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第一章 日常
07 七月
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学校から帰ってくると、祭りを行う神社の宮司が家から出てくるところだった。彼は俺に気づかず踵を返していく。顔見知りだし隠れる必要はないのに、異様な雰囲気で対峙する勇気が出なかった。
「おかえり、さっき宮司さんが来たわよ」
「うん……何の用だったの?」
「儀式のお話で、八月から本格的に準備に入るってお知らせに来たのよ。一か月間会えなくなるのねえ……寂しいわ」
ついに来てしまった。覚悟はしていても、いざ突きつけられるとけっこうつらい。心が小さく萎んでいく。
夏休み中は、神社のさらに奥にある森で、俺は一か月間、家族にも会えずにひとりで禊ぎに徹しなければならない。その間はお風呂も食事もすべて準備をしてもらう。人と会わない、社の中で過ごす以外の制約は特にないが、儀式を担う当事者にしか知らされない準備があるらしい。
「明日は神社にひとりで行って、宮司さんから儀式のことをいろいろ聞いてね」
「分かった」
「あと八月中はちゃんと宿題持っていきなさい」
「……分かった」
ちゃっかりしている。本当に宿題漬けの八月になりそうだ。
次の日の午前九時を過ぎた頃、神社に行こうと家を出ると、キツネが家の前にいた。どこにでもいるが、今日はなんだか様子がおかしい。
「どうしたの?」
頭を撫でると気持ち良さそうに目を閉じるが、ずっと鳴き続けている。神社に向かっても足下に絡まり、進みづらい。幸せな悩みだ。
境内に入ると、今日はいつも以上にキツネが多かった。俺の姿を見たとたん、寂しげに喉を鳴らす。撫でてほしいわけではなさそうだった。
「お待ちしていました。どうぞこちらへ」
「はい」
緊張でかちこちになる太股を叩いて、いよいよだと覚悟を決めた。
この緊張感は、幸春さんと同衾したときとはまた別の緊張で、ふと彼を思うと胸が槍で刺された気分になる。彼はどうしているだろうか。次の日は何事もなかったかのように朝食を食べる彼に拍子抜けもし、がっかりもした。けれど帰りは手を繋いで帰ってくれたので、変な笑いも込み上げそうだ。
「どうかしましたか? ため息が大きいですね」
「八月中は誰にも会えないかと思うと……ちょっと」
「たった一か月の辛抱です。それに拓郎さんと宮司や神官には会えますよ。たくさん宿題が出るでしょう? 宿題も終えられます」
「それ、母にも言われました。あの、今日は何をするんですか?」
質問してみても、宮司は穏やかに微笑むだけで答えてはくれなかった。
拝殿をさらに奥へ進み、本殿の裏に造られた儀式の社だ。
幼少の頃から何度も入ったが、ここに来るといつも心が空っぽになり、神からのお告げはすべて受け入れなければならないとさえ錯覚する。今日はいつもと雰囲気が異なっている。広い部屋の中央には、赤い絨毯、その上には白無垢の証である装束が広げられている。
焚かれているお香を嗅いでいると、全身の力が抜け、膝をついてしまった。
「なんだか……いつもよりお香が強くないですか?」
「……………………」
宮司は答えない。代わりに、奥の部屋から神官が現れた。手には重箱を抱えている。
「仁神湊神子。こちらへ座りなさい」
「はい」
神子なんて呼ばれるのは久しぶりで、自分が自分ではないみたいだった。
花嫁衣装を避けて座ると、衣装の上に座るよう命じられる。恐る恐る踏み、正座をすると糸で張られたように背筋が伸びる。
神官は重箱の蓋を開ける。中には麻でできた小さな袋と、よれて変色している冊子、それと木でできた太くて長いもの。先が茸の傘のように膨らんでいる棒が三種類入っている。
「儀式の内容は把握していますか?」
「えと……はい……一応」
「一応では困るんですよ。稲荷島の存続は、神子様にかかっているのです。本日はあなたが神子様に相応しいかどうか、確かめさせて頂きます」
神官は俺の後ろに立つ宮司と目配せすると、宮司はしゃがんで俺の後ろに膝をついた。
