夕凪に浮かぶ孤島の儀式

不来方しい

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第一章 日常

08 七月(二)

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 メールが来たのが午後三時を過ぎる頃だった。
──外に出られる?
──すぐ行く。昼は食べた?
──食べてないよ。今まで神社にいた。夜まで持つかなあ。
──ちょっと待ってて。
 キッチンには、残った焼きおにぎりが残っている。それと一緒に焼いた鮭の切り身。ラップフィルムに包んで、水筒にお茶と氷を入れた。
 玄関を出ると、幸春さんは塀に持たれてじっと動かないでいた。
「春兄…………?」
「湊、早かったね」
 いつものあったかい幸春さんだ。あのときの冷たい目はなんだったのだろう。
「……おにぎり?」
「急いでラップに包んできた。今日の昼ご飯の残りなんだ。それと水筒にお茶も入れてきた。もうおやつの時間だけど、食べて?」
「嬉しい。ありがとう。一旦家に戻ったら、あまりに戻って来ないからって俺の分の焼きそばがなくなってたよ。拓郎のやつ、二人前食べて寝てるから後でお仕置きだ」
 海に行こうとお誘いに、断る理由もなく二つ返事で頷いた。道行く人にいってらっしゃいと声をかけられ、幸春さんは愛想良く答えていく。拓郎といれば、仲良くねと余計な一言が付け加えられるのに、幸春さんと一緒にいても何もない。
「ほら」
 出された右手に指を絡めると、幸春さんは驚いて息を呑んだ。
 恋人繋ぎみたいにしたのは生まれて初めてだ。どきどきするし、心臓が飛び出しそうで前屈みになってしまう。
「う…………」
「ほら、しゃんとして。転ぶよ?」
「なんで笑うのっ」
「嬉しくて、つい。あはは、可愛い。顔真っ赤だ」
「暑いからだよ! セミも鳴いてるし」
「あと何回、稲荷島のセミの声が聞けるのかなあ」
「……………………」
 そう、幸春さんは受験生だ。頭も良いし、大学に進学するだろう。
「……出ていくの?」
「ん? 進学はするよ。稲荷島に大学はないからね」
「そっか」
「寂しい?」
「……けっこう絶望してる」
「長い休みには帰ってくるし、すぐ会えるよ。帰ってきたら、湊に恋人ができていたりして」
「……絶対いない」
 それ以上、幸春さんは深く追求してこなかった。せっかく繋いだ手が台無しだ。あり得ないことだと分かるのに、ずっと側にいると言ってほしいわがままな感情に蓋をした。やっぱり、二年の差は大きい。
 自然の力でできた岩場は潮だまりが所々にできていて、澄んだ海水には生き物たちが寝床にしている。子供のときから観察するのが大好きだった。幸春さんも子供に戻り、石をどけて魚がいると嬉しそうに笑っている。
 彼がおにぎりを食べている間、綺麗なウミウシと遭遇し、しばらく眺めていた。触りたくても触れなかった。宝石のような美しさがあるのに、ウミウシたちには毒がある。
 美しいものには、触れられない神秘の力が備わっている。
「ごちそうさま」
「お粗末様でした。俺が作ったわけじゃないけど」
「湊のお母さんの味だよ。知ってる、ずっと昔から食べてきたし。ふー」
