訪れたアキと狂い咲いた僕

不来方しい

文字の大きさ
上 下
11 / 22
第一章 アキと大地の物語

011 「お前の声、もう少し聞きたい」

しおりを挟む
「モラハラめっ」
『言いたいのはそれか?』
 わざとらしく何度もため息をつかれ、大地はモラハラという禁断の言葉を口にした。
「……嘘です僕が悪かったです許して下さい」
『分かればいい。これからは他の男と二度と会うなよ』
「うん……気持ちの整理がついたんで、もう会いません。ストーカーの撒き方講座も、保坂さんから学びました」
『あいつはああいうの得意としているからな』
 電話越しに聞こえる雑音は、相変わらずやかましい。テレビの音やどたばたと走る音、子供の声。
 聞いていられなくて切ろうとすると、止められる。
『お前の声、もう少し聞きたい』
 吐息混じりに聞こえる声に、思わず好き、と呟く。
『えらくエロい告白だな』
「エロいのは千秋さんですよ」
『ああもう。ちょっと待て』
 どこかに移動したのか、雑音が聞こえなくなった。
『で、俺と実とどっちがいい男?』
「保坂さんも素敵でしたけど、恋愛対象になるのは千秋さんですよ」
『パーフェクトな回答だ。ああ、キスしたい。ちょっとしてみ?』
「ええ?」
『リップ音でいいから。ほら、三、二、一……』
 むちゃくちゃなハラスメント行為に、息が漏れる。それもぶほっと色気のかけらもなく。
 電話越しに含み笑いが絶えず聞こえる。
「なんなの! いきなり!」
『ベッドの中のお前はもっと色気があるのにな。そういうところも可愛いよ』
「もう……」
『遅いからそろそろ終わりにするか』
「次、いつ会えますか?」
『そうだな……。ちょっと今ごたごたしてるんだよ。また会いにいく』
「我慢します」
『いい子だ。他の男と会うなよ? じゃあな』
 電話を切ると、一つSNSにメールが届いていた。相手は達彦だった。
──今、何してる?
 好きな人と電話中でしたとは言えず、勉強していたと普通すぎる言い訳を並べた。最後におやすみなさいと書けば、これ以上続けなくて済む。
 案の定、返事はなかった。安堵した大地は布団に入り、眠りについた。

