訪れたアキと狂い咲いた僕

不来方しい

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第一章 アキと大地の物語

022 「将来、年をとってもこうやっているのかな」

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022 「将来、年をとってもこうやっているのかな」
 翌日は大きな物音で目を覚ました。
 隣の男はまだ眠っていて、物音の正体ではないと服を身につけた。
 鳴り続ける扉を開けると、真っ赤に顔を腫らした女性が立っていた。
「すみません、朝早くから……」
 女はか細い声で、震えている。
「どうしました?」
「子供がいなくなったんです。中学生の女の子なんですが……見かけませんでしたか?」
 外は騒がしい。セミの合唱だけではなく、大人たちが慌ただしく動き回っている。
 母親として、他のコテージやテントに泊まる人にも声をかけたのだろう。
「僕も一緒に捜します」
 外に出ていこうとすると、背後から肩を掴まれた。
「やみくもに行こうとするな」
 不機嫌そうな声が降ってきた。
 服はしっかり着込んで、眼鏡も装着している。
「外見的な特徴を教えて下さい」
「……………………」
「どうしましたか?」
「あ……いえ……。ショートカットで、背はあまり高くないです。私よりも小さいくらいで……」
 女は千秋の姿を見たとたん、落ち着かなくなった。
 千秋は視線を気にする様子もなく、
「いなくなった経緯を教えて下さい」
「昨日、ちょっとした言い合いになってしまって喧嘩したんです。朝起きたらいなくなっていて、ふらっと外にでも行ったのかと思ったら、帰ってこないし……」
「森に行ったら、迷いそうですね。警察には連絡しましたか?」
「はい。三十分くらい前に連絡したんですが……」
「分かりました。私たちも準備ができしだい、捜します」
 女は一揖し、コテージを後にした。
「さっきの人、知り合い? ずっと千秋さんを見てたんだけど」
「知らないふりを通したが、俺もどこかで見た気がするんだよな。まあそのうち思い出すだろ。俺たちも着替えて出よう」
 早朝から日差しが襲いかかってくる。薄手の羽織りは正解だった。
 のちの肌の痛みと戦うくらいなら、多少の暑さを取った方がいい。
「ひとまず森を見て回ろうか」
「迷子にならないかな……」
「GPSがある。便利な世の中だな。いなくなった子供も持ってるといいんだが。いまどきの中学生はスマホ持っている場合が多いし」
「僕は高校生になったら買ってもらったけど、親が心配しすぎてこれならない方が良かったってくらい口うるさかった」
「一人息子は心配なんだろう」
 緑の下生えにはすり潰した跡がいくつもある。大人のものと思われる足跡があり、これでは子供が入ったかどうかも判別できない。
 泉では、男たちが足で泥を掘り起こしているが、子供でも入れる浅さだ。水の中にいるとは考えにくい。
「スマホの電源入れるなよ。万が一、俺のが無くなったときにつけてくれ」
 念のため、充電器も鞄に持ってきた。山に入るというのはこういうことだ。いくら喧嘩したからといって、冷静さにかけて身体一つで見知らぬ土地に入るのは無謀すぎる。
「あっちに行ってみるか」
 差し出された手を握り、足跡のない方角へ動いた。
「あっ」
 大地の声に、前を歩く千秋は止まる。
「どうした?」
「セミ」
「本当に嫌いなんだな」
「虫好きな人っている? どんな害虫がきても王座に鎮座して動かないレベルにはつねにトップだよ。あれ以上にヤバい見た目の虫っている?」
「ピパピパよりもか?」
「なにそれ」
「………………。検索するなよ」
 爆弾発言を残して、千秋は足を引きずるように歩く。後ろを歩く大地は、できた道に続くだけだ。
「ここ、人が踏んだ跡があるな」
「大人かな? 動物かな」
 千秋は一度端末の画面を確認した。ずいぶんと遠くまで来ていた。
 木には獣の爪痕がある。特有の臭いもあり、大地は眉を潜めた。
「戻ろう」
 聞くような言い方ではなく、はっきりと断言した。危ないと判断したのだろう。
 大地は頷き、踵を返した。
 森のさらに奥で、草花がざわめいた。風が揺らしているのではなく、人為的な何かだった。
 千秋はとっさに大地をかばい、後ずさる。
 人為的な何かと目が合った。驚愕に目が揺れたが、すぐに顔を歪めてしゃがみ込む。
 少女は声を立てて泣いた。助けを求める声というより、必死に恐怖に抗う声だ。
 少女の顔も衣服も傷だらけで、頬には血が擦った跡も残っている。
「迷子になったんだよね?」
 千秋もしゃがみ、少女に優しく声をかける。
「うん……ここ……どこ……」
「お母さんが必死で捜してる。帰ろう」
 柔らかい声は、情事のときしか出さない声色だ。
 他の女に聞かせないでと、醜い感情だけが心を支配していく。
「あのときのお兄ちゃん?」
「あのとき?」
「法律事務所で……」
「ああ、そういうことか。君のお母さんも見たことがあると思っていた。すごい偶然だな。お父さんとはどう?」
「……ちょっとだけ会った。でも、お母さんと一緒にいるって決めた」
「そっか。君が後悔のない道を選ぶのが一番だよ」
 少女ははにかみながら、千秋の手を取ろうか迷っていた。
 最近の子供は思考が発達している。恋愛に関しても、親への反発も、想像を超える返しをする。
「大地、はぐれるなよ」
「うん」
 不機嫌な声に反応し、千秋は歩幅を狭めた。
「足、痛いだろう? 帰ったら一緒に朝風呂でも入ろうか」
 弾むように、千秋は口にした。
 心の葛藤が薄れていくが、子供の視線が痛いほど突き刺さり、大地は俯きながら前を急いだ。