 幸春さんは俺の隣に座り、靴を脱いだ。生き物のいない潮だまりに足をつけたので、俺も真似をして靴下ごと脱ぐ。
「よくこうして遊んだなあ」
「だね」
「けれど、もう俺たちは大人だ。過去にはどうやっても戻れない。これからの未来を受け入れて、進んでいかなきゃいけない。儀式もね」
「春兄…………」
「儀式の準備と禊は俺がする。いいね?」
 再度確認をされるが、断るなんてできなかった。神官の鼻息が身体に当たったときの嫌悪感は二度と味わいたくない。
「準備って……具体的に何をするの? 春兄が持ってた書物だけど、俺の家にもあるかもしれないと思って母さんに聞いたらないって言われた」
「ちゃんと大人になっているかどうかの確認と、稲荷様を受け入れる準備と禊。確認は七月中にするから、明日また午前中に儀式の社に来て。準備と禊に関しては、八月の夏休みを使って行う。詳しい内容は明日話す」
 幸春さんが回りを見渡す。こちらの話は聞こえていないだろうが、離れたところに小学生の子供たちがいる。カニを捕って遊んでいるようだ。
「神官が持っていた書物が、元々仁神家にあったものだと思う。軽く見ただけだけど、最後に仁神と見える筆記もあった」
「どうして神官たちが?」
「想像はいろいろしてみたけど。禊の内容を子供たちに見せたくなかった、神官たちが禊を行いたいがために仁神家から奪った」
「うーん……よく分からない」
「あれはあのまま神社に隠しておくべきだ。内容が内容だけに、仁神家には置かない方がいい」
「書物だけでなくて、木の棒みたいなのもあったよね?」
「あれも準備に必要なものだ」
 寒くない。むしろ暑いのに、潮だまりにつけた足から痙攣が起こる。
 閉じた膝が手で包まれ、寒さとも暑さとも違う震えがあり、閉じようとしたが太股の内側に手のひらが伝い、ゆっくりと股を開いた。
 ここにきて、六月に同衾をしたあの出来事を思い出した。腰を押しつけられたときの芯の固さ、耳にかかる息遣い、シャンプーと体臭が混じった匂い。熱は徐々に下へ下へと集まっていく。
「春兄……それ以上は……」
「……帰ろうか」
 幸春さんはため息を吐き、靴を履いた。何か不愉快なことをしてしまっただろうか。
「家に帰ったら、膿出してね」
「なっ」
 ほんのりと、幸春さんの顔が赤い。夕日のせいではなかった。
 膿とは、俺が中学生に上がったばかりの頃だ。朝起きると夢精していて、幸春さんに泣きつきながら病気かもしれない、膿が溜まっていると訴えたのだ。辿々しく性について説明をしてくれた彼は、とても困っただろう。定期的に出せば、夢精はしなくなると教えられ、今のところは恥ずかしい思いはしていない。家族にもばれていないと思う。そう思いたい。
 帰りも手を繋いで小幅で歩いた。恋人繋ぎで帰ると、玄関では拓郎が野菜を洗っていた。野菜を洗う姿をよく目撃するが、佐狐家では彼の役割なのかもしれない。
 拓郎は俺を見るなり暑苦しいだの家に来るなよと、早速悪態をつく。
「言われなくてもご飯の時間だし、戻るよ」
「じゃあ、また明日」
「うん……またね」
 せっかく繋いだ手が離れていくが、大きな手は頭に乗り、何度かぽんぽんして離れた。
 すぐに部屋に行き、ベッドの上でティッシュ箱を抱きしめながら膿を出した。揺れるカーテンに思いを馳せて、夕食の時間までぼんやりと眺めていた。

