上 下
6 / 68
第一章 学生時代

06 僕の知り合い

しおりを挟む
 友達の定義とは何か。物心がついたときから永遠のテーマで、誰の心にも宿っている七不思議のうちの一つ。探求心のある人でも、一から十まで当てはめた正解を言える人はいないと思う。
 変人扱いだった僕に友達は少ない。けれど友達代わりにいたいとこの聡子の存在が大きい。同世代での友達は誰かと聞かれれば、すぐには答えられない。
 大学に無事入学して、教科書よりも先に学んだことは、世界は広いということ。
 高校生前までは変人扱い、今は腫れ物扱い。サークル勧誘員は、僕を避ける。寂しくもあり、心地よくもある。
 けれど今のままだと、僕の本当にほしかったものは手に入りそうにない。

 誰にでも優しいって、ひどく残酷だと思う。
「ねえ、よければサークルに入らない?」
 ふわっと巻いた茶色の髪を揺らし、小柄な女性は目の前に現れた。
 こんな可愛らしい女の子は今までに見たことがないというくらい、語彙力がなくなるくらいに可愛かった。
「みんなでお菓子作ったり、お茶したり。園芸サークルなんだけど、知識はいらないの。放っておいても植物は育つし」
 ざっくばらんな言い方で、それが気に入った。植物を育てるのは大変だ、と言われるよりずっといい。初心者からしたら、大変や難しいという言葉を使われると距離を置いてしまう。プロからすれば、とんでもない話であっても。
 彼女は、春野雪音と名乗った。季節を感じる女性。ちょうどピンクのワンピースが春っぽい。僕も、月森彼方だと小声で名を告げる。
「お互い、季節に関係する名前だね!」
「僕の名前が?」
「ほら、月って季節によっていろんな気持ちにさせてくれるじゃない? 冬だとテンションが上がったり、春だとやる気が沸いてきたり、秋だと切なくてお団子が食べたくなったり」
「そんなこと、言われたのは初めてです」
「ふふ」
 ころころとよく笑う子だ。自然と僕も笑顔になる。
「ちょっとだけ来てみない?」
「じゃあちょっとだけ」
 並んで歩くと、彼女は僕より小柄だった。瑞々しい花の香りもして、普段から花を弄っているのかもしれない。香水とはまた別の香り。
 テニスコートを抜けて奥へと進むと、建物の横にビニールハウスがある。春野さんに続いて中へ入ると、緑の匂いで満たされていた。
「たくさんありますけど、もしかしてハーブですか?」
「そうなの。日本の気候でも簡単に育てられるものばっかりなんだよ」
「詳しいんですか?」
「好きなだけ。家でも育てているから。メンバーが少ないって言われて、存続の危機なの」
 入ってみない?と念を押された。
「なんなら、お茶をしに来てくれるだけでも構わないわ」
「……それくらいなら」
「ありがとう! 今からちょっと飲んでみる?」
「いいんですか?」
「どうして敬語使うの?」
 質問に質問で返されてしまった。
「すごく知識が豊富だし、大人っぽいから。僕より年上な気がして」
「そっかあ……でも敬語は止めてほしいな」
 悲しそうに微笑むものだから、僕は「はい」と頷いた。
 彼女の入れてくれたハーブティーは繊細で、甘い香りがした。

 大学へ入学して早一週間、友達と呼べる人はいなかったが、やけに話しかけてきた人がいる。
「お前、なんで髪長くしてんの?」
 食堂でお弁当をつまんでいると、屈託のない笑顔で話しかけてきた男性がいた。
 何度か見かけたことがあると思ったのは、常に人に囲まれていたから。どうやら高校生の頃から有名人だったらしく、彼に会うために教室にやってくる生徒もいる。
「隣、いい?」
 席は空きまくっているのに、彼は返事を待つ前に僕の横に座った。
「成績一番だったんだろ? すげーなあ!」
 人を褒めることに戸惑いがなく、白い歯を遠慮なく晒す。
「俺、早見秋人。よろしく」
「よろしく。月森彼方」
「なあなあ、サークル決まった? テニスやるかサッカーやるか……それともバスケか。悩んでんだよなあ」
 髪の話はもういいらしく、サークルの話に移行した。
 彼の中ではサークルに入るのは当然で、入らない選択肢はないらしい。
「この前、テニスコートにいた?」
「いたいた。かっこよかっただろ?」
「打つところは見てないんだ。ちょっと通りかかっただけで」
「お前も来いよ。楽しいぜ」
「テニスサークルに? 僕はちょっと……。バイトもあるし、サークルは考えてないんだ」
「なんだ、そうだったのか」
 彼の口からはぽんぽんいろんな話題が飛び出す。人を寄せつけるタイプなのも肯ける。
 いったん席を立ち、彼はお盆を持ってまた僕の隣に座った。
 カレーとミニそばのセットだ。
 食べ終わる頃には、見計らっていたのか彼の友人たちが一斉に群がってきた。
 居づらくなり席を立とうとすると、
「月森、またな!」
 彼は一方的な二度目の約束を投げてきた。
 心地良くはないのに、心はほんわかした。

