夕凪に浮かぶ孤島の儀式

不来方しい

文字の大きさ
上 下
11 / 19
第二章 非日常

011 八月(二)

しおりを挟む
 恐怖に蝕まれながらも、そっと秘密の穴に指を這わせてみた。
「う…………」
 軽く触れただけで臀部がきゅっと締まり、指ごと挟んでしまう。幸春さんには何もしなくて良いと言われたが、好奇心込みの心の準備だ。
「だ、だめだ……」
 ひとりでは何もできなかった。火照った身体に冷水をかけると、性器がぶるりと震えた。温めのお湯で身体を温めて風呂から出ると、いつもの白装束に着替えた。
 九時前に廊下で物音がし、襖を開けると幸春さんがちょうどやってきた。重箱から目を背けたいが、今日から本番行為に備えなければならない。
 手を取られ、繋ぎながら歩いていくと、長い廊下もあっという間だ。
「石鹸の良い香りがする」
「うん。さっき入ったばっかりだから。今日はいつもよりお香が強いね」
「身体の緊張も解すためにね。さあ、脱いで」
 正座のまま、幸春さんはまっすぐに俺を見る。恥ずかしくて火元になりそうだが、帯を解いて落とした。
「手は後ろに組んで、背筋を伸ばして」
 ああ……まただ。
 見られているだけで頭がもたげ、全身の熱が集まっていく。
「よく反応しているね。四つん這いになろうか。その方が楽だ。そのまま、お尻を突き出して」
 膝を抱えるような格好になると、幸春さんお尻を何度も撫でる。これは儀式と何か関係があるのだろうか。くすぐったいし、先を期待してしまうのは稲荷様に対して心の汚損だろうか。
「あっ」
「もっと見せなさい。皺の一本一本がしっかり見えるように」
「あっ、あ、はる、にい…………」
 皺に沿って時計回りに撫でていき、そのたびに身体が大きく揺れる。指が一周する頃にはすでに息も上がっていて、震える膝は崩れ落ちる。
「なに、ぬったの……?」
「柔らかくなって、気持ちよくなる液体。まだこれからだ。ああ……恥ずかしかったんだね」
「どうしよう……」
「そのままずっと気持ちよく感じていればいい。今日は触らないから」
 敷いている花嫁衣装に、透明な液がぼたぼたと落ちる。
 幸春さんは重箱から一番細い棒を取り出すと、液体を満遍なく塗り、解された入り口にゆっくりと押し当てた。
「う……う…………」
「痛くはないはずだ」
「く、くるしい……」
「すぐに慣れる」
 入れない、という選択肢は端からなかった。押し進む異物に耐えながらぎゅっと閉めると、割れ目に沿って指が這う。力が抜けた隙にさらに奥へと押し込まれた。
「今日は一時間このままだ」
「そんなに?」
「これからもっと太いものをくわえて、長時間入れっぱなしになるんだぞ」
 恐ろしい言葉に、身体が恐怖で震えてくる。一時間でも耐えられそうにない。
「一時間後に戻ってくる」
 かつてこんなに冷たい幸春さんがいただろうか。側にいてほしい。側で頭を撫でてほしい。頑張れと声をかけてほしい。
 願いも虚しく、幸春さんは立った。驚いたのは、股間の盛り上がりが凄まじいほど膨らんでいたことだ。気にする素振りも見せずに出ていってしまった。
「は、はあ、は…………」
 息を吸うだけで内側の弱いところに当たり、体勢を変えようものなら出したくもない掠れた声が出てしまう。
「だ、だめ…………」
 抜いたらこれ以上の苦しみを味わうことになる。幸春さんは、きっと許してくれない。
 抜けそうになる棒を息を吐きながら押し込み、何度も繰り返した。
 外では何やら騒がしい。部屋を出ていったっきり、幸春さんは戻ってくる気配がない。キツネたちか、と思うが、人の声が段々大きくなる。
 聞き覚えのある声だ。怒鳴るような喋り方は子供の頃から変わらない。拓郎と、誰か大人の声。
──だから、ダメだっつってんだろ!
──そう言わずに。ほんのちょっとでいいからさあ。
──ほんっとにしつけえな!
──ちょっと建物の中見せてくれるだけでいいんだって。
 聞き覚えがあるのは拓郎だけじゃない。男性二人は、大きなカメラを抱えていたテレビ局の人だ。まだ島にいた。
 どうしよう。拓郎一人で押さえられるだろうか。幸春さんは帰ってくる様子はない。
 なんとか立ち上がり、白装束をまとって帯を締めた。
 内股で歩いていくと、塗りたくられた液体が太股を流れる。生暖かく、気持ちが悪い。
 壁を手に扉の鍵を開けると、外には拓郎と男性二人がまだ言い争っていた。
「お前…………」
「だめ、だよ……帰ってください……」
 拓郎も男性たちも、みな俺を見てはぎょっとしている。
「もしかして、儀式の練習中なの? よければ撮らせて……」
「いい加減にしろよ!」
「何の騒ぎだ」
 拓郎の怒声に、気づいた幸春さんが奥からやってきた。
みなと、中に入りなさい」
「でも…………」
「入りなさい」
 有無を言わせない声色は、あきらかに怒っている。いつも温厚な幸春さんにしては珍しい。
 暑さと身体の奥に眠る棒のせいで足下がおぼつかなくなり、床に肩から落ちそうになった。痛いほど瞼を閉じると、衝撃が走るどころか強く抱きしめられ、つい甘い声が漏れてしまった。
「春兄…………」
 なんて甘い香りだろう。お香と幸春さんの体臭が合わさると、とんでもない媚薬の効果が生まれるのかもしれない。
「拓郎、あとは頼む」
「ちょっと待てよ。なんで兄貴がここにいる?」
「お前の想像通りだ。俺が儀式の稽古をつけている」
「掟破ってんじゃねーよ。元々は神官がやるもんだろうが」
「書物には神官がするものだとは書いていなかった。これは湊の家族も神官たちも了承済みだ」
 幸春さんたちは何か話しているが、頭ごとすっぽりと覆われているのではっきりとは聞き取れない。
 扉が締まり、幸春さんは内側から鍵をかけた。まだ怒っているかと見上げると、なんとも言えない顔で見下ろしている。怒りより、悲しみに近い気がする。
「ごめんなさい。掟破ってしまって……」
「誰にも会ってはいけなかった」
「うん……災いが怒ったらどうしよう」
「それは誰にも分からない。想定外のことが起こって、今までも儀式を行ってきたのか。それとも想定内に進んでいったのか。何にせよ、やるしかない。まだ一時間経っていないが、そろそろ抜こうか」
 違和感はあるが、入れられたときよりも苦しさはなかった。
 俺が儀式を行うことは、彼はなんとも思わないのだろうか。
 余計なことを考えてしまい、気持ちが下降していく。そもそも、儀式のために稽古をしているのに。せめて、初めてセックスをする相手が彼であれば、ここまで締めつけられる気持ちにならなかっただろう、
 時間が経過していくごとに、心は幸春さんに支配されていく。