──準備があるから先に行ってて。
 そうメールが来てから、日が高く昇る前に神社に向かう。暇なのか、キツネたちもぞろぞろと後ろをついてきた。
「心配なの? 大丈夫だよ」
 クンクン鳴くキツネの頭を撫で、少し早めに足を動かした。
 海から吹く風は気持ちいいが、七月ともなると暑い。黙っていてもじわじわと汗が滲み出てくる。
 儀式の社には、この前のような赤い絨毯も白装束もない。宮司や神官もいない。壁際で座って待っていると、外で誰かの足音がした。
 入ってきたのは幸春さんだ。神職と同じ格好をし、いつもの優しい笑みはない。厳しい表情を崩さないまま、中に入ってきた。
 端に置かれたままになっていた赤い絨毯を敷こうとしているので、俺も手伝うと名乗り出ても、幸春さんは頭を振るだけだった。
「神子に手伝わせることはできない」
「でも…………」
 幸春さんは一度奥に行き、戻ってくるときは装束と重箱を持っていた。この前と同じように、真っ赤な床に装束を敷き、脇に重箱を置く。
「来なさい」
 厳しい声に、足が勝手に動いた。今日は拒否は許されないと、言われているようだった。
 花嫁衣装の上で正座をすると、幸春さんは重箱の蓋を開ける。中身はこの間と変わらない。おかしな形の棒が三本、書物、小袋が入っている。
 そういえばと、前回と違う点もあることに気がついた。
「この前、変わった匂いがしてたけど、今日はしないね」
「あった方がいいか? あれは思考を鈍くさせるための香りだ」
「確かに、頭が鈍くなってた気がする」
 幸春さんは白装束を避けて座る。あえて乗らないようにしていた。
「昨日は膿を出せた?」
「なんで、そんなこと」
「量はどのくらい? 質問されたことはすべて答えなさい」
「……出せたよ……普通くらい」
「全部脱いで」
 神官と同じことを繰り返す。本気だ。冗談の目ではなかった。
「今から神子が受け入れられる身体かどうか確認をする」
「全部って、下着も靴下も?」
「ああ、すべて。脱いだら足を開いて、よく見える体勢になること」
 恥ずかしいが、鼻息の荒い神官よりはましだ。
「男同士だし……別に恥ずかしくないよね」
「男同士だから……か。湊はそういう考えなんだな」
 ベルトに手をかけられたが、自分がやりますでやると押し留めた。
 ベルトを外し、ズボンと靴下も脱いだ。シャワーを浴びた後なので、ふんわりと石鹸の香りがする。
 幸春さんを見ると、下半身を見るばかりで一切目を合わそうとしない。
「う…………」
「下着も横に置いて、足を広げて」
 言われた通りに衣服をたたんで赤い絨毯に起き、ぐずぐずしていると、無理やり足を開かされてしまった。ちょうど冷房の風が当たり、身体に鳥肌が立つと同時にさらに小さくなる。
 書物を手渡され、開いたページを見やる。
 あまりに卑猥な絵に直視することができず、強く目を閉じた。
「駄目だ、ちゃんと見るんだ」
「だ、だって……これ……」
 図書館で興味本位で見た、江戸時代の春画に出てくるような卑猥な絵だ。それよりももっとひどい。皺やくびれまで細かく描かれ、いけないと分かっていても、一箇所に熱が集まってしまう。無意識に足が閉じていくが、内側に手を置かれ、外側に押されてしまう。
「ちゃんと勃起しているな」
 春画と彼の視線に反応し、性器は頭をもたげていた。期待に膨らませてはいるが、皮にこもったまま出ようとはしない。
 心もとない大きさと色だ。書物の絵とは似ても似つかない。大きくなっても小ぶりで、成長が感じられない。
「はる、にい」
 待って、と言う前に、性器は大きな手で包まれた。
 書物の絵と確認するように下から上へ、精のつまった袋もじっくりと手に取り、優しく揉む。
 短い息が漏れ、声を殺そうとするが、そのたびに幸春さんは弱い箇所を見つけてはくすぐるように撫でていく。
「あ、あ、も……やめて」
「稲荷様にも嫌だと言うのか? 書物にはなんと書いてある?」
「……、…………っ」
「声に出して読みなさい」
「う、う……、足を、開いて……気をやり、喜悦を授け……精を捧げる……」
「訳すと、隠さずにさらけ出し、お前の気持ち良い姿を稲荷様に見てもらうんだ。だがそれは次の段階の話だ。稲荷様に捧げる身で、少年のままの姿ではならない」
「どういうこと……?」
「皮をめくり、しっかり頭を出した状態でなければいけない。書物を見てごらん。亀頭部分が剥き出しになっているだろう?」
 子供の部分を凝視され、太股の内側に力がこもり震えてくる。閉じることは許されず、何度も足を押さえつけられた。
「精を吐き出すところをしっかりと見届けてもらわなくてはならない。皮かむりでは、精孔がしっかり見えない」
 あの春兄が。
 優しくてあったかい春兄から飛び出す卑猥な言葉に、別人か誰かが宿ったみたいだった。
「春兄は……そんなこと言わない」
「湊がそう思い込んでいただけだ。本当は俺だって、」
 開きかけた口を閉じ、幸春さんは目を閉じる。
「……毎日お風呂に入ったら、少しずつでいいから剥いてみなさい。来週、また同じ時間に確認をして、一人でできていなければ俺がする」
 幸春さんは立ち上がると、奥の部屋へさっさと行ってしまった。
 残された俺の身体は有り余った熱が溜まり、我慢できずに勃起した性器に手を伸ばした。
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