 私生活がいろいろありすぎて、忘れていた件もある。早川啓介のことだ。
 彼がモデルの仕事もしているのは本当で、有名なファッション雑誌の一面を飾っていた。相撲部だった頃の面影はなく、大地はがっくりと肩を落とす。
 並べられている週刊誌には、有名モデルの実体と赤文字で書かれ、イニシャルだがあきらかに早川のことだ。
 相撲部だった頃の写真、大学のミスコンで準優勝だったことなど、私生活を淡々と残酷に書いてある。
「僕からしたら、隠すようなことでもないのにな……」
 こうしてばらされてしまったわけだが、相撲部だった頃は純粋に目をきらきらさせて、真剣な表情に夢中になった。
 彼にとっては黒歴史でも、大地にとっては淡い想い出だ。
「絶対に、今よりもかっこいいのに」
 分からないものだ。かくいう大地も、告白したことは掘り返されたくはない。大地の歴史を引っ張り上げる人はいなくても、早川は芸能人という立場であり、これからも過去をほじくる人は現れるだろう。
 大学では、女子たちは早川について盛り上がっている。
「相撲部って、やだ、イメージと全然違う」
「イニシャル違いで別の人じゃないの?」
「でもミスコン準優勝でモデルって早川君しかいなくない? 相撲部の写真も面影あるし」
 悪いことをしたわけではない。堂々としていればいいと思うのは、他人だからだろうか。
 そう、他人でしかない。他人のふりをすればいい。なのに、先に連絡を取ってきたのは早川だった。
 学食で遅いランチを食べていると、斜め前に座る早川は、わざとらしく音を立てる。
「空いてるんだから隣に座ればいいのに」
「ばらしただろ」
「記事の件なら、僕じゃないよ。雑誌の取材がしたいって僕のところに来たけど、断ったし」
「どうだか」
「本当、変わったね」
「お互い様だ」
「昔はこんな風に、ケンカなんてしなかったのに」
「なりふり構わず男をはべらせている奴に言われたくねえよ」
「なりふり構わず? どういう意味?」
「文化祭のときに一緒にいた男以外にもいるんだろ。そういう相手。相撲部みたいな奴」
 早川は相撲部をやけに強調する。
「ちょっと待って、なんで知ってるの?」
 早川はほらな、という顔をするが、聞きたいのはそういう話ではなかった。
「どこで会ったの?」
「大学の前で、お前のこと聞いてきた。大地って男知ってるかって、特徴まで言ってたぜ。可愛いだのなんだの」
「……どうして……学校のこと……」
 それどころか、大地は本名すら明かしていなかった。知っているのは千秋しかいない。
「まさか話したの?」
「お互い様だろ」
 早川は完全に大地がプライベートを記者に売ったと思い込んでいる。何を言っても無駄だろう。
「どうしよ、そんな……」
 ちょっとした情報から家まで特定されると、忠告を受けたばかりだ。
 ポケットにある端末が光った。救いの手か、悪魔の囁きか。
──今、どこにいる?
──変わりないか?
 両方だ。前者は悪魔で、後者は連絡先を交換したばかりの頼れる弁護士。
──変わりあります! どうしよ、学校ばれました!
──どこにいる?
──大学です。家はまだ大丈夫だと思いますが……。
──家に帰るなよ。うちの事務所に来られるか?
 保坂からのメッセージの後、すぐに電話がかかってきた。
「保坂さん、どうしよう。僕の大学も名前も知られてしまいました」
『落ち着け。電車でひとまず来い。人のいない道に入るなよ』
「はい」
 言葉短めに切り、荷物を背負ってなるべく早歩きで駅へ向かった。
 背中に熱がこもり、ちくちくした痛みがある。背後から攻撃されているようで、息苦しさも増す。
 エレベーターで上がると、保坂は立ったまま待ち構えていた。
 どっと疲労が襲ってきて、足下がふらついてしまう。
「大丈夫か?」
 とっさに保坂は手を伸ばし、倒れそうになる大地を受け止める。
「ありがとうございます……息苦しい……」
「ソファーで休め。飲み物取ってくる」
 個室へ連れていかれると、大地は横になり息を整えた。
 今は温かなものより冷たい飲み物がありがたかった。
「ストーカーの顔写真、名前等、知っているありったけの情報がほしい」
「ストーカー……」
「立派なストーカーだ。わざわざ大学までお出迎えしてるんだからな」
「でも、弁護士の先生を動かせるほどお金が……」
「金は奴につけるから問題ない。とりあえず紙に書いてくれ」
 保坂は紙とペンを置いて廊下に出てしまった。
 情報といっても、SNSを通してのわずかなものしか知らない。
 名前は達彦、妻と子供がいる、ホテルに誘ってくる、大きくてクマのような風貌。
 廊下から保坂の声が聞こえ、顔を上げた。
──だから、それでいいのかよ?
──それはこれからだ。ひとまず家も確認する。
──もし、つけられていたら……。
──俺の家に泊めてもいいけど? 
──それならお前が来いよ。 
──ああもう、お前の気持ちは聞いた。
 親しそうな様子から、仕事関係者ではなさそうだ。
 書き終わる頃に保坂は戻ってきて、反対側のソファーへ腰を下ろした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ひとりじめ

たがわリウ
BL
平凡な会社員の早川は、狼の獣人である部長と特別な関係にあった。 獣人と人間が共に働き、特別な関係を持つ制度がある会社に勤める早川は、ある日、同僚の獣人に迫られる。それを助けてくれたのは社員から尊敬されている部長、ゼンだった。 自分の匂いが移れば他の獣人に迫られることはないと言う部長は、ある提案を早川に持ちかける。その提案を受け入れた早川は、部長の部屋に通う特別な関係となり──。 体の関係から始まったふたりがお互いに独占欲を抱き、恋人になる話です。 狼獣人(上司)×人間(部下)

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】

彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』 高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。 その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。 そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

無自覚両片想いの鈍感アイドルが、ラブラブになるまでの話

タタミ
BL
アイドルグループ・ORCAに属する一原優成はある日、リーダーの藤守高嶺から衝撃的な指摘を受ける。 「優成、お前明樹のこと好きだろ」 高嶺曰く、優成は同じグループの中城明樹に恋をしているらしい。 メンバー全員に指摘されても到底受け入れられない優成だったが、ひょんなことから明樹とキスしたことでドキドキが止まらなくなり──!?