 昔から他人の視線の意味を知るのが得意だった。
 男が好きだと自覚してからだと思う。
 横からやってきた警察は親子と千秋を見比べ、
「こちらの娘さんがいなくなった方、俺が山に入って見つけましたが、もう一人見つけた人がいます。急に山に入ったからか体調が悪くなって、コテージで休んでいます」
 聞きたいだろうことはさっさと伝え、解放してほしいと目で訴える。
「またどうして急に山に?」
「喧嘩しちゃって。お父さんの悪口言うから」
「子供にとっては親は親だからね」
 こういう場合、子供の味方に立つのが鉄則だ。母と父の関係がどうであろうとも、子供には関係がない。誰しもが経験があるだろうに、大人になると忘れていく。
 母親の何度も頭を下げる姿に、子供はじっと見つめている。
 警察が引き上げていくと、母親は最愛の娘に雷を落とした。一度だけでは気が収まらず、二発三発と連続で後頭部へ連発する。意外にも体育会系らしい。今どき珍しいタイプだ。
「ご家庭のことに口を挟んでしまいますが、私がすでに叱っております。これ以上怒ったら可哀想です」
 背中の小さくなった少女は妹たちを見ているようで、つい間に入ってしまった。
「お恥ずかしいところを……本当にありがとうございます」
「私にも経験がありますから。山に行ってしまうのも、母親の愛情を無意識に感じてのことです。きっと捜してくれる人がいる。そう思えるから、つい突拍子もない行動を起こしてしまえるんですよ」
「一度だけではなく、二度もお世話になって……」
「二度目の今日会ったのはたまたまです」
「どうかお礼をさせていただけませんか?」
「お気になさらず。まずは娘さんを休ませてあげて下さい。どこもケガはしていなくても、心は疲れているでしょうから」
 何度断っても、彼女は首を縦に振らなかった。それどころか、距離を詰められて逃げ場を失いかけてしまう。
 究極の話をするしかないと、恋人に詫びつつ重い口を開いた。
「コテージで恋人が待ってるんです。だから、できれば早めに戻ってやりたくて。傷ついているのは娘さんだけじゃない。心から心配して、ただでさえ体力がないのに自分も捜すといってきかなかった恋人です。早く側にいきたいんです」
 息を呑み、こちらの様子を伺っている。
 コテージで顔を見たのは千秋と大地のふたりだ。まさか他に女がいるはずもなく、そのままの意味をとらえるしかない。
 女はもう一度お礼を伝え、そそくさと帰っていった。
 性を武器にしてしまったことが、どうにも後ろめたい。コテージのカーテンが揺れるところを見るに、おそらく覗いていたのだろう。今の流れを話すつもりはないが、さっさと戻らないと心配をかけてしまう。
 こめかみの辺りを揉みほぐし、ポーカーフェイスを保ったまま、コテージのトアノブに手をかけた。



 何度も頭を下げる女性に、千秋は身振り手振り何か伝えている。
 大地は疲れた、と漏らし、子供を送り届けてから部屋にこもった。
 開けっ放しのカーテンから千秋たちの姿が見え、これでは外にいても同じだった。
 カーテンを閉め、風呂場へ駆け込んだ。
 脱いだ服をそのままに、温めの湯へ足をつける。
 泥と草の臭いが身体にも染み、緑と一体化したようだ。
 目を瞑ると、先ほどの光景が焼きついている。
 頭まで湯船に入ると一瞬は忘れられるが、女の目になっていた子供はどうにも消えてくれない。
 突然、扉が開いた。湯船の縁を掴んで、かろうじて沈むのを避けた。
「こら、寝るな」
「寝てた?」
「ああ。寝てた。風呂場で寝るのは危ない」
 千秋は眼鏡を外し、衣服を一切身につけていなかった。
 揺れる中心から目を逸らし、水面に視線を落としていると、一気にお湯が溢れ出す。
「僕、出ようか?」
 立ち上がると腕を引かれたので、太股へ腰を下ろした。
 千秋は反応を見せない大地の精へ手を伸ばすと、子供がおもちゃを遊ぶように弄くる。
 揺らしたり、先端を叩いたり、揉みほぐし、何度も同じ行為を繰り返す。性的な意味合いはなく、大地もされるがままにさせておいた。
「落ち着く」
「これが? 僕はあんまり落ち着かないけど……」
「大事なところを触らせてくれるっていうの? 母親のおっぱいみたいな感じ」
「僕も触っていい?」
「どうぞ」
 太股で挟み、先端を円を描くように指先でなぞる。
「もう分かっていると思うが、仕事の関係者でそれ以下でも以上でもない。何も気にするなよ」
 と言いつつ、肌に触れてくる。
「なんだか、どうでもよくなってきた」
「そうか」
 千秋は声に出して笑い、控えめな袋も一緒に揉む。
 こういうことができるのは、愛のある関係だからだ。
 嫉妬を向けていた痛みが嘘のように消え去っていく。
「将来、年をとってもこうやっているのかな」
「だな。枯れても遊んでいたい」
 目を瞑ると唇が重なり、そのまま顔の重みがのしかかった。
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