 室内ばかりで生活していると、外の様子はまるで分からない。予期しない出来事が起こってしまったが、二週間は滞りなく過ぎていった。
 大きな物音に飛び起きてしまった。部屋の中は暗く、暑さのせいかしっとりと肌が湿っている。手探りでリモコンに手を伸ばし、エアコンをつけた。
 物音の正体は外からだった。木々のざわめく音や、壁に何かが当たる鈍い音。どうやら、外が荒れているらしい。本州から離れた島は、天気予報ですら越えられない壁がある。いくら晴れだといっても雨になったり、こうして嵐が巻き起こる。学校へも行けなくなるのはいつものことだ。
「ひっ…………」
 外だけではない。廊下でも何か音がした。古い床板がぎしりと鳴り、心の底から驚愕すると声が出ないと、セミ爆弾以来の衝撃が全身を蝕む。
 扉が叩かれるが、自室とは違い襖なので、心もとないノック音がした。
「だっ……誰…………」
「湊? 起きてた?」
 安心安全の幸春さんだ。駆け寄って襖を開け、大きな身体におもいっきり抱きついた。
「春兄……? もしかして外雨降ってる?」
「タイミング良かったよ。少し濡れただけで済んだ。これから大降りになるかもしれない。海の向こう側に、真っ黒な雲があったから」
 身体は少し濡れ、頭から雨水が垂れている。箪笥の中からタオルを出し、彼の頭に被せた。
「ありがとう」
「今日は来るの早くない? まだ六時くらいでしょ」
「雨に濡れる前にって思ってたけどね。結局濡れてしまったよ。それと一緒に朝食でもどうかと思って」
 幸春さんはビニール袋を掲げ、中にはラップフィルムにくるまれたサンドイッチが入っている。それとコミカルな牛の絵の牛乳。平和すぎて今求められている現状が嘘みたいに思える。
「まだ朝食には早いね」
「キツネたちは大丈夫?」
「キツネ小屋に避難しているよ。心配ない」
 島人たちで、キツネ小屋を設置し、そこでご飯を与えたりしている。夏場は涼しいし、冬は外より温かい。けれど寒さに強いキツネたちは、あえて外でうろうろして通る島人に頭を撫でろと急かしてくる。
「身体は痛いところはない?」
「う、うん……ないよ。ちょっと違和感はあるけど。春兄……腕のところどうしたの?」
 微かだが、皮が白くめくれている。何かで引っかいた跡に見えた。
「うん、昨日弟と喧嘩してしまって」
「拓郎と?」
「俺が儀式の稽古をしているのがよほど気に食わないらしい。いきなり教科書を投げつけてきて、母親にこっぴどく叱られたよ。なぜか俺もね」
「なにそれ……それで春兄が怪我したっていうの?」
「怪我ってほどじゃないよ」
 笑う幸春さんだが、想像をできてしまうあたり拓郎はやはり根は変わっていない。暴力的で、家族であっても容赦がない。なぜ、こうも幸春さんと違うのだろう。同じ家で育っても、温厚さがあまりにも欠落している。
 震える俺を抱きしめ、幸春さんは俺が離れるまで手を離さなかった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

