夕凪に浮かぶ孤島の儀式

不来方しい

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第二章 非日常

011 八月(二)

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 恐怖に蝕まれながらも、そっと秘密の穴に指を這わせてみた。
「う…………」
 軽く触れただけで臀部がきゅっと締まり、指ごと挟んでしまう。幸春さんには何もしなくて良いと言われたが、好奇心込みの心の準備だ。
「だ、だめだ……」
 ひとりでは何もできなかった。火照った身体に冷水をかけると、性器がぶるりと震えた。温めのお湯で身体を温めて風呂から出ると、いつもの白装束に着替えた。
 九時前に廊下で物音がし、襖を開けると幸春さんがちょうどやってきた。重箱から目を背けたいが、今日から本番行為に備えなければならない。
 手を取られ、繋ぎながら歩いていくと、長い廊下もあっという間だ。
「石鹸の良い香りがする」
「うん。さっき入ったばっかりだから。今日はいつもよりお香が強いね」
「身体の緊張も解すためにね。さあ、脱いで」
 正座のまま、幸春さんはまっすぐに俺を見る。恥ずかしくて火元になりそうだが、帯を解いて落とした。
「手は後ろに組んで、背筋を伸ばして」
 ああ……まただ。
 見られているだけで頭がもたげ、全身の熱が集まっていく。
「よく反応しているね。四つん這いになろうか。その方が楽だ。そのまま、お尻を突き出して」
 膝を抱えるような格好になると、幸春さんお尻を何度も撫でる。これは儀式と何か関係があるのだろうか。くすぐったいし、先を期待してしまうのは稲荷様に対して心の汚損だろうか。
「あっ」
「もっと見せなさい。皺の一本一本がしっかり見えるように」
「あっ、あ、はる、にい…………」
 皺に沿って時計回りに撫でていき、そのたびに身体が大きく揺れる。指が一周する頃にはすでに息も上がっていて、震える膝は崩れ落ちる。
「なに、ぬったの……?」
「柔らかくなって、気持ちよくなる液体。まだこれからだ。ああ……恥ずかしかったんだね」
「どうしよう……」
「そのままずっと気持ちよく感じていればいい。今日は触らないから」
 敷いている花嫁衣装に、透明な液がぼたぼたと落ちる。
 幸春さんは重箱から一番細い棒を取り出すと、液体を満遍なく塗り、解された入り口にゆっくりと押し当てた。
「う……う…………」
「痛くはないはずだ」
「く、くるしい……」
「すぐに慣れる」
 入れない、という選択肢は端からなかった。押し進む異物に耐えながらぎゅっと閉めると、割れ目に沿って指が這う。力が抜けた隙にさらに奥へと押し込まれた。
「今日は一時間このままだ」
「そんなに?」
「これからもっと太いものをくわえて、長時間入れっぱなしになるんだぞ」
 恐ろしい言葉に、身体が恐怖で震えてくる。一時間でも耐えられそうにない。
「一時間後に戻ってくる」
 かつてこんなに冷たい幸春さんがいただろうか。側にいてほしい。側で頭を撫でてほしい。頑張れと声をかけてほしい。
 願いも虚しく、幸春さんは立った。驚いたのは、股間の盛り上がりが凄まじいほど膨らんでいたことだ。気にする素振りも見せずに出ていってしまった。
「は、はあ、は…………」
 息を吸うだけで内側の弱いところに当たり、体勢を変えようものなら出したくもない掠れた声が出てしまう。
「だ、だめ…………」
 抜いたらこれ以上の苦しみを味わうことになる。幸春さんは、きっと許してくれない。
 抜けそうになる棒を息を吐きながら押し込み、何度も繰り返した。
 外では何やら騒がしい。部屋を出ていったっきり、幸春さんは戻ってくる気配がない。キツネたちか、と思うが、人の声が段々大きくなる。
 聞き覚えのある声だ。怒鳴るような喋り方は子供の頃から変わらない。拓郎と、誰か大人の声。
──だから、ダメだっつってんだろ!
──そう言わずに。ほんのちょっとでいいからさあ。
──ほんっとにしつけえな!
──ちょっと建物の中見せてくれるだけでいいんだって。
 聞き覚えがあるのは拓郎だけじゃない。男性二人は、大きなカメラを抱えていたテレビ局の人だ。まだ島にいた。
 どうしよう。拓郎一人で押さえられるだろうか。幸春さんは帰ってくる様子はない。
 なんとか立ち上がり、白装束をまとって帯を締めた。
 内股で歩いていくと、塗りたくられた液体が太股を流れる。生暖かく、気持ちが悪い。
 壁を手に扉の鍵を開けると、外には拓郎と男性二人がまだ言い争っていた。
「お前…………」
「だめ、だよ……帰ってください……」
 拓郎も男性たちも、みな俺を見てはぎょっとしている。
「もしかして、儀式の練習中なの? よければ撮らせて……」
「いい加減にしろよ!」
「何の騒ぎだ」
 拓郎の怒声に、気づいた幸春さんが奥からやってきた。
みなと、中に入りなさい」
「でも…………」
「入りなさい」
 有無を言わせない声色は、あきらかに怒っている。いつも温厚な幸春さんにしては珍しい。
 暑さと身体の奥に眠る棒のせいで足下がおぼつかなくなり、床に肩から落ちそうになった。痛いほど瞼を閉じると、衝撃が走るどころか強く抱きしめられ、つい甘い声が漏れてしまった。
「春兄…………」
 なんて甘い香りだろう。お香と幸春さんの体臭が合わさると、とんでもない媚薬の効果が生まれるのかもしれない。
「拓郎、あとは頼む」
「ちょっと待てよ。なんで兄貴がここにいる?」
「お前の想像通りだ。俺が儀式の稽古をつけている」
「掟破ってんじゃねーよ。元々は神官がやるもんだろうが」
「書物には神官がするものだとは書いていなかった。これは湊の家族も神官たちも了承済みだ」
 幸春さんたちは何か話しているが、頭ごとすっぽりと覆われているのではっきりとは聞き取れない。
 扉が締まり、幸春さんは内側から鍵をかけた。まだ怒っているかと見上げると、なんとも言えない顔で見下ろしている。怒りより、悲しみに近い気がする。
「ごめんなさい。掟破ってしまって……」
「誰にも会ってはいけなかった」
「うん……災いが怒ったらどうしよう」
「それは誰にも分からない。想定外のことが起こって、今までも儀式を行ってきたのか。それとも想定内に進んでいったのか。何にせよ、やるしかない。まだ一時間経っていないが、そろそろ抜こうか」
 違和感はあるが、入れられたときよりも苦しさはなかった。
 俺が儀式を行うことは、彼はなんとも思わないのだろうか。
 余計なことを考えてしまい、気持ちが下降していく。そもそも、儀式のために稽古をしているのに。せめて、初めてセックスをする相手が彼であれば、ここまで締めつけられる気持ちにならなかっただろう、
 時間が経過していくごとに、心は幸春さんに支配されていく。



