占星術師アーサーと彼方のカフェ

不来方しい

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第三章 母を追って

046 占いの落とし穴

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 梶浦夢香を名乗る女性に占われ、彼方はベッドで横になりながら占いの内容を考えていた。
 恋愛を相談したのは、一番手っ取り早いからだ。知りたかったわけてはない。
「なんだかなあ……」
 占い師の手の内を知っているからか、当たり障りのない話をされた気分にしかなれなかった。
 彼女が使う手法は、コールドリーディングと呼ばれるものだ。事前の下調べもなしに当て、相手は心を読まれたかのような錯覚を起こす。
 ただ、彼女の個性が強すぎるせいか、寄り添う姿勢というより無理やり方向転換をしようとする占い方だ。これは占われる側との相性の問題で、合わなかったと断言できる。
──今を変えたいと思っているんじゃない?
──何か身体に変化は起こってない?
 これもストックスピールという業で、誰にでも当てはまることを言い、さも心を見透かしているような感覚にさせる。占いにくる人は、たいてい今を変えたいと思っているので足を運ぶ。
 唯一偶然だったのが、通うヨガ教室も彼女の経営するものだった。
 母の信頼を寄せる彼女だが、信頼できるかどうかは何とも言えない。悪人にも見えない。
──占いのカフェを開くんだけど、アルバイトしてみない?
 母の繋がりで知ったが、ヨガ教室の件もあり、彼女は縁があると喜んだ。
 ちょうどアルバイトも探していた最中であり、彼方は返事を出した。来月から池袋で開く予定らしい。
 端末の明かりをつけては消し、何度か繰り返した。相談したい相手がいたが、きっと彼なら背中を押すだろう。
──新しいアルバイト先が決まりました。期間限定で、やってみます。
 メールを送ると、フランス語で「がんばれ、愛を込めて」と返ってきた。
 保護しつつ、布団に潜って目を閉じた。



 十二月に入る頃には、アルバイトも安定してきて学校生活とうまく馴染みつつあった。
 ただ、ぽっかり空いた穴はうめられず、ついため息が漏れてしまう。
「恋の悩み?」
「ええ? 恋というか、なんというか……」
 恋であろうがなかろうが、会いたい気持ちに変わりない。アルバイトに来ると、決まって思い出すのはあのハンサムだ。
 ちょうど客人入ってきたところで、話は中断した。
 つい話題を出してしまったが、あまり突っ込まれたくない部分だったので安堵した。
 こうして占う姿を見ると、いろんな占い師がいると実感する。
 梶浦は経営者らしく、自社のアクセサリーや宝石をばんばん売りに出す。彼は飾っておくだけで、聞かれた場合販売するといった、寄り添うやり方だった。
 女性が占い好きだというのは本当で、客人の九割くらいが女性だった。
 合間にコーヒーを出し、一礼してカウンターへ戻る。
 しばらくするとカーテンが開き女性が泣いて出てきた。手には紙袋を持っている。
 またか、と声には出さずに呟いた。
 ネックレスや宝石、指輪など、ありとあらゆるものを販売する姿勢は素晴らしい。
「すごい稼ぎますね」
「経営者だからね。君はコーヒーやお菓子作りの腕前が良いけど、経験が豊富なの?」
「豊富ってほどでは。梶浦さんの占い方、好きです。できればずっと側で働きたいくらい」
「そう言ってもらえると嬉しい。これからもよろしくね」
 心の中に砂が溜まっているようだ。
 喉の奥に何か引っかかりがあり、吐き出せないでいた。
 ドアが開き、彼方は引きつる笑顔を向け、いらっしゃいませと頭を下げた。



 契約成立だと握手を交わし、白い歯が見えた瞬間ほど安堵するものはない。
 父の不動産業を経営しながら、個人の会社も作ろうと模索中だ。新しいことに向かうのは、暗闇の中を歩く感覚に似ている。何があるのか先が見えないが、胸も膨らむ。おぼつかない足下をしっかりと踏みつけ、光が見えるまで歩き続けるのだ。
 紅茶でも入れようかとした矢先、端末に緊急を知らせる音が鳴った。
 遠い島国からのもので『至急』と題したメールだ。
「緊急かどうか分からない……?」
 緊急メールなのに緊急かは謎だときた。
──原因不明、彼方の様子がおかしい、ヨガとアルバイトにのめり込んでいる。
 一見すると運動もアルバイトにもいそしむ普通の大学生だ。
 何がおかしいのか分からず折り返すが、返答はいまいちはっきりしない。
──こっそり動画を取って送ってくれる?
 すると何種類かの動画や写真が送られてきた。
 パソコンに入れて再生してみるが、どこもおかしな点は見当たらない。心なしかぼんやりしているようにも見えるが、誰にでもあることだろう。
 ロビーが騒がしく、頼みの綱が帰ってきたのだと席を立った。
「ハァイ!」
「こんばんは。眠いですおやすみなさい」
 小さなあくびを残して面倒くさそうに階段を上がる彼を、なんとか押し止めた。
 不動産の仕事を手伝いつつ、知り合いのパティシエのところでお菓子作りを学んでいる。朝から晩まで休みなく働くものだから、日本で学んできたことは、きっと武士等の心得に違いない。
「君の愛しい弟分のことなんだけど……」
「なんですか」
 言い終わる前に、眠そうな目がぱっちりと開く。
 前のめりになるのがおかしいが、なんとか笑いをこらえた。
「ちょっと見てほしい動画があるから、部屋に来てくれない?」
 アーサーは疑うような目でフィンリーを見る。
 不本意だが、思い当たる前科がありすぎるせいで何も言い返せない。
 渋々部屋についてきたアーサーにパソコンの画面を差し出すと、彼は食い入りながら凝視した。
「……………………」
「緊急メールだって日本から届いたんだけど、どう思う?」
「おかしい。まとう雰囲気があまりに穏やかでフレンドリーすぎます。カナは初対面の人とは緊張して距離を置くタイプです。あとその動画は私に送るように」
「アーティーだと分かっちゃうんだね。僕から見たら普通に見えるけどなあ」
「全然違います。目が血走っているというか、明るすぎる。画像もこちらに」
 言われてみれば明るい気もするが、かすかな気持ち程度だ。フィンリーにはさっぱり分からない。
「新しい占い師がいる店でアルバイトしてるらしいけどさ、大丈夫なの? 前に占い師なんて詐欺の温床だとか言ってなかったっけ?」
「言いましたね」
 アーサーは端末の画面をじっと見つめ、何か高速で操作している。
「いや待ち受けにしなくていいからさ、何がどうまずいのかとか説明してくれない? 助けようがないんだけど」
 アーサーは動画を何度も再生し、同じところで止める。彼方の他に映っている人は経営者の女性だ。
 何かぶつぶつ言うと、
「行きましょう」
「え」
「日本へ。正直言いますと、私が彼を救えるのか自信がないです」
 そのわりに堂々とした振る舞いで、前例がない、ともう一度呟いた。
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