両腋に手を差し、宮司は後ろに引くと、俺はバランスを崩し背後に倒れてしまった。宮司に背中がつき、熱かった。
「あっ……なに…………?」
「神子様、神子になれる条件は、汚れのない身体と神子の雫をしっかりと吐き出せるかどうかです」
「ど、どういうこと……」
「使用した後があるかどうか、確かめさせて頂きます」
神官がズボンに手をかけ、ベルトも外しにかかる。逃げようにも神官の荒い鼻息が顔にかかり、恐怖で動けなかった。
下着にも手が伸びたときは抵抗したが、神子としての役目を蔑ろにするつもりかとたしなめられ、足に力が入らなくなってしまった。
下半身をむき出しにされ、性器はひやりとした空気に縮こまり、恥ずかしくてなんとか太股で隠そうとする。だが足首を取られ、神官にめいっぱい広げられてしまった。
「使った形跡は見られませんね。自慰は週に何度ほど?」
「……っ…………」
「もう一度お願いします」
「言うわけない! 離して!」
掴まれた足におもいっきり力を入れ、神官を蹴った。罰当たりだろうがどうでも良かった。ただ恥ずかしくて、状況を逃れようとしか思わなかった。
脱がされたズボンや下着も手繰り寄せて、横に逃げた。敷かれた白装束はしわくちゃになっている。
外で、誰かが扉を叩く音がした。悪戯にしては強く、何度も叩き、いなくなる様子がない。三人で息を潜めるが、先に宮司が動いた。
垂れ幕を半分ほど上げ、解錠すると勢いよく引き戸が動いた。
そこには、思ってもいなかった人物が立っていた。
「春兄…………」
「佐狐家の方ですね。今は儀式への準備中ですので、中へは……」
「入らせて頂きます」
「あっ、ちょっと……」
制止も聞かず、幸春さんは無遠慮に入ってきた。
固まる俺と目が合うと、黙って見ていられずに視線を下ろし、衣服をかき集めて下半身を隠す。こんな醜態なんて、好きな人に見られたくなかった。悔しさと恥ずかしさで涙が滲む。
幸春さんの手には、古びて所々破けている冊子がある。紐で括りつけられ、本というより紙を束ねただけのものだ。重箱の中に入っている冊子とよく似ていた。
「本日から儀式の準備に入ると小耳に挟みました。なぜ、佐狐家には伝えなかったのですか?」
「それは…………」
神官は言葉を呑み込む。宮司と顔を見合わせるが、二人とも気まずそうに視線を下げるだけだった。
「こちらは、我が佐狐家に伝わる儀式の内容が記されてい書物です。こちらによると、儀式の準備や神子の世話をする者は、関係者のみと書かれているのですが」
「ええ、ですから、関係者である我々が……」
「佐狐家の人間でも問題ないということですね?」
書物を開き、数枚先をめくると神官に押しつけた。
「春兄……どういうこと……」
幸春さんは俺を見もせず、神官の答えを待つ。別人のようで怖かった。
「こちらには、神官や宮司が世話をするとは書かれておりません。関係者です」
「我々でも問題ないはずです」
「そうですね。では私でも問題はないでしょう」
聞き間違いでなければ「私でも問題はない」。
突然の申し出に、俺も神官たちも声が出ない。相変わらず冷徹な目を向ける幸春さんだが、突然目が合ってしまった。
「湊、俺と神官たちとどちらがいい?」
人生の選択肢は、突如俺に委ねられた。頭が真っ白だ。口を開いても、言葉にならない。
「湊が選んで。このままここで神官たちに教えを乞うなら、俺が今日のことは見なかったことにし、出ていく」
「……もし………春兄を選んだら…………?」
「神官たちの代わりに、俺が禊を行う。八月中も付きっきりで」
心臓が可哀想になるくらい、悲鳴を上げている。どちらも選ばない、という選択は端からない。
「お待ち下さい。このようなことは前代未聞ですよ。今までも儀式は我々が行っておりました。突然そのようなことでは、稲荷様のお怒りが……」
「書物の内容はどのようにご説明されますか? いつの時代から変わったのか存じませんが、しきたり通りであれば怒りに触れることもないでしょう。神子の母には書物の内容を伝え、すでに許可は取っております」
「母さんは……なんて言ってた?」
「親しい人であれば不安も和らぐだろうし、ぜひお願いしたいと」
神官の手が拳を作り、ぶるりと震える。
「さあ、湊。選んで」
