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第三章 母を追って

045 私も

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 メッセージから数時間で返事が来ていた。
 寝ていたため、朝まで気づかなかった。
──バロックダンスは、フランス宮廷で踊られていたダンスです。バロック時代に生まれたものですね。
 ヨーロッパが好きな成美らしいと言える。
──梶浦さんに連絡取ったら、ぜひ会ってみたいって言ってるんだけどどうする?
 続けて未読のメッセージがあり、そちらは成美だ。
──会いたい!
 メッセージを返して鞄にしまおうとすると、すぐに画面が光る。
──私もです。
「私も?」
 何に対しての返事なのか。
 彼方は力送った履歴を見て、頭に血が上っていく。送り先は成美ではなかった。
──違います! 間違って送りました!!
──違うのですか? 私は会いたいのに。
──違うくないです! 会いたいです!
──私もです。
 パニックになり、ひとまず電話をかけると、ワンコールで彼が出た。
「もしもし? アーサーさん」
『はい、おはようございます』
「こんばんは! さっきのは、」
『なんでしょう? 私へのメッセージではないのですか?』
 アーサーの声が震えている。笑いをこらえているときの声だ。
「ああもう、違うんです! あれは母に送るつもりで!」
『私は会いたいのに』
「僕もです!」
『よかった。振られたのかと思いました』
「振ってません! もう、学校だから切ります!」
『はい、またあとで』
 ついにこらえきれなくなり、アーサーは最後の最後で微かに笑う。
 微笑が耳に残り、想像が脳裏に刻まれた。
 しばらくは彼の声で勉強もミッションも頑張れそうだ。

 成美から送られてきた地図を元に、彼方は新宿に来ていた。
 人の波は止まることを知らず、隙間に入り信号を渡る。
 看板も何もないが、高層ビルのロビーにはAボードがあり、五階・エアロビクスと書いてある。
 エレベーターで上がると、音楽が漏れてきた。ガラスの扉越しに、女性が踊っているのが見える。
 前で踊る女性は彼方に気づき、手招きをした。
 小さくお辞儀をしながら入り、邪魔にならないように端に居座る。
 十分ほどで音楽か止まると、踊っていた女性たちは何人か彼方を気にしている。
「梶浦先生、ありがとうございました」
 梶浦と言った。間違いなく彼女だ。
「ええ。またよろしくね」
 力強い、迷いのない声だ。肩までの髪は後ろで繋ぎ、濡れた額をタオルで拭う。
「こんにちは。彼方君よね?」
「初めまして。月森彼方です。母がいつもお世話になっています」
「こちらこそ。梶浦夢香です。お母さんそっくりね」
「ありがとうございます。エアロビクスの先生なんですか?」
「先生もやってるって感じかな。占い師でもあるのよ。これは聞いてたんだっけ?」
「はい。占いに興味があって」
「この後空いてる?」
「空いてます」
「占ってあげる」
「でも僕……」
「お金は取らないよ。心配しないで」
「いいんですか?」
 ちらりと横目で彼女たちを見る。抜け駆けしたようで、申し訳ない気持ちが起こる。
「彼女たちはけっこう前にやったのよ。占ってほしいって人限定でね」
「でもどうしてですか? 初対面なのに……」
「君のお母さんにはいろいろお世話になってるのよ。バロックダンスの教室にも通ってくれているし」
 梶浦は一度奥の部屋へ行き、着替えをして大きな鞄を持って出てきた。
「お腹空かない? どこか食べに行こっか」
「はい」
 とんとん拍子で進んでいく。
「あ、そうだ」
 エレベーターに乗ると、梶浦はは彼方を見下ろした。
「タダって言ったけど、お願いがあるの。私の占いを見て、正確な判断をしてほしい。実は占いの店も出してみようかなって考えてて」
「ああ、それで占うっておっしゃったんですね」
「実験台みたいで悪いんだけど、なかなか頼める人もいないのよ」
「女性は占い好きな人が多いし、喜んで引き受けてくれそうですけど」
「逆よ、逆。タダより怖いものはないって思う人も多い。最近は詐欺もあるし、手相すら嫌がる子は多いのよ」
「梶浦さんの考えとしては、お金をもらえるレベルなのか、そこまで腕前があるのか分からないって感じですか?」
「その通り。ついでにご飯も奢ってあげる」
 この段階で、悪人で母を騙しているわけではないのかもしれない、と思うようになっていた。
 レトロな喫茶店で、中に入ると嗄れた声の男性がぼそっと「いらっしゃい」と呟く。
「落ち着くから好きなのよ、こういうところ。今風の感じなカフェもいいけどね。私はこういうところが好き」
 使えるのか謎の黒電話や、こぽこぽと煮出しつコーヒーが甘いものを欲する欲求を駆り立てる。
「何食べる?」
「カツサンドで」
「OK。私はナポリタンかな。飲み物は? 遠慮しないで」
「じゃあ、アイスティー」
「私はアイスコーヒーにしよう」
 注文を終えてから、彼女は神とペン、タロットカードを取り出した。
「趣味が高じて、独自のやり方をするようになったのよ。私はカードと姓名判断。それと手相。何について占う? これに生年月日とフルネームをお願い」
「恋愛について、ですね」
 正しく一文字一文字ていねいに綴り、紙を差し出す。
 並べられるカードは三枚。向かって右側からめくる。いきなり悪魔のカード。正位置だ。
「体調の変化が起こる時期ね。何か身体に変化は起こってない?」
「最近、浮き沈みか起こってました。いろいろありましたから」
「運動はしてる?」
「ヨガ教室に通い始めたんです」
「それはいいわね。ぜひ続けてみて。心の変化は、身体を動かしてすっきりすることもあるから。それで、 恋愛相談だったね」
 もう一枚めくると、審判のカードだ。これも正位置。
「今を変えたいと思っているんじゃない?」
「まあ、そうですね」
 カードの意味は合っている。
「姓名判断の結果と照らし合わせると、あなたを大切に思う人はすでに出会っている。でも、今は一緒になるときじゃないって感じね」
「その人とは、この先ずっと一緒にいられますか?」
「そうね。いろいろ横やりが入るけど、お互いがお互いを思いやる関係性は崩れない。ふたりの努力が必要よ」
 料理が届いたところで、最後のカードをめくる。
 運命の輪だ。
 梶浦か何か言う前に、彼方は先に口を開いた。
「運命って、あると思いますか? 出会いだったり、別れだったり」
「あるよ、運命は。でもね、変えることができる。仕事でも恋愛でも」
「ちょっとだけ、心が軽くなりました」
「運命に導かれた人生も、尊いものだったりもする。変えることがすべてじゃないのよ」
 冷めつつある料理に目を落とした。
 占い師の言葉なのか、梶浦の言葉なのか。
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