 室内ばかりで生活していると、外の様子はまるで分からない。予期しない出来事が起こってしまったが、二週間は滞りなく過ぎていった。
 大きな物音に飛び起きてしまった。部屋の中は暗く、暑さのせいかしっとりと肌が湿っている。手探りでリモコンに手を伸ばし、エアコンをつけた。
 物音の正体は外からだった。木々のざわめく音や、壁に何かが当たる鈍い音。どうやら、外が荒れているらしい。本州から離れた島は、天気予報ですら越えられない壁がある。いくら晴れだといっても雨になったり、こうして嵐が巻き起こる。学校へも行けなくなるのはいつものことだ。
「ひっ…………」
 外だけではない。廊下でも何か音がした。古い床板がぎしりと鳴り、心の底から驚愕すると声が出ないと、セミ爆弾以来の衝撃が全身を蝕む。
 扉が叩かれるが、自室とは違い襖なので、心もとないノック音がした。
「だっ……誰…………」
「湊? 起きてた?」
 安心安全の幸春さんだ。駆け寄って襖を開け、大きな身体におもいっきり抱きついた。
「春兄……? もしかして外雨降ってる?」
「タイミング良かったよ。少し濡れただけで済んだ。これから大降りになるかもしれない。海の向こう側に、真っ黒な雲があったから」
 身体は少し濡れ、頭から雨水が垂れている。箪笥の中からタオルを出し、彼の頭に被せた。
「ありがとう」
「今日は来るの早くない? まだ六時くらいでしょ」
「雨に濡れる前にって思ってたけどね。結局濡れてしまったよ。それと一緒に朝食でもどうかと思って」
 幸春さんはビニール袋を掲げ、中にはラップフィルムにくるまれたサンドイッチが入っている。それとコミカルな牛の絵の牛乳。平和すぎて今求められている現状が嘘みたいに思える。
「まだ朝食には早いね」
「キツネたちは大丈夫?」
「キツネ小屋に避難しているよ。心配ない」
 島人たちで、キツネ小屋を設置し、そこでご飯を与えたりしている。夏場は涼しいし、冬は外より温かい。けれど寒さに強いキツネたちは、あえて外でうろうろして通る島人に頭を撫でろと急かしてくる。
「身体は痛いところはない?」
「う、うん……ないよ。ちょっと違和感はあるけど。春兄……腕のところどうしたの?」
 微かだが、皮が白くめくれている。何かで引っかいた跡に見えた。
「うん、昨日弟と喧嘩してしまって」
「拓郎と?」
「俺が儀式の稽古をしているのがよほど気に食わないらしい。いきなり教科書を投げつけてきて、母親にこっぴどく叱られたよ。なぜか俺もね」
「なにそれ……それで春兄が怪我したっていうの?」
「怪我ってほどじゃないよ」
 笑う幸春さんだが、想像をできてしまうあたり拓郎はやはり根は変わっていない。暴力的で、家族であっても容赦がない。なぜ、こうも幸春さんと違うのだろう。同じ家で育っても、温厚さがあまりにも欠落している。
 震える俺を抱きしめ、幸春さんは俺が離れるまで手を離さなかった。
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