「え……と……、どうせするなら……春兄がいい」
冷たい目元がいくらか和らぎ、よく知る『春兄』になった。
「分かりました。そういうことであれば、細かな内容を伝えますので、本日は神子はお帰り下さい。儀式の準備と禊の内容は、幸春さんにお伝えします」
「お願いします」
三人が頭を下げたので、俺も慌てて顔を伏せた。
「そうと決まれば、早く服を着て。そちらを貸して頂けますか?」
幸春さんはしわくちゃの真っ白な白装束を俺の身体にかけた。これで誰にも見られずに着替えができる。
身なりを整えると、早く帰るように促された。
「春兄……俺…………」
「あとで連絡する」
短く告げると、大きな手は俺の頭に乗る。弱点をつかれ、言いたいことも言えずに社を後にした。
儀式を担う本人なのに、内容をまるで把握していなかった。俺の家にも書物はあるだろうか。
重い足取りで帰宅すると、母はのん気な声で昼食は何が良い聞いてきた。いつもの日常に戻ったようで、身体の力が抜けてソファーに倒れた。
「なんでもいいよ、もう」
「なあに? その投げやりは態度は」
「じゃあ焼きおにぎりで。あのさ、この家に代々伝わる書物とかあったりする?」
「聞いたことないわ。おばあちゃんから何も聞かされたこともなかったし。幸春君が持ってたみたいな本でしょ?」
「それ。ないならいいや」
「儀式の準備は無事に終えたの?」
飲み込もうとしていた唾が奥です引っかかり、変に咽せてしまった。
「…っ……これからだよ」
「幸春君がやってくれるんでしょ? 汗だくですごく焦って来たから驚いたわ」
「春兄が?」
「八月中の禊も自分がやりますって、頭を下げてたんだけど……いいのかしら? あの子受験生なのに」
「それも今日また連絡取ることになってるから、聞いてみるよ」
幸春さんの冷たい目を思い出し、ぞくりとしたものが背中を這う。おかしな感覚はやがて下半身へ降り、むき出しにした下部に熱がこもる。
「昼ご飯まで部屋にいるから……入ってこないでよ」
「いつも勝手に入らないじゃない」
自室に戻り、ベッドに上がると揺れないカーテンを見てため息をついた。幸春さんはまだ儀式の社の中だ。中でされそうになった行為を思い出し、もし中で幸春さんに触れられていたら。ありえない想像が頭をめぐり、ベルトを外した。
「おかえり、さっき宮司さんが来たわよ」
「うん……何の用だったの?」
「儀式のお話で、八月から本格的に準備に入るってお知らせに来たのよ。一か月間会えなくなるのねえ……寂しいわ」
ついに来てしまった。覚悟はしていても、いざ突きつけられるとけっこうつらい。心が小さく萎んでいく。
夏休み中は、神社のさらに奥にある森で、俺は一か月間、家族にも会えずにひとりで禊ぎに徹しなければならない。その間はお風呂も食事もすべて準備をしてもらう。人と会わない、社の中で過ごす以外の制約は特にないが、儀式を担う当事者にしか知らされない準備があるらしい。
「明日は神社にひとりで行って、宮司さんから儀式のことをいろいろ聞いてね」
「分かった」
「あと八月中はちゃんと宿題持っていきなさい」
「……分かった」
ちゃっかりしている。本当に宿題漬けの八月になりそうだ。
次の日の午前九時を過ぎた頃、神社に行こうと家を出ると、キツネが家の前にいた。どこにでもいるが、今日はなんだか様子がおかしい。
「どうしたの?」
頭を撫でると気持ち良さそうに目を閉じるが、ずっと鳴き続けている。神社に向かっても足下に絡まり、進みづらい。幸せな悩みだ。
境内に入ると、今日はいつも以上にキツネが多かった。俺の姿を見たとたん、寂しげに喉を鳴らす。撫でてほしいわけではなさそうだった。
「お待ちしていました。どうぞこちらへ」
「はい」
緊張でかちこちになる太股を叩いて、いよいよだと覚悟を決めた。
この緊張感は、幸春さんと同衾したときとはまた別の緊張で、ふと彼を思うと胸が槍で刺された気分になる。彼はどうしているだろうか。次の日は何事もなかったかのように朝食を食べる彼に拍子抜けもし、がっかりもした。けれど帰りは手を繋いで帰ってくれたので、変な笑いも込み上げそうだ。
「どうかしましたか? ため息が大きいですね」
「八月中は誰にも会えないかと思うと……ちょっと」
