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第三章 母を追って

059 繋がる相関図

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 ナタリーと入れ違いに、フィンリーが戻ってきた。
「はい、二通目」
「ありがとうございます。さっきの画像なんですか?」
「君の大好きなアーサーじゃないか。ご不満かい?」
「いえ、そうではなくて……。あきらかに隠し撮りの写真ですよね」
 先ほど、カメラを向いていないアーサーの画像が送られてきたのだ。
 しかめっ面で眉間にしわを寄せたままだ。真剣な眼差しともいうが、彼方は笑ったアーサーが好きだった。
「代わりに君のも送っておいたから」
「いつ撮ったんですか?」
「シャワーを浴びたあと」
「へんなの撮らないで下さいよ……」
 もらった画像は、アーサーフォルダに入れておいた。
「手紙はなんて書いてるの?」
「今回の件とはまったく関係のない話ですから」
「そう?」
──私も、あなたがいなくて寂しい。
──身と心が引き裂かれています。
──スイーツが喉を通らない。
 このようなことが四枚にわたって書いていて、事件の進展があったかどうかは何も書いていない。
 わざわざ報告することもないので、フィンリーには黙っておいた。
「君が思っている以上に、根っこがとんでもないことになっているかもね」
「事件がですか?」
「いや、アーティーの心だよ。複雑すぎて誰にもどうにもできないレベル。君がそんな感じだからうまくいっているんだろうが、他の人なら逃げているレベル。まあ事件もそこそこ複雑だけどね」
「事件に関しては、ベッドの下から見つかったって聞いたとき、逃げ出したいくらいには頭が真っ白になりました。他人ごとのように、何が起こっているんだろうって現実逃避していましたし。アーサーさんやナタリーさんは、僕を疑っていなかったのがせめてもの救いです」
「君は堂々としていればいいのさ。冷蔵庫にあるジャムのようにね」
「明日はバゲットにつけて食べましょう。フィンリーさんの悲しみは、ジャムの甘さが癒してくれます」
「ああ、ぜひそうしよう」

 進展があったのは、次の日の朝食後だ。
 苦い顔のまま現れたのはレイラの従者であり、イギリス訛りの英語で「屋敷に来るように」と告げた。
「偉そうな態度だね。こっちはお客様だっていうのに」
「客人かもしれませんが、容疑者でもありますから」
「優しすぎるって言われない? 怒るときは怒るべきだよ。でないとアーティーがキレる」
「アーサーさんはそんなに怒ることはないでしょう」
「君は見たことがないから言えるんだよ。世界一怒らせたらだめな子だから覚えておいてね」
 屋敷へ到着すると、ロビーには誰もいなかった。
「集まりに使っていた大部屋がある。そこに移動だ」
「僕も入っていいんですか? スタッフォード家の集まりなのに」
「君が主役だからね」
 事情を知らないはずのフィンリーは、やけに大きく構えている。
 まるでこれから起こることを見透かしているかのようだった。
 大部屋には、そうそうたるメンバーが勢揃いしていた。
 中心にいるのはレイラで、むすっとしたまま俯いている。
 彼方はお目当ての人を探すと、彼は窓辺でぼんやりと外を眺めていた。
 こちらに気づくとまっすぐに歩いてきて、手を広げる。
 彼方もそれに答えた。
「お変わりありませんか?」
「まったく。今日はアーサーさんの作ってくれたジャムを食べました」
「それはよかった」
 アーサーは笑うが、目の下のくまがひどい。あまり眠れていないようだ。
「じゃあどこか適当に座って」
「私はこちら側に座らせてもらいます」
 アーサーは彼方の腕を引き、レイラに対抗する反対側へ腰を下ろす。
 ナタリーは中立だという意思の表れか、真ん中に座っている。
「彼方様にも分かるように、事の発端から説明しましょう。スタッフォード家のご先祖が書いた遺言書が見つかりました。内容は、スタッフォード家に生まれた女性へ遺産を渡す。もし存在しなければ、嫁いできた女性へすべてを譲る、というものです」
 執事は辺りを見回し、質問がない代わりにせき払いをする。
「順番でいくと、レイラお嬢様が継ぐことになります。放棄となれば、ナタリー様、レイラ様のお母様、他にも数名いらっしゃいます」
 レイラ様の母親のことは頭になかった。
 アーサーは反応し、視線を前に向ける。
「ここまでで質問は?」
 アーサーが手を上げた。
「質問ではなく、答え合わせをしましょう」
「答え合わせ……?」
 執事は怪訝な顔をする。
「ほぼ一日かけて、私は相関図を組み立てていました。スタッフォード家には派閥がある。間違いないですね?」
 アーサーが問いかけると、執事は言葉を濁して目が泳ぐ。
 仕えている身分で、あってはならないことだ。
「私が屋敷へやってきて一番疑問だったのは、なぜ彼女たちがいるのかということです」
 アーサーはメイドのマルゴたちを見やる。
「スタッフォード家のメイドです。別におかしくないのでは?」
「スタッフォード家というより、レイラの母親に仕えているといった方が正しい。なぜ母親ではなく、子供のレイラへ二人もつけたのか」
 執事は拳を作った。顔色も赤くなっていく。
 不穏な空気にアーサーを見るが、彼は迷いがない目だ。
「親が子を心配するなどおかしくないのでは? もっとも、あなた方は子を作り、スタッフォード家を繁栄させる意思はまるでないようですがね。魔女の血を受け継いだ子種はそこの低能な稚児へ注げばいい」
 執事はぎろりと鋭い目つきでアーサーとフィンリーを一瞥した。
 おかしい、何かがおかしい。
 先ほどの態度とは打って変わり、執事はゴミを見るような目で二人を見ていた。
「私は答え合わせをすると言いました。それと、私への侮辱は構いませんが、彼への侮辱は許しません」
「あれ? 僕はいいの?」
 フィンリーの底抜けの明るい声とは対照的に、アーサーはよりいっそう低い声を出す。
「今のでさらに相関図が広がりました。なるほど、執事であるあなたもそちら側の人間というわけですね。いい加減、真実を話した方がいい。仏の顔も三度までということわざがあります。あなた方はすでに二回、私を怒らせている」
「アーティーが怒る前に、僕が喋っちゃおうかな? 君ら、数か月前から手の込んだことをやってくれたね」
 フィンリーの視線の先は、メイドたちだった。
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