 アルバイトの仕事は、食器を洗ったりフロアの掃除をしたり様々だ。
 最初はなかなかお客さんが来なくてはらはらしたが、店長は特に焦ることもなくいつも通りに過ごしている。
「どうかしましたか?」
「なんでもないです」
 彼はカフェと占いで生計を立てているが、それほど儲かるのだろうか。占いというものは、どれほど稼げるのか気になるが、野暮な気がして口にできない。
「彼方さん、何か聞きたいことがあれば遠慮しなくていいのですよ。口にしないのも優しさですが、殻を破ってほしいと思います」
「殻を破る……」
「なんなりと、どうぞ」
「聞きづらいんですが……占いってそれほど儲かる仕事なのかなあ……って」
「確かに聞きづらい話題ではありますね。身近に存在しているものでも、正体がいまいち掴みづらい。目に見えない不確かなものです。ですが儲けが気になるというのは、将来の選択肢を広めるためでも必要不可欠です」
「僕からしたら謎なんです。占ってもらったときに思ったんですが、どうしてそんなに当たるのかも」
 結局、僕を雇えるだけの儲けがあるのかということより、未知の存在が気になる。
「本当に、自分を雇って良かったのかなあとか……いろいろ」
「ああ、それが聞きたかったんですね。私もなりふり構わずあなたを雇ったわけではありませんよ。公用語が話せる、差別をしない、人柄、その他諸々を考慮に入れた結果です。どうか自信を持って下さい」
 慰められてしまった。うれしい。不甲斐ない。
「今日はなんだか沈んでいますね。学校で何かあったのですか?」
「知り合いができたんですけど、僕と住む世界が違いすぎて石をいきなり頭に投げられた衝撃です」
 早見秋人君。僕が影だとすると、彼は太陽だ。住む世界が違う彼が、なぜ僕と知り合いになったのかも「また」という言葉をかけたのかも理解できない。
 僕は一連の流れを話した。アドバイスがほしかったわけではないが、話すと気持ちが軽くなった。
「小学生から中学生までは閉鎖されたような空間です。密室で狭い世界ですが、それがすべてなんです。いくら大人が世界は広いと言っても、共感なんてできるはずもない。高校生になり少し広がる世界でも、まだ小さなものです。今までいた世界はなんだったのかと、いつか思える日がきます」
「そうでしょうか……」
「はい」
「そう断言してもらえると、……どうしよう、うまい言葉が出てきません。嬉しいとしか、出ません」
「嬉しいや楽しいなど、当たり前に得たい感情を共感できる人が入ってきてくれて、私も嬉しいです」
 ちょうどドアベルが鳴り、お客さんが入ってきた。女性が二人。占いかカフェのどちらが目的か。
 アーサーさんは彼女たちを見て席へ案内した。お茶が目的だと悟る観察眼は秀でていて、これが経験の差だと驚愕した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】王太子妃の初恋

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
カテリーナは王太子妃。しかし、政略のための結婚でアレクサンドル王太子からは嫌われている。 王太子が側妃を娶ったため、カテリーナはお役御免とばかりに王宮の外れにある森の中の宮殿に追いやられてしまう。 しかし、カテリーナはちょうど良かったと思っていた。婚約者時代からの激務で目が悪くなっていて、これ以上は公務も社交も難しいと考えていたからだ。 そんなカテリーナが湖畔で一人の男に出会い、恋をするまでとその後。 ★ざまぁはありません。 全話予約投稿済。 携帯投稿のため誤字脱字多くて申し訳ありません。 報告ありがとうございます。

【完結】婚約者の義妹と恋に落ちたので婚約破棄した処、「妃教育の修了」を条件に結婚が許されたが結果が芳しくない。何故だ?同じ高位貴族だろう?