「たった一か月の辛抱です。それに拓郎さんと宮司や神官には会えますよ。たくさん宿題が出るでしょう? 宿題も終えられます」
「それ、母にも言われました。あの、今日は何をするんですか?」
質問してみても、宮司は穏やかに微笑むだけで答えてはくれなかった。
拝殿をさらに奥へ進み、本殿の裏に造られた儀式の社だ。
幼少の頃から何度も入ったが、ここに来るといつも心が空っぽになり、神からのお告げはすべて受け入れなければならないとさえ錯覚する。今日はいつもと雰囲気が異なっている。広い部屋の中央には、赤い絨毯、その上には白無垢の証である装束が広げられている。
焚かれているお香を嗅いでいると、全身の力が抜け、膝をついてしまった。
「なんだか……いつもよりお香が強くないですか?」
「……………………」
宮司は答えない。代わりに、奥の部屋から神官が現れた。手には重箱を抱えている。
「仁神湊神子。こちらへ座りなさい」
「はい」
神子なんて呼ばれるのは久しぶりで、自分が自分ではないみたいだった。
花嫁衣装を避けて座ると、衣装の上に座るよう命じられる。恐る恐る踏み、正座をすると糸で張られたように背筋が伸びる。
神官は重箱の蓋を開ける。中には麻でできた小さな袋と、よれて変色している冊子、それと木でできた太くて長いもの。先が茸の傘のように膨らんでいる棒が三種類入っている。
「儀式の内容は把握していますか?」
「えと……はい……一応」
「一応では困るんですよ。稲荷島の存続は、神子様にかかっているのです。本日はあなたが神子様に相応しいかどうか、確かめさせて頂きます」
神官は俺の後ろに立つ宮司と目配せすると、宮司はしゃがんで俺の後ろに膝をついた。
両腋に手を差し、宮司は後ろに引くと、俺はバランスを崩し背後に倒れてしまった。宮司に背中がつき、熱かった。
「あっ……なに…………?」
「神子様、神子になれる条件は、汚れのない身体と神子の雫をしっかりと吐き出せるかどうかです」
「ど、どういうこと……」
「使用した後があるかどうか、確かめさせて頂きます」
神官がズボンに手をかけ、ベルトも外しにかかる。逃げようにも神官の荒い鼻息が顔にかかり、恐怖で動けなかった。
下着にも手が伸びたときは抵抗したが、神子としての役目を蔑ろにするつもりかとたしなめられ、足に力が入らなくなってしまった。
下半身をむき出しにされ、性器はひやりとした空気に縮こまり、恥ずかしくてなんとか太股で隠そうとする。だが足首を取られ、神官にめいっぱい広げられてしまった。
「使った形跡は見られませんね。自慰は週に何度ほど?」
「……っ…………」
「もう一度お願いします」
「言うわけない! 離して!」
掴まれた足におもいっきり力を入れ、神官を蹴った。罰当たりだろうがどうでも良かった。ただ恥ずかしくて、状況を逃れようとしか思わなかった。
脱がされたズボンや下着も手繰り寄せて、横に逃げた。敷かれた白装束はしわくちゃになっている。
外で、誰かが扉を叩く音がした。悪戯にしては強く、何度も叩き、いなくなる様子がない。三人で息を潜めるが、先に宮司が動いた。
垂れ幕を半分ほど上げ、解錠すると勢いよく引き戸が動いた。
そこには、思ってもいなかった人物が立っていた。
「春兄…………」
「佐狐家の方ですね。今は儀式への準備中ですので、中へは……」
「入らせて頂きます」
「あっ、ちょっと……」
制止も聞かず、幸春さんは無遠慮に入ってきた。
固まる俺と目が合うと、黙って見ていられずに視線を下ろし、衣服をかき集めて下半身を隠す。こんな醜態なんて、好きな人に見られたくなかった。悔しさと恥ずかしさで涙が滲む。
幸春さんの手には、古びて所々破けている冊子がある。紐で括りつけられ、本というより紙を束ねただけのものだ。重箱の中に入っている冊子とよく似ていた。
「本日から儀式の準備に入ると小耳に挟みました。なぜ、佐狐家には伝えなかったのですか?」
「それは…………」
神官は言葉を呑み込む。宮司と顔を見合わせるが、二人とも気まずそうに視線を下げるだけだった。
「こちらは、我が佐狐家に伝わる儀式の内容が記されてい書物です。こちらによると、儀式の準備や神子の世話をする者は、関係者のみと書かれているのですが」