消えない思い

樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。 高校3年生 矢野浩二 α 高校3年生 佐々木裕也 α 高校1年生 赤城要 Ω 赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。 自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。 そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。 でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。 彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。 そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。

完結|ひそかに片想いしていた公爵がテンセイとやらで突然甘くなった上、私が12回死んでいる隠しきゃらとは初耳ですが?

七角@中華BL発売中
BL
第12回BL大賞奨励賞をいただきました♡第二王子のユーリィは、美しい兄と違って国を統べる使命もなく、兄の婚約者・エドゥアルド公爵に十年間叶わぬ片想いをしている。 その公爵が今日、亡くなった。と思いきや、禁忌の蘇生魔法で悪魔的な美貌を復活させた上、ユーリィを抱き締め、「君は一年以内に死ぬが、私が守る」と囁いてー? 十二個もあるユーリィの「死亡ふらぐ」を壊していく中で、この世界が「びいえるげえむ」の舞台であり、公爵は「テンセイシャ」だと判明していく。 転生者と登場人物ゆえのすれ違い、ゲームで割り振られた役割と人格のギャップ、世界の強制力に知らず翻弄されるうち、ユーリィは知る。自分が最悪の「カクシきゃら」だと。そして公爵の中の"創真"が、ユーリィを救うため十二回死んでまでやり直していることを。 どんでん返しからの甘々ハピエンです。

【完結】I adore you

ひつじのめい
BL
幼馴染みの蒼はルックスはモテる要素しかないのに、性格まで良くて羨ましく思いながらも夏樹は蒼の事を1番の友達だと思っていた。 そんな時、夏樹に彼女が出来た事が引き金となり2人の関係に変化が訪れる。 ※小説家になろうさんでも公開しているものを修正しています。

僕の王子様

くるむ
BL
鹿倉歩(かぐらあゆむ)は、クリスマスイブに出合った礼人のことが忘れられずに彼と同じ高校を受けることを決意。 無事に受かり礼人と同じ高校に通うことが出来たのだが、校内での礼人の人気があまりにもすさまじいことを知り、自分から近づけずにいた。 そんな中、やたらイケメンばかりがそろっている『読書同好会』の存在を知り、そこに礼人が在籍していることを聞きつけて……。 見た目が派手で性格も明るく、反面人の心の機微にも敏感で一目置かれる存在でもあるくせに、実は騒がれることが嫌いで他人が傍にいるだけで眠ることも出来ない神経質な礼人と、大人しくて素直なワンコのお話。 元々は、神経質なイケメンがただ一人のワンコに甘える話が書きたくて考えたお話です。 ※『近くにいるのに君が遠い』のスピンオフになっています。未読の方は読んでいただけたらより礼人のことが分かるかと思います。

【完結】相談する相手を、間違えました

ryon*
BL
長い間片想いしていた幼なじみの結婚を知らされ、30歳の誕生日前日に失恋した大晴。 自棄になり訪れた結婚相談所で、高校時代の同級生にして学内のカースト最上位に君臨していた男、早乙女 遼河と再会して・・・ *** 執着系美形攻めに、あっさりカラダから堕とされる自称平凡地味陰キャ受けを書きたかった。 ただ、それだけです。 *** 他サイトにも、掲載しています。 てんぱる1様の、フリー素材を表紙にお借りしています。 *** エブリスタで2022/5/6~5/11、BLトレンドランキング1位を獲得しました。 ありがとうございました。 *** 閲覧への感謝の気持ちをこめて、5/8 遼河視点のSSを追加しました。 ちょっと闇深い感じですが、楽しんで頂けたら幸いです(*´ω`*) *** 2022/5/14 エブリスタで保存したデータが飛ぶという不具合が出ているみたいで、ちょっとこわいのであちらに置いていたSSを念のためこちらにも転載しておきます。

処理中です...