つくも茄子
恋愛
国王唯一の王子エドワード。 彼は婚約者の公爵令嬢であるキャサリンを公の場所で婚約破棄を宣言した。 次の婚約者は恋人であるアリス。 アリスはキャサリンの義妹。 愛するアリスと結婚するには「妃教育を修了させること」だった。 同じ高位貴族。 少し頑張ればアリスは直ぐに妃教育を終了させると踏んでいたが散々な結果で終わる。 八番目の教育係も辞めていく。 王妃腹でないエドワードは立太子が遠のく事に困ってしまう。 だが、エドワードは知らなかった事がある。 彼が事実を知るのは何時になるのか……それは誰も知らない。 他サイトにも公開中。

【完結】陰陽師は神様のお気に入り

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
キャラ文芸
 平安の夜を騒がせる幽霊騒ぎ。陰陽師である真桜は、騒ぎの元凶を見極めようと夜の見回りに出る。式神を連れての夜歩きの果て、彼の目の前に現れたのは―――美人過ぎる神様だった。  非常識で自分勝手な神様と繰り広げる騒動が、次第に都を巻き込んでいく。 ※注意:キスシーン(触れる程度)あります。 【同時掲載】アルファポリス、カクヨム、エブリスタ、小説家になろう ※「エブリスタ10/11新作セレクション」掲載作品

大正ロマン恋物語 ~将校様とサトリな私のお試し婚~

菱沼あゆ
キャラ文芸
華族の三条家の跡取り息子、三条行正と見合い結婚することになった咲子。 だが、軍人の行正は、整いすぎた美形な上に、あまりしゃべらない。 蝋人形みたいだ……と見合いの席で怯える咲子だったが。 実は、咲子には、人の心を読めるチカラがあって――。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

夫を愛することはやめました。

杉本凪咲
恋愛
私はただ夫に好かれたかった。毎日多くの時間をかけて丹念に化粧を施し、豊富な教養も身につけた。しかし夫は私を愛することはなく、別の女性へと愛を向けた。夫と彼女の不倫現場を目撃した時、私は強いショックを受けて、自分が隣国の王女であった時の記憶が蘇る。それを知った夫は手のひらを返したように愛を囁くが、もう既に彼への愛は尽きていた。

母が田舎の実家に戻りますので、私もついて行くことになりました―鎮魂歌(レクイエム)は誰の為に―

吉野屋
キャラ文芸
 14歳の夏休みに、母が父と別れて田舎の実家に帰ると言ったのでついて帰った。見えなくてもいいものが見える主人公、麻美が体験する様々なお話。    完結しました。長い間読んで頂き、ありがとうございます。

紫銀国後宮伝 〜心理士翠花、桜の宮廷で輝く〜

成井露丸
キャラ文芸
大陸の中央を治める紫銀国。その都である洛央に住む酒場の娘である翠花(ツイファ)は人間観察が好きな少女。幼馴染の男子である飛龍(フェイロン)と共に年の離れた父親代わりのお爺と一緒に暮らしている。 ある春の昼下り、酒場に訪れていた偉そうな美男にちょっとしたお説教をしてしまう。 「天の理と同じく、人の心には理があるのだ」と。 後日、王宮から使いがやってきて、後宮に呼び出される。 後宮で待っていたのはあの日の偉そうな美男だった。 男は星澪(シンリン)と名乗る。後宮の運営を任されているのだと。 そこで言われる「心の理がわかるというのなら、後宮にある問題をその知識と知恵でなんとかしてみろ」と。 報奨に目がくらんだ翠花(ツイファ)はその依頼を引き受けることにする。 問題解決のために彼女が提案したのは思いがけない遊戯だった。 これは人の「心」の「理」で捉え、後宮の問題を解決していく少女の物語。 翠花は、美しい上級妃たちの心の奥深くに触れ、皇帝や皇子たちとの恋愛模様が展開される中で、自らの運命を切り開いていく

処理中です...