「ええ、ですから、関係者である我々が……」
「佐狐家の人間でも問題ないということですね?」
書物を開き、数枚先をめくると神官に押しつけた。
「春兄……どういうこと……」
幸春さんは俺を見もせず、神官の答えを待つ。別人のようで怖かった。
「こちらには、神官や宮司が世話をするとは書かれておりません。関係者です」
「我々でも問題ないはずです」
「そうですね。では私でも問題はないでしょう」
聞き間違いでなければ「私でも問題はない」。
突然の申し出に、俺も神官たちも声が出ない。相変わらず冷徹な目を向ける幸春さんだが、突然目が合ってしまった。
「湊、俺と神官たちとどちらがいい?」
人生の選択肢は、突如俺に委ねられた。頭が真っ白だ。口を開いても、言葉にならない。
「湊が選んで。このままここで神官たちに教えを乞うなら、俺が今日のことは見なかったことにし、出ていく」
「……もし………春兄を選んだら…………?」
「神官たちの代わりに、俺が禊を行う。八月中も付きっきりで」
心臓が可哀想になるくらい、悲鳴を上げている。どちらも選ばない、という選択は端からない。
「お待ち下さい。このようなことは前代未聞ですよ。今までも儀式は我々が行っておりました。突然そのようなことでは、稲荷様のお怒りが……」
「書物の内容はどのようにご説明されますか? いつの時代から変わったのか存じませんが、しきたり通りであれば怒りに触れることもないでしょう。神子の母には書物の内容を伝え、すでに許可は取っております」
「母さんは……なんて言ってた?」
「親しい人であれば不安も和らぐだろうし、ぜひお願いしたいと」
神官の手が拳を作り、ぶるりと震える。
「さあ、湊。選んで」
「え……と……、どうせするなら……春兄がいい」
冷たい目元がいくらか和らぎ、よく知る『春兄』になった。
「分かりました。そういうことであれば、細かな内容を伝えますので、本日は神子はお帰り下さい。儀式の準備と禊の内容は、幸春さんにお伝えします」
「お願いします」
三人が頭を下げたので、俺も慌てて顔を伏せた。
「そうと決まれば、早く服を着て。そちらを貸して頂けますか?」
幸春さんはしわくちゃの真っ白な白装束を俺の身体にかけた。これで誰にも見られずに着替えができる。
身なりを整えると、早く帰るように促された。
「春兄……俺…………」
「あとで連絡する」
短く告げると、大きな手は俺の頭に乗る。弱点をつかれ、言いたいことも言えずに社を後にした。
儀式を担う本人なのに、内容をまるで把握していなかった。俺の家にも書物はあるだろうか。
重い足取りで帰宅すると、母はのん気な声で昼食は何が良い聞いてきた。いつもの日常に戻ったようで、身体の力が抜けてソファーに倒れた。
「なんでもいいよ、もう」
「なあに? その投げやりは態度は」
「じゃあ焼きおにぎりで。あのさ、この家に代々伝わる書物とかあったりする?」
「聞いたことないわ。おばあちゃんから何も聞かされたこともなかったし。幸春君が持ってたみたいな本でしょ?」
「それ。ないならいいや」
「儀式の準備は無事に終えたの?」
飲み込もうとしていた唾が奥です引っかかり、変に咽せてしまった。
「…っ……これからだよ」
「幸春君がやってくれるんでしょ? 汗だくですごく焦って来たから驚いたわ」
「春兄が?」
「八月中の禊も自分がやりますって、頭を下げてたんだけど……いいのかしら? あの子受験生なのに」
「それも今日また連絡取ることになってるから、聞いてみるよ」
幸春さんの冷たい目を思い出し、ぞくりとしたものが背中を這う。おかしな感覚はやがて下半身へ降り、むき出しにした下部に熱がこもる。
「昼ご飯まで部屋にいるから……入ってこないでよ」
「いつも勝手に入らないじゃない」
自室に戻り、ベッドに上がると揺れないカーテンを見てため息をついた。幸春さんはまだ儀式の社の中だ。中でされそうになった行為を思い出し、もし中で幸春さんに触れられていたら。ありえない想像が頭をめぐり、ベルトを外した。
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