灰かぶりの少年

うどん
BL
大きなお屋敷に仕える一人の少年。 とても美しい美貌の持ち主だが忌み嫌われ毎日被虐的な扱いをされるのであった・・・。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

家族になろうか

わこ
BL
金持ち若社長に可愛がられる少年の話。 かつて自サイトに載せていたお話です。 表紙画像はぱくたそ様(www.pakutaso.com)よりお借りしています。

オッサン、エルフの森の歌姫【ディーバ】になる

クロタ
BL
召喚儀式の失敗で、現代日本から異世界に飛ばされて捨てられたオッサン(39歳)と、彼を拾って過保護に庇護するエルフ(300歳、外見年齢20代)のお話です。

兄たちが弟を可愛がりすぎです

クロユキ
BL
俺が風邪で寝ていた目が覚めたら異世界!? メイド、王子って、俺も王子!? おっと、俺の自己紹介忘れてた!俺の、名前は坂田春人高校二年、別世界にウィル王子の身体に入っていたんだ!兄王子に振り回されて、俺大丈夫か?! 涙脆く可愛い系に弱い春人の兄王子達に振り回され護衛騎士に迫って慌てていっもハラハラドキドキたまにはバカな事を言ったりとしている主人公春人の話を楽しんでくれたら嬉しいです。 1日の話しが長い物語です。 誤字脱字には気をつけてはいますが、余り気にしないよ~と言う方がいましたら嬉しいです。

処理中です...