上 下
18 / 22
第一章 アキと大地の物語

018 「男の人同士って、どうして好きになるの?」

しおりを挟む
 早起きをしてキッチンに立っていると、リビングの人影に気づいた。
 千秋であればすぐに手より口が先に出るのは分かっている。それがないということは、同居人ではない。
 大地はあえて知らないふりを決め込み、キャベツを切り始めた。
「……おはよ」 
「おはよう。ベッドが変わってよく眠れなかったでしょ?」
 珍しいことに、美里から話しかけてきた。
「普通に眠れた」
「そっか。朝から焼きそばはいける? 紅野家では、焼きそばとか、カレー食べるんでしょ」
「もう、そんなことまで話してるの?」
「なんでも知りたいからね」
「ちょっと質問があるんだけど」
「なに?」
「男の人同士って、どうして好きになるの? どうしてお兄ちゃんだったの?」
 真剣な物言いに対抗すべく、包丁を置いた。
「好きになるのは、恋愛対象が男性だからとしか答えられない。 千秋さんだったのは、僕が好きになったから猛アタックしたんだ」
「お兄ちゃんと同じことを言うんだ。お兄ちゃんも自分から好きになったって言ってたし」
 そういえば、出会ってから怒濤の流れでお互いにいつ好きになったのかなど話したことはない。SNSで身体の関係から始まり、お互いにほぼ素性を知らないで重ねてきた。ストーカー事件では友を頼り助けてくれ、彼の実家へ行った。
「裕樹さんのこと、話してごめん。少なくとも、あなたの前で言うべきことじゃなかった。いろいろあって、イライラしてて……」
「別に大丈夫だよ。早かれ遅かれ、知ったと思うし」
 気を使ったわけではなく、事実だ。ふとした流れで昔話を話したりもする。隠されるよりはいい。
「それと……その」
「なに? なんでも言ってよ」
「態度、悪くてごめん。泊めてくれたのに」
「ううん、いつでも泊まりにおいで。もちろん、ちゃんと親に話してからね。ここだとお兄ちゃんがいつでもいるし、絶対に歓迎してくれる」
 それから、美里は焼きそば作りを手伝ってくれた。
 料理は手伝っているらしく、包丁を扱う手も慣れている。
 元々美里は素直な性格で、一度心を開けば、いろんな話をしてくれた。家族は好きだが家を出たいこと、ひとりになりたくてもなれないこと、特に後者は切実なのか、昨日の夜も含め聞いたのは二回目だ。
 千秋が起きてきた。美里がいるからか、髭も剃りスウェットからジーンズとシャツというラフな格好になっている。
 三人で食卓を囲み、焼きそばを食べた。昨日と打って変わって美里の軟化した態度に何か言いたげたが、余計に口を挟まずに頷いている。
 昼になる前に、父が迎えにきた。怒鳴り声が響き唖然としていると、間に千秋が入る。
「美里は無事だった。今はそれでいいだろう? 父さんが怒る前に俺たちで散々叱ったから、これ以上怒ると美里が可哀想だ」
 父はまだ物足りなそうな顔をするが、千秋にたしなめられて押し黙った。
「大地君も申し訳ない。ご迷惑をかけすぎた」
「いいえ、また遊びにきてと約束しましたから。いつでも来て下さい」
 これには千秋も怪訝な顔をする。二人で内緒の話をしたのは秘密だ。
 見えなくなるまで二人を見送り、マンションに戻った。
 千秋は聞きたそうだが、気づかないふりをしてだんまりを決め込んだ。
「コーヒーでも飲まないか? 甘いものが食べたい」
「あ、じゃあ入れるね」
 再びキッチンに立つと、リビングで千秋はビニール袋をあさっている。
 顔を覗かせると、見覚えのあるものがテーブルに並べられていた。
「どういうこと?」
「北海道の土産。お前には馴染みのあるものばかりだろうが、俺にはないんだ」
 有名なチョコレート菓子や、ジャム、チーズ、バターだ。
「出張って北海道だったの?」
「すまん。嘘ついた。実はお前のご両親に会いに行ってきてな」
「ええ?」
 とんでもない声が出てしまった。
「しかも一日泊めてくれた。優しいご両親じゃないか」
「ごめん」
「なんで謝る?」
「いい顔しなかったでしょう?」
「そんなことはないぞ。ちらし寿司をごちそうになった。しかもケーキまで買ってくれてな」
「僕が戻ったときより豪勢なんだけど」
 いまいち納得がいかない。
「啖呵を切って北海道から出ていった息子の心配ばかりだった。最後はよろしくお願いします、だってさ」
「嘘だ」
「嘘じゃない」
「僕に気を使わないでよ」
「ああ、もう」
 無理やりキスをされた。歯磨き粉の味がする、爽やかなキスだ。断じて焼きそばではない。
「息子の幸せを願っていたよ。伝えられなかったことを後悔してた。東京の大学を通うって言ったときも、側から離れるショックでうまく言えなかったんだそうだ。俺くらい家族が多ければ家を出ろなんて簡単に言えるだろうが、いつか離れるときが来ると分かっていても、一人息子だと寂しい思いは捨てきれないんだとさ」
「じゃあ、反対してたわけじゃないんだ」
「ああ。そもそも反対してたら、俺が会いに行っても北海道から出ていけって言ってもおかしくない。結婚式でおめでとうと素直に言える自信がないってよ。これは相手の性別の問題じゃない。寂しすぎて寝込むとも本気で言っていて、逆に俺が心配した」
「言葉が足りなかったのかな……」
「だな。お前から聞いた印象とはだいぶかけ離れている。女性が好きじゃないのかと聞いたのも、マイノリティーな道を行くと助けてくれる人も少なくなる。恋人と喧嘩して友達に相談できるか? 事情を説明すれは、きっとさらに傷つく羽目になる。それを心配していた。幸せを望んでいるが、幸せなら誰と一緒になろうが構わないってわけじゃない」
「あとで、親と電話するよ。それでも女性は好きにはなれないし、千秋さんとの未来を望むって」
「それを聞いて安心した」
 両親からしたら、同性愛の世界は分からないのだ。二人は異性愛を貫いて結婚したのだから当然である。
 感じたことのない世界は怖い。それは誰だってそうだ。
「僕も親の考えを受け入れなければいけないね」
「ああ。俺たちより生きてるんだ。一般的な生き方と違うとしんどいのは、経験から学んだものだ。だから助言も心配もする。むしろ外に放り出した俺の親が珍しいだけだぞ」
 千秋は口角を上げ、覆い被さってきた。ソファーが軋み、ふたり分の体重のせいで深く身体が沈んでいく。
 目を瞑る前に湯気の立つコーヒーが見えたが、すべてを終えた頃にはひんやりしているだろう。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

天涯孤独になった少年は、元兵士の優しいオジサンと幸せに生きる

ir(いる)
BL
ファンタジー。最愛の父を亡くした後、恋人(不倫相手)と再婚したい母に騙されて捨てられた12歳の少年。30歳の元兵士の男性との出会いで傷付いた心を癒してもらい、恋(主人公からの片思い)をする物語。 ※序盤は主人公が悲しむシーンが多いです。 ※主人公と相手が出会うまで、少しかかります(28話) ※BL的展開になるまでに、結構かかる予定です。主人公が恋心を自覚するようでしないのは51話くらい? ※女性は普通に登場しますが、他に明確な相手がいたり、恋愛目線で主人公たちを見ていない人ばかりです。 ※同性愛者もいますが、異性愛が主流の世界です。なので主人公は、男なのに男を好きになる自分はおかしいのでは?と悩みます。 ※主人公のお相手は、保護者として主人公を温かく見守り、支えたいと思っています。

黄色い水仙を君に贈る

えんがわ
BL
────────── 「ねぇ、別れよっか……俺たち……。」 「ああ、そうだな」 「っ……ばいばい……」 俺は……ただっ…… 「うわああああああああ!」 君に愛して欲しかっただけなのに……

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】

彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』 高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。 その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。 そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

【BL】国民的アイドルグループ内でBLなんて勘弁してください。

白猫
BL
国民的アイドルグループ【kasis】のメンバーである、片桐悠真(18)は悩んでいた。 最近どうも自分がおかしい。まさに悪い夢のようだ。ノーマルだったはずのこの自分が。 (同じグループにいる王子様系アイドルに恋をしてしまったかもしれないなんて……!) (勘違いだよな? そうに決まってる!) 気のせいであることを確認しようとすればするほどドツボにハマっていき……。

社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈

めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。 しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈ 記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。 しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。 異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆! 推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!

初心者オメガは執着アルファの腕のなか

深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。 オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。 オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。 穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。

【BL】男なのになぜかNo.1ホストに懐かれて困ってます

猫足
BL
「俺としとく? えれちゅー」 「いや、するわけないだろ!」 相川優也(25) 主人公。平凡なサラリーマンだったはずが、女友達に連れていかれた【デビルジャム】というホストクラブでスバルと出会ったのが運の尽き。 碧スバル(21) 指名ナンバーワンの美形ホスト。博愛主義者。優也に懐いてつきまとう。その真意は今のところ……不明。 「僕の方がぜってー綺麗なのに、僕以下の女に金払ってどーすんだよ」 「スバル、お前なにいってんの……?」 冗談? 本気? 二人の結末は? 美形病みホスと平凡サラリーマンの、友情か愛情かよくわからない日常。

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

処理中です...