえる。何度か扱くと、口の中に先端を入れた。
 割れ目を舌でなぞり、歯を立てないように唇を使って喉付近まで深く入れる。遠慮がちに手で擦ると、もっと強めに、と注文が入る。
「んん……ん……、っ…………」
「ふ、……いいよ…………」
 動画でも見たことのある光景だ。好きな人のものだったらどれだけ興奮するだろうと、自分にとっては夢物語だと思っていた。
 実際は何倍も興奮し、触れていないのに襦袢の内側を濡らしてしまっている。
 息の詰まる声と共に、口の中に生温い液体が噴射された。もったいなくて全部喉を通す。もっと出るかもしれない。舌先で穴を抉るように舐めると、色っぽい声が降ってきた。外の天気のように、もっと浴びたい。それなのに、幸春さんは口から抜いてしまった。
「初めてのはずなのに上手だ……お稽古した?」
「前に動画で見たから。これって飲んじゃって大丈夫なの? 初めては拓郎のじゃなくて」
「あいつの話は、今はいい」
 拓郎と喧嘩して、よほど頭にあげているようだ。彼の言い分も聞かないとなんとも言えないが、物を投げつけるなんて拓郎が悪い。
 幸春さんは布団に腰を下ろした。座るというより、倒れるように横になる。
「春兄…………?」
 彼の胸元に触れてみると、さっきより体温が上がっている。
「ど、どうしよう……」
「このままで……側にいて」
「でも。誰か大人を呼んでくるよ」
「家を出る前に、薬は飲んできた」
「ということは、具合悪いの分かってて来たの?」
 呆れた。連絡をすれば済んだはずなのに。
「立てないほどじゃないよ。しようと思えば稽古はできるから」
「笑う意味が分かんないよ」
「湊は素直だね。稽古稽古って」
「どういうこと?」
「なんでもないよ。可愛い」
「……そんなんで絆されると思ってる? そんな安い男じゃないから」
 隣に寝そべり、布団に一緒に入った。
 幸春さんの大きな手が背中に回り、俺も同じように背中を抱きしめる。簡単に絆された。すき。
 ふいに額に暖かなものが当たり、上目で見ると幸春さんの顔が間近にある。
 額にキスをされていた。
「湊の体温が気持ちいい……」
「うん……ずっとこうしてたい」
「そうだね。書物の口吸いの頁は読んだ?」
「口、吸い……って…………」
 いわゆる、キスというやつ。どうしよう。これ以上は稽古の範囲を超えてしまうのではないか。
 額の次は頬、鼻。音がするたび目を閉じると、色気のある笑い声が降ってくる。そして口元。頬と口の間くらい。
「ごめん」
 何に対しての謝罪だろう。雨と体臭が混じった香りがよりいっそう強くなるのと同じく、唇に柔いものがくっついた。
「んっ…………」
 唇の端から吐息が漏れ、息すら幸春さんに吸い取られてしまう。代わりに隙間から体液を押し込まれ、頬を伝う前に喉に流し込んだ。
 熱が集まり出した下腹部の裾を割られる。下着も身につけていない素肌は簡単に晒され、幸春さんは戸惑いもなく熱に触れる。
 軽く擦られるだけであっという間に熱が放出した。
「お稽古……だよね……?」
 恐る恐る聞いてみると、彼は怪しく微笑むだけで、何も言わなかった。
「もっとしてみる?」
「うん……したい」
 稲荷様、ごめんなさいと、何度も心の中で懺悔した。
 口吸いという行為も、本当は初めてを稲荷様に捧げなければならなかった。
 懺悔の方法もいろいろ考えてはみるものの、与えられる快感に結局は流されてしまい、何も考えられなくなってしまう。
 初めてが幸春さんで良かった。せめて好きな人としたかった。儀式といえど、気持ちは閉じ込めた真っ白のままで行わなければならなかったから、少しは切り替えて挑めそうだ。
 腫れそうほど何度も口を吸っていると、幸春さんの汗が顔にかかり、本格的に熱が上がってきたのだと顔を離した。
 人を呼ぶと言っても裾を掴んで離そうとせず、仕方なく布団に潜った。
「次は、ここも触れてみようか」
「こんなとこ?」
 指を差した先は、胸の突起がある。触れてもいないのに布を突き出して尖っていた。
「書物に書いてたっけ?」
「どうだったかな? 吸ったらきっと気持ちがいいし、俺の風邪も早くよくなる気がする。安心して早く眠りにつけそうだ」
 理屈がよく分からないが、風邪が早く治ってほしいのは俺も同じだ。
 前の合わせをはだけると、簡単に突起が現れる。
 幸春さんは双方を舐め回すように見て、吐息を漏らした。
 貪るように片方を舐め、真っ赤に腫れた頃にもう片方をいたぶる。
 最初は変な感じがしたのに、下に直結するような気持ち良さが生まれてくる。口を吸われたときと同じ感覚。
「こんなことも、拓郎にしなくちゃいけないの?」
「……ここまではしなくていいよ。儀式は事務的に行えばいい」
 それを聞いて安堵した。できれば楽しみたくないのだ。それが俺にできる唯一の抵抗だった。拓郎とするというより、拓郎に宿る稲荷様と行為を行うのだが、心までは授けたくなかった。
 満足した幸春さんは今度こそ眠りについた。久しぶりに見る寝顔に俺も安心して、連続的に聞こえる風の音に任せながら